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暁の月【長編・完結】  作者: 清水 朝基
番外編~暗い淵の底
67/69

依存

 様々な音の残響が、一瞬、盛大な水流に遮断される。

 手で顔を拭い、湯の滴る前髪を搔き上げる。と、隣で、大きなあくびと呟く声がした。

「ねむ……」

「珍しいな。お前が、そんなに眠そうにしているなんて」

 ウィンケンスが、使った湯桶をゆすぎつつ答える。

「新しい図鑑が手に入ってさ。夢中になりすぎて、気がついたら明け方。それで夜勤だろ――ひよこ達の世話もしないとだし、気が抜けなくてさあ」

 納得する。子供の頃から、昆虫が好きで、あれやこれやと捕まえては、自慢していたのだ。

 叙任して給金が上がってからというもの、図鑑収集に情熱をかけている。自室の狭い本棚からはみ出ると、実家に送るから、義伯父(おじ)が、妙な本が増えると、苦るほどだ。

 洗い場から揃って立って、浴槽へと歩く。広く区切られた中で、様々な年齢や所属の男達が、思い思いに湯に浸かっている。(ふち)に据えられた手桶で、掛け湯をして尋ねる。

「お前、このあと暇? マニュルムに行くんだが、一緒にどうだ?」

 足先から、ゆっくりと湯の温かさが染みていく。肩まで浸かって、縁に背を預ける。

 ウィンケンスが、再びあくびをして話す。

「俺はいいや。この前、譲ってもらったからさ。それに……」

 浮かない顔。おや、と思って、続きを待つ。額に手を当てて、濃青の瞳がわずかに歪む。

「あんまり好みじゃないんだよな。初夜を迎えたばかりで、重いっていうか――一人目は、すごく可愛かったのに」

「それはきついな……」

 心から同情する。

 最高位である直系嫡子は、必ず同い年の〈奥方〉が用意されて、初夜を貰い受ける。しかし傍系は、嫡子でなければ、そういう配慮はされない。

 大抵は、二十歳前後で結婚するから問題ないのだが、ウィンケンスのように時機が合わないと、〈奥方〉が、任期満了を迎えてしまうことがある。

 結婚の見通しが立っていれば、臨時の縁で間に合わせるものの、義伯父は一向に縁談を持ってこないらしい。結局、新しい縁が繋がって、二人目の〈奥方〉を貰ったのだった。

「お前はいいよなあ。十五歳から、ずっとだろ。しかも、マニュルム随一の美人だなんてさ」

 翠緑の瞳が、胸に浮かぶ。ここのところ、アメリアの立太子関連でせわしなかった。館に行くのは、久しぶりだ。

 儚く微笑む美しい顔。吸いつく柔らかな白い肌。細く伸びやかな肢体。顎をしゃくって、自慢げに言う。

「どんな男でも、骨抜きになる美人だぞ。見せてやれないのが、本当に残念だな」

「言ってろ。そんな贅沢に慣れて、妻相手じゃ勃ちが悪いって嘆いても、知らないぞ」

 全く心配していない口調。ふん、と鼻で笑ってやり返す。

「生憎だな。お前のと違って、俺のはそんな低能じゃないんだ」

「お、言ったな――」

 言葉を継ごうと、ウィンケンスが息を吸って、ぴたりと止まる。浴槽の縁で掛け湯をする巨躯。皆が開けた隙間に、分厚い長身が沈む。

 濃青の瞳が、ちらりとこちらを見遣る。挨拶は、さっき済ませた。わざわざ話しかける必要などない。せっかくの非番の夜を、台無しにしたくなかった。

 しかし、ウィンケンスの方は、甥として無視できなかったようで、

「叔父上。せっかくですから」

 と声をかけて、隣を勧めた。

 伏せていた瞼が緩やかに開き、群青が現れる。応じて、えらの張った顎が、微かに頷く。巨躯が、大きな波紋を描いて移動する。

 隣に腰を落ち着けたのを認めて、ウィンケンスが話を繋ぐ。

「今、フェリックスがマニュルムに行くって言うので、〈奥方〉の話をしていたんですよ」

 嫌な予感に、湯の中で手首を握り締める。隣で、何のてらいもなく、尋ねる声を聴く。

「叔父上の〈奥方〉も、やっぱり相当な美人だったんですか?」

 案の定、腐った床を踏み抜いた。事情を全く知らないとはいえ、よりによって、この話題とは。内心で、強く(ほぞ)を噛む。

 しかし、今できることなどない。ただ黙って、成り行きを見つめる。重低音が答える。

「……昔のことだ」

 そして、緩慢に群青がこちらを向く。重々しい声が、静かに言った。

「遊ぶ意欲があるのなら、なぜ鍛練をしない。だから、エルドウィンなどに負けるのだ」

 かっと、視界が赤く染まる。群青を、きつく睨み据える。

 確かに、エルドウィンは今、立太子式の準備で、鍛練の時間を持てていない。それでも、律儀な親友は、レガリス隊副隊長として示しがつかないからと、きっちり上位の評価を得て、試合参加者に選定されたのだ。そうして勝った。

