コリーニョとタルタルーガ(公爵令息の気持ち)
いつも有り難うございます。
よろしくお願いします。
「僕が勝つに決まっているだろう?コニーリョ家の僕が君なんかに負けるわけないじゃないか」
しまった。
そう思った時には遅かった。
心にもない事を言ってしまった。
僕は知っているんだ。君はとても努力家だと。
君が頑張っている姿を僕は知っている。そして僕はそんな君のことをとても尊敬しているんだ。
僕がどんなに頑張っても君には勝てないって僕は知っているのに。
なのに…
。。。
僕の真っ白な肌と髪、ルビーのような赤い目はコニーリョ公爵家の証。
王家との関係も近く、コニーリョ家を敵にするのは王家を敵にするのと同じ事。
幼い頃から僕の取り巻きは、僕ではなくコニーリョ家を見ている。
僕がふざけて誰かを泣かせても、だれも咎めない。
学園へ入ってもその関係に変化はない。
公平であるはずの教師でさえ僕の味方。僕の顔色を伺いながらも側にいる男子。僕に気に入られようと濃い化粧し、たっぷりと香水を振り撒き、友人さえ蹴落とす女子。
そんな人間たちにうんざりしても、改善する事もせずその地位に僕は甘んじている。
コニーリョ家出身の者は学業に於いても、スポーツに於いても突出して優れていた。一族全てがそんな感じなので、出来ない人の気持ちを理解する事もなく、理解しようとも思わない。
幼い頃からつまらない毎日。
「努力しなくても出来る事」を褒められ、もてはやされるだけの日常。何をやっても満足感を得る事はない人生。
気がつけば僕は全ての事に無関心になっていた。
ある日気まぐれで数人の取り巻きと学園の図書室へ行ってみた。
学園の図書室へ入る事はほとんどない。何故なら学園の図書室より家の図書室の方が蔵書が多いから。
そんなつまらない図書室で、夢中で本を読むタルタルーガ令息の君を見つけた。
深い緑の様な黒髪。日に焼けた肌。がっちりとした骨格。僕とは全て正反対だった。
広大な領地を所有するタルタルーガ家は、温暖な気候を生かした穀物栽培で領地を運営している。
君の肌の色は、しっかり領地運営に携わっている証なのだろう。
僕の存在を無視するかのように一心不乱に本を読む君。
それを見た僕はちょっと悪戯をしてやろうと、取り巻きと共に君の向かいの席に座った。
大人しく黙っている事の出来ない取り巻きたちは、ここがどこだか考えもせずヒソヒソとお喋りをしだす。
目の前で数人の女性がお喋りし、笑う。本を読んでいたらさそがし邪魔になるだろうと思った。
僕は君がいつ怒るか、どんな顔をするのか楽しみにしていたのだが…
君は僕や取り巻きの存在を全く気にせず、どんどんページをめくっていた。
こちらに気づかない様子に痺れを切らした僕は手を伸ばし、君が読んでいる本を取り上げた。
目の前から本が消えた事に君は驚き顔を上げ、僕を見てさらに目を丸くした。そして何度か瞬きをした後、慌てて立ち上がり頭を下げて挨拶をする。
「気がつかずに申し訳ありませんでした。皆様、どうぞ読書をお楽しみください」
そう言って積み上げた本を片付けて図書室を出て行ってしまった。
「なんだ…つまらない…」
僕は手の中にある、君から取り上げた本をパラパラとめくった。
それ以降、僕はなんとなく君を目で追うようになっていた。
君は時間があれば教室でも本を読んでいる。
それでも誰かに話しかけられると相手の目を見て話しを聞き、助言したり、時にジョークを言って笑わせたりしている。君に話しかけているクラスメイトは君を信頼しているのがわかる。
君には一つ下の学年に婚約者がいる事もわかった。
地味で目立つ事のない女性らしいが、成績は常に上位。
取り巻きの話によると、結婚したら出来る限り彼を支えたい。農作業も手伝うつもりでいるから、学園にいるうちに学べるものは学んでおこうと思っている。と考えているそうだ。
「貴族の令嬢が農作業をするなんてはしたない」
「田舎者はどうせ田舎者の考えから脱出出来ない」
「日焼けしたらどうするのか」
など、僕の周りはぼやいていた。
興味を持った僕は彼女のクラスまで赴き声を掛けてみることにした。
コニーリョの僕が声を掛けたら…どんな反応をするか見て見たかったんだ。
教室の入り口にいた女生徒に彼女を呼んでもらう。驚きながらも急ぎ足で僕の前に立つ彼女。化粧なんてしておらず地味だと聞いていたのだが…
触れずともわかるしっとりとした肌、藍色の瞳を縁取る長いまつ毛。ピンク色の唇。
もしも彼女が着飾ったら…僕の取り巻き達の中で、彼女に敵う子はいないだろう。
つい「カフェでお茶でもどうか」と誘ってしまった。
すると彼女は強張った声で「婚約者がいるのでそれはお受け出来ません」と、僕の誘いをきっぱりと断った。
驚いた。
コニーリョの誘いを断る女性がいるなんて。僕はワクワクした気持ちで彼女を見つめた。
そして気づく。僕に誘われたら誰でも喜ぶと思っていた僕は間違えていたと。
彼女の手は震えていた。
「そうだよね…ありがとう」
ショックを隠し、そう言ってその場を離れるのがやっとだった。
その一週間後に事件は起きた。
「令嬢達が彼女を噴水のある中庭に呼び出し、この前のことを責めている」と、取り巻きの令息に知らされた。
彼女を責める?お門違いも良いところだ!
