第83話 ムギの過去を知る者
シナモンから放たれたその赤い光線──火竜砲。
それは吸い込まれるように甲鋏竜の胸部の傷の中へと直撃し、その体を貫いた。
そして、それだけに留まらない。
──ボボボウッ!
まるで内側から破裂するように、その頭と体のアチコチから立つ炎の柱。
シナモンの光線が、傷口に深く入っていた隠し包丁の切れ込みへと浸透して、その体を内側から突き破ったのだ。
──グラリ。
空中の甲鋏竜の体が傾く。
クラゲのようにうねっていた菌糸の束たちの統制が失われ、そして次第にその機能を停止させていった。
そして、ゆっくりとその体が地上へと墜ちていく。
「よしっ!!!」
俺はウサチは先に地上へと降り立って、その場でガッツポーズ。
狙い通りだ。
寄生キノコそれ自体に脳や内臓はないから、どのような一撃であっても致命傷にはなり得ない。
だが、それでも弱点はある。
それが高熱だ。
「隠し包丁を入れた場所から体のアチコチに広がった火竜砲が菌糸を焼いた……これでもう、キノコがヤドカリの体を操作することはできないはずだ」
「火が入ったってことなら、食べられるのかぁ?」
「すごいなウサチ、もうアレを食材として見られるのか。料理人としての素養もあるかもしれん」
「ピスッ!」
うれしそうに鼻を鳴らすウサチの頭をなでつつ、俺たちの少し離れた場所へと不時着しつつある甲鋏竜を見る。
ズゥンと地響きとともに、その体は荒野へと横たわった。
その体の外に出ている菌糸はいまだに活動を続けているが、本体は動く気配もない。
「食べられるかどうかで言えば、食べられるんだろうな。シナモンのスパイスレーダーに反応していたところを見るに、たぶん毒素はないんだと思う。でもまあ、生の方はもっとカピカピに乾燥させないと冬虫夏草としては扱えないな」
「焼いた方は?」
「シイタケみたいで美味いかもな」
「ピスッ! 味見しようっ!」
「いちおう、毒見の後でな?」
「──うにゃあ、マジで倒しちゃったニャ!」
俺たちの背後、そこにそびえていた竜の化石の裏から大きな声。
その特徴的な語尾は尋ねずとも誰かわかる──撤退したはずのニャコだ。
「すげぇな。弱点を見抜いてたのか?」
「なるほど敵の本体は菌糸だった、と……さすがにそれは思い寄らなかったわ」
ニャコの後ろにはプレイボ、ツンスもいる。
そして、
「……」
舌打ちを響かせる青髪リーダーもまた、気に喰わなそうな表情で立っている。
その視線の先にあるのは、甲鋏竜。
四人組は青髪を先頭にして近づいてくる。
「うなぁっ! まさか私たちの甲鋏竜、横取りするんじゃないだろうなぁっ!?」
バッと。両手を広げて立ちふさがるウサチ。
しかし、それに対して青髪は、
「仕留めたのはおまえたちだ。その死骸をどうするかについて、俺にどうこうする権利はない」
そう言った上で、俺の前までやってくる。
「アレは死んでいるのか? まだところどころ菌糸が動いているようだが」
「じきに死ぬ。さっきの一撃で宿主だったヤドカリは死んでるし、体の内側の菌糸もボロボロだ。移動もできないだろうから放置しておけば勝手に死ぬよ」
「他の生物へと乗り移る危険性は? キノコは胞子を飛ばすだろう?」
「大丈夫だと思う。まだ胞子を作るための子嚢は作られていなかったし……なにより、このあと俺たちで解体するし」
「……まさか、食べるのか? アレを?」
「何事も経験だ。毒が無くて、かつ高熱による滅菌さえできている部分であれば、万が一もない」
「……好きにすればいい。狩ったのはおまえだ。なら、アレはおまえの所有物だ」
顔をしかめながら青髪は踵を返す。
「帰るのか?」
「当然だ。討伐依頼を完遂したなら、寄り道をせず、早々に依頼主に報告をするのが冒険者の義務なんだから」
「それじゃあ任せた。頼むよ。……ところで一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「君の名前は? ニャコたち他のメンバーの名前は知ってるけど、肝心要のリーダーの君の名前だけまだ知らないんだ」
「……ジョウ・ゴウだ」
「ありがとう、ジョウ。俺はムギ・ウォークマン」
「知っている……ところで、」
ジョウは相変わらずの冷めた瞳で、俺へと向き直る。
「俺からも一ついいか」
「ああ、もちろんいいぞ」
「ムギ・ウォークマン……いや、 <臓喰い>のおまえに聞く。なぜ、本気を出さなかった?」
「っ!?」
不意打ちだった。
なぜ、俺が現役だった頃にはまだ子どもだったろう冒険者が、俺の二つ名を……?
