第31話 フランベ
屋台を三日ほど開き、
『このサウザンの町にメシウマのクレープあり!』
とギルドの名を十分に広めることとなった後日。
とある午後のことだ。
「──いやぁ、どうもどうも」
サウザンの東にある廃工場の裏手にて。
幌馬車に乗った俺は、同じく荷馬車に乗ってこの場に訪れていた先客の御者へと声をかけた。
「どうです、調子は?」
「……誰だ、アンタ」
御者の男から、いぶかしげな返事が返ってくる。
「同業者ですよ」
「同業者ぁ?」
「ほら、コレを見りゃあ分かるでしょう」
俺は荷馬車をその場に停めると、荷台を覆う幌の一部を横から持ち上げてみせる。
中にあったのは檻。
その中には帽子を被った子どもが、ちんまりと座っている。
「なっ、アンタ、それ……!」
御者の男は慌てたように左右を見渡すと、幌の先を持つ俺の手からひったくる。
「オイ、あまりそれをチラつかせるなっ。誰が見てるとも分からねーんだぞっ」
「ああ、そりゃすみません」
男は俺の荷台の幌をちゃんと張り直すと、それからまた辺りを見渡して目撃者がいないかどうかを確認する。
誰もいないことが分かるとホッとひと息をついて、フードを脱いだ。
「……それに、俺は同業者じゃねぇ。行商人だよ、普段はな」
……よし、ビンゴだな。
その男の人相は、俺たちが集めた子どもたちの話の中にあった、そのうちの一人の雰囲気に似通っていた。
今の檻の中の "子ども" を見た後のリアクションからしても、もう言い訳はきかない。
明らかに、子どもを連れ去ろうとしていたヤツの反応だ。
「普段は行商人、っていうのはどういうことだ?」
「おいおい、バカなこと聞くな、アンタだってそうなんだろ。誰だってこんなマネはしたくねぇはずだ」
男は周りに人の気配がないから気が緩んだのか、饒舌に語り始めた。
「俺の方はいつもは牛肉を扱ってたんだが、この頃はほとんど流通しない。だから金がねーんだ。俺にはもう、ウワサに聞く "例の情報" を買うほかなかった」
「……子どもに関わる "アレ" 、だな」
「そうだ」
こっちが "アレ" のことなど何も知らない、ただのカマかけだとも知らずに男は言葉を続けた。
「ちょいとした手順を踏めば、エルフが人間の子を破格の値段で買い取ってくれるってんだからありがたい話だよ」
……なるほどな。そんな情報が売買されていたのか。
カマかけで得られる情報は十分に手に入った。
俺は右手を上げて合図を出す。
すると、シュルルルッと。
後ろの、男の荷馬車の方から "カード" が飛んでくるので、俺はそれを人差し指と中指の間で挟んでキャッチする。
「えーっと、"シュミレット" さん」
俺はカード……商人ギルドの会員証に書かれているその名を読み上げる。
御者の男はビクリと肩を跳ね上げた。
「なぜ、俺のカードが……!?」
シュミレットは勢いよく自分の荷馬車を振り返った。
その荷台の上に乗っていたのは、ウサチ。
その足元には、ウサチが音を立てないように漁っていたシュミレットの私物が転がっていた。
「んぁ、キツキツだぁ」
ウサチがウンザリとしたように帽子を脱ぐと、ピョコンと二つのウサ耳が頭の上に直立する。
「さっき檻の中にいた子ども……兎人種だったのか!? というか、なんで檻の外に……」
後方のウサチ、そして前方の俺を交互に振り返って、ハッとする。
「グルかっ! 俺をだまし──痛っ!?」
俺はカードを回転させて飛ばし、シュミレットの額へとぶつけて返した。
「ついてこい。誘拐は未遂だったみたいだが、いちおう商人ギルドの方に突き出すから」
「かっ、勘弁してくれよ……!」
「警吏に捕まらないだけマシだと思えよ、あと、」
諦め悪くもがいているシュミレットの襟首を引っ張りつつ、俺は言った。
「最後に、その情報をあんたに売ったヤツについて教えてもらおうか。そうすりゃ多少は罪が軽くなる……かもな」
* * *
まだ夜更けには早い時間だ。
サウザンの町の北の端にその "酒場" はあった。
古めかしい木製の扉を開ける。内装は酒場と聞いてイメージした通りで、正面奥にたくさんの酒瓶が並べてある広いカウンターがあり、その脇と手前に二十以上のテーブルがまばらに並べてある。
中の視線が一斉に俺たちへと向く。
「まあ、そりゃ目立つか……」
オッサンの俺はともかくとして、その連れは見た目も中身も子どものウサチと、お堅い見た目で酒場になんて縁の無さそうなマチメ……三人のうち二人が異色。加えて美少女だ。
誰の目に見ても場違いに映るに違いない。
まあでも仕方ない。
確かにダボゼを連れて来た方が目立たずには済んだのだろうが……
あいにく、アサツキを一人にするわけにもいかないので二人で宿で留守番中だ。
オウエルには "別の仕事" を任せてある。
「オイッ、冷やかしかいっ? ガキ連れ夫婦が来る場所じゃあないぜっ?」
店主からガラの悪い言葉をかけられる。
が、いったん無視。
俺はグルリと酒場を見渡した。
新しい住居地域の開発のためにこの辺りで働いているのだろう、日雇い労働者たちの姿が目立つ。
……なるほどね。ウサチとマチメは例外としても、これだけ流れ者の多い酒場であれば、余所者はそんなに目立たないでいられるだろう。
