第49話 八百万種オクトパディッシュ
──チュルンッと。
一通りのヌメり落としをおこなったクラーケンを水で洗うと、艶やかなタコ足が器へと残った。
まだヌメりは多少残っているが、サッと湯通しすればもう気にならないくらいにはなっただろう。
「お疲れ、ウサチ」
「フーーーッ、フーーーッ!!!」
荒い息を吐きつつ、ヌメりで全身ベトベトになってしまったウサチはクラーケンのタコ足をキッとしたまなざしで、
「ゼッタイ……美味しくならなかったらゼッタイに承知しないんだからなぁっ!」
と指を突きつけて、一度シャワーをしにドルフ伯爵の城へと戻った。
本当にお疲れ様だった。
……とはいえ、おかげでずいぶんと早く下処理が終わったな?
そう考えていると、トテトテと。
こちらに向けて駈け寄ってくる小さな影……アサツキ。
「ムギはんっ! 小麦粉を出汁に溶き終わったで!」
どうやら任せていた作業を終えた報告にきてくれたようだ。
「けっこうな量作ったで! ずっとかき混ぜとったから腕が痛いわ」
「そうか。頑張ってくれてありがとうな」
「ええねん! ウチも役に立たなアカンもん。働かざる者喰うべからず、やし!」
アサツキは当然といったように胸を張る。
「ほんでなぁ、いっしょに作業してたおばちゃんたちがなぁ、なんか溶きタマゴとかすりおろした山芋とかも勝手に入れとってんけど、よかったんかなぁ?」
「ああ、ぜんぜんいいぞ。そっちの方がフワトロして美味しいと思うし」
「そうなんかっ。それならよかったわ!」
ニコリ。アサツキは初夏の陽気の下で揺れるヒマワリのような笑顔を咲かせた。
これから作る <アレ>が、そんなアサツキをさらに小躍りさせるくらいに喜ばせられたらいいなと内心で切に願わずにいられない。
「よし。じゃあさっそく本格的な調理に入っていくか」
「おお~!」
元気よく手を挙げるアサツキ。
だが、残念ながら大舞台での料理は危ないので、今回はお手伝いの立候補は遠慮する。
アサツキのことはダボゼに見ていてもらおう。
アレの詳細もまだ知られたくはないし。
「あのぉ、ムギさん? ちょっといいですかねぇ?」
そこへと城下町の住民の一人、エプロン姿のいかにも <昔ながらの定食屋のおばあちゃま>という感じの女性がおずおずとやってくる。
「男衆に運んできてもらった鍋の準備が完了したんですけれどもねぇ……」
「ああ、ありがとうございますっ」
「いえね、ただちょっと、これで足りるかなって思ってしまってねぇ」
エプロンおばあちゃまは肩を落としつつ、用意してくれたその鍋の方へと顔を向けた。
用意してあった鍋は炊き出しサイズ。三つの八十リットル鍋がグツグツと沸騰している。
「ごめんねぇ。これじゃ大きさも数も足りないわよねぇ。アタシったら、まさかクラーケンとやらがここまで大きいだなんて思ってもみなかったからねぇ」
「いえいえ、十分ですよ。感謝します」
手鍋ではなく、自分の定食屋で使っているのであろう八十リットル鍋をわざわざここまで運んで用意してくれた時点で大変にありがたい。
確かにタコを一つ一つそのまま茹でるのには足りないかもしれないが、問題ない。
俺は再び腕まくりをした。
「あとは俺がなんとかするんで」
キッチンで働いていたことがあれば誰にだってわかる。調理スペースや調理器具なんていうのは、ピーク時には不足するのが当たり前。では、そんな舞台に立たされたコックはその状況をどう打破するのか?
……効率と力量で補う、ただそれだけだ!
「よっ!」
俺は器の中身から運び出したタコ足を素早くナイフ拳でひと口サイズ、サイコロ状にカット。それを三つの鍋へと次々に入れて塩茹でにしていく。
そして一分ほどで鍋から掬って器へと出す。ホッカホカとなったサイコロ状のクラーケンの足、その表面は熟したリンゴのように赤色となり、内側は何色にも染まっていないキャンバスのような白。
──サササッ、サササッ、サササッと。
一回あたり一つの鍋でゆでるクラーケンの足は約三キロ。
その量をカットして、一分茹でて、そして取り出す。
最低限の動作でその作業を途切れることなくひたすらに繰り返す。
「──すみません、新しい器の用意をしてもらってもいいですか?」
あぜんとした様子でそんな作業を眺めていたエプロンおばあちゃまをはじめとした <城下町おばあちゃまズ>へと声をかけると、ハッと思い出したかのようにパタパタと動き始めてくれた。新しい器を用意しては塩茹での終わったクラーケンの足を運んでいってくれる。
「お兄ちゃん、キビキビしとるからつい見入っちまったよぅ」
「動くのがまあ速いったらありゃしない」
「料理ギルドのリーダーさんなんだってねぇ、まだ若いのにすごいのねぇ」
器を取りに来てくれるたびに褒め殺してくれるもんだから、俺の顔まで茹でタコになるかと思った。いや、まあさすがに噓だけど。
この歳にもなればさすがに素直に誉め言葉は受け取れる。嬉しいことは嬉しく受け止めて、
「ありがとうございます。楽しみにしててください」
……このおばあちゃまズにも美味い料理を振る舞えるようにがんばらねば!
