3-3: ー異端の答えと再会ー
学院の塔から伸びる石畳は、人の匂いの濃い街道に繋がっていた。
パンを焼く匂い。子どもの笑い声。商人の呼び声。
その喧騒をくぐって歩く者が二人。
ルミナ・ウッド。
ルシアン・ド・レオンハルト。
人目を惹くほど整った制服が、街の中で浮いて見える。
だが二人の表情には焦りと迷いが宿っていた。
「ねえ、ルシアン」
「なに?」
「本当に私たちでよかったのかな」
ルミナの問いは独り言に近い。
学院の象徴である二人――努力と天才。
その二人が、退学した“落ちこぼれ”のもとへ向かっている。
「落ちこぼれを、自分から迎えに行くなんて」
羞恥、屈辱、悔しさ――全部混ざっている。
「光栄じゃない?」 ルシアンは笑うように言った。 「首席とナンバー2が頼りにされてるってことだよ」
「軽口叩く余裕あるんだ」
「余裕がないから叩くんだよ」
その時、彼は真顔に戻った。
「正直言うと――ワクワクしてる」
「……ワクワク?」
「そう。
僕らが“正しい”と信じて磨いてきた魔術の先に、
別の答えを出した人間がいる。
それを目で見られるんだ」
ルミナは言葉につまる。
(努力では届かない答えを見に行く……?)
胸の奥が軋む。
それでも足は止まらない。
学院が壊される可能性を知ってしまった以上──後戻りはできない。
*
地図に記された住所は、街の外れにあった。
安い下宿と小さな裏庭。
道の端に、静かな川が流れている。
ノック――返事はない。
「裏だ」
ルシアンが動き、二人は家の裏へ回り込む。
そこには河原があった。
足元には無数の石。
水が光を帯びて流れ、静かに揺れている。
その真ん中――
黒髪の少年が立っていた。
ラピダス・ノックス。
汗だくで、肩で息をしながらも、目だけは鋭い。
石を、握っている。
ただの石。
魔術道具でも何でもない。
ノックスは石を投げた。
ぼん。
小さな水柱が立つ。
爆発というには控えめだが、自然ではあり得ない“弾け方”。
「……前よりは大きい」
ノックスが呟いた瞬間。
「ラピダス・ノックス!」
名前を呼ぶ声に、肩が跳ねる。
振り返る。
見慣れた制服。
見慣れた顔。
ルミナとルシアン。
「……え?」
間抜けな声が出た。
ルミナは一歩前へ。
「お久しぶりです。アストラム魔導学院一年、ルミナ・ウッドです」
「同じく、ルシアン・ド・レオンハルト。元クラスメイトだね」
ノックスは、自分の現状を理解するのに時間がかかった。
(学年トップが、落ちこぼれの下宿の裏に?)
かろうじて言葉が出る。
「……僕に、何か用ですか」
答えたのはルミナ。
「学院が、魔族に襲われました」
短い言葉。
だがそれだけで、ノックスの背筋が冷たくなる。
「魔族……」
森で感じた異質な魔力。
あれが、本当に学院まで来た――?
ルミナは続ける。
「威力でも、詠唱速度でも届きませんでした」
拳が震えている。
悔しさと絶望が混ざった声。
「努力して、強くなって、でも“それだけじゃ届かない敵”がいます」
ルシアンも言う。
「僕らの魔術は、魔族に通じなかった。
でも一人だけ、“別の理論”へ行った人間がいる」
ノックスは俯いた。
それは――自分のことだ。
「僕の理論じゃないです」
その言葉で、二人の目が見開く。
「“過程を捨てて結果だけを走らせる”という概念は、師匠がくれたものです」
師匠――冴島大輔。
魔術師ではなく、“技術者”。
「ただ――その先は僕の理論です」
ノックスは胸を叩いた。
「師匠が教えてくれた“速度”という言語を、僕は自分の身体と世界に合わせています」
石を拾う。
「エングレイブは、術式刻印。
フラッシュ・シグルは、条件反射で魔術を即時起動する技術です」
ルシアンが瞬時に理解する。
「術式と詠唱を外部化して、起動だけを残す……?」
ノックスは頷いた。
「はい」
ルミナは呟く。
「それは……魔術じゃない」
「魔術です。
ただ“形が違う”。
魔術には本来『自由』がある」
ノックスは石を掴み、ルミナへ差し出した。
「魔力を指に集めてください」
言われた通り集中する。
ノックスは石に“刻む”。
刻印は一瞬。
式は短い。
魔術陣ではない。
ただの“条件”。
「投げてください」
ルミナは投げた。
――ぼん。
水柱が立つ。
詠唱なし。
術式なし。
ただ投げただけで“結果”。
ルミナが息を呑む。
「……なんで」
「構造を先に刻めば、誰でも同じ現象が出ます」
ノックスは静かに言う。
「魔術は、“才能の上に乗せる技術”ではなく、
“誰でも扱える仕組み”にするべきです」
ルシアンの瞳に火が入る。
「……革命だ」
「違います。
取り戻すだけです。
魔術にあった『自由』を」
ノックスは自嘲気味に笑う。
「ただ――その先は危険です」
沈黙。
「外界魔力を脳で処理しすぎると、時間を消費します」
ルミナが固まる。
「なにを……消費?」
「生命時間。
生物としての寿命が、加速します」
誰も言葉を失った。
ノックスは言う。
「だからこれは、最後の魔術です」
石を地面に落とす。
「でも――学院が壊されるなら、僕は“壊す”ものを選びます」
三人が息を飲む。
「何を……壊す?」
ノックスは自分の頭を指した。
「“限界”です」
その声は震えていない。
「なので、二つを共有します。
エングレイブとフラッシュ・シグル。
それだけでも、魔族に“届く速度”があります」
風が揺れる。
ノックスは言った。
「僕が倒れた後も――この理論を世界に残してください」
ルミナの目に涙。
「倒れるって……!」
ノックスは微笑む。
「負けるという意味じゃないです。
前に出るという意味です」
背後から声がした。
「――それは、僕たちの願いとも一致する」
三人が振り向く。
生徒会長アイザック・フォルティア。
白い制服。
腕章。
そして、強い瞳。
「君の速度理論は、三年間求め続けた“限界の先”だ」
アイザックは、ノックスへ手を差し出す。
「ラピダス・ノックス。
その理論を――学院に貸してほしい」
ノックスは空を見上げた。
雲が流れている。
落ちこぼれ。
欠員枠。
笑い者。
その手を、握る。
「落ちこぼれの速度でよければ。
全部、叩きつけます」
世の中の「正しさ」が――ひとつ崩れた。




