表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/39

2-3: ー刻む速度ー

川辺には、黒く焦げた土が点々と残っていた。

大小も濃淡もバラバラの、無数の黒点。

それは、夜空の星座にも似ていた。

ノックスが何度も石を投げ、何度も爆発を起こした痕跡だ。


外から見れば、ただの悪戯の跡にすぎない。

しかし――ノックスにとってそれは、**“速度の地図”**だった。


黒点の位置、間隔、深さ。

石を投げた角度や、起動のタイミングすべてが、土に刻まれている。

失敗も、成功も、すべてが“速度の軌跡”だった。


ノックスは、散らばる石をゆっくり眺める。

無秩序に見えて、確かな規則性がある。

この地面そのものが、**「速度という概念の記録媒体」**になっていた。


> 「エングレイブは、“誰にでも同じ結果を出させる仕組み”」




師匠の言葉を胸の奥で**反芻はんすう**する。

何度も、何度も、噛み砕く。

ただ思い出すのではない。

理解ではなく、浸透させるための反芻だ。


石に術式を刻む。

その形、線の長さ、配置、角度――

それらを整えることで、“一定の現象”を引き起こす。


誰が投げても、小さな爆発が起きる。

威力は低い。

しかし、再現性は高い。


再現性とは、技術ではなく仕組みだ。


> 問題はひとつ。




「速度と両立できるか……」


ノックスは石を拾う。

手の中で軽く転がし、指先で魔力を薄く流した。


刻まれた線は短い。

少ない。

だから起動は速い。

だが、安定しない。


“遅いけど安定”

“速いけど不安定”

その二つを、天秤にかけるような感覚だった。


(線を増やせば安定する。でもその分、発動が遅くなる)


学院の教科書にはない発想。

学院は“完成された設計”を前提にしている。

「完成されたものを強化する」

それが魔術教育だ。


だから、削る発想がない。

“完成から離れる”ことは、学院にとって価値の喪失だからだ。


しかし、ノックスは違う。


> 「速度って、“削る魔術”なんだ」




詠唱を削る。

線を削る。

魔力を流す時間を削る。


削った分だけ速くなる。

削りすぎれば、何も起きない。


その“薄い境界”を探るのが、今のノックスの仕事だった。


深呼吸。

無意識に近い“自然な動作”で、石を投げる。


――ぼん。


土が跳ねる。

音が軽い。

爆発の柱は小さい。

しかし、発動は速かった。


「……速くなってる」


自分以外の誰も評価しない。

学院の基準なら、これは劣化だ。

「威力が落ちている」

それだけで、すべてが減点になる。


だが、ノックスは違う指標で見ている。


> 起動の速さ=魔術の価値




それは学院が絶対に認めない視点。

しかし、“速度という思想”に立てば、それは当然だった。


(フラッシュ・シグルの“削り切った形”)


詠唱もない。

意識もない。

構築もない。


“反射だけの魔術”。

それが最終形。


ノックスはまだ遠い。

だから今は、エングレイブを崩すことで理解する。


地面に石を並べた。


爆発しない石


火花だけ散る石


土が浮く石


小さな柱になる石



誰かが見れば「失敗の山」だろう。

だが、ノックスにとっては違う。


> 「削り方の“限界点”を探してる」




**速度とは、“削りの技術”**だ。


設計を足すのではなく、削って削って――

“最小で最大の速度”を見つける行為。


だから、失敗は地図になる。

爆発しなかった石は、“削りすぎの位置”を教えてくれる。

火花だけ散る石は、“限界の手前”を示す。

柱が立った石は、“削りと発動の均衡点”だ。


その連続が――速度の形になる。


ノックスは、指先を見つめた。

わずかに震えている。

感覚が薄くなっている。

数百回、投げ続けた証拠だ。


その震えを、ノックスは肯定する。


> 「……戦場を設計する魔術」




それだけが、揺るぎなかった。


学院が教える魔術は、“威力で戦場を破壊する魔術”だ。

魔術という言葉は、“破壊の技術”として扱われている。


だが速度は違う。


戦場そのものを作り替える魔術だ。


敵の足場を崩し、

行動を止め、

詠唱の時間を奪い、

“魔術を成立させる前に勝つ”。


それは威力ではない。

破壊でもない。

設計と支配。


魔術の概念そのものが変わる。


ノックスは、散らばった石の列を見ながら小さく息を吐いた。


失敗の跡、爆発の跡、火花の跡――

そのすべてが、ひとつの言葉を形作っていた。


“速度”


まだ名前はない。

まだ誰も認めない。

だが確かにここにある。


そして――その先に、師匠の“内部式”が待っている。


ノックスは石を一つ拾い、空に投げるような動作をしながら呟く。


> 「削り切った先で、“考えない魔術”が生まれる」




その言葉だけが、確信だった。


川の音が流れている。

風が土を撫でる。

焦げた地図が広がっている。


孤独ではない。

この地図は、誰も知らない未来の形だった。


速度という革命が、静かに――しかし確かに、描かれている。


ノックスはもう一度石を握った。


今度は“限界のひとつ先”を目指すために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