「奴隷売買だなんてセンシティブな情報を売るだけあって、しっかりと場所は選んでるってわけだ。そこの右奥のテーブルの、情報屋のアンタはさ」
「……」
俺たちの視線の先でグラスを傾けていたのは、年齢不詳の吊り目の男だった。
痩身で、かもし出す雰囲気にどこか人知れぬものがある。
おそらく、外国人だからというのもあるだろう。
「何のこと言てるカ? ワタシ分からないネ」
「演技に付き合うつもりはないんだ。アンタの風貌、いつも座ってる場所、そのカタコトの喋り方……アンタから情報を買ったって客が何人も証言してくれてるんだ」
今日の陽の高い間、俺たちメシウマはクレープ屋台で得た不審人物の情報をあたって、本格的な捜査に乗り出していた。
俺とダボゼが手分けをして不審人物へと接触。
そうして引き出した情報の共通点が、この男を指し示していた。
「……フン」
情報屋は鼻を鳴らす。
細い目で俺たちをジロリと眺めると、
「アンタたち、"メシウマ" ネ」
「!」
「有名人の顔と名前くらいは一致させてるヨ。おとなしく人気のクレープ屋さんしてるて話だたのニ、まさかワタシの仕事に関わてくるとハ……」
情報屋は深いため息を吐くと、立ち上がった。
「どうして逃げる? 俺たちメシウマに関わったらマズいことでも?」
「しらばくれる良くないネ。アンタたち一週間くらい前、この町の警吏にワタシの客を突き出してたネ」
それは、アサツキを捕まえて檻に入れていた奴隷商人たちのことだろう。
まさかとは思ったが、ヤツらもこの情報屋からネタを買っていたとはな……。
「まだここ拠点にして間もないだたのニ、残念。ワタシもう町を変えるヨ」
「俺たちから逃げ切れる前提か。何をするつもりだよ」
俺の問いに、情報屋はニヤリとほくそ笑んで、
「ワタシ偉いヨ。いつでもどこでも、ちゃんと準備はできてル」
ズドン、と。
情報屋の後ろで爆音が鳴り響き、白い煙が立ち昇る。
酒場の壁に人が一人通れるほどの穴が空き、その穴の周囲の壁がオレンジ色に燃えていた。
「まさか……東の国の火薬武器か……!」
「ご明察、冒険者歴が長い分、さすがに博識ネ」
情報屋は自らの真上を指さした。
「いまの十倍の威力のものを、"天井" に仕掛けてるネ」
ザワリ。
酒場内の客たちが慌てたように腰を浮かす。
しかし、
「誰も動くんじゃないヨッ!」
情報屋が叫んだ。
「魔力でいつでも動かせル! 誰かが一歩でもこの酒場出ようとしたリ、ワタシを捕まえようとしたらその瞬間、ドカン! 燃えるガレキの下敷きになて、みんな地獄行きネ。わかたら、動かないことヨ」
「……どうする、ムギ殿」
マチメが背中の盾に触れつつ俺の方を見た。
俺は首を横に振った。
制圧をしようと思えばいつでもできる。
しかし、何がキッカケとなって "ドカン" が起こるかは分からない。
「賢明な判断ネ」
情報屋は壁に空いた穴からスッと体を出すと、こちらから視線を外さずに歩いて遠ざかっていく。
そして、フゥとひと息を吐いてポケットに手を突っ込むと、
「あなたたち良い人でホント良かたヨ。おかげで、巻き込まれずに済むネ」
情報屋が唇を吊り上げて笑うと、そのポケットの中でカチリと音がする。
直後、真上で轟音がした。
燃え盛る酒場の天井が崩れ落ちてくる。
「おまえたち、人の言葉信じ過ぎヨ! ワタシ約束守ると思たカッ!? ガレキに埋もれてみんな死ぬヨロシ!」
騒然。
酒場内に悲鳴が響き渡った。
客たちはパニックになってわれさきにと出口へ駆けようとし、あるいはテーブルの下へと潜りこもうと椅子を蹴飛ばしていた。
「はぁ……結局こうなるのかよ。何も壊したくなかったから、わざわざ一度逃がしてやったっていうのに」
俺は近くのテーブルに置いてあったウイスキーの瓶を手に取ると、<ナイフ拳>で半分に切る。
そしてその中身を全て宙高くへとぶちまけた。
……まったく、あの情報屋め、メシウマのことを知っていると言っていたからには、俺たちが料理ギルドだってことも知っていたハズだろうに。
考えが浅い、とはこのことだ。
だって料理ギルドなんだぞ?
元コックなんだぞ?
それなら……
俺が誰よりも "火の扱い" に慣れていると予測できそうなもんじゃないか?
「全員、伏せてろっ!」
俺は叫ぶと、右手に魔力を集中させ、宙に舞うウイスキーへと叩きつけた。
──料理拳・<火の型>、"香りづけ"。
俺の流し込んだ過剰な魔力が、ウイスキーの飛沫一つ一つに宿る。
それらが落ちてくる炎のガレキにぶつかって、
──ゴウッ! 白く激しく燃え上がった。
立ち上がるその炎は、まるでドラゴンブレスのように一直線に伸びて天井を飲み込んだかと思うと、最後に青い火花を散らして全てを消し飛ばした。
フワリと、バニラのようなウイスキーの残り香が鼻腔をくすぐる。
「ド下手なフランベになっちまった。まる焦げだ」
ため息交じりに言った。
せっかくの酒が、なんともったいない。
食べられるはずもない細かな灰が、雪のように俺たちの頭上へと降り始めていた。
「ナ……ナァッ!?」
酒場の壁に空いた穴の先。
呆然と、その場に立ったまま動けないでいる情報屋へと、俺は指を突きつける。
「天井がなくなっちまった。弁償はおまえがしろよ、情報屋」
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