第81話 真の姿
「──うおおおっ!?」
まるで大岩の亀裂が開いたかのように広がった巨大な二対の鋏。それが左右から俺たちへと勢いよく迫りくる。
それはウサチほどの反応速度がなければかわせない、ほとんど不可避の不意打ちだった。
──料理拳・ <鍋掴みの型>!
俺は魔力を集中させた手のひらで片側──右から迫りくる鋏の先端を掴む。
油断すれば意識ごと刈り取られそうなほどの勢いを、しかし、
「どぉりゃあああっ!!!」
鍋を洗面台へと放り投げるがごとく、俺は鋏の迫る方向を斜め上へとずらした。
「せぇぇぇいっ!!!」
一方の左側。
そちら側の鋏を押さえ込んでいるのは、われらがメシウマ最堅の盾・マチメ。
その盾を鋏の間に挟み込み閉じないようにしている。
なおもこちらに迫りこようとしている鋏だったが、しかしマチメが力負けするわけもなく、いっさい微動だにしていない。
「みんな、無事だなっ!?」
「つ、連れて来たお馬さんが逃げちゃったのですよぉ~!」
「大丈夫。アイツは利口だから、後で呼べば戻ってくる……今はそれよりも!」
俺たちが注目すべきは、目の前だ。
「ムギ見て! あれが、モンスター……!」
ウサチがにらみつけるその視線の先、球体の化石が浮き上がり始めていた。
その下から覗くのは長く赤いトゲ。それはピクピクと動き、周囲の砂をかき分けるようにして天に伸び続ける。
そしてその後に続けてでてきたのは、つぶらな黒い目と、赤く硬質な体。球状の竜の化石の内側に収まるその姿は、例えるなら……そう。
「巨大ヤドカリじゃないか……!?」
体の正面のほとんどを占めるだろう太く大きな鋏、周囲の土や砂を勢いよく掻き出すたくましい四本の脚……そしてその頭の上から後背部のすべてをすっぽりと竜の化石で覆っている。
姿形はまさしく、ヤドカリそのものだ。
「フンナァァァアッ!!!」
ウサチが駆け、そして跳ぶ。
その体をクルクルと、円盤のように加点させて放つ回転後ろ蹴りは、無防備なそのヤドカリの目と目の間へと痛烈にヒットした。
しかし、
「カシャカシャカシャ!」
「うなっ!?」
ヤドカリはいっさい痛痒を感じている様子を見せない。
硬い相手への打撃では脳をピンポイントで揺らせる額を狙う……それは以前、アーマード・ドラゴンを相手にした時にウサチへと教えたこと。
だが、それはまるで効いていなかった。
「ムギッ! コイツどうやって倒そうっ?」
「退けウサチ! 俺も初めて戦うモンスターだから、いったん慎重に考えるぞ。まずはコイツの特徴をもっとよく見極めるんだ!」
「うんっ!」
ウサチは再びヤドカリの頭を蹴って、その反動で戻ってくる。
ヤドカリはその鋏を自身の正面へと戻すと、こちらの様子をうかがうようにその目と触覚を忙しなく動かしていた。
「しかし……おかしいのですっ」
俺たちの後ろでそう言ったのはシナモン。
「わたしのスパイスレーダーが生きた動物に反応することはものすごくめずらしいのですが、それほどまでの薬効や香りがこのヤドカリにはあるのでしょうかっ?」
「どう、だろうな……。それにおかしいって言えばヤドカリがこんな平野に生息してるってこともおかしい」
「そうなのですか?」
「ヤドカリだぞ? 普通は海の中や海岸、砂浜などに生息しているのが普通だ。だってのに、こんな場所にいったいどうして……」
「──なんだ、戦わないのか。では俺たちが先に狩らせてもらう」
低く落ち着いた声とともに、二つの影が俺たちの両脇から抜け出してくる。
「ニャコ、それに……青髪の!」
ニャコたちパーティーのリーダーの名前、そういえばまだ聞いてなかった!
