第77話 スタミナ満点カレー粥ときょうだい
カレー粥を作り終えてグリークの姉フェヌへと呼びかけると、まるでその時を見計らったかのようにしてフェヌはその目を覚ました。
ウサチが初めて俺とオウエルの前に現れた時もそうだったけれど、やはり嗅覚とは凄まじいし、人間の体というのもおもしろい。
食事の匂いを感じ取るとしっかりと体を起こすように作られているのだ。
「熱いから、冷ましながらゆっくりと食べるんだぞ」
寝起きのフェヌへの自己紹介は後回しに、粥を勧める。
グリークがスプーンを持って、それで掬ったカレー粥をフウフウと冷ます。
「お姉ちゃん、あーん」
グリークの手ずからのカレー粥を、フェヌは少し恥ずかしそうにしながらも受け入れる。
パクリ、と。
それを口に含んだ瞬間、長いまつ毛が宝箱を開らくかのようにして、その内の美しい瞳を輝かせる。
「美味しい……!」
ジンワリと体の奥深くに染み渡っていくかのような声だ。
それ以上の感想はなかったし、必要もなかった。
フェヌは差し出されるカレー粥を次から次へと咀嚼し、飲み込んでいく。
日照り続きの大地が雨水を飲み干すような勢いで。
「──はあっ」
フェヌが大きく息を吐いた。
その唇は赤さを取り戻し、頬は緩んでいる。
グリークの手に持つ器はすっかり空っぽ。
完食だった。
「ごちそうさまでした……! こんなに美味しい料理、本当に久しぶり……!」
「そうまで言ってもらえると嬉しいな。おかわりは食べられる?」
「はいっ……あ、でも、できればグリークにも食べさせてあげたい、のですけど……」
「もちろん。二人分作ってるからね」
俺は二つの器にたんまりとお粥を盛り付ける。
フェヌはもう、十分に一人で食べられそうだ。
「「いただきます」」
今度は姉弟は二人して、そろってスプーンを口に運ぶ。
フェヌは相変わらず美味しそうに、そして一方のグリークはというと、味蕾が爆発でもしたかのような顔でスプーンを引き抜いてお椀の中の粥と見比べていた。
そしてもう一度確かめるようにして、カレー粥を口に運ぶ。
「おいひい……!」
思わず、といった表情でそのほっぺたを押さえつける。
その作り手冥利に尽きる反応に、俺の方も思わず腕組みして何度も頷いてしまう。
……いいよな、この反応。人の想像を超えた時に見ることができる、単なる美辞麗句じゃ足元にすら及ばない最高の感想だ。
「く、くぅぅぅ……! なんて美味しそうなんだ……!」
小声で言葉を漏らすのは、マチメ。
その両手は正座した太ももの上で硬く握りしめられている。
マチメでこれだとシナモンはもう、よほどヨダレで床に湖でも作っているんじゃなかろうか、なんて思っていたのだが、
「…………」
予想に反して、シナモンは静かだった。
その視線の先にあったのはカレーではなく、フェヌとグリークの姉弟たち。
微笑み合いながらカレー粥を口に運ぶ二人へと、まるでスノードームの中を見守るような、そんな優しげなまなざしを向けている。
その様子に、どことなく不安になる。
「大丈夫か、シナモン?」
「えっ? あっ、はい……」
シナモンはわれに返ったように俺へと向き直り、気恥ずかしそうにはにかんだ。
「いいものですね、その、きょうだいって」
「ああ、そうだな」
「……私にもかつては、あんな家族があったのでしょうか」
「……」
「あっ、深い意味はないのですよっ? ただちょっと、そう思ってみただけで。私はそもそもゴーレムで、人と同じように血を分けた親やきょうだいがいるわけではありませんですし──」
「今は俺たち旅の仲間が……メシウマがシナモンの家族、なんじゃないかな。シナモンが嫌じゃなければだけど」
「……はいっ。そう言っていただけると、とてもうれしいのです!」
そう言って、シナモンは笑みを作ってみせる。
特大の笑顔だった。不自然なほどに。
……やっぱ、自分のルーツが不明確だっていうのは不安になるものだよな。
シナモンの記憶探しも頑張らないとだ。
そのために必要なのは……やっぱりとびきり美味いカレーなのだろう。
カレーに飽きがきているダボゼには申し訳ないが、今夜の夕食もカレーで決まりだ。
* * *
「──ハバネリーパーの仕事だけがなくなったわけじゃないんです。モンスターの素材を扱うお仕事の全般がなくなっているんです」
