表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
え?ギルド内で唯一【コック】を極めてる俺をクビですか?  作者: 浅見朝志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/68

第5話 マグリニカ脱退者1人目

「あまり居座ると"トラブル"が起きそうだし……サッサと街を出ようか」



俺とオウエルは古巣であるギルド"マグリニカ"から距離を置くためにも、辞めたその日の内に出立を決めた。



「西にある町を目指そう。俺に少し"アテ"があるんでな」


「アテ、ですか?」


「その町のギルドに昔世話になった人がいるんだよ。そこでなら何か仕事をあっせんしてくれるかもしれない」



俺たちにこれから必要になってくるのは"稼ぎ"だ。

俺はともかく、ギルドの所属メンバーとなったオウエルにはちゃんと継続的にお給料を渡さなきゃいけないし……

まずは料理の仕事でもモンスター討伐の仕事でも、何でもいいから見つけないとな。




* * *




ムギたちがマグリニカを去って数時間後の午後。

その食堂にて。



「え……"パストラミサンド"、無い?」



コックに注文を断られ、小柄な獣人族の少女"ウサチ"はその頭に生えたウサ耳を残念そうに垂れさせた。

ウサチは「それじゃ……」と考えて、



「チ、チリバーガーは……」


「すみません、そちらも用意できません」


「ケバブは……」


「それもお出しできません……というよりですね、先ほどギルド長より通達がありまして……こちらの食堂では本日から厳格なメニュー制となっていまして」



ひとり厨房に残されているらしいそのコックは、気の毒そうな笑みを浮かべてウサチの前にメニュー表を出す。

そこにあったのは"パン"、"ハム"、"コンソメスープ"、"発泡酒"だけ。

しかも外で食べるのと変わらないくらいの値段までついていた。



「は……? サンド、は……?」


「……ありません」


「う、うぉぉ、ヒドい……。なぜ……?」



ウサチはメニューの惨状を目の当たりにし、つぶらな瞳に涙を溜め始めた。

サンドあってこそのギルドだったのに、と。


無口な兎人種のウサチがこれまで慣れない人の町でもなんとかモチベーションを保ち仕事をしてこれたのは、この食堂で出される多種多様な美味しいサンドに励まされてこそだ。



「スンッ、スンッ」



ウサチが鼻をすすると、コックがあたふたとし始めた。

今にも泣きそうな子供を前にした大人のごとしだ。

そして、



「あぁ……ムギさんがダボゼの野郎に辞めさせられなければこんなことには……」



目の前のコックが小さく、本当に小さくそうボヤく。



「ムギ?」



ウサチのウサ耳がピンと立った。

普通の人なら聞き逃すだろうその小さな呟きであっても、人の3倍の聴力を誇るそのウサ耳は聞き逃さない。



「ムギは、コック?」


「す、すみませんウサチ様! 今のは聞かなかったことに……決して本心からのものではなく、なのでダボゼ様へ密告するのはご勘弁を、」


「どーでもいい。ムギは、コック?」


「えっ、あ……はい」



ウサチはすっかり人の気配のない食堂の厨房を覗き込み……

確かに、これまで毎日のようにソコに居て、目まぐるしい速さで調理をしていた男の姿が無いということに気が付いた。



「ムギが居れば、"サンド"が食べれる……?」


「それはまあ、もちろん」


「ピスッ……!」



ウサチは嬉しそうに鼻を鳴らすと、



「ありがと……!」



そう言ってピョンと飛び跳ねるように駆けて食堂を出た。

そのままの足でダボゼのいるギルド長執務室へと駆け込んだ。



「ウサチか!? 良いところに来た!」



ダボゼは口元だけで微笑むとウサチを手招いた。

その執務室は何が起こったのか、嵐でも通り過ぎたかのようにまき散らされた書類群と、顔に青あざを作り項垂れ立っているダボゼの護衛冒険者たちでカオスな状況だ。



「ククク、これでヤツらに天誅を加えてやれるというものだ。いいかウサチ、ムギという男を追うんだ!」


「ムギっ!?」



ウサチは目を見開いた。

まさしく今自分から訊ねようと思っていた名前が、まさかダボゼの口から出てこようとは。

でもこれはウサチにとって手間が省ける以外の何物でもない。



「ピスッ!」



ウサチは嬉しそうに鼻を鳴らして頷いた。

ダボゼは満足そうにあくどい笑みを浮かべると、



「部下の報告によればムギは4時間前にここを発ったらしい」



ウサチはピスピスッと鼻を鳴らして相槌を打つ。



「どうやらムギの野郎はソコソコ腕が立つようだが……我らがマグリニカの"四天王"のひとりであり"最速"を司るウサチ、お前には敵うまいよ」


「ピスピスッ」


「ムギは町の西門から出て行ったそうだ。お前ならその脚と鼻で探し当てられるだろうっ!」


「ピスッ、西……! がんばって走る……!」


「よぉし、その意気だ。行ってこいウサチ! やることは分かってるなっ!?」


「ピスッ。私、今日でギルド辞める」


「そうだぞウサチ、ギルドを辞める意気でムギの野郎を──えっ?」



ポカンとしているダボゼを気にも止めず、ウサチがクラーチングスタートの姿勢を取る。



「ちょっ……えっ? ウサチ、お前いまギルドを辞めるって言ったかッ!?」


「ムギの"サンド"、食べたいから……」



ウサチはそうとだけ言い残して、ビュオンっと。

風を切り、執務室中の書類を宙へと巻き上げて走り去っていく。



「オ、オイッ! ウサチぃぃぃッ!? おまっ、嘘だろ、お前にどれだけ指名依頼が入ってると思ってんだぁぁぁッ!?」



ダボゼの叫びは、しかし空しく響くだけ。

返事は返ってこなかった。

契約違反や退職に関するもろもろの手続きなどウサチには関係なかった。


兎人種ウサチ、10歳。

彼女はダボゼが直接リクルートしてきた人材だ。


しかし、ダボゼはウサチをより都合よく使い倒すためにまともな労使契約など何ひとつ結んでおらず、高い給料と待遇のみでウサチの心をギルドへと繋ぎとめている"つもり"だった。


ゆえに、突然ウサチに辞められたところでダボゼがどこに訴え出れるものでもない。



「こンの……どいつもこいつもッ! 勝手ばかりしやがってぇッ!」



ダボゼが目の前のデスクの書類を破り捨て、再び執務室に書類が舞った。

この日を境にマグリニカ四天王は三天王になった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし「おもしろい」「続きも楽しみ」と思ってもらえたら、

1つからでも評価やブックマークをいただけると嬉しいです!


明日もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 書籍1、2巻発売中! 】

html> html>
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