塩茹で作業を終えると、いよいよタコを調理に使うフェーズ。
褒め殺しにされて溜まったモチベーションゲージをフル活用し、俺は各種調理作業に腕を振るった。
* * *
港の中心。普段は交易船の荷物の積み下ろしなどをおこなうのであろう広いスペースに、その <宴会場>は設けられていた。
なんの宴会かなんていうことは今さら説明するまでもないが、港の入り口にはデカデカと
『クラーケン討伐クッキング 祝達成』
『会場内タコ料理食べ放題』
『※なおタコ食材はクラーケンを使用』
なんて書かれた横断幕が下げられており、次から次へと城下町の住民から行商人、観光客に至るまであらゆる人々が港まで降りてきているようだ。
そんな会場の中心に、さっそく様々なタコ料理が並べられていく。
「──さあっ、タコ素材を使ったあらゆる料理── <八百万種タコ料理>を召し上がれ!」
ズラリ、と。
会場に設置された長テーブルにこれでもかと並べられた料理の数々は一つのジャンルに絞り込むことは到底不可能。
タコ飯、タコチャーハン、タコキムチ、タコわさ、タコのカルパッチョ、タコ明太パスタ、タコとジェノベーゼのピザ、タコ頭の唐揚げ、タコの生姜醤油煮、タコフライバーガー……などなど。
これでもまだ一部だった。
「こ……ここはっ、天国なのかぁっ……!?」
一般客用のテーブルとは分けられたメシウマら関係者席にて、盛り付けられた料理を呆然と眺めているのはウサチ。
「さ、さすがはムギ殿。これだけの量を一時間やそこらで……?」
感心と驚嘆の入り混じった表情で、やはり料理に釘付けになっているのはマチメ。
「それにしてもいつにも増して張り切りなさっているご様子……や、やはりこれには何か理由が……?」
料理とマチメ、そして俺との間に忙しなく目をやっているのがオウエル。
だから、マチメとはなんでもないんだとは言っているんだが……
オウエルはいまだに人工呼吸の件が気にかかって仕方がないらしい。
「ところで、オウエル。医者はマチメの体についてどうだったって?」
「あっ、はいっ。本当にどこも問題はなかったようです」
その報告に、「ほらなぁ、だから言ったではないか!」とマチメは憤慨のご様子だった。
「……ちなみに、マチメがなんであんなに医者に行きたがらないのかはわかったか?」
「マチメさんは漢方臭いお薬が苦手だそうで」
「ああ、なるほどね」
なんとも子どもっぽい理由だが、漢方が苦手な人の気持ちはわかる。
ニオイが受け付けないとかもあるもんな。
「なんにせよ、どこも悪くなってないようでよかったよ」
「うむっ! ところで……これはもういただいてもっ?」
マチメもウサチも、ついでにオウエルも今にもヨダレを垂らしそうな表情でこちらを見つめていた。
「ああ。もうドルフ伯爵の開幕の音頭も終わってるみたいだしどんどん喰ってくれ」
「「「いただきますっ!!!」」」
俺の言葉を聞き終わるか聞き終わらないかというくらいで、その三人娘は即座にテーブルへと突撃していった。『待て』の指示を解除された犬みたいな喰いつきぶりだ。
「なっ、なあなあムギはんっ!」
しかし、そのテーブルへと唯一手を出せていない娘が一人。
アサツキが悲しげに俺の服を引っ張っていた。
「ウチでも食べられそうな、あのニュルニュルのクラーケン以外のお料理もあるんやよなぁ……!?」
「おう、もちろんあるぞ。テーブルのあのあたりの刺身とか、パエリアとかにはタコを入れてないんだ」
「そっ、そっか! ありがとうな、ムギはんっ!」
ホッとしたようにそちらへと駆けて行こうとするアサツキの腕を、しかし。
「それはそうと、ちょっと待ってくれ」
ガシリ、と。
俺は掴んで止めていた。
「ム、ムギはん? どないしたん……?」
「実はアサツキに食べさせたいと思っていた料理がもう一つあるんだ」
「えっ、ウチにっ?」
俺はテーブルとは別、鉄板の用意されている会場の隅へと行く。
そこでは城下町のエプロンおばあちゃまが立っており、
「おお来たねぇ、めんこい子だねぇ」
と、アイスピックのような器具を使って、丸いくぼみの空いた鉄板の上で焼かれるひと口サイズの狐色の小玉をクルックルッと回していた。
「なっ……なんやコレっ!? コレも料理なんっ!?」
「そうだぞ。しかも、これはアサツキが用意してくれていた材料を使った料理だ」