というか、
「『本気を出さなかった』ってどういうことだ?」
「おまえの暴れ方は、そんなものではなかっただろう……まあ、別に言いたくないなら言わずともいい。ただ、記憶にあるおまえの戦い方と今のおまえの戦い方が、あまりにもかけ離れていたものでな」
「……」
なるほど、そういうことか。
合点がいった。
「別に、本気じゃなかったわけじゃない。でもジョウ、君がそう聞きたくなる意味はわかった。ソロで活動してた頃の俺に会ったことがあるんだな、君は」
「先に質問しているのは俺だぞ。『本気じゃなかったわけじゃない』、それは答えになっていない。なにせ、俺が知っている臓喰いは、もっと──」
「戦い方を変えたんだ。俺は、自分のためだけじゃなく、誰かに喰わせてやりたいと思うようになることができたから」
「……そうか」
ジョウはそうとだけ言うと去っていく。
俺たちより一足先に町へと戻り、報告に行くために。
……しかしまさか、こんなところでも俺の過去を知るヤツに会うとは。しかも、それはおそらくミルガルドさんに会う前の、『一番貪欲にモンスターを喰い漁っていた頃の俺』だ。
「ムギ? 大丈夫かぁ? ボーっとしてるぞぉ?」
「ん? ああ、いやなんでもないよ……ただ、」
黒歴史って、いつまでも消えないもんだよなぁ。
そう、しみじみと思う。
「ムギ殿、お疲れ様だったな」
俺たちの元へとやってきたのはマチメ。
その手には馬の手綱。どうやら、先ほどの甲鋏竜との戦いで逃げてしまっていった馬を呼び戻していてくれたらしい。
その馬の背にうつ伏せ状態で乗っているのは……シナモン。
「え? いったいどうしたんだ……シナモンは」
「いやそれがな、先ほどの火竜砲を撃ったあとに倒れてしまってな。この通りだ」
マチメがシナモンを揺する。すると、
「……ああ、カリー、カリー……カリーが足りないのですぅ……ぐぅ」
どうやら眠りについたまま、うわごとを呟いているらしい。
カリー充填率とやらは空になってしまったようだ。
「またカレーを喰わせれば復活、するんだよな……?」
「……カ、カリー! いまっ、カリーについての話が聞こえたのですっ……!」
「眠ったまま単語に反応してくる! どうなってんだっ?」
まあ、とりあえずしばらくは寝かせておこう。
俺たちはシナモンを乗せた馬を近くに待機させて、いまだ菌糸が蠢く甲鋏竜の元へと向かう。
──解体についてはつつがなく進んだ。
菌糸は守るべき宿主を失って、こちらに攻撃を仕掛けてくることもなくなっていた。
ただ蠢くのみだったので、邪魔になる分を刻んで、そのまま放置。
俺たちはヤドカリの、肉から菌糸までしっかりと熱が通った場所を厳選して、馬に積めるだけ持ち帰ることにする。
「やはり、荷馬車がないと大半の部位は持ち帰れないな」
休憩を挟みつつ、解体作業を始めて数時間。
額の汗をぬぐいつつ、マチメが言う。
「なるべく無駄にしたくはないところだが……仕方ないか」
「いや、たぶん無駄にはならないよ」
「どういうことだ、ムギ殿?」
「ほら、近場の町にはモンスター素材に飢えた商人たちがたくさんいるだろ?」
「……! リデーの!」
「そういうこと」
きっとこれだけの大きさのモンスターが手に入ったなら、解体、そして肉や甲殻の加工という新たな仕事が生まれるだろう。
「商人ギルドがこれを仕入れて、その解体を手が空いている職人──フェヌたちに任せれば、しばらくの仕事になる」
それでリデーがこれまで通りの景気に戻る……というほど単純ではないが、しかし町周辺に再びハバネリーパーなどのモンスターたちが戻ってくるまでの一つの時間稼ぎにはなるだろう。
俺たちは馬の背に解体した一部の甲鋏竜の部位を括り付けると、いち早くギルドにその提案を届けるためにも、早足で帰路へとついた。