とにかくその二人がザリガニへと向けて一直線に走っていく。
いつの間にか、戦闘音を聞きつけてやってきたらしい。
「まさか甲鋏竜の正体が巨大ヤドカリだとは思わなかったニャ!」
「図体がデカければなんでも竜と報告するのが一般人だ。目撃情報なんてアテにならないということだな」
ニャコは腰からダガーを、青髪は剣を引き抜いて、左右から挟み撃ちにするようにヤドカリへと迫る。
ヤドカリはその頭から突き出した両目を器用に左右へと分けて二人の動きを追っていたが、しかし。
「さぁて、片目で私の動きが捕らえられるかニャッ?」
ニャコの動きはまるで舞踊。
その姿が二重、いや三重以上に重なって見える。
ヤドカリの攻撃をかわしつつ懐へと飛び込むと、比較的柔らかいその腹部へとダガーを突き立てた。
「今ニャ、リーダー!」
ヤドカリが怯むであろうその隙を突いて、青髪が跳躍。
その頭上へと剣を突き立てるように逆手に持つ。
だが、
「カシャカシャッ!」
ヤドカリはいっさい怯んでいなかった。
その両目の焦点は寸分たがわずに青髪へと向かっている。
そして、その両手の鋏を青髪へと向かわせた。
「そら、援護だリーダー。その邪魔な鋏をぶっ飛ばしてくれ」
その声は俺たちの背後から。
プレイボが開いた聖典を片手に叫ぶ。
「『戦士に破壊の神の祝福を』ッ!」
この王国の教会に限らず、大陸中のあらゆる教会で信奉されている神という超常の存在たち。その神たちから『力を借りて、それを他者へ貸す』という聖職者の本領が発揮される。
プレイボの持つ聖典が放った神聖なオレンジの光が矢のように鋭く飛んで、青髪リーダーへとぶつかったかと思うと、その体が淡く輝き始める。
「──ハァァァアッ!!!」
青髪リーダーはその剣を逆手に持ったまま、鋭く円を描くように回転斬り。
それは俺とマチメが二人がかりで支えていた鋏を、たったの一撃で弾き返してみせた。
「今だ、やれッ! 巨砲!」
「その呼び方、やめてって言ってるでしょっ──!!!」
俺たち、それにプレイボがいる場所よりもさらに後ろ。
そこに浮かび上がるのは巨大な魔術陣。
魔術師ツンスが作り出したそれは、目の前のヤドカリと同じくらい、いやそれ以上に大きかった。
「おいおい、なんだあの規模は……!!!」
俺も思わずギョッとしてしまう。
魔術陣の大きさは込められた魔力量の大きさでもある。
直径一メートルほどの魔術陣から繰り出される攻撃魔法だって、岩を砕くことができるレベルなのに、その十倍以上の大きさとなれば……!
「全員、退避ーーー!!! 周囲一帯が吹き飛ぶぞーーー!!!」
「やっぱりっ!?!?!?」
俺はシナモンを俵担ぎにして、ウサチとマチメと共にその場から離れる。
その直後のことだった。
極大の光の球が放たれて、ヤドカリの胸部へと直撃する。
太陽が爆発したのかと思うほどにまばゆいが周囲を覆った。
嵐のような強風と、その一撃により砕かれた化石などが吹き荒れる荒野に、しかし。
「ガシャ……カシャカシャカシャッ!」
──ヤドカリ、いまだ生存。
「ウ、ウソっ!?」
後ろから素っ頓狂な声。
ツンスは放心するかのように口をポカンと開けている。
「なんでまだ動いてるニャ!?」
そう言ったのは、横っ飛びに退避していたニャコ。
驚きの理由はわかる。
ヤドカリには攻撃が効いていないわけではない。
ツンスの魔術攻撃は確かに、ヤドカリの胸部の殻を砕き、その肉を深く抉っているのだ。
だというのに、
「カシャカシャカシャッ!」
ヤドカリはまるで、何事もなかったかのように動き続けている。
「不死身か……? いや、まさか」
プレイボもまた、その額に冷や汗を浮かべて苦笑い。
青髪リーダーは舌打ちでもしていそうな気に喰わなげな表情で、
「もう一度だ! さすがに二度目も耐えられるハズがない!」
そう言い切った、その直後のことだった。
──ニュル、ニュルニュルニュルッ!
ヤドカリの胸部、その抉られた傷口からいくつもの白いウジのようなものが湧き出し始めて体外へと伸び、触手のようにうねり始める。
そしてそれは、傷口からだけではなかった。
ヤドカリが収まっている甲殻の入り口からも。
──ズブズブズブッ!
白い触手は束となり、甲殻となっている球状の竜の化石のすき間からスカートのように垂れ下がってうねり始める。
それは、円形の翼だった。
ファサッ!
水中を進むクラゲのようにその翼を動かして風を巻き起こし、そのヤドカリは宙へと浮かび上がった。
「これが甲鋏竜……! 真の姿かっ!」
その異様な姿には一瞬、圧倒されもしたが、
「しかし、あの白いの、ウジじゃないな……? だとすると……そうか、あの糸みたいなものの重なりはもしかしてっ……!」
──シナモンのスパイスレーダーの反応。なぜか平野にいるヤドカリ。損害の割にダメージを感じさせない体と、そこから生み出された白い糸。
俺の頭の中で、これまで見聞きしてきたそれらのピースが組み合わさった。
「ヤツの正体は── <キノコ>だ」
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
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