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2-9: ー理解できないー

アストラム魔導学院の朝は静かだった。

鐘が遠くで鳴り、陽光が白い壁で反射する。

この場所では“正しさ”が常に磨かれている。


魔術は威力。

努力は価値。

才能は証明。


その三つが、この学院の前提だった――ほんの昨日までは。


しかし、今日の空気にはほころびがあった。


◇中央講堂


生徒たちの靴音が、ざわめきと混じる。


「――ホーンボア討伐訓練の結果を共有する」


教務官の声は落ち着いていた。

だが、その静かさが逆に緊張を煽る。


「参加者:ルミナ・ウッド、ルシアン・ド・レオンハルト。

 討伐対象ホーンボア三体、討伐を確認」


ざわ、と空気が揺れる。

努力の象徴と、天才の象徴。

二人だけで三体――それは既に“結果”ではなく“伝説”に近い。


誰もが驚き、納得し、称賛する。


そこで終わるはずだった。


「――ただし、途中経過に“異常”が記録されている」


空気が止まった。


「第三者の介入があったと報告がある」


囁きが走る。


「え、誰だ?訓練班外の生徒?」


「上級生がいたってこと?」


教務官は首を振る。


「訓練区画には、該当班は確認されていない。

 さらに――“詠唱が聞こえなかった”」


沈黙。


詠唱がない魔術は、学院の定義では――存在しない。


だから、理解できない。

理解できないものは――認めない。


その空気を破ったのは、一人だけだった。


◇天才の証言


ルシアン・ド・レオンハルト。

学年トップの一人、学院が認める“正しさ”の側にいる少年。


彼は立ち上がり、短く言った。


「補足を許可願います」


許可が出る。


彼は淡々と述べる。


「討伐の最終打撃を行ったのはルミナです。

 討伐という“結果”はすべてルミナの成果です」


ルミナを見る視線が集まる。

努力が認められる瞬間。


だが――彼は続けた。


「ただし、“討伐可能な状況”を作ったのは別の存在でした」


空気が裂ける音がした。


ルシアンは、事実だけを並べる。


「詠唱がありませんでした。

 術式の構築もありませんでした。

 魔力集中の“間”もありませんでした」


誰も否定できない。

彼は天才だ。

天才は、嘘をつかない。


「定義上、それは“魔術”ではありません。

 しかし――“発動だけ”比較するなら、学院内最速です」


ざわめきが揺れ、止まる。


学生たちは理解できない。

理解できないから、反応できない。


「威力はありません。

 殺傷力もない。

 しかし、“動きを止める”には十分でした」


ホーンボア三体。

その突進。

その脚が、誰かによって止まった。


それだけで、討伐の難易度は変わる。


教務官が問う。


「術者は特定できるのか?」


ルシアンは息を一つ飲み――答えた。


「完全に顔を確認したわけではありません。

 しかし――名前だけは知っています」


講堂全体が固まる。


「ラピダス・ノックスです」


噂。

欠員枠。

初級魔術すら撃てない落ちこぼれ。


その名前が、正式な場で“事実”として落ちた。


◇廊下


休憩の声。

生徒たちは廊下で群れを作る。


「ノックス?嘘だろ?」


「初級も使えなかったやつだぞ?」


嘲笑と否定。

そこに――ひとつの言葉が混ざる。


「……ルシアンが言ったんだぞ」


沈黙。


天才の言葉は“疑い”ではなく“事実”になる。

理解できなくても――否定できない。


世界が、少しだけ揺れる。


◇努力と矛盾


廊下の奥で、ルミナは立ち止まっていた。

昨日の戦場がまだ熱を持っている。


(……悔しい)


努力で届く場所だと思っていた。

努力で形にするものだと思っていた。


なのに――


“努力では届かない一秒”が存在した。


彼女は拳を握る。


(だったら――努力で追いつく)


速度が魔術なら、努力は必ずそこに届く。


涙ではなく、怒りではなく、決意。


その横に、ルシアンが現れた。

視線は冷静で、鋭い。


「一つ確認したいことがある」


彼は言った。


「――“あの起動”を、もう一度見る必要がある」


それは挑戦でも敵意でもない。

天才の純粋な“観測欲”だった。


理解できないものを、理解しようとする衝動。


それが、革命の最初の火になる。


◇学院長室


黒い扉が静かに閉まる。

学院長は窓の外を見る。


森の奥で、土柱が小さく上がっていた。

誰も知らない場所で、

誰も知らない“何か”が育っている。


教務官が問う。


「ラピダス・ノックスの再受け入れは?」


学院長は短く首を振った。


「まだだ」


理由を問う視線。


老人は静かに言う。


「――形になる前に、意味を与えてはならない」


革命は“外側”で育つ。

制度の中に入れた瞬間、

それは技術ではなくカリキュラムになる。


「次に現れた時、

 あれは“魔術”として語られるだろう」


炎が揺れる。


その目は――確信を帯びていた。


◇世界のほころび


学院は今日も“正しさ”を教える。


努力で詠唱を短くする。

才能で威力を底上げする。

術式を磨く。


その真ん中で――

“理解できない一秒”が生まれた。


ノックスがどこにいるか、誰も知らない。

彼が何をしているか、誰も知らない。


ただひとつだけ――事実が残った。


> 「詠唱がないのに発動した何かがある」




それはまだ魔術ではない。

ただの現象。


しかし――

“理由が分からないのに成立する現象”は、常に革命の種になる。


誰も知らない火花が、

学院の中心で揺れていた。


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