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最弱で最速の魔術師 〜学院落ちこぼれが独学魔術で規格外になるまで〜  作者: 北風
第3部 速度理論:魔術と呼ばれる日
28/39

3-5: ー即時起動の戦場ー

アストラム魔導学院の結界は、

もともと外側からの侵入を想定して張られていた。


だからこそ――

内側から“きしむ”ような震えが走ったとき、その違和感は大きかった。


石床が、かすかに鳴る。

窓ガラスが、細かく震える。

白い旗が、風もないのにひとりでに揺れる。


「……また、来た」


誰かの呟きとほぼ同時に、

魔術で増幅された声が学院中に落ちた。


> 『全生徒は避難経路に従い、指定地点へ退避せよ。

繰り返す――全生徒は――』




ざわめきが、講義棟の中を一気に走る。

椅子が引かれ、教科書が閉じられ、ペンが転がる。


その流れを逆らうように、

一人の少女が席を立った。


「前線に出ます」


ルミナ・ウッド。

努力で一年首席の座を掴んだ魔術師。


隣では、金髪の少年が椅子の背にもたれたまま立ち上がる。


「僕も。

 首席だけを行かせるわけにはいかないからね」


ルシアン・ド・レオンハルト。

魔力操作の天才。

一年ナンバー2。


担当教師が一瞬だけ躊躇い、すぐに頷いた。


「無茶はするな。

 ただし、必要なところには遠慮するな」


それが許可の代わりだった。


二人は廊下へ飛び出す。

空気にはもう、焦げた匂いが混じり始めている。


「アイザック会長も、きっと前に出てる」


「だろうね」


会話は短く、足は速い。

向かう先は一つ。――結界の最前線。




訓練場へ続く広い中庭は、すでに戦場の気配に満ちていた。


石畳にはひびが走り、焦げ跡が散る。

教員と上級生たちが前線を組み、その前で空間が“削られて”いる。


黒いひび割れ。

空気そのものに走る裂け目――

そこから、何かが身を乗り出していた。


「……昨日のやつと、違う」


ルミナはすぐに分かった。


体躯はさきほどの魔族と同種。

だが――厚みが違う。

肉も、魔力も。

ただ立っているだけで、周囲を圧迫する。


「再生速度も、昨日の個体より上ですね」


ルシアンが分析するより早く、

炎と氷と雷が一斉に撃ち込まれる。


教員の大魔術。

上級生の連携魔術。


轟音。

爆風。

石片が舞う。


しかし――煙の向こうから、そいつは歩み出た。


肩が抉られ、胸が焼けただれている。

それでも、歩く。

肉が蠢き、ひびを埋めるように再生していく。


「……笑えないな」


ルシアンが低く呟く。


そこへ、風を裂く音が落ちてきた。


青い髪の少年が、風を纏って前線へ踏み込む。


アイザック・フォルティア。

アストラム魔導学院、生徒会長。


「ウィンド」


短い声と共に、空気が線になった。

何もない空間を、見えない刃が走る。


魔族の片腕が、あっさりと飛んだ。


赤黒い血が石畳に散り、遅れて風の軌跡が見える。


続けざまに、足元がうなる。


「ブースト」


大気が爆ぜ、アイザックの身体が前へ“跳んだ”。


目が追いつく前に、彼は魔族の懐へ潜り込んでいる。

消えた腕の付け根を、横一文字に斬り裂いた。


「さすが……」


ルミナが息を漏らす間もなく、

巨腕が唸りを上げて振り抜かれる。


アイザックの身体に当たる――


瞬間、雷が弾けた。


「《ライトニングバレット》」


ルシアンの指先から放たれた雷弾が、

魔族の側頭部を打ち抜く。


狙いは肉体ではなく、筋肉の収縮。

一瞬だけ動きが乱れる。


腕の軌道がずれ、アイザックの頬を掠めるだけで済んだ。


「助かった」


「借りは高いですよ、生徒会長」


軽口を交わしながらも、二人の額には汗がにじむ。


(私も――)


ルミナは深く息を吸い、手を前に出した。


「《フレイムランス》!」


赤い槍が生まれ、魔族の片脚を貫く。

爆ぜる炎が筋肉を焼く。


続けざまに反対の手を掲げる。


「《アイスジャベリン》!」


青白い槍が焼けた肉を貫通し、凍りつかせた。

熱と冷気がぶつかり合い、肉が悲鳴を上げるように裂ける。


魔族の膝が沈む。

片脚が完全に潰れた。


「効いてる!」


誰かが叫ぶ。


確かに、三人の攻撃は通っていた――はずだった。


だが。


魔族の背に刻まれた紫黒の“筋”が、ふっと光る。


次の瞬間、肉の裂け目が一気に塞がった。


「……嘘でしょ」


ルミナの背中に冷たいものが走る。


昨日の個体より再生が早い。

刻んだダメージが、なかったことにされていく。


アイザックが小さく舌打ちした。


「威力も、速度も足りている。

 それでも届かない。――なら、構造が違う」


魔族の視線が、にたりとこちらを向いた。

人間の言葉は話さない。

だが、理解している。


> “まだ本気を出していない”――と。




「一度下がる」


アイザックが判断する。


「ここで力を削られるわけにはいかない。

 本命は、まだ来ていない」


後退の指示が飛ぶ。

防御魔術が展開され、生徒たちが後ろへ下がる。


魔族は追わない。

ただ、空を見上げる。


結界の上部。

学院の塔の先。

そこにある“何か”に向けて。


(……観測している)


