第84話 体臭って自分で気付けないのコワイ
「──さて、それじゃあやるとするかね、討伐クッキング」
甲鋏竜の討伐後、リデーへと帰還し、商人ギルド長へと報告も済ませた。
それから宿に帰ったところ、なんとすでに用意周到なオウエルによって厨房を貸切られており、調理環境も整えられていたため、俺はさっそく腕まくり。
オウエルはそんな俺の横に楽しそうにして並び立つ。
「お手伝いします。今日もカレーを作るのでしょうか?」
「そうだな。ただ今回はせっかく冬虫夏草とヤドカリという面白い食材が二つも獲れたことだし……趣向を変えてみるとしよう」
「──つまりそりゃあ、カレー以外のメシが喰えるってことだなっ、ムギッ!?」
俺のその言葉に反応して、バッと勢いよく厨房に顔を出してきたのはダボゼ。
「長かったぜ……ようやくカレー味以外のものが喰えるのか……!」
「ちょうどいい。ダボゼも手伝え」
「えぇ? 料理だろ? 向いてねぇからな、俺にはよ」
ダボゼはそう言うやそそくさと厨房から抜け出して、
「その代わり酒屋で美味い酒を買ってきてやるよ! 麦酒とワイン、今日の料理に合うのはどっちだ!? どっちもか! どっちも買って来るぜ!」
興奮気味にそう言い残すと走って行ってしまう。
瘦せてからというものの、ずいぶん小回りの利く行動をとるようになったな、ダボゼ。
「まったくあの男は……! 自分勝手なところが全然変わりませんねっ。一度ムギ様からキツくおっしゃってみてはどうですかっ?」
「まあまあ。それなりに普段頑張ってくれてると思うし……」
「ムギ様はお優し過ぎます……ですがまあ、あの男がいたところで調理には微塵も役に立たないのは事実。お手伝いは私一人にお任せください」
「一人……? あれ、そういえばみんなは?」
「先にお風呂に入る、と。みなさん汗をたくさんかいたとのことで、加えてシナモンさんにいたっては戦闘中に眠りについて地面に倒れてしまったからか、砂だらけだったようですので」
「ああ、そっか……」
汗か。
確かに灼熱の砂漠地帯を歩き通したのだからそれなりにかいていて当然だ。
……俺もかいたよな?
スススッと。
オウエルからちょっとだけ距離を取っておく。
自分だと自分の臭いって、気づけないから。
俺、もしかしたら臭いかもしれないし。
いや、臭い気がしてきた。
「うーん、ムギ様。このヤドカリの殻剥きはちょっと私には硬すぎて難しいかもしれません。お願いできますか」
スススッと。
すかさずオウエルが距離を縮めてくる。
「ああ、わかった。やっておくよ」
「よろしくお願いいたします」
ヤドカリ食材を受け取って俺は再び距離を取ろうと一歩下がるが、そうするとまた一歩詰められる。
なぜだ?
俺が首をかしげると、オウエルもまた不思議そうにしていた。
「ムギ様? なぜ距離を取ろうとするのです……?」
「い、いや、ホラ、俺もけっこう汗かいたからさ……臭くないかなって思っ──」
「全く臭くないです」
被せ気味に答えるオウエル。
そのままの勢いで俺の胸に顔を近づけるとクンクンクンと鼻を鳴らす。
「ちょっと、オウエルっ!?」
「はい。全然臭くないですね。まあわかってはいましたが」
オウエルはメガネをクイッと押し上げると、
「まあ当然でしょう。ムギ様が臭いなど、天地がひっくり返ろうともあり得ませんから」
「いや、汗をかけば誰でも臭くなるとは思うが……」
「たとえそうだとしても、ムギ様の香りは全て素晴らしい匂いです、少なくとも私にとっては確実に!」
「……ちょっと待ってくれ、その言い方だと逆に不安になってくるんだがっ!」
一般的には臭いけどオウエルの考えの上では臭くないって話になってない?
俺は結局……臭いのか臭くないのか、どっちなんだ!?
「本当に臭くないですよ。汗のニオイはしますけど」
「や、やっぱそうだよな! 俺も先に風呂に入ってくる……」
「あ、でも気にならないのも本当ですよ、ムギ様」
厨房から去ろうとした俺の腕を、オウエルはギュッと握って止めてくる。
「いや、でも不潔だし……」
「不潔? 何を今さらその程度のことを気になさるんですか」
「え、俺、普段からそんなにヤバかった……?」
「そうじゃありません。そうじゃなくて……お風呂に入れない野宿の日も含めて、私たちはもう何ヶ月も一緒ではありませんか」
オウエルは小さなため息と微笑み交じりに、諭すように言ってくる。
「いいニオイとか悪いニオイとか、そういうのではないですよ。落ち着く匂いです」
「……そうか?」
「ええ。なのでお気になさらず。というか、今はマチメさんたちがお風呂を使っているので、どのみち入れませんよ」
それもそうだ。
俺は諦めて厨房へと戻ることにした。
まあ、手はしっかりと洗ってるし、食材に触る分には問題なかろう。
気を取り直して調理を先にしてしまおう。
「それにムギ様、私思ったのですが、」
オウエルはまたも寄り添うような近さで俺へとその満面の笑みを向けつつ、
「私たちは最近はカレーでたくさん香辛料を食べているわけですから、体のニオイも爽やかになっているのではないでしょうか? だから本当に気にする必要もないかと」
「……いや、オウエル。残念ながらその理屈は間違ってる」
「えっ?」
頭の上に疑問符を浮かべたようなポカンとした表情になるオウエル。
まあ確かに、香辛料って体に良いし、いい匂いもするから体臭改善に良さそうだと思うよな?
だけど、実際は違うのだ。
「香辛料ってな、摂り過ぎると体臭がキツくなるんだよ」
理由は様々で、純粋に香辛料が発汗をうながすからとも、香辛料の強いニオイ成分が汗に溶け込み自分の体臭と混ざるからとも言われている。
「まあ美味しいから結局食べちゃうんだけどな……って、オウエル?」
「……」
先ほどまで触れられるほど近くにいたオウエルが、スススッと。両脇を押さえるようにしながら、俺から距離を取っていた。
「あの……オウエル、まさかとは思うけど……」
「わ、私、毎食カレーをおかわりしていたので……臭いかもしれません。いや、臭い気がしてきました。いえ、ゼッタイに臭いですっ!」
「いや、スマン! 俺が変な話をしたのが悪かった! 忘れてくれ!」
「私、今日から香辛料抜きのカレーを食べます……」
「それはもはやカレーじゃないよねっ!? 気にしなくていいから、オウエルもみんなも、全然ニオってないから!」
「ひぃん……それが真実か、はたまた優しいウソなのか……私自身では知りようがないんですぅ……!」
先ほどの俺と同じような悩みを抱えたオウエルの説得に、俺は調理を進めながら半時間ばかりを費やしたのだった。




