第3話 移転の日
あれから、あの猫は現れていない。
俺の移転準備は、それなりに進んでいた。
「ジャネット、キャンプに役立つ情報って入れてる?」
「マイコー、完璧だよ。マキのくべ方、テントの張り方、はんごうの使い方とかでしょ」
無機質な瞳で、ジャネットは俺を見つめながら答えてきた。
「うーん、ちょっと違うような気もするが……まあ、大丈夫かな」
「あとは、色んな便利商品の作り方、石鹸とか、歯磨き粉とか、野生動物の解体方法とか?」
一応、何があってもサバイバルできるように、いろいろ考えてはいた。
……使えるかは分からないけどな。俺自身に覚える気は、あんまりないし。
「まあ、一通りジャネットに覚えてもらって、俺は筋力増強だな」
「そうだねマイコー。メタボで筋肉量も成人男性平均の80%しかないもんね」
「きょうがくのじじつ!!」
「な、なにはともあれ、体が資本だしな。動けるようにはなっておきたいんだよ。……そうだ、ジャネット、効果的に体を鍛えるメニューを作ってくれないかな」
「いいよ。じゃあ毎日何をすればいいかメニューを考えとくから、実践して鍛えてね」
そんなやりとりもほんわかとしてシアワセだった。だって声は女の子だもん。
みためアルミの金属感満載だけど。こうね、目を閉じて想像すればいいんよ。得意だし。イマジネーション。得意技だし。
そうして、移転の日まで、目まぐるしく時が過ぎていった。
ある日の朝、食事を終えてソファーでくつろいでいたときのことだった。
テーブルの上のマグカップが、カタカタと揺れだした。
「地震……? いや…… なんだ?」
そのとき――あの猫が、目の前に現れた。
「ふう~無事についたにゃ。マイコー、久しぶりにゃ」
「うわっ!? びっくりした! 急に出てくんなよ!」
「にゃっはっは、移転するとどうしてもこうなるのにゃ。まったく、おみゃーはビビりにゃ~。さあマイコー、準備は整ったにゃ? 一カ月はあっという間だったにゃ?」
「まあね。でも、ちゃんと時間があったおかげで一応の準備はできたぞ。命を与えてもらう記憶媒体は――このジャネットだ」
「んにゃー、これは最新型モデルのボッター君にゃ。にゃかにゃか良い出来にゃ」
「しっかり色々と覚えてもらってるし、準備は万端だぜ」
「わかったにゃ。ジャネット、まずはおみゃーに命を吹き込むにゃ」
「マイコー、にゃにか希望はあるにゃ? 筋肉ムッキムキのマッチョボーイとかにゃ?」
「誰の趣味だよ! っていうか希望が叶うのか?」
「にゃー、ある程度は希望に沿う様に出来るにゃ。ある程度はにゃ」
「そ、それじゃあ…… 超絶美少女メイドで……」
「んにゃんにゃ、超絶筋肉メイドにゃ……おみゃーも好きだにゃ」
「いやいやいや! 耳おかしいよね!? 美少女メイド、男の夢だろ!」
「にゃっはっは、柄にもなく恥ずかしがって小さな声で言うからにゃ。おみゃーのイメージをもとに美少女メイドとやらにしてやるにゃ。ちょっと頭を覗かせるにゃ」
「ええっ!? こわっ!」
「ええから、ええから、いたくないにゃ」
俺の頭の上に、猫がぴょんと飛び乗る。上から、頭の中を覗いてるような体勢になった。
「んにゃんにゃ…… にゃ、これは…… マイコーよ、おみゃーも好きじゃにゃ」
「なに!? なに覗いてんの!?」
「んにゃ、わかったにゃ。それではおみゃーの好みにジャネットを変えるにゃ」
猫が片手を上げると、そこから青白い光が放たれて、ジャネットを包み込んだ。
直視できないほどのまぶしさに、思わず俺は目をつぶった。
「終了にゃマイコー。どうにゃ、おみゃーの好みドストライクにゃ」
おそるおそる目を開けると――そこには、メイド服に身を包んだ美少女が立っていた。
「ま、マイコー、どうかな?」
頬を赤らめ、恥ずかしそうにうつむくその姿。
メイド服を着ているけど、内面からにじみ出る高貴な雰囲気は、まるでどこかの国のお姫様みたいだった。
つやつやの銀髪に、大きくキラキラした瞳。すっと通った鼻筋に、薄いピンクの可憐な唇。
俺の中で思いつく、最上級の女性の姿だった。
口が勝手に開いて、声が震える。
「け……け……」
「け?」と、ジャネットが聞いた。
「ケッコンしてくださあああああああああい!!」
「にゃっはっは、ジャネットはおみゃーの所有物にゃ、メイドだにゃ、結婚しようが離婚しようが、思いのままにゃ」
「何それ、シアワセの絶頂!!」
「マイコーの好きにしていいのよ……」
ジャネットのつぶらな瞳に見つめられ、俺は天にも昇る気持ちだった。
「次はマイコーの番にゃ。筋肉ゴリゴリマッチョで良かったかにゃ?」
「絶対ヤダ!!」
「にゃっはっは、冗談はさておきどうするにゃ? さっき覗いた中でおみゃーの希望も把握しとるにゃ、それでよかったにゃ?」
「そ、それでオナシャス!!」
またも猫が片手を俺に向け、青白い光に包まれる。
体全体があたたかい光に包まれ、しばらくして――俺の姿が変わっていた。
断言しよう。超絶イケメンであると!
「そのお姿もとっても素敵ですわ……」
……え、ジャネット、キャラ変わってね? 同級生っぽい口調どこいった?
「にゃっはっは、鏡を見てみるにゃ」
おそるおそる鏡を見ると、そこには見たことのないイケメンが映っていた。
「なにこれ! ガイジンさん!? しかもイケメン!!」
金髪、青い瞳、高い鼻――まさに異世界でモテまくりそうなルックスを手に入れていた。
しかも、不思議と違和感がまったくなかった。……というか、昔の自分の顔が思い出せない。
「なんか、前の自分の顔とか思い出せないんだけど?」
「にゃっはっは、記憶もその外観に変わっておるにゃ。違和感があるとストレスになるにゃ」
「ストレスフリー!!」
「それにゃー2人とも、荷物は身に着けられる一つだけにゃ」
俺とジャネットは、準備していたリュックを背負って猫の前に立った。
「準備オッケーだぜ!」
「にゃっはっは、それでは行くのにゃマイコー!」
俺たちは光に包まれて、消えた。
「んにゃ、こっちでのウチの仕事はこれで終わりにゃ。帰るにゃ」
やがて猫も、光に包まれて消えていった――。
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