2-5: ー戦場を設計する手ー
川辺に石が並んでいた。
濡れた石。
乾いた石。
角張った石。
掌の中で迷う石。
“魔術の道具”には見えない。
だがノックスにとって――全部が戦場の断片だった。
一つ一つが、結果を確認するための「点」。
点が集まり、線になる。
線が積み重なって、やっと一つの“形”が生まれる。
「ホーンブル相手に、どこまで通るか」
声は思考ではない。
“観測の条件”だった。
ノックスは、学院が教える魔術の“正しさ”から外れている。
威力で殺すか、生かすか。
それが魔術。
それが評価。
だが今のノックスが必要とするのは別だ。
> “止める魔術”
殺さなくていい。
殺す必要もない。
止まれば十分。
胸の奥で、師匠の言葉が響く。
> 『威力が足りないから殺せなかったんじゃない。
殺す必要がない戦いをしただけだ』
学院で聞いたことのない理屈だった。
でも――現実だった。
ホーンボアの突進。
角と体重で押し潰しに来る“質量の圧”。
真正面で受けても無意味だ。
だからノックスは“瞬間”だけ奪う方法を考えた。
一瞬=形を変える時間。
石が飛ぶ。
起動。
爆ぜる。
ぼん。
土が跳ね、蹄が沈む。
歩幅が狂い、視界が傾く。
たったこれだけで――角の軌道は変わる。
(この一瞬があれば……何かは届く)
届く“何か”が何かは、まだ分からない。
誰が何をするかも、想像していない。
ただ――その余白が戦いの可能性になる。
戦いとは、能力ではない。
設計だ。
学院は言う。
> 「状況を見て、最適魔術を選べ」
それは“答えを後から探す戦い方”。
遅い。
敵が状況を作り、自分は対応する側に回る。
ノックスは逆を選ぶ。
> 「状況を見てからじゃ遅い。
状況を“作る側”に回る」
敵が踏み込む前に、戦場は完成している。
結果を先に置く。
それには速度がいる。
だから石を投げる。
拾う。
刻む。
また投げる。
石の位置ひとつが、戦場の形になる。
一つの石に、一つの役割。
視界に、戦場の線が浮かび上がる。
・脚を止める場所
・煙で視界を奪う線
・足元が崩れる罠
すべてを“先に用意する”。
それが――刻印魔術「エングレイブ」。
速度魔術。
ノックスの胸に、二人の名前がよぎった。
ルミナ・ウッド――努力を極限まで磨いた魔術。
彼女の魔術は、詠唱と術式の完成度が異常に高い。
真っ直ぐ“強くなる魔術”。
ルシアン・ド・レオンハルト――理解と観測で組み上げる魔術。
正確さと密度。
誰より深く、速く“構造”を読む魔術。
(僕の考えが――いつか、届く日は来るだろうか)
支えるとか、助けるとか、そんな未来は見えない。
同じ戦場に立つ姿も想像できない。
ただ、自分の理論が“誰かに通用するかどうか”――それだけが気になる。
世界の中心は、まだ自分自身だけ。
速度と失敗だけ。
石と川だけ。
誰かを守るための速度ではない。
誰かのための戦場設計ではない。
ただ――
> 速度が“現実になるかどうか”の実験。
それが全て。
ノックスは、刻印石を並べた。
水面に反射した光が揺らいだ。
未来のことは何も分からない。
ただ一つだけ、確信に近いものがある。
> 「速度は……必ず現実になる」
信じているわけではない。
夢でもない。
願望でもない。
それは――
観測の結果に対する“構造の確信”だった。
静かな川辺で、
一人の少年が、戦場の形を探していた。
誰のものでもない、
自分だけの速度を。




