第1話 猫は語る
俺の名前は近江舞蹴。読みは「おうみまいける」。知り合いからは「マイコー」と呼ばれてる。これから始まる、ちょっと信じられないような話の主人公だ。
そんな俺は、今、がっくりとうなだれていた。なんでって? 昨日、会社をクビになったんだよ。
俺、52歳。肥満体型、ド近眼、ブサイク、おまけに貯金ゼロ。サイアク。キモイ。
仕事がないから、仕方なくハロワに行ってきた。ハワイじゃないよ。ハローワークとやらだよ。仕事を探すところだよ。
ハロワの職員は、冷たい目で対応してきた。
「えーっと、近江舞蹴さん、資格は特にお持ちでないと……前職はツブレル商事の営業ですね……退職理由は……人員削減、不景気によるものと。なるほど。ええっと、何ができますか? 営業全般……資格は? ……ないと。うーん」
カチャカチャとキーボードを叩きながら、職員は続けた。
「残念ですが、今のところ50代の募集はありませんね。30代ならたくさんありますが……どうされますか? 一応登録はしておきますね。何か引っかかるかもしれませんので。まあ、あんまり期待しないでくださいね」
「じゃあ、次回の認定日にはきちんと求職活動をしてくださいね」
そんな不毛なやり取りを終えた俺は、ハロワを後にした。
……とはいえ、どこに行くあてもない。あてもなく歩いて、気がつけば川沿いの公園に来て、ベンチに座っていた。
「はあ〜……52歳で職無し、貯金無し、嫁無し。もちろん彼女なし、この不景気の中で再就職なんて無理ゲーじゃね?」
「どうすっかな、ほんと、どうすっかな……」
通りがかった親子連れの母親のほうが不審者を見たようなぎょっとした反応で足早に去っていった。そんなにやばい見た目なの?泣くよ、泣いちゃうよ。
俺はこれまでの人生を振り返ってみた。
……結果、気づいたことがある。人に誇れるようなことが、なーんにも無かった。
それに気づいた瞬間、さらに気分が落ち込んだ。
「はーっ、つんだよー、つんだよー」
そのとき、ベンチの横に一匹の野良猫がやって来て、ちょこんと座った。
白黒模様の、どこにでもいそうな猫だ。いわゆるハチワレっすね。
「んみゃ〜」
「なんだお前、暇なのか? エサはないぞ」
カバンをまさぐると、2、3日前のソーセージが出てきた。……まあ俺、おやつはソーセージ派なんだ。
「ほらよ、食うか?」
「んみゃ んみゃ むぐむぐ」
「がっついてんな〜」
「いやー、危なかったにゃ。おぬしには礼を言うにゃ、助かったにゃ」
「……えっ?」
目が点になった。猫が……喋った。しかもオネーチャンの声だ。
「驚くでにゃい。良い知らせにゃ、マイコー」
「俺のこと知ってんの!?」
「実はにゃ、とある世界からの求人にゃ」
「にゃんですと!? あ、噛んだ。なんですと!?」
「おぬしもがっついとるにゃ〜。にゃっはっはっ」
「これがいわゆる“求人票”にゃるものにゃ」
そのとき、俺と猫の目の前に、半透明の板が出現した。見たことのない文字がびっしり書かれている。
「読めんわ!!」
「にゃっはっは、こう書いてあるのにゃ。
【魔法実験の実験台求む。理想の顔、体型、記憶力、体力、抜群の運動神経、何でもあなたの理想通りの姿に変換してあげます。究極の最終魔法の被験者求む。ただし変換時に移転して今までの世界とは全く違うこちらの世界に住むことが条件になります。】とにゃ」
「んな!! そんなバカな……」
「読んでる最中は(にゃ)がつかない……だと」
「そこにゃの!」
信じがたかったが、目の前にある半透明の板はどう見ても“ある”。
「なあ、ほんとに……ほんとなのか?」
「ほんとにほんとにゃ」
「実験に失敗したら……どうなるんだ?」
「そうだにゃ……次元のはざまに吸い込まれ、二度と戻ってこれにゃいにゃ」
「デンジャラス!!」
「成功率は95%。にゃ、ほぼ100%にゃ」
「うーん、その5%を引きそうなのが怖いんだが」
「今ならにゃんと、実験まで1ヶ月の猶予があるにゃ。その間に必要なものを揃え、準備ができるにゃ」
「ん? 必要なもの?」
「移転先の世界はにゃ、この世界に比べ100年ほど遅れておるにゃ。つまり日本で言えば明治初期ぐらいにゃ」
「だいぶ不便じゃね?」
「でもにゃ魔法があるにゃ。今回の実験台にはにゃ、魔法が使えるよう変換してやるにゃ。サービス満点にゃ」
「マジか、何それ超ワクワクするじゃん。……で、何を準備すればいい?」
「こちらの知識を持っていくのが一番にゃ。向こうの世界も実は異次元の“地球”にゃ。次元がずれているだけにゃ、元は同じにゃ。つまり知識はそのまま使えるにゃ」
「でもさ、記憶媒体とか持ってっても、電源なかったら意味なくね?」
「んにゃー、マイコー。おみゃー、なかなか知恵がまわるにゃー」
「いや、普通だろ!!」
「にゃんと今回のサービスには、“一つだけ”記憶媒体に命を吹き込むことができるのにゃ」
「にゃ、にゃんですと!!」
「にゃっはっは、ええリアクションにゃ」
「いやご都合主義にも程があるって!!」
「信じられないのも無理はないにゃ。でも信じて準備するにゃ。もう戻ってこれにゃいにゃ」
「え、もう決定なの!?」
「さっそくにゃーマイコー、おみゃーの口座に1億円振り込んでおいたにゃ。準備に使うにゃ。返済不要にゃ。実験の対価の一部の前払にゃ。スマホで確認してみるにゃ」
慌ててスマホを開いて、口座残高を見てみた。
「いっ・いっ・いっ・いっ〜!? 一億ぅぅぅ!!!」
「にゃっはっは、本当にゃったにゃ。残高が235円しかなかったのは驚きにゃ」
「ほっとけや!!」
「ではにゃ、マイコー。準備を進めるのにゃ。1ヶ月後に迎えに行くにゃ。……まあ、逃げも隠れも出来にゃいにゃ。それじゃにゃ」
「あっ、ちょ、待って! そんなウマい話、裏があるんじゃねーの!? 魔王倒して来いとか、人類の危機を救えとか、そういうミッションあるだろ!?」
俺の最後の問いかけには答えず、猫はスーッと半透明になって、消えていった。
信じられない気持ちでその様子を眺めながら、もう一度スマホ画面の残高を確認して、つぶやいた。
「とにかく、この金で万全の準備をして備えよう。それしかねえ」
「今より絶対マシだ。理想どおりに転生できるってんなら……行ったろうじゃん!」
そう言って、俺は自宅へと向かって歩き出した。
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