そう語るのは、おかわり分のカレー粥を胃袋に収め、水も飲んですっかりと元気を取り戻したフェヌ。
フェヌは俺たちの『どうしてハバネリーパー解体の仕事がなくなったのか』という問いへと、居住まいを正して答えてくれていた。
「なんでもここ一ヶ月で、リデー周辺の竜骸平野に出没するはずのほとんどのモンスターが忽然とその姿を消してしまったんだとか」
「どうしてまた……」
「わかりません。別に、それ以前に極端に多くのモンスターたちが市場に流入してきた、ということもなかったので……前触れは何もなかったと思います」
俺としては脳裏にリデーに来る前に見た、無残に朽ち果てたハバネリーパーたちの死骸がよぎってしまう。
もしかしたらそのモンスターたちも、何者かに狩り尽くされてしまったのではないか、と思って。
「しかし困ったな……とすると、ハバネリパウダーはどこで手に入れたものやら」
「ハバネリパウダーをお探しなんですか?」
「うん。市場のスパイス専門店をあたってみたりもしたんだけど売り切れでさ。ハバネリーパーもいないとなれば、今は他にアテもなくって」
「あの、それなら、もしよろしければなんですが……」
フェヌはそう言って、部屋の隅にいくつも置いてある壺の中から何かを取り出した。
それは油紙に包まれた真っ赤な粉──。
「これ、ハバネリパウダー……!?」
「はい。とはいっても、もう売り物にならないものなんですが」
フェヌがそれを一つまみして手のひらの上に載せ、延ばす。
普通のパウダーなら赤色の線になるそれは、しかしマダラだった。
「雨季に育ったハバネリーパーのパウダーは、まれにこうした湿気の抜けきれないものがあるんですよ。風味は他のモノと変わりませんが、足が早くて……他のものと混ぜては売れないんです。廃棄するのももったいないですから、そういうものは私たちで持って帰っていいことになってるんです」
「へえ、それは知らなかったな……!」
「ですので、もしこんなものでもお役に立てるようでしたら、ぜひお持ち帰りいただければと」
「えっ?」
「美味しいお料理を恵んでいただいた、せめてものお礼です。どうかお受け取りください」
「いやでも……そんな高級品、タダでじゃもらえないって!」
「いえ、これは値段のつかないものなので」
「せめて買い取らせてくれ」
「ダ、ダメですよっ」
そう横から口を挟んだのはグリークの方。
「僕、ただでさえみなさんにご迷惑をおかけしたんですからっ。ムギさんのお財布をスッたりなんかして──」
「えぇっ!? スッた!?」
素っ頓狂な声を上げるフェヌ。
「スリをしたのっ、グリークッ! あなた……なんてことをっ!」
「ちょっ、ちょっと待ってフェヌさんっ!?」
フェヌがグリークのことを引っ張たこうと腕を振り上げたので、それを慌てて止める。
暴力、よくない!
「それについてはもういいんです! グリークくんとはすでに話合ったんで!」
「よくないですっ! 人様のモノに手をつけるなんて! いくらウチが貧乏だからって、心まで貧しくしたらいけないのにっ!」
「それはごもっとも! ですけどグリークくんも必死だったんです! それにまだフェヌさんも万全じゃないでしょうっ? とにかく落ち着いて……!」
フェヌのことをなだめすかし、涙ぐむグリークを落ち着かせ、そしてなんとか話をつけた時には、俺はどうやらハバネリパウダーをタダで持って帰らせてもらうという結論に落ち着いてしまっていた。
どっと疲れた。
そしてなんだかとてつもなく、申し訳ない気持ちがある。
「ムギさん、マチメさん、シナモンさん、この度は本当にどうもありがとうございました。この御恩はきっと忘れません」
フェヌとグリークに見送られて、俺たちは小屋を後にした。
すでに日は暮れかけて、竜骸平野の向こう側へと傾いている。
「……宿に戻ろう。きっとオウエルたちも戻っている頃合いだ」
進展はあることにはあった。
ハバネリパウダーを手に入れることができたのだから。
ただ、それとは別に消えたハバネリーパーの謎は気になった。
……どうにかして、フェヌやグリークたちの生活がせめて元通りになればいいんだけどな。
そのとっかかりがオウエルたちによってもたらされることを願いつつ、俺たちは帰路についた。
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