第72話 新たな仲間
スター子爵家があるのは、竜骸平野から歩いて半日ほどの平原地帯だ。
その屋敷は古く、壁は緑のツタが覆っており、とても手入れが行き届いているとはいえない。
それもそのはずで、もうすぐ七十歳になるコリアンド・スター子爵には世継ぎがなく、奥さんにも先立たれたらしい。
使用人も雇っていないため、家の管理をする者がいないのだ。
唯一、スター子爵の身の回りの世話をするために屋敷に通っているのは姪のアニスだけだった。
「みなさま、よくぞお戻りになられましたね」
再び屋敷を訪れた俺たちを出迎えてくれたのは、そのアニス。
彼女の背中に垂れる長い黒髪がユサユサと揺れていた。
どうやら玄関まで走ってきたらしい。
「叔父様を呼んで参りますので、少々お待ちくださいませ」
アニスは謁見の場……といっても広いリビングだが、そこへと案内してくれた。
出してもらったお茶や茶菓子をいただきつつ待っていると、アニスがスター子爵の車椅子を押してやってくる。
「やあやあ、みなさん。ようこそお越しくださいましたなぁ」
満面の笑みを俺たちへと向けるスター子爵。
「それで、本日は何用でしたかな?」
「依頼ですよ。伝説のカリーレシピを見つけるという」
「ん~……ああ! そういえばそうでしたな」
この反応……もしかして、忘れていたのか?
死ぬ前に一度でいいから伝説のカリーレシピで作ったカレーを食べたい、ということだったはずだけど。
前に会ったときに頭はしっかりしているという印象を覚えたのだが、もしかするとやはり年齢相応に認知機能に衰えがあるのかもしれない。
「それで、そのレシピの方は?」
「いちおう発見はしたのですが、実は……」
俺はシナモンのこと、そしてその頭の中に存在する暗号化されたレシピについてをザッと話した。
正直、自分で話していても荒唐無稽な話だったとは思ったが、しかし子爵はそれに言葉も挟まず耳を傾けて、全てを聞き終わると、
「その暗号化されたレシピを見せてもらってもいいですかな?」
「ああ、はい」
俺がうながすと、オウエルは懐から取り出した一枚の紙を子爵へと手渡した。
それは昨夜のうちに、暗号をシナモンに書き写してもらっていたものだ。
「どうも」
子爵はそれを受け取ると、一瞥する。
そして、
「ご苦労様でした、メシウマのみなさん。暗号の解読なら私ができますので、しばらくお待ちを」
そう答えたのはスター子爵……ではなく、その後ろ。
車椅子へと手をかけつつ控えていた、姪のアニスだった。
アニスは子爵から暗号の書かれた紙を受け取ると、お辞儀をしてリビングから立ち去ってしまう。
「え……っと?」
「暗号ならアニスへと任せてください。あの子はゴーレム文明の研究をしているのですよ」
ポカンとしながら首を傾げる俺たちを見てだろう、スター子爵は小さく体を揺らして笑う。
「アニスがこの屋敷へと通っているのも、実は竜骸平野というゴーレム文明の聖地が近いからなのですよ。私の世話はそのついでなんです。それでもとても助かりますがね」
なんと返せばいいものやら。
俺は軽く笑って誤魔化しつつ、出してもらっていたお茶を飲んだ。
アニスは、それから十分もしない内にリビングへと戻ってきた。
「──伝説のカリーレシピの解読に成功いたしました」
言って、アニスは新しい一枚の紙に書かれたレシピをテーブルへと置いた。
のぞき込むと、そこには確かにちゃんとしたレシピが載っていた。
料理の手順、必要食材、スパイス・調味料とその分量など、事細かに書き込まれている。
「メシウマのみなさま、このレシピを使用してカリーを作ることはできますか?」
「……いや、今すぐには無理だな」
俺はそのレシピのスパイス欄を見て、思わず腕を組む。
ほとんどの食材や調味料は簡単に揃えられそうだったが、しかし。
「ハバネリーパーにカリーノキノリーフ……この二つは今の手持ちにないスパイスだ」
「入手は可能でしょうか?」
「ハバネリーパーは植物系モンスターで、竜骸平野を探せば見つかると思う。ただ問題はカリーノキリーフだな。これに関してはダンジョンの深くで、しかも乾燥した環境にしか自生しないめずらしい香草なんだよ」
「市場に流通したりはしていないでしょうか?」
「どうだろうなぁ……」
カリーノキノリーフは俺が現役冒険者だったころに一度だけ使ったことがある。
ダンジョン攻略のついでに入手できたので、倒したモンスター肉といっしょに焼いたのだ。
マイルドな柑橘系の香りがお肉に移って美味しかったが……しかしそれだけだ。
効能は特にないとされており、需要もない。
誰もわざわざダンジョン奥深くにまでやってきて採集したりはしないだろう。
「まあ自力で入手するにせよ探すにせよ、時間がかかることは確かだな」