 とはいえ、観戦していた同期達は皆、手に汗握ったと称賛してくれたし、ブラッツも褒めてくれた。負けといっても、主家直系嫡子として恥じるような内容ではない。

 怒りが、じりじりと心を焦がす。吐き捨てるように、言葉を投げつけた。

「……父上だって、内方(うちかた)までつくって――若い頃、ずいぶんお盛んだったようじゃないですか」

 成人した時、管理を任された家の書類。その中に、ハンナの診断書があった。幾度も子を流したために、行為を禁ずる、という内容。その原因は、紛れもない伯父なのだ。

 どういう経緯か知らないが、あんなにも温かく優しい人を慰み者にした。きちんと内方として大切にしていれば、身体を壊すような事態にはならないはずだ。本当に、どの口が言うのだろう。

 しかし、群青は全く動じることなく、ただゆっくりと逸れて、瞼を伏せた。微かな溜め息の混ざった言葉が、返ってくる。

「……子が、親の(ねや)に口出しをするな」

 途端、激烈な怒りが、全身を突き抜ける。

(何が子だ! 何が親だッ! 俺のことなんか、復讐の道具にしか思っていないくせに!)

 ぎりぎりと、掴んでいた手首を握り締める。

 この前の休暇で、王家を穢れから救う希望だの何だのと、縋りついてきたのは誰だったか。王子として振る舞うよう、強いてきたのは誰だったか。

 唸るような苛立ちが全身を駆け巡り、心が裂けていく。誰にも憚らず、叫んでしまいたかった。それでも、今持っている引き出しでは、子であり親なのだ。

 どうにもできずに、たゆたう湯を見つめる。と、隣から勢いよく水音がした。

「いや、浸かりすぎたな。――叔父上。俺はそろそろ失礼します」

 そして、気楽な口調が言葉を継ぐ。

「ほら、お前もあんまり入ってると、ゆだるぞ」

 表情とは裏腹に、有無を言わさない強い視線。圧力をかけられなくても、もう同じ空気を吸いたくなかったから、おとなしく腰を上げる。

 並んで少し歩いて、浴槽から離れると、厳しい口調が窘める。

「お前さ。さすがにあれは、どうかと思うぞ。お前がどんな奴か、知らない連中の方が多いんだから」

 言われなくてもわかっていた。

 それでも、それは主家直系の嫡子としての態度だ。伯父の復讐を偽装するための振る舞い。小さな子供の頃から、文字通り血の滲む努力をして、築き上げてきた引き出し。

「……末っ子で四男のお前になんか、俺の気持ちがわかるかよ」

 苛立つままに、吐き捨てる。がっしりとした骨格の顔が、一瞬鼻白んで、むっとした表情になる。

「またそれか。どうせ、俺にはわからねえよ」

 脱衣室の手前にたどり着く。自棄っぱちな声が投げられる。

「――もういい。勝手にしろ」

「言われなくても」

 手ぬぐいで、とっとと身体を拭いて、湯気で曇った硝子戸を、開けて閉めた。


 前室の扉を開くと、いつも通り、トリーナが引き裾を広げて礼をしていた。

 顔を上げた途端、はっとして表情が強ばる。しかしすぐに、微笑みを浮かべて、手を差し出した。その細い手を取り、階段を上って、部屋へと向かう。

 背後で扉の閉まる音。外套の留め具を外し終えると、首元に手が伸びる気配を感じる。そのまま襟を軽く掴んで、薄手の生地が、なめらかに腕を滑っていく。

 木製の衣服掛けに吊るして整える、優美な後ろ姿。洗練された所作に合わせて、揺れる腰。身の内で、暗い情欲が立ち上る。

 ベルトを外し、上衣を脱ぐ。低い声で、重く名を呼んだ。

「――トリーナ」

 振り返った表情には、怯えが宿っていた。身を縮めて窺う、細く伸びやかな姿。圧倒的な支配を認めて、暗い高揚感に昂る。しかし、あえて冷たく命じた。

「壁に、手をついて」

 事態を察して、紅色の薄い唇が震える。翠緑の瞳が滲んでいく。細く白い喉が、涙を飲み込んで、引きつった。

 腕を組み、冷たい視線を浴びせかけて、淡々とした表情で待つ。

 見つめていた翠緑が、逸れて落ちる。そして、小さな足取りで、寝台の足元の壁に向かった。立ったまま挿れる時は、いつもその場所だった。

 手をついて、尻を突き出した姿。半端な体勢。

 腰を掴み、容赦なく引き寄せる。短く上がる悲鳴。構わず両膝をついて、上衣と内着の裾をまくる。

 下着の紐を解くと、眼前に閉じた花が広がった。指で開いて、小さな実のある箇所に口づける。

「――あっ……!」

 びくりと、細い肢体が跳ねる。

 紅い実を包む薄皮を、舌先で剥くようにつつく。甘く声が上がり、濃密な女の匂いが増していく。左手で腰を押さえながら、右手で柔らかな尻を掴んで揉む。

「……っそんな……あぁっ!」

 姿を現した、小さな実。形をなぞり、時折強く吸う。甘い喘ぎの合間に、涙を飲み込む声が混じる。嫌がる心が透けて見えて、暗い愉悦に、身体の芯が滾っていく。

 右手を下ろし、下衣の留め具を外して、下着の紐を解く。衣擦れの音で察して、嬌声が怯えて震える。

「あっ、フェリックス……! ま、まