軌道海兵隊の雑談 ~赤道哨戒任務、今日も異常ナシ~
――俺がこの地球を守る。
そんなヒロイズムは、入隊まもなく打ち砕かれてしまった。
軌道海兵隊に入った理由なんて、ほんとは大したものじゃない。
地球での暮らしに行き詰まりを感じていた俺は、夢のある言葉に惹かれて入隊志願書を出し、遥か空高くの「エデン」へ渡っただけのことだった。
「宇宙の最前線で、地球を守る……か」
あのときの説明会でのキャッチコピーは確かに胸を熱くさせた。青く雄大な地球をバックに、英雄的な外観を持つレイル・ウォーカー「アキレス」のフォルムが描かれたポスターを見た瞬間、自分もあれを動かす英雄になれるのだと勘違いした。
実際、訓練を経て配属されたダイダロス大隊──第3中隊「ケストレル」の第2小隊で、俺はRWのパイロットとなった。
が……「憧れ」とはほど遠い「日常」を繰り返しているのが実態だった。
配属されてから二か月。地球外周軌道ステーション「エデン」の外縁部にある哨戒区画は、今日も平穏そのものだ。
──正確には、この赤道帯を守る「ダイダロス・リング」が、であるが。
敵性指向隕石「メテオ」への対応……ほとんどは何も起こらない哨戒任務がメインだ。俺たちは時折機体の点検やシミュレーションをこなすくらいで、大半の時間はパイロットや整備員との雑談か、訓練の延長のような射撃演習で消費される。
「ミクラ、またぼーっとしてるのか?」
声をかけてきたのは、整備班のネリーだ。
彼女は常にグローブを油で汚しながら、俺たちスナイパーが使う長距離ライフルをメインにRW用兵装のメンテナンスを担当しているメカニック・マンだ。
「いや、考え事をしてただけだ」
俺は軽く肩をすくめて答える。
ネリーがいる限り、俺の装備に関しては何の心配もない。
「考え事ね、またスケベな妄想か」
「お前の中の俺はどんなキャラなんだよ」
俺は苦笑しながら、ネリーの冗談を適当に受け流す。
「どうせ暇なんでしょ? だったら、ちょっと手伝ってよ」
ネリーがグローブを外しながら、工具箱を指さした。
「それは兵科教育での、俺の整備兵としての成績を知った上での発言だな?」
「オフコース。力仕事だからさ、ちょっと付き合ってよ」
付き合って、という言葉にどきりとしつつ。
俺は彼女の後を追って機体ハンガーに入った。
*
機体ハンガーは相変わらず、機油と鉄の匂いが漂っている。未だに慣れない無重力に足をすくわれながら、どうにかキャットウォークまで辿り着いた。
無骨な骨組みの間から、整備中のレイル・ウォーカー《アキレス》の力強いシルエットを見上げる。なんだかんだで、俺の脳裏にあのポスターの記憶が蘇った。
「かっこいいよな、アキレス」
俺は藪から棒に、そんな感想を告げた。
ネリーはこくりと頷く。
「そういう風にデザインされてるからね」
「そうなのか」
「アンタんとこの国のさ、ロボットアニメっていうんだっけ? それ系のデザイナーを設計段階から開発チームの一員に迎え入れてたらしいからね」
俺は小首をかしげた。
「なんだってそんなことを」
「兵士たちの士気向上、パイロットの動員数向上。実際、前期モデルの《カエサル》がポスターに使われてた時期よりも志願者数は多いらしい」
「へぇ……」
俺もまんまとその広報戦略に乗せられたクチだ──。
「さあ、さっそく手伝ってもらおうか」
「おう、どんと来いだ」
「そこの装甲が凍結したまま開かなくってさ、バーナーを使いたいところなんだけど、別の作業に貸しちゃっててさ……ほれ、これ使って」
俺に手渡されたのは、一本のマイナスドライバー。
「氷を削れと?」
「うむ。頑張ってね、男でしょ」
*
ガリ、ガリ。
ガリガリゴリゴリ……。
ひたすらにマイナスドライバーの先で氷を削る。
俺はとにかく、気が狂いそうになる。
目的の装甲パネルは2平方メートルほどの大きさ。
そのフチの部分が、がっちりと凍結していた。
低温真空の宇宙空間に飛び出すRWだ。
このようなトラブルはよくある。が……。
「マジで、俺は何をさせられてるんだ?」
「終わった~?」
「四分の一かな、頭おかしくなりそう」
ネリーがクスクスと笑った。笑いごとではないのに。
「がんばれって、終わったら美味しい“ヤキトリ”が食べれるよ」
「はぁ?」
「あれ、地球生まれなのにヤキトリ知らないんだ」
違う、そうじゃない。
俺は顔を右へ左へぶんぶんと振った。
「ヤキトリは知ってる。問題はなんでそんなものがあるのかって話だ」
「ああね。トーマス班長が閃いてさ。レーションの“チキン・ボール”あるでしょ。あれを串刺しにして炙ったらヤキトリになるんじゃないかって」
「おい……! まさか……」
まさかとは思うが、バーナーの行方は……。
「さ、残り四分の三も頑張って~」