1: ー落伍の宣告ー
石畳の上に一本の白線が引かれていた。
何の変哲もない線。
だが、この線を境に――人間の未来が分かたれる。
魔導師学院の中央広場。
一年で最も重い空気が流れる日、
「初級魔術実技試験」が始まろうとしていた。
風はないのに、旗だけが揺れた。
生徒たちは一列に並ぶ。
視線は正面ではなく、期待のある者へ向けられる。
木盾が整然と並んでいる。
距離、角度、高さ、成功を正しく比較するための配置。
乱れはない。“評価”は均等に巡る。
講師は、静かに言葉を落とした。
> 「――威力を見せなさい。それがあなたの価値です」
説明はいらない。
ここでは 魔術の評価は一つだけ。
> “どれだけ強い魔術を撃てるか”
その数値が――生徒の人生を決める。
努力とか人柄とか理想とか夢とか、
そういうものは一切合算されない。
この学院は、“兵器の訓練所”だ。
最初に呼ばれた名前で、空気が少し柔らかくなる。
「――ルミナ・ウッド、前へ」
ざわめきはない。
ただ、静かな期待。
ルミナ・ウッド。
平民出身。それでも学院選抜に入った少女。
その背景は、この場にいる全員が知っている。
努力。
愚直な修練。
過去の自分を何度も殺す日常。
それを続けた結果――彼女はここに立っている。
彼女は杖を掲げ、深く息を吸った。
瞳に迷いはない。
言葉は滑らかで、余計な空気が混ざらない。
> 《焔よ》
空気が震えた。
しかし轟音ではない。
炎は花が咲くように開き、
蝶の羽ばたきのように――静かに木盾へ走った。
赤と橙の境界が揺れ、
刃のような熱が一点に収束する。
木盾は、音もなく貫かれた。
黒い穴。
焦げ跡は鋭く、形は美しい。
力と制御が、均等に成立していた。
“正しい魔術”の形。
小さな歓声が漏れる。
誰も疑わない。
努力が救った瞬間。
この世界の正しさがここにある。
次に呼ばれた名前で、緊張は別の形に変わる。
「――ルシアン・ド・レオンハルト」
空気が張り詰めた。
貴族の家系。
魔術体系と血統の結晶。
“本流”と呼ばれる一族に生まれた青年。
彼が立つだけで――術式が完成したように錯覚する。
詠唱より先に、
周囲が「成功」を理解してしまう存在。
杖を構える角度、呼吸、立ち姿。
全てが無駄なく整っていた。
> 《焔よ》
爆発しない。
舞わない。
声色すら変わらない。
炎は、ただ直線だった。
飾りも遊びも要らない。
余白のない魔術。
最短で、最深。
木盾の奥には既に穴の「出口」が見える。
講師は静かに記録する。
「……完成度が高い」
それだけ。
褒め言葉ではなく、事実の記録。
誰も疑わない。
“これは正しい魔術”だ。
血統と努力の差が、残酷に可視化される。
最後の名前が呼ばれたとき、空気がわずかに沈んだ。
期待はない。
興味もない。
ただ“確認”するだけ。
「――ラピダス・ノックス」
ひょろりとした少年が前に出る。
ラピダス・ノックス。
魔力量は最低、術式は維持できない。
“初級魔術を撃てない落ちこぼれ”として有名だった。
嘲りはない。
哀れみもない。
この学院では、
“存在しないものには感情が向けられない”。
ノックスは木盾に手を向け、短く言う。
> 《焔よ》
ぱち。
小さな火花。
音すら、炎と言えない。
木にも届かない。
空気に散って消える“影”。
講師は即座に言う。
> 「発動はした。評価対象外」
それで終わり。
誰も笑わない。
誰も見ない。
風が通り過ぎただけ。
評価の外側に落ちる音すらない。
ノックスは列へ戻る。
胸は静かだった。
怒りではない。
悔しさでもない。
惨めさでもない。
残ったのは、たった一つ。
(……なぜ出ない)
他人ではなく、自分への疑問だけ。
“何か”があるのに、形にならない。
何が欠けているのか分からない。
試験は続く。
結果は淡々と記録される。
学院は揺るがない。
だが、この瞬間――
“評価不能”という形で、
世界はノックスを切り離した。
魔術とは威力。
威力がなければ、それは魔術ではない。
この学院では。
鐘が鳴る。
試験の終わりを告げる音。
ノックスは、誰にも気づかれず、目を閉じた。
闇の中で、
火花ではなく“欠落”だけが灯っていた。