「ホンマッ!? あの小麦粉を溶かして作ってたっ!?」
目をまん丸にするアサツキへと、俺も、そしてエプロンおばあちゃまもその相好を崩してうなずく。
「アサツキちゃんだったねぇ、どうだい? 一つ食べてみるかい?」
エプロンおばあちゃまはクルンッとその小玉を、ピックで器用に小皿へと映すと、そこに特性の黒いソースにマヨネーズをかけ、さらにフワッフワのかつお節をパラリとかける。
「ハイ、どうぞ」
「あ、ありがとう……すっごいわぁ、なんや、きれいに丸っこくって宝石みたいやなぁ……!」
アサツキは目をキラキラとさせてその料理に見入っていた
甘辛ソースとほのかな出汁とかつお節の香りに、その鼻はヒクリヒクリと動いて反応を示し、そしてゴクリとその喉も鳴る。
第一印象は最高なようだった。
だが、
「それを口に運ぶ前に言っておかなきゃいけないことがあるんだがな、アサツキ」
ここからが本番だった。
「この料理の名前は── <タコ焼き>というんだ」
「……えぇっ!? タコぉっ!?」
アサツキがその宝石のような小玉の料理、タコ焼きを二度見する。
「うっ、嘘やんっ!? だってコレ、タコの要素がぜんぜんどこにも……!」
「実は、その小麦粉の生地の中に埋め込まれてるんだよな」
「どぅえっへぇっ!? なんでそんなことしてもうたんっ!?」
「……そういう料理だから、としか言いようがないな」
「うっ、うぅぅ、こんなにも美味しそうなのに、中にいるんか……あのニュルニュルがぁっ……!」
アサツキは唇を固く閉ざして、諦めきれないような視線をタコ焼きへとぶつけていた。
やはり、見た目からして美味しそうだとは思ってくれているらしい。
「なあ、アサツキ。もし少しでも美味しそうだなと思う気持ちがあるなら、その気持ちを信じてひと口だけでも齧ってみないか?」
「えっ……」
「もちろん、無理強いはしない。美味しい料理は他にもたくさんある。だからそっちを食べてくれても全然いいんだ。でも、」
俺は会場に並べた数多くの料理を振り返りつつ、
「この世にはさ、たくさんの食材がある。そして、そんな中のタコ一種類をとってみたって、こんなにもたくさんの料理が作れるんだ。つまり、まずはひと口挑戦してみないことには食べられない料理がこれだけあるってことなんだ」
「……!」
アサツキもまた、会場の料理を見渡した。そして、タコ料理に舌鼓を打ち、頬を落としそうになっているウサチたちのことも。
「……みんな、めっちゃ美味しそうに食べとるなぁ」
「腕によりをかけて作ったからな」
アサツキは俺、会場、ウサチたち、そして目の前のタコ焼きへと何度も何度もその目を行かせては戻してを繰り返し、そして、
「わかった……ウチ、食べてみるっ!」
「おおっ!」
アサツキは意を決したように目の前のタコ焼きへと向かった。
そして箸を持ち、やわらかなソレをそっと掴み上げる。
「そのまま口に入れると熱いからな?」
「わ、わかった!」
フーフーと息を吹きかけて冷ましつつ、アサツキはタコ焼きの端っこへ噛みつくと、箸でタコ焼きをひっぱって、閉じた袋を開けるようにカリッと焼き目のついた生地を裂く。
「んむぅっ!?」
トロリ、と。
狐色のこんがりとした生地の合間からあふれ出してくる、アツアツの山芋と小麦粉の固まりきっていない白い生地に、アサツキは目を丸くしたが、
「はふっ、はふっ……!」
それでもなお懸命そうに、冷ましながら口へと入れていく。
その中にはチラリとのぞくタコらしき小さな赤いものも見えたが、
「あっふ、ほっふほっふっ……!」
アサツキは食べるのに夢中で、タコの存在なんてすっかり忘れているらしい。
なんの躊躇もなく、すべてを口の中に収めてしまっていた。
そして、口から白い湯気を吹き出させつつ、
「ウッ……ウマいっ! なんやのんこれっ!? 焼き物なんかっ、それとも新手のシチューなんかっ!? なんにせよ新食感すぎて……ウマすぎるぅっ!!! 」
目をキラキラとさせこちらを見上げてくる。
俺とエプロンおばあちゃまは互いに顔を見合わせると、ほっこりと笑うのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
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