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2-1 : ー速度は届かないー

川原の朝は、ひどく冷たかった。


風ではない。

空気が冷たいのでもない。


胸の奥に沈んだ“ある感覚”が、温度を奪っていく。


(……昨日、一瞬だけ“二連”が出た)


たった一度。

それも、極限の疲労と混濁の中で――

身体が勝手に答えを出した瞬間。


“速度が存在した”。


それは紛れもない事実だ。


だが、今。

ノックスの指は、震えている。


石は――飛ばない。


ぼちゃ。


水面が静かに波打つだけ。

昨日の“世界が跳ねる音”は、どこにもない。


「……もう一度」


石を拾う。

握る角度。肘の位置。足の置き場。

全部、昨日と同じように――のはずだ。


なのに。


ぼちゃん。


水音が、胸を刺した。


「違う。これじゃない……」


指先に力が入る。

肩に余計な力がかかる。


(“理解した”せいで――遅い)


ノックスは悟った。


理解は、速度を殺す。


昨日は、理解していなかった。

ただ投げた。

ただ動いた。


「……なのに、今は“説明できるようになった”気がしてる」


二連の成立。

その瞬間に、自分の中で何かが言語化され始めた。


“こうすればできる”。

そう思った瞬間――“できなくなった”。


(速度は“理解した瞬間”に死ぬ)


師匠の声が、脳の奥で蘇る。


> 『速さは、先に存在する。

  理由は、後から追いついてくる。』




(先に存在してたのに――理由が追いついた瞬間、逆に遅くなった)


それは矛盾だ。

だが、速度そのものが矛盾の塊だ。


努力では届かない速度。

理解すれば遅くなる速度。

知覚できないほど速いのに、結果だけが残る速度。


「……僕は今、“理解しているつもり”になってる」


だから――遅い。


ノックスは膝に手を置く。

息が熱い。

考えるほど、身体が重い。


(速度は“感覚”じゃない。“設計”でもない。

 両方が重なった瞬間に……一度だけ成立する)


そして、それを“繰り返せない”うちは――


> まだ奇跡だ。魔術ではない。




ノックスは石を握り直す。


目を閉じた。


理解を捨てる。

理由を捨てる。

説明を捨てる。


昨日見た“世界の跳ね方”を――思い出す。


“瞬間ができた”。

それだけでいい。


(考えるな。思い出すな。狙うな。

   ……ただ“今”を投げる)


指が開く。


石が走る。


空気が震える。


――ぼん。


一瞬、世界が跳ねた。


だが――


(……遅い)


昨日とは違う。

似ているだけ。

“再現できたようで、できていない”。


ノックスは小さく笑った。


「“偶然を理解した”だけじゃ、“必然”にはならない」


速度が成立する条件は二つ。


偶然ではなく、再現性。

理解ではなく、存在。


そのどちらも――まだ足りない。


ノックスはポケットから、灰色の小石を取り出した。


そこには、かすかに刻印が走っている。


師匠から教わった

刻印魔術エングレイブ


外部式。

物質に術式を刻み、

“脳の演算ではなく、用意した術式で即時発動させる技術”。


それは、速度の「足場」だ。


だが――


> 「エングレイブだけじゃ足りない。

  速術式フラッシュ・シグルが必要なんだ」




ただ刻むだけでは、速度にならない。

刻印を“反射運動で発動させる仕組み”が、内部に必要だ。


“内部式”。


師匠は言っていた。


> 『内部式は、“身体そのものを術式にする”概念だ』




だが、まだ遠すぎる。


ノックスは石を握り直す。


「僕は、まだ外側でしか戦えてない」


外側に刻んだ術式。

外側に投げた結果。


それは“魔術になりうる種”だが、まだ――魔術ではない。


> 魔術とは“再現できる現象”でなければならない。




偶然は美しい。

だが、それは魔術とは呼ばない。


(偶然を“設計”に変える。

 そのための努力こそが――僕の速度だ)


速度は才能ではない。

才能なら昨日だけで終わっていい。


だが――終わらせない。


努力を積む。

設計を積む。

反復を積む。


その先に――速度は、“努力の形”になる。


ノックスは立ち上がった。


肩が重い。

脚が震える。


それでも、昨日より前を向いている。


川の流れが、音を立てる。


遠く、学院の塔が見える。


(速度は、誰かに見せるためじゃない。

 速度は、“自分が辿り着くため”にある)


だから、今日も投げる。


「……まずは、一発目と二発目の“差”を消す」


一投目を速くするのではない。

二投目を“遅くしない”。


それが速度だ。


石が飛ぶ。


――ぼん。


世界が跳ねる。


ノックスは小さく息を吐いた。


(届かない。

 でも、昨日より“届きそう”だ)


それでいい。


魔術になる前に、速度は“努力の形”になる。

努力の形になった時――誰にでも届く。


それが、速度の革命だ。


その瞬間を夢見ながら――ノックスはまた石を拾った。


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