①ひよこという名の希望
転生もので新しい作品を書いてみました。連載ですが、2話完結です。感想聞かせてもらえると嬉しいです。
目が覚めた瞬間、視界には真っ暗な世界が広がっていた。自分は死んだのだ、と思った。
しかし、その次の瞬間、狭い空間で身動きが取れないことに気づいた。硬い殻に覆われている。どうやら自分はまだ死んでいないらしい。
手足を動かそうとしても、まるで力が入らない。混乱の中、意を決して渾身の力を込め、一突きで目の前の殻を破った。
突然、強烈な光が飛び込んできた。眩しさに思わず目を細めた。
やがて、視界がはっきりしてきたとき、自分の体が黄色くフサフサとした毛で覆われていることに気づいた。
次の瞬間、突然何かに掴まれた。大きな人間の手だった。
その手が、自分の小さな体を無遠慮に持ち上げたかと思うと、親指で尻を押し広げられた。信じられない屈辱感が体を襲う。思わず「ぴよっ」と声が漏れる。
――俺はひよこに生まれ変わったんだ。
頭の中でその事実が繋がった。その瞬間、巨大な手は俺を再び放り出した。
転がり落ちた先は、動くベルトコンベアーの上だった。体が勝手に流されていく。周りには同じように転がっているひよこたち。どこへ行くのか、何が待ち受けているのかもわからないまま、ベルトコンベアーは無情にも進んでいく。
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「よう!」
突然、隣のひよこが馴れ馴れしく話しかけてきた。正直、こういうタイプはちょっと苦手だ。だが、一応礼儀として軽く返事をすることにする。
「お前も人間から生まれ変わったクチか?見れば大体わかるんだよ。今、何が起こってるのかよくわかんないって顔してるからな。」
まるで見透かされたような言葉に、軽くうなずくしかない。
隣のひよこは、俺が戸惑っている様子を全く気にすることなく、さらっと続ける。
「なあ、何か周りを見て気づいたことはないか?」
そう言われ、促されるままに改めて周囲を見渡す。ひよこ、ひよこ、ひよこ。どこを見てもひよこばかり。ん?あれ?よく見ると…
――俺たち、みんなオスじゃないか。
なんでそんなことがわかるんだろう。自分でも不思議だが、こういうのはきっと本能みたいなものなのだろう。
人間の時だって、何となく男女の区別がつく感覚と似たようなものかもしれない。
さっき尻の穴を人間に覗かれたのは、ひよこ鑑定士による雌雄判定だったんだと、今更ながらに気づいた。
「このオスばかりの状況が何を意味するのか、わかるか?」
隣のひよこの声が、妙に冷たく響く。
――意味?もちろんわかる。俺たちは雄鶏だ。卵を産むことができない。それがどれほどの絶望を意味しているか、深く考えるまでもない。
卵を産めない雄鶏の未来なんて、鶏肉に加工されるだけ。そんな運命は、もう目の前に広がっている。
けれど――俺は不思議と落ち込まなかった。むしろ、ちょっとした安堵さえ感じていた。
人間だった頃、俺は「デブ」だと散々罵られてきた。しかし、これからは、餌を好きなだけ食べて太ることが「仕事」になる。ニワトリになれば、太ることはむしろ「褒められる」ことになるんじゃないか?
人間界でデブは不遇だ。デブというだけで何かとひどい扱いを受ける。俺も前世では「デブのくせに…」という辛辣な言葉に何度も傷ついてきた。
人々は、俺のような“ふくよかな”人間に対して勝手なイメージを押し付けてくる。
おおらかで人がよく、好き嫌いなく何でもたくさん食べる。運動は苦手で汗っかき、そして少々おつむが弱い――そんな勝手なイメージだ。
そして、そのイメージに反することが少しでもあれば、すぐに「デブのくせに理屈っぽい」とか、「デブのくせに寒がり」といった具合に、容赦のない批判に晒される。
俺が今までで一番傷ついたのは、「デブのくせにあんこが嫌い」という言葉だった。
あんこを嫌いなことがそんなに罪なのか?それをどうしてデブの枠で語られなくちゃいけないんだ?
けれど、このニワトリ界では状況が違う。俺の太りやすい体質は、ここではむしろ大きなアドバンテージになるはずだ。
太ることが目的の世界。好きなだけ餌を食べ、どんどん肥えていく。そう考えると、飼育される未来はむしろ明るいものだ。
鶏としての新しい人生、いや、鶏生は、ひょっとしたら人間だった時よりもずっと自由で楽しいものになるかもしれない。
隣のひよこは冷静に言葉を続けた。
「甘いな、俺たちは“採卵鶏”だ。“肉用鶏”とは全然違うんだよ。
採卵鶏は、卵をたくさん産むために品種改良されてきた。普通の鶏の何倍も産むんだ。食べた栄養のほとんどが卵を作るのに使われる。
それに対して、肉用鶏はその逆だ。栄養は体を大きくするために使われるよう品種改良されてきた。
だから、あいつらは短期間でどんどん太っていく。
でも、俺たち採卵鶏は、いくら食べても短期間で大きくならない。肉用鶏みたいには、いかないんだ。」
隣のひよこは一度言葉を切り、わずかにため息をついてから、さらに続けた。
「つまり、採卵鶏の俺たちがオスに生まれたってことは…。人間にとって、育てる経済価値がないってことさ。それが何を意味するのか、わかるよな?」
その言葉が、重くのしかかってきた。目の前を流れるベルトコンベアーが、冷たく淡々と動き続ける。
その先には、高速で回転する何かが見えた。次々とひよこたちがその回転する機械に吸い込まれていき、あっという間に消えていった。
恐怖が全身を駆け巡る。
俺の運命もまた、この先に待ち受けているのか?
逃げ出したい気持ちと、もうどうしようもないという絶望感が入り混じる。
俺はただ、その光景を黙って見つめることしかできなかった。
読んでいただきありがとうございます。次回の第2話が最終回です。