2-3: ー刻む速度ー
川辺には、黒く焦げた土が点々と残っていた。
大小も濃淡もバラバラの、無数の黒点。
それは、夜空の星座にも似ていた。
ノックスが何度も石を投げ、何度も爆発を起こした痕跡だ。
外から見れば、ただの悪戯の跡にすぎない。
しかし――ノックスにとってそれは、**“速度の地図”**だった。
黒点の位置、間隔、深さ。
石を投げた角度や、起動のタイミングすべてが、土に刻まれている。
失敗も、成功も、すべてが“速度の軌跡”だった。
ノックスは、散らばる石をゆっくり眺める。
無秩序に見えて、確かな規則性がある。
この地面そのものが、**「速度という概念の記録媒体」**になっていた。
> 「エングレイブは、“誰にでも同じ結果を出させる仕組み”」
師匠の言葉を胸の奥で**反芻**する。
何度も、何度も、噛み砕く。
ただ思い出すのではない。
理解ではなく、浸透させるための反芻だ。
石に術式を刻む。
その形、線の長さ、配置、角度――
それらを整えることで、“一定の現象”を引き起こす。
誰が投げても、小さな爆発が起きる。
威力は低い。
しかし、再現性は高い。
再現性とは、技術ではなく仕組みだ。
> 問題はひとつ。
「速度と両立できるか……」
ノックスは石を拾う。
手の中で軽く転がし、指先で魔力を薄く流した。
刻まれた線は短い。
少ない。
だから起動は速い。
だが、安定しない。
“遅いけど安定”
“速いけど不安定”
その二つを、天秤にかけるような感覚だった。
(線を増やせば安定する。でもその分、発動が遅くなる)
学院の教科書にはない発想。
学院は“完成された設計”を前提にしている。
「完成されたものを強化する」
それが魔術教育だ。
だから、削る発想がない。
“完成から離れる”ことは、学院にとって価値の喪失だからだ。
しかし、ノックスは違う。
> 「速度って、“削る魔術”なんだ」
詠唱を削る。
線を削る。
魔力を流す時間を削る。
削った分だけ速くなる。
削りすぎれば、何も起きない。
その“薄い境界”を探るのが、今のノックスの仕事だった。
深呼吸。
無意識に近い“自然な動作”で、石を投げる。
――ぼん。
土が跳ねる。
音が軽い。
爆発の柱は小さい。
しかし、発動は速かった。
「……速くなってる」
自分以外の誰も評価しない。
学院の基準なら、これは劣化だ。
「威力が落ちている」
それだけで、すべてが減点になる。
だが、ノックスは違う指標で見ている。
> 起動の速さ=魔術の価値
それは学院が絶対に認めない視点。
しかし、“速度という思想”に立てば、それは当然だった。
(フラッシュ・シグルの“削り切った形”)
詠唱もない。
意識もない。
構築もない。
“反射だけの魔術”。
それが最終形。
ノックスはまだ遠い。
だから今は、エングレイブを崩すことで理解する。
地面に石を並べた。
爆発しない石
火花だけ散る石
土が浮く石
小さな柱になる石
誰かが見れば「失敗の山」だろう。
だが、ノックスにとっては違う。
> 「削り方の“限界点”を探してる」
**速度とは、“削りの技術”**だ。
設計を足すのではなく、削って削って――
“最小で最大の速度”を見つける行為。
だから、失敗は地図になる。
爆発しなかった石は、“削りすぎの位置”を教えてくれる。
火花だけ散る石は、“限界の手前”を示す。
柱が立った石は、“削りと発動の均衡点”だ。
その連続が――速度の形になる。
ノックスは、指先を見つめた。
わずかに震えている。
感覚が薄くなっている。
数百回、投げ続けた証拠だ。
その震えを、ノックスは肯定する。
> 「……戦場を設計する魔術」
それだけが、揺るぎなかった。
学院が教える魔術は、“威力で戦場を破壊する魔術”だ。
魔術という言葉は、“破壊の技術”として扱われている。
だが速度は違う。
戦場そのものを作り替える魔術だ。
敵の足場を崩し、
行動を止め、
詠唱の時間を奪い、
“魔術を成立させる前に勝つ”。
それは威力ではない。
破壊でもない。
設計と支配。
魔術の概念そのものが変わる。
ノックスは、散らばった石の列を見ながら小さく息を吐いた。
失敗の跡、爆発の跡、火花の跡――
そのすべてが、ひとつの言葉を形作っていた。
“速度”
まだ名前はない。
まだ誰も認めない。
だが確かにここにある。
そして――その先に、師匠の“内部式”が待っている。
ノックスは石を一つ拾い、空に投げるような動作をしながら呟く。
> 「削り切った先で、“考えない魔術”が生まれる」
その言葉だけが、確信だった。
川の音が流れている。
風が土を撫でる。
焦げた地図が広がっている。
孤独ではない。
この地図は、誰も知らない未来の形だった。
速度という革命が、静かに――しかし確かに、描かれている。
ノックスはもう一度石を握った。
今度は“限界のひとつ先”を目指すために。




