2-2: ー模倣は革命になるー
川原の夜は、静かだった。
水の音が絶えず聞こえる。
夜の匂いが濃い。
焚き火だけが、そこだけ別の世界のように明るい。
ノックスの腕は重い。
指の節は赤く腫れ、爪の裏が痛む。
――投げ続けた証だった。
白い水柱は、今日は一度だけ出た。
昨日より多い。それでも少ない。
速さは、まだ“偶然の形”のまま。
(明日、もっと投げる……)
そう思っていた。
だが、師匠――冴島大輔は、火を見ていた。
背中を向けたまま、まるで世界のどこか遠い場所と話しているような表情で。
ノックスが口を開こうとした時――
先に、師匠が静かに言った。
「才能がない奴が“能力を開花させる”には、道が一本しかない」
ノックスは、言葉を飲んだ。
“能力を開花させる”。
それは、学院ではいつも“才能がある者”のための言葉だった。
ノックスにはその資格がないと、ずっと教えられてきた。
「努力……ですか?」
反射的に返す。
それ以外、知らなかったからだ。
大輔は首を振った。
「努力ってのは“時間”だ。
強い。全員が持っている。
だが──壁に当たる。」
パチ、と火花が弾ける。
「才能がある奴は壁を越える。
才能がない奴は、壁に潰される。
そこで終わる。」
ノックスは息を飲む。
それは“学院で見てきた光景”そのものだった。
ルシアンは壁を越えた。
ルミナは壁を削って越えた。
ノックスは――壁に潰された。
「……じゃあ、どうすれば」
大輔は笑う。
「飛び越える方法がある」
ノックスは顔を上げる。
焚き火に照らされる師匠の横顔が見える。
その目は、速さを見ているのではなく――
“可能性の先”を見ていた。
大輔は空を指した。
「“模倣と仕組み化”だ」
「模倣……?」
「優れた技術を、そのまま真似る。
できないところから考えるんじゃない。
“できる形”を先に真似る。
遅い奴が速くなる唯一のやり方だ」
ノックスは理解できない。
だが、言葉だけは胸に刻み込まれる。
「これが悪く言えば“パクリ”だ。
よく言えば“リスペクト”だ」
大輔は笑う。
本当に楽しそうに。
焚き火が揺れ、影が広がる。
「俺の国に、有名な魔術師兄弟がいる」
ノックスは聞き逃さない。
「二つ名を、
“鉄を纏いし白銀”と“紅の術師”という」
ノックスは魔術師の物語だと思った。
英雄譚。栄光の話。
だが――違った。
大輔は淡々と続ける。
「紅の術師は、母親を魔術で復活させようとした。
代償に片腕を失った。
弟はその場で身体を失った」
ノックスの心が揺れる。
犠牲。
“速度の誕生”の裏側にあるもの。
「兄は諦めなかった。
自分の足を代償に、弟の魂を白銀の鎧に定着させた」
焚き火の光が石の上で揺れる。
「二人は“扉”の前に立った。
自分の限界の前でだ。
彼らは詠唱を捨てた。
“考える前に魔術が出る仕組み”を作った」
大輔の声が落ちる。
それは讃歌ではない。
神話でもない。
「模倣は、才能を超えるための唯一の道だ。
そして“仕組み化”は、偶然を“技術”に変える」
ノックスは、小さく息を吸った。
この会話は、ただの昔話なんかじゃない。
師匠が、“速度理論の核”を渡している。
偶然の一撃を――必然へ変える方法。
“模倣と仕組み化”。
それが、速度を“魔術”にするための道。
ノックスは手の中の石を見る。
そこには微かな刻印――エングレイブが走っていた。
師匠が言った。
> 『これは、誰でも、同じ魔術を詠唱なしで発動できる刻印だ』
外部式。
式を物質に刻む技術。
――偶然を“再現できる形”に変える方法。
そして、師匠は続けた。
> 『俺の理論は二種類ある。
エングレイブ(外部式)
フラッシュシグル(内部式)だ』
外に刻む。
内に刻む。
外部式は“現象を再現させる”。
内部式は“身体そのものを反射で発動させる”。
それが、さっきの言葉へ繋がる。
> 「二人は“考える前に魔術が出る仕組み”を作った」
仕組みだ。
努力ではない。
才能ですらない。
魔術を、「仕組みにする」。
それが――速度の正体。
ノックスは石を握る。
(模倣でいいんだ……)
学院では“独創”だけが価値と言われた。
だが――師匠の理論は逆だ。
> “誰でもできる形”を作ることが、革命になる
それは、落ちこぼれにとって――唯一の道。
だから思う。
(僕は、ただ速くなりたいんじゃない)
速さを“共有できる形”にする。
それが、師匠が見ている未来。
ノックスの胸に熱が走った。
川の音が遠くなる。
焚き火が近くなる。
夜が深くなるほど、言葉が胸に残る。
ノックスは火を見つめる。
「……できる形を真似る……」
それは、昨日見た光景そのものだ。
師匠が歩みながら撃った三発。
詠唱ゼロ。
構築ゼロ。
ただ“結果だけ”が残った。
ノックスは思う。
(あれを、真似るんだ)
できる理由を考えるんじゃない。
できる形を真似る。
最初に必要なのは、“理解”じゃない。
> 模倣。
それが――速度を持たない者が、速度へ辿り着く唯一の道。
ノックスは拳を握った。
「僕は……真似します」
師匠が振り返らなくてもいい。
答えが返らなくてもいい。
自分で言った言葉が――自分の未来を決める。
火が揺れ、影が伸びる。
その夜――
落ちこぼれは、“速度の模倣者”へ変わった。