アイザックは嫌な予感を飲み込む。


そのとき――


石畳が、音もなく跳ねた。


足元から“衝撃”だけが突き上げる。


魔族の動きが、一瞬止まった。


「……来たか」


アイザックが振り向くより早く、

中庭に新たな人影が現れていた。


黒髪の少年。

アストラムの制服ではない、簡素な服。

手には、ただの石。


ラピダス・ノックス。




「……間に合って、よかった」


ノックスは息を吐きながら石を握り直した。


対峙する魔族は、

先日森で感じたものより、明らかに“分厚い”。


(これが……真正面から来る脅威)


ルミナが叫ぶ。


「なんでここに――」


「呼ばれましたから」


ノックスは簡単に言った。


「学院を壊されたくない人たちに」


ルシアンが笑う。


「タイミング、完璧だね」


アイザックは短く言った。


「ここは、君に賭ける」


ノックスは頷き、石を一つ放り上げて受け止めた。


「試すのは――“ここ”までです」


右手の指先に、刻印が走る。

外部式エングレイブ。

反射命令フラッシュ・シグル。


詠唱はない。

術式構築もない。


ただ、指が動いた。


ぼん。


魔族の足元が“削れた”。


肉を抉る威力ではない。

だが――立ち位置が狂う。

足場が崩れ、体重の軸がずれた。


「今の、見えた?」


ルシアンが息を飲む。


「起動が――見えなかった」


ルミナも呟く。


「指を動かした瞬間には、もう……」


詠唱の隙も、術式の溜めもない。

動作と結果が、ほぼ同時。


ノックスは二投目を投げた。


ぼん。


今度は魔族の“動こうとした方向”へ先回りするように衝撃が走る。

足が絡み、巨体が前のめりに崩れた。


「戦場の形を、奪う……」


アイザックが小さく呟く。


威力ではなく、軸。

位置とタイミング。

それだけで、魔族の“優位”が削られていく。


だが――


ノックスは理解していた。


(これでも……“削るだけ”)


外部式と反射命令だけでは、

魔族を“殺し切れない”。


人間の器は全員同じ。

差が出るのは処理速度。

だが、魔族はそもそも身体が“速すぎる”。


「ルミナさん、ルシアンさん、アイザックさん」


ノックスは振り向かずに呼んだ。


「さっき教えた刻印、使えますか」


ルミナは息を整え、頷く。


「やってみる」


ルシアンも指を鳴らす。


「実戦テストには、十分な相手だ」


アイザックは短く笑った。


「教師たちには言えない戦い方だな」


三人は前へ出る。


ノックスが“削った”空間へ、

即時起動の魔術が叩き込まれる。


「《フレイムランス》」


詠唱なし。

言葉は“タイミングの合図”にすぎない。


ルミナの腕を通った魔力が、刻まれた流路を一気に駆ける。

指先の微細な動きが、発動条件。


炎の槍が、瞬きの間に生まれ、魔族の膝を貫いた。


「《ライトニングバレット》」


ルシアンの雷弾が、狙いを変える時間すらなく、

敵の神経を撃ち抜く。


「ウィンド」


アイザックの風が、足首をまとめて切り裂く。


即時起動。

タイムラグなしの連係。


「これが……」


ルミナは自分の手を見ながら、驚愕する。


(こんなに“速く”魔術が出るなんて――)


だが魔族は、まだ倒れない。

肉がうねり、再生が追いついてくる。


ノックスは、分かっていた。


(ここまでは“共有できる速度”。

 でも、致命傷を与えるには――)


自分だけが、踏み込む必要がある。


魔族が吠えた。

空気が震える。

視線がノックスひとりに向く。


外部魔力の流れが変わる。

魔族が“本気で殺そうとしている”のが分かる。


「ここから先は――僕の領域です」


ノックスは静かに呟いた。


誰にも聞こえないくらいの小さな声で。


指先ではなく、“頭の奥”に意識を向ける。


師匠が教えてくれた限界の一歩先。

生物としての“時間”を前借りする術。


シグルアクセル。


「――アクセル」


声と同時。


世界の“色”が変わった。


魔族の腕が振り上がる。

しかし、それは止まっているように見えた。


空気の揺れが、分解されて見える。

血の滴る軌跡が、細かく刻まれて見える。


ノックスだけが、速くなっている。


脳に刻んだ刻印が、外界の魔力を掴み、圧縮し、

神経を焼く勢いで回し始める。


(……あと十数秒も持たない)


理屈は分かる。

だからこそ恐ろしい。

だが――迷いはない。


ノックスは石を三つ掴んだ。


一歩。

踏み出す。


世界が遅れる。

自分だけが前へ進む。


投げた。


ぼん。

ぼん。

ぼん。


連続した衝撃が、時間ごと“重ねて”突き刺さる。


一つ目で、足場を削る。

二つ目で、再生する肉の“途中”を吹き飛ばす。

三つ目で、軸そのものを砕く。


魔族の身体が、崩れた。


再生のための“足場”がない。

肉が蠢こうとして、うまくいかない。


「今です!」


ノックスの声と同時に、

三人の即時起動が重なった。


「《フレイムランス》!」


「《ライトニングバレット》!」


「ウィンド!」


炎が焼き、雷が走り、風が骨を断つ。


再生が追いつかない。

魔族の身体が、完全に“ちぎれた”。


その瞬間――


世界が、ノックスに追いついた。


視界が暗くなる。

膝が抜ける。

心臓が、重く鈍くなった。


「……っ」


シグルアクセルの反動。

神経が悲鳴を上げる。


(これが……十倍速の、代償……)


遠くで誰かが自分の名前を呼ぶ声がする。

だが、もう言葉は届かない。


ノックスは、倒れた。


石畳が冷たい。

空が遠い。


(まだ、終わってないのに……)


意識が、暗闇に沈んでいった。


魔族の肉片が、煙のように消えていく。

それは“討伐”の証。


だが――

本当の戦いは、まだ始まってすらいなかった。


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