「そうですか……」
アニスは少し肩を落としたようだった。
その横へと、車椅子を動かしてスター子爵が並んだ。
「ムギさん、時間がかかっても構わない。どうか、それらのスパイスの入手もいっしょに頼めないでしょうか?」
言って、ペコリと。
子爵は頭を下げてくる。
「私は、一度でもいいから伝説のカリーを口にしてみたいのです」
「ああ、いや、もちろん。断るつもりは最初からなかったですよ。頭をお上げください、子爵」
慌てて、俺はスター子爵の前へと屈んだ。
「俺はただ、時間がかかるという話をしたかっただけですので。それに、伝説だなんて呼ばれるカレー、俺たちだって食べてみたいですから」
「……よかった。ありがとうございます」
「その代わりといってはなんですが、一つお願いが」
俺は隣でレシピを眺めていたシナモンを、子爵の前へと促した。
「この子……シナモンの面倒をしばらくの間、こちらの屋敷で見てもらうことはできませんか?」
「この、ゴーレムの子を?」
「はい。ハバネリーパーの討伐やダンジョンに入るなどで危ないので、その間だけでも」
「そういうことでしたか。それは私としては構いませんが……面倒については、私も見られる方でしてね」
子爵はそう言うと、チラリ。
アニスの方を見た。
「はい、叔父様。私のことでしたら気になさらないでください。お世話なら、一人焼くのも二人焼くのも同じですから」
「……とのことです」
子爵は少し苦笑い気味に、しかしうなずいて、
「シナモンくんはわが家に預けてもらって構いません」
そう快諾してくれた。
それならば、俺たちとしても心配はない。
……と、思ったのだが。
「そ、それについて、どうかご再考くださいませんですかっ、ムギさん!」
異を唱えたのはまさかの当人、シナモン。
「わたしっ、もっと今の世界を見て回りたいのです!」
言って、シナモンは俺の手をギュッと握ってくる。
「お願いしますですっ、道中、必ずお手伝いもしますです!」
「そ、そうは言われてもなぁ。危険なことには変わりないし……」
「決して足手まといにはなりませんです! むしろわたし、けっこう強いと思いますですよ」
そう言われてみれば、確かにシナモンは口から光線みたいなものを出していた。
竜化していたであろう巨大なヘビのモンスターを一撃で倒してしまうくらいだから、それを常に使えるのであれば強力なことは間違いない。
「それにですね、ムギさん。わたし、早く記憶を取り戻したいのです」
ポツリ。
それは呟くような、弱々しい声だった。
「きっと、いろいろな思い出があったと思いますです。タマリンド博士と過ごした日々は、きっと短くはなかったはずですから……それを全部忘れたままでいるのは、寂し過ぎるのです」
「シナモン……」
「ですから、失くしてしまったこの記憶を取り戻すためにも──」
一つ大きく息を吸い、力強い瞳で俺の顔をのぞき込んでくるシナモン。
再びその口を開き、そして。
「──もっといっぱい、ムギさんの作ってくれるカリーを食べたいのですっ!!!」
そう、言い放った。
……。
……。
……んん?
「あれ? 記憶を取り戻すために、世界を見て回りたいって話じゃなかったっけ?」
「はいです。世界を見て回りつつ、ムギさんのお手製カリーが食べたいのです」
「カレー、唐突に出てきたよな?」
「唐突じゃないです。カリーは常にわたしたちと共にある料理です」
「……ただカレーを食べたいから旅についてきたいだけなんじゃ?」
「そんなまさかっ! 記憶が第一です!」
憤慨とばかりに眉を吊り上げるシナモン。
「じゃあ、旅の途中はカレー禁止、って言ってもついてくるんだな?」
「…………なんでそんなヒドいことを言うんですかっ!?」
葛藤の末、さけんだ。
そしてビッ! と人差し指を立てる。
「せ、せめて一日一食になりませんですか……!?」
「いや、それでも多いな?」
「カリーをたくさん食べることは、記憶の復旧にも関わることだと思いますので……!」
なんだろう、この脱力感。
感じるのはこれで二回目だ。
この子、シナモン……カレーのことになると、すごい執着心だな。
いまいち、記憶に関してはどこまで本気で取り戻したがっているのかはわからない。
でも、大事なことであるということに変わりはないだろう。
「わかった。いいよ。連れて行く」
「! 本当ですかっ!? ありがとうございますですっ!!!」
こうして、メシウマのスパイス探しの旅に新しい仲間──シナモンが加わることになった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
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