僕は怒りを抑えつつ急いで中庭へ向かう。
見えたのは令嬢の1人が詰め寄り、彼女を突き飛ばす瞬間だった。
彼女がよろめき噴水の中へ倒れそうになった時、噴水の中を突っ切って君が現れ彼女を抱き上げた。
君は安堵と怒りの表情で何も言わずにその場を去った。
僕に出来る事はないと思いつつも、取り巻き達の親に抗議の手紙を出した。
すると彼女達は「自主謹慎」と言ってしばらく学園を休んだ。
彼女達がいなくなっても僕の周りには新たな取り巻き達が現れた。
そして僕は「お詫び」と思って彼女の家にたくさんのプレゼントを贈った。
何を贈れば喜ばれるのかわからない。だから色々な物を毎日届けた。花束、ドレス、宝石…
相変わらずつまらない学園生活だったが、贈り物を考える時間は楽しく思えた。
教室でも「次は何を贈ろうか」と考えていた時、君が僕の前に現れた。
「少しお話しがあります。よろしいでしょうか?」
彼の口から彼女の話が聞けると思った。何を贈れば喜んでもらえるか。そんな事を聞こうと考えていた。人気のない学園の屋上。やけに空が青いなぁと思っていた。
「私の婚約者への贈り物をやめていただきたい」
思ってもいなかった君の言葉に心臓のあたりがきゅっとなる。
「お詫びのつもりなんだけど?」そう言いつつ、君の顔を見ることが出来ない。
「お詫びなら突き飛ばした女生徒が謹慎になっただけで充分です。公爵家が贈り物をしたと聞いた女生徒のご両親からも、彼女の家に贈り物が届きました。彼女の家は子爵です。高位の方々から贈り物を頂くのは心苦しいものがあるのです。
それと…彼女は私の婚約者です。ドレスも宝石も貴方が贈る必要はありません」
「お詫びなんだから貰っておけばいいのに。…コニーリョの僕と張り合うつもり?」
口を吐いて出た言葉は、心にもない言葉だった。
「ねぇ、どうせ張り合うなら僕と競争しない?家同士が絡むと面倒だから個人的な競争。そうだな…明日、朝日が昇るのを合図に南門から出発して、隣町の時計塔の下にどちらが早く着くか。でどうかな?」
そう提案した時、君の瞳は困惑と同時に何故か悲しみが見てとれた。
「承知しました。では明日の朝、南門で会いましょう」
君はそれだけ言うと足早にその場を去った。
なんで、どうしてこんな事になってしまったのだろう。断ってくれたら良かったんだ。コニーリョの僕に、タルタルーガの君が勝てる訳ないのに。
日が昇る前の暗いうちに南門へ向かう。
南門には話を聞いた生徒たちが集まっていた。僕が現れるとほとんどの生徒は僕の周りに集まってきた。君の周りには数人の男子と…婚約者の彼女。彼女は心配そうに彼を見つめている。それに気づいた君は優しく笑い彼女の髪を撫でていた。
またキリキリと心が軋む。
朝日が辺りを明るく照らしだす。
隣町へ続く街道に向けて僕と君はスタートした。
僕は走り続け、君との差をぐんぐん離して行った。
振り返っても君は見えない。
僕は走るのをやめてゆっくり歩く。
どうしてこんな事になったのか。
「僕が悪いんだ」
それだけはわかっていた。
もっと相手の気持ちを考えるべきだった。
全て僕のわがままや思い込みが招いた結果だ。
今までこんな風に考えた事はなかった。
コニーリョ公爵家に生まれた。それだけで上手くいくはずだった。
今までは上手くいってたんだ。
何の感情もなかった僕の心を揺さぶり出した君。
地位や家柄関係なく、信頼され、愛されて…
君とこんな無意味な競争して何になるのだろう。
