第73話 定番のお茶をいれチャイましょう
「──ごちそうさまでした! お昼も素晴らしいカリーでしたのです!」
伝説のカリーに必要な食材を集めるため、俺たちがスター子爵家を後にして一日。
竜骸平野にそびえたつ古く巨大なドラゴンの化石、その頭蓋の中でのランチは、今日も今日とてカレーだった。
もちろん、それは新たな旅の仲間であるシナモンの要望によるものだ。
「お粗末様。気に入ってもらえたようで何よりだよ」
「お粗末だなんてっ! こんな美味しいものを作っておられるその御身身で、そんな卑下をなさらないでください!」
洗い物当番であるダボゼへとお皿を下げつつ、シナモン。
「まさか短時間でここまでトロミのあるカリーを作れるとは、おみそれいたしましたのです」
「煮詰めることをしなかったからな。加水しなかった分、水っぽくならなかったんだろ」
「煮詰めない……カリーですかっ? そんなものがこの世にあるのですかっ!?」
シナモンは目を見開いて問う。
俺は頷いて返すと、
「野営食は水を多量には使えないんだよ。だから元から野菜に含まれる水分をどれだけ効率的に使えるかっていうのが、料理人の一つの腕の見せどころなんだ」
トマト・タマネギ・ニンジンなどなど。
それらカレーによく使う野菜のほとんどは水分で構成されている。
タマネギに関してはおよそ九割が水分でできており、トマトに至っては九割五分だ。
「塩を軽く振ってやって蒸してやるだけで、驚くぐらいに水が出てくるんだよな。野菜ってやつは」
「は……はぇ~……! それでは、その水分を使って今回のカリーはできていたのですねっ?」
「そうだな。今回のカレーは加水無し・食材の水分のみで作ったカレー……いわば<無水カレー>だ。野菜の旨味を凝縮した一品にできたと思う」
「す、素晴らしい腕前です……!」
目をキラキラとさせ、シナモンは俺の両手を握って振ってくる。
「お料理の工程を知ることで、なおのこと感動が深まりました。豊富な知識に熟達した手腕、賞賛の言葉も見つかりません。強いて言葉として紡ぐのであれば……とても素晴らしい腕前と言えるでしょうっ!」
「二回同じこと言ってるよな? まあでも、ありがとう」
褒められて悪い気はしない。
しかも他のオウエルたちとはまた違った、新鮮な感動のされ方だし。
そんな会話をする俺たちへと、
「確かにまあ、ムギの腕前は悪くねぇし、カレーも美味くはあるんだがよぅ」
そう割り込んできたのは、ダボゼ。
「さすがにここ最近はカレーばかり作り過ぎじゃねーか……? もう俺、少し飽きてきちまったよ」
「そうか?」
そんなにカレーを作っているだろうか?
シナモンと出会った直後にカレーを作り始めて、今日で二日。
昨日の夜もカレーだったことを含めると……全部で三食。
「別に普通じゃないか?」
「普通じゃねーよ! 六食中三食がカレーっていう状況を普通とは言わねーよ!」
そうだろうか?
オウエルを見やる。
オウエルはパンを片手に、おかわり (二回目)のカレーをスプーンで掬っているところだ。
「え? 私ですか? 私は毎食カレーでもぜんぜん飽きませんが」
オウエルは無類のカレー好き。
特にカレーライスが好きなようだが、しかし野営食ではなかなか提供できないのが心苦しい。
「私もカレー好きだぞぉ」
そう言いつつチョンッと。
俺の膝の上に座ってくるのはウサチ。
「でもサンドも好きだから、カレーサンドを作ってほしいなぁ」
「おっ、いいな。タンドリーチキンを挟んで、ダンドリーサンドなんてしてみるのも美味そうだ」
「タンドリーサンド……ジュルリ。なあムギ、今日のオヤツ……」
「いや、それはさすがに無理。夜まで待ってくれ」
ウサチもまったくカレー尽くしで問題なさそうだ。
それと、今日の晩御飯もカレー風味の料理で決定してしまう。
「オイオイ! 勘弁してくれよ!」
それにはやはり異を唱えるダボゼ。
洗い物に手を動かしつつ、
「マチメ! おまえからも何とか言ってやってくれ! コイツら晩飯もカレーにしようとか言ってやがるんだ!」
最後の頼みの綱……マチメへと呼びかけた。
「むっ? そうなのか? 確かに……それは少し困るな」
「だろうっ? ホレ見ろムギ! マチメも嫌がってるぞ! さすがに昼も夜もカレーはあり得ないんだって!」
「いや、そうではなく」
マチメはそれを否定しつつ、
「ムギ殿、私はカレーだけだと栄養が偏ってしまうのを懸念していてな」
ため息交じりに腕を曲げる。
ムキッと。逞しい力コブができていた。
「見てくれ、肉が少ないと筋肉にも元気がない」
「なるほど確かにいつもよりハリがないか……だが安心してほしい。今晩のタンドリーチキンに使うのは胸肉だ。タンパク質が豊富だから、筋肉も喜ぶと思う」
「本当かっ! それは楽しみだなぁ!」
マチメもまた、納得。
口をポカンと開けているのはダボゼただ一人のようだった。
「な、なんでだ……!? 俺がおかしいのか……!?」
呆然自失として、自問するダボゼ。
その肩にポンと手が置かれる。
シナモンが湯気の立ったカップを片手に、ダボゼの後ろに立っていた。
「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いてほしいのです」
どうやらシナモンは、俺が食後の一杯にと思って準備していた紅茶を、俺たちが後片付けしている間に用意してくれたらしい。
「カリーはダボゼさんにとっては異国の味でしょうから、最初の内は慣れなくて当然なのです。でも、食べ続けていればその内気づくはずです。カリーこそ至高……! と」
「コエェよ……そんな気づき、得たくない」
しょんぼりと肩を落としつつ、ダボゼは茶を受け取ってひと口。
その目を見開いた。
「これからもカレーの味がするんですけどっ!? しかも甘っ!」
「えっ? ただのチャイなのですよ?」
「これが茶であってたまるかっ! めちゃくちゃスパイシーじゃねぇか!」
「えっ? そうですよ? 紅茶って、香辛料と一緒に煮て飲むのが普通ではないのです……?」
「そんな普通、俺は知らねぇよ!?」
ダボゼがスパイスの香りにむせているようだったので、俺は紅茶が入っているだろうヤカンの中身を確認する。
……なるほど。
中身は茶がかったミルク色。
茶葉といっしょに各種スパイス、砂糖にミルクが加えられて煮込まれているようだ。
まさしくそれは一部地域で愛されているお茶の飲み方の一つ、チャイ・スタイルだ。
俺も試しに茶濾しを使ってカップへと注ぐと、飲んでみる。
「……おおっ。確かにこれはチャイだ。しかも本格派で、かなり美味い」
「私も飲みたいぞぉっ!」
俺の膝上から背中へと移動していたウサチもせがんでくるので、カップへと注いで渡す。
「甘くて美味ゃあだなぁ!」
「だろ?」
俺たちがカップを傾けていると、オウエルもマチメも次々に自分のカップへと注いで舌鼓。
二人とも舌を甘さで焼かれたようなビックリ顔を、互いに見合わせていた。
「爽やかな香りがいいですねっ? この香り……シナモンでしょうか?」
「わたしのこと、呼びましたです?」
「あ、いえ。チャイの話です」
「そちらでしたか! ええ、はい! チャイにはシナモン、クローブ、カルダモンと、香りの面で特に優れたスパイス三種を入れていますですよ!」
フフンと。得意げに胸を張るシナモン。
「昔からこの地域ではよく飲まれていますです。ここは森林地帯や湿地帯に比べて特に暑さが強いですからね。熱に当てられないよう、一日一度は飲んだ方がいいのですよ」
「へぇ。考えられてるな。確かに糖分とスパイス成分で体力を付けつつ、疲労回復効果も期待できる。この地域にマッチしたスタイルだ」
食後の一杯としては申し分ない。
「うぅ……俺は、カレー味のしないものを、早く食べたい……」
どうやらダボゼの口には、あまり合わなかったらしいが。
後でダボゼの分は小鍋で淹れなおしてやろう。
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