第6話 料理拳
マグリニカのあった町から出て数時間。
もう陽も傾きかけていて、そろそろ野営の準備をしようと考えていた頃だ。
俺の目指す西の町へは徒歩でおよそ3日の距離にある。
長旅だし、きっとモンスターの襲来や野盗との遭遇などいくつかトラブルもあるだろうと考えてはいたのだが、
「ムギ様、町の方角から何かがこちらに向かってくるようです」
「ああ、そうみたいだな」
オウエルの言葉に俺は頷いた。
さっそくトラブルの予感だ。
馬が駆けるような速さで足音がこちらに近づいてきているのが分かる。
しかし、その足音は馬のものではない。
一歩一歩の間隔が妙に長く、跳ねるようにしてこちらに近づいて来ているようだ。
「新種のモンスターか……?」
俺もオウエルも身構えて、何がやってくるのかを見定めようとする。
次第にその姿が遠目に見えてきた。
が、しかし。
──ヨロヨロ、コテン……と。
その接近者は俺たちの元へと辿り着く前に転んだようだった。
そして、そのままそこから動かない。
「え……? 何が起こった?」
「あー、恐らく……疲れて倒れたようですね」
俺の疑問に、手のひらサイズの望遠鏡を覗き込んでいるオウエルが応えた。
「ものすごく息が上がっているようですよ。たぶんマグリニカの本部からずっと走ってきたのかと」
「は……? まさかダボゼの刺客ってことかっ?」
「どうでしょう……あっ」
「"あっ"ってなんだ?」
「ムギ様もご覧になってください」
オウエルが望遠鏡を俺に渡してくる。
何が映っているというのだろう……
俺も覗き込む。
見えたのは地面に横たわる小柄なウサ耳獣人族の少女。
その子が息も荒くお腹を上下させているその近くで──
地面から巨大な肉食虫"グラス・スコーピオン"が這い出て来ているところだった。
「ちょおっ!?!?!?」
「どうしますか、助けますか?」
「助けるに決まってんだろっ!!!」
望遠鏡をオウエルに投げ返すと、俺はウサ耳少女へ向けてダッシュする。
肉食虫"グラス・スコーピオン"は獲物が近くを通りがかるのを待って襲い掛かるトラップ系モンスターだ。
その巨大な鋏脚で獲物を巣穴へと引きずり込もうとし、抵抗する相手には尻尾の毒針を突き刺す習性を持つ。
その神経毒の致死性は高い。
「うりゃぁぁぁあッ!!!」
何年振りかの全力疾走だ。
幸いにも足がツることもなく、ウサ耳少女を巣穴に引っ張り始めていたグラス・スコーピオンの元へとたどり着いた。
俺に気が付いたスコーピオンが尻尾の毒針を振るってくる。
それを躱しつつ、
「やるか」
俺は振るわれ続ける毒針を見切りいなしつつ、手に魔力を込める。
コイツの相手は慣れたものだ。
それは俺が昔冒険者だったから……
ではない。
「食材になってもらうぞ、スコーピオン」
俺は料理人だ。
かつての仲間たちに美味いと言ってもらうため、あらゆることにこだわり抜いてきた。
"食材調達"すらも自身で行うことがあるほどに。
「お前のことは何百回と締めてんだよ!」
魔力で強化した"料理拳"でスコーピオンの毒尾を斬り飛ばす。
鋭く研ぎ澄まされたこの状態の拳は"ナイフ拳"。
この"料理拳"は俺がこうして自ら食材調達をするときにモンスター相手へと使うオリジナル格闘術だ。
「よしっ」
毒尾を斬り飛ばされて怯んだスコーピオンの隙を見逃さない。
俺はナイフ拳をその首に叩き込み、その頭を落とす。
そして、
「殻剥き」
的確にスコーピオンの殻に切れ目を入れて一気に剥き上げた。
プリンっとした白いスコーピオンの身が宙へと跳ねる。
俺は地面へと瞬時に、スコーピオンの抜け殻を加工して作った平たい受け皿を置く。
そしてそこへとワタと尻尾を除いてスライスした剥き身を載せた。
「うん、肉厚な個体だな。後で美味しくいただくとしよう」
さて、脅威は去った。
問題はこのウサ耳少女だな。
「う、うぅ……」
少女の顔は青い。
もしかするとすでにスコーピオンの毒針を食らってしまったか……?
なんて思っていると、
──グゥゥゥゥゥッ!
と、少女の腹が鳴った。
「お、お腹空いた……」
ウサ耳少女はそう言い残すと気を失った。
え?
まさか、腹が減ってただけっ?
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