光
動物園の檻の隅に咲く花と、蝶の話
夏のまぶしい日差しが降り注ぐ。
私の毎日は、ただ人間が通りすぎていくのを見ているだけだ。なにかに関心を寄せることなど、存在すら認められない私には無意味である。
ここへ来る人間は皆カラフルで綺麗なオウムや小さくて可愛いモルモットを見に来ているのだ。フラミンゴを目的に訪れる人間などいない。ましてやその檻の隅に生えている草など誰も目もくれない。
こんな私に話しかけてくる物好きは、この蝶だけだ。
風に流されているようで、なぜか毎日決まって私の前に降り立つ。檻の中にも外にも花はあるだろうに。気まぐれなのか、ただの習慣なのか――私はその理由を考えまいとする。
「なぁ、花。今日もいい天気だな。」
そうか?
「そうさ。今日はここへ来るまでに人間を15人も見たんだ。」
それは多いのか?
「多いとも。」
そうか。
「今日はサルのショーを見ようと、大きい人間の肩に小さい人間が乗ってたんだ。僕はその子より高く飛べるかな、なんて競争してたよ。」
能天気に話す蝶を見ているとやるせない怒りがわいてくる。
わざわざフラミンゴを見に来る人間なんていないんでな。分からなかったよ。
怒りを押さえ、私は冷たく返す。私の機微を察してか、「またね。」といって蝶はまたどこかへ飛んでいった。
次の日も蝶は変わらず私のもとへ来た。脚には小さな羽根をひっかけている。
「おはよう、花。今日は良いものを持ってきたんだ。」
蝶の言う“良いもの”がただの鳥の羽根のことなら私はそんなものに興味はない。羽根があったってなにになるのだ。
悪いが、取り込み中でな。
誇らしげに羽根を持ち上げる蝶を一瞥し、私は葉に降り注ぐ日の光だけに集中した。蝶は「会えて嬉しいよ。」と言ってあっさり元の道へ戻っていった。
そしてまた次の日も、蝶は変わらず私のもとへ来た。昨日とは違う、ふわりと軽い白い羽根をひっかけていた。
「おはよう、花。見てくれ。今日のはキミも気に入るんじゃないかな。」
そう言って、その羽根を私の茎元にそっと置いた。私は茎を揺らし、日の光のことだけを考えるふりをした。
蝶は得意げに翅をひらひらさせ、「キミに似合うと思ったんだ。おいておくね。」と言ってまたあっさりと飛び去った。
それからしばらく蝶は来なかった。
私は変わらず日の光を浴びることだけを考えた。たまに檻の中のフラミンゴたちを見る。野生のフラミンゴと違い、動物園のフラミンゴは羽を切られて飛ぶことができないらしい。いつ見たって呑気に水を飲んで藻を啄んでいるだけだ。こいつらも自分が動物園の主役ではないことに気づいているのだろうか。なんて余計なことを考え、土の中に張った自分の根をもぞもぞ動かす。また日の光のことだけを考えようとした。
「久しぶりだね、花。」
懐かしい声が茎を撫でた。そこには蝶がいた。
本当に久しぶりだな。蝶。しばらく見ない間どこへ行ってたんだ?
「珍しいな。僕のことを聞いてくれるのかい?」
いや。ただ君にとって私はフラミンゴでしかないとか、考えてたのさ。
「つまり花、キミはフラミンゴってこと?」
そうだよ。
投げやりにそう答える。我ながら突拍子もないことを言ったと思う。
長い沈黙のあと、蝶は飛びきり明るい声で答えた。
「そうさ。君はフラミンゴだよ、花。君の美しい花弁もがくも、凛とした佇まいも、 フラミンゴのように情熱的で美しい!」
思いもよらない方向からの答えに怒りが込み上げる。遮って私は声を荒げた。
なにがフラミンゴだ。君は羽があって自由に飛んで行けるが、私もフラミンゴも君とは違う。喜びも熱意もなにもない。こんな怒りなど情熱など無意味だ。 所詮私は、脇役以下の草で、君は……
怒りはすぐ霧散し、いつもの虚無が込み上げる。
もうどっか行ってくれ…。
夏の暑さが私を地の底へ引きずりこむようだ。私はそのまま土の奥深くで長い眠りについた。暗闇に沈む前、蝶は何か言いたげな顔をしてふわりふわりと飛び去った。
季節は過ぎ去り、暖かな春の日差しで目を覚ます。私が寝ている間も蝶は来ていたのだろうか。私は数日間、蝶を待った。
いくら待っても、君はもう私のもとへ飛んでこないのだろう。
飛べない私は、ずっと何にも関心を持たないふりをしていた。価値のない自分を認めたくなくて。
でも君は違った。君は私を、フラミンゴを、美しいと言ってくれた。そんな君だけが、私の本当の関心だったのだ。
君を想い春風にのせて綿毛を飛ばす。
友として君の話を聞くために。
2つ目です。