ぼんやりしながら、とぼとぼ歩く。
不意にガサリと葉が擦れる音がして…僕は数人の破落戸に囲まれた。考え事をしていたせいで気づくのが遅れてしまった。いつもなら護衛や取り巻きがいるけれど、今は僕一人。
「コニーリョ公爵家の僕に手を出したらどうなるかわかっての事か」
やっとの思いで出た言葉がそれだった。
自分は無力だと、自分自身で証明したような言葉だった。
「コニーリョだと?こりゃ好都合。俺たちにしたら貴族なんて憎しみの対象でしかないんだ。いい服着て、暖かい家がある、毎日飯を食えて、週末には飲めや歌えのパーティー。俺等がどんな暮らしをしてるか知ろうともしない。僕に手を出したらどうなるか?どうなるんだ?教えてもらおうか」
男が拳を構えると同時に、背後から近づいてきた男等が僕の両腕を押さえ込む。
「なっ!?…卑怯だぞ!」
「卑怯?違うなぁ、俺等の世界では普通って言うんだよっ!」
抵抗出来ないまま僕は腹を殴られた。
「ガッ…!」
感じたことのない痛み。苦しい。どうやってこの場から逃げられるのか…どうすれば…君なら…
「そこまでだ!!彼から手を離せ!」
君の声に顔をあげる。そこには君と大勢の警備隊が見えた。
「どうして…」
散り散りに逃げた破落戸達が警備隊に捕えられていく。
「大丈夫ですかっ!?」
大きな声と共に君が走って来た。
「どうして…」
「昨日、貴方に隣町までと提案されましたが…最近隣町までの街道に賊が現れ治安が悪いと聞いていたのです。それで…スタートしてから警備隊の詰め所まで行き…その、コリーニョ公爵家の名前を言って警備をお願いしたのです。僕の名前では動いてもらえなかった。それで少し遅れてしまった…やっぱりコリーニョ公爵家は凄いです」
「どうして…僕なんか助けてくれたの?だって君に…」
「本当は…私は貴方にお礼を言いたかったんです。図書室の蔵書を増やしてくださいましたよね?あの時私が読んでいた本は図書室には一冊しかなかった。それが全巻揃い、他にもたくさん本が増えて…嬉しかった。
それに、彼女に手をあげた女性たちは爵位が高い人たちで、私の家からは抗議することは出来ませんでした。貴方が抗議して下さったので、彼女達に罰を与える事ができました。本当に感謝しています。
ただ…彼女へのプレゼントは私の特権ですので、譲る事は絶対に出来ません」
そして勝ち誇った顔でニヤリと笑った。
ああ…僕が教室で見てきた風景だ。
僕が羨ましいと思った風景。僕が欲しかったのは信頼できる友達だったのかもしれない。
「……助けてくれて…ありがとう…」
「競争はどうしますか?」
君がイタズラな目で僕を見る。
「…邪魔が入らなかったら僕が勝っていたと思うよ」
「それはどうでしょうね?今から走りますか?」
「……いや、やめておく。そんな事言って君に負けたら恥ずかしすぎるよ」
今だって十分恥ずかしいんだ。泣きそうなほどに。
。。。
相変わらず僕の周りには、顔色を伺いながらも側にいる男子と、濃い化粧の香水の香りがキツイ女子がいる。
でも…
「放課後、教会を見下ろす丘まで馬を走らせませんか?」
「…いいよ」
今まで僕にいなかった「信頼できる友達」が出来た事は間違いない。
。。。
CONIGLIO うさぎ
TARTARUGA かめ
うさぎとかめ。
うさぎの気持ち。
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございました。