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最弱で最速の魔術師 〜学院落ちこぼれが独学魔術で規格外になるまで〜  作者: 北風
第3部 速度理論:魔術と呼ばれる日
24/41

3-1 : ー学院が壊れる日ー

アストラム魔導学院は、美しすぎた。


磨き上げられた石床。

よく通る鐘の音。

白い旗は、一定のリズムでたわみ、戻る。


規則正しく、整っていて、乱れがない。


この三年間――

その「乱れのなさ」そのものが、アイザック・フォルティアには気味が悪かった。



午前の講義。

大講堂の最上段。

生徒会長席から見下ろす景色は、今日も変わらない。


黒板に、整った魔術式が並ぶ。


「魔術とは、魔力を威力として出力する技術である」


教師の声は淀みない。

生徒たちが一斉にペンを走らせる。

誰も疑わない。それが“正しい”から。


――少なくとも、表向きは。


(本当に、そうだろうか)


アイザックはノートを閉じたまま、目を伏せていた。


威力。

詠唱速度。

魔力総量。


この三つを極限まで鍛えた先――何があるのか。


答えは出ている。

“強い魔術師”。


軍は喜ぶ。

国は安心する。

学院は成果として誇る。


だがその「強さ」は、世界の脅威に釣り合うのか?


(脅威は、いつもこちらの想定の外側から来る)


街一つが半壊した魔族の襲来。

英雄たちが命を削って、辛うじて退けたという戦い。


敗因は――“威力不足”ではなかった。


情報がなく、理を知らず、価値観ごと踏み抜かれていた。


威力の外側から、負けた。


(威力に答えを求め続ける限り、俺たちはいつか同じ穴に落ちる)


だから、生徒会長になった。

権力が欲しいわけではない。

学院の「正しさ」を、内側から解体するためだ。


三年間――

膨大な授業記録。

訓練データ。

術式構造の推移。

成績上位者の魔術傾向。


すべて目を通した。


結果は予想どおり。


(美しい。だが、揺れがない)


誰もが威力を伸ばす。

詠唱を短くする。

既存の式を磨き上げる。


どこにも「別の理論」が生まれない。

どこにも逸脱がない。


まるで学院そのものが、箱庭であるかのように。


アイザックが息を吐いた、その時――


空気が、唐突に軋んだ。


――キン。


遠くの結界が、音を鳴らした。

金属を爪で弾いたような、小さく、しかし鋭い警告。


誰も気づかない。

アイザックだけが顔を上げた。


(まさか――)


大講堂の静寂。

その底を、何かが擦り上げる。


息が止まる。


――轟。


世界が破裂した。


壁が揺れ、窓が割れ、生徒たちが悲鳴を上げる。

結界の防膜が閃光を走らせ、床に魔力が降り注いだ。


視界の端で、空間が裂ける。


黒い影――“何か”が降り立つ。


魔族だ。


誰かが叫ぶより速く、アイザックは立ち上がった。


「全員退避!」


怒号が走る。


炎。

氷。

雷。


学院の“正しさ”のすべてが、一斉に放たれた。


轟音。

爆裂。

閃光。


しかし魔族は――歩く。


焼けない。

凍らない。

止まらない。


それどころか、ゆっくりと笑った。


(足りない――)


威力が足りないのではない。

“届いていない”。


魔族の身体には「深さ」がある。

人間の魔術は、表面で弾かれる。


努力では届かない。

天才でも届かない。


詠唱速度を極めても、威力を鍛えても――越えられない“壁”がある。


魔族の腕が振られる。

防壁が砕ける。

生徒たちが吹き飛ぶ。


アイザックは風を纏い、最前線に出た。


「退がれ!」


ウインド。

衝撃波。

風刃。


しかし魔族は、微動だにしない。


(……この三年間の結論が、今ここにある)


学院が育てた“正しさ”は――脆い。


風が震える。

魔族の身体が沈む。


(負ける)


確信。


その瞬間――魔族の腕が見えた。


速い。

速いのではない。

“深い”。


魔力が螺旋状に回転し、演算速度が人間の比ではない。


アイザックはその流れを「理解しないまま」見た。


(これが、種の差……!)


その時――後方から声が飛ぶ。


「生徒会長、下がって!」


炎が走る。

氷が縫う。


ルミナ・ウッド。

ルシアン・ド・レオンハルト。


学院の“正しさ”を体現した二人が、前に出た。


フレイムランス。

アイスジャベリン。


多重詠唱。


氷と炎が重なり――爆ぜた。


爆煙。

閃光。


視界が揺れる。


アイザックは息を吸った。


(届かない)


煙の中で――魔族が歩いていた。


笑っていた。


足音が、絶望を刻む。


アイザックは理解した。


この三年間の結末。

学院の努力の終着点。

研ぎ澄まされた“正しさ”の限界点。


その答えは、あまりにも残酷だった。


威力では、勝てない。


努力では、届かない。


詠唱速度を上げても、壁は壊れない。


魔族の手が掲げられる。

空気が黒く歪む。


死が落ちてくる。


アイザックは風を纏い、二人の肩を掴んだ。


「退くぞ!」


光が弾ける。

教室が崩れ、壁が砕ける。


三人は血だらけになりながら、瓦礫を飛び越えた。


背後で結界が破れる。


学院の鐘が、悲鳴のように鳴った。


――その時だ。


魔族が、一歩後退した。


まるで何かを“観測”し、終わったように。


背を向ける。

壁を破壊し、消えた。


残されたのは瓦礫と焦げ跡だけ。


沈黙。


誰も理解できない。


「……逃げた?」


誰かが呟く。


違う。


逃げたのではない。

“偵察”だ。


学院という箱庭の「強さ」を測っただけ。


戦いですらなかった。


目的は――研究。


その瞬間、アイザックは悟った。


学院は“試されている”。


威力の箱庭が、外側から観測されている。


魔族は――本当に来る。


(このままでは、壊される)


生徒たちの悲鳴。

血。

焦げた石床。


そして――誰より悔しそうに、拳を握る二人。


努力の象徴、ルミナ・ウッド。

天才の象徴、ルシアン・ド・レオンハルト。


彼らの魔術では届かなかった。


この世界の“正しさ”では届かない。


だから――

アイザックは、静かに言った。


「……外側へ行く」


二人が顔を上げる。


「学院の中に答えはない。

 威力を積んでも、詠唱を削っても――届かない壁がある」


視線が交わる。


ルミナは震えながら言った。


「でも、外側なんて……誰が……?」


アイザックは一度だけ目を閉じた。


(この日が来ると、ずっと思っていた)


そして答えた。


「――ラピダス・ノックスだ」


瓦礫の中で、鐘が鳴り続けていた。


世界が変わる音で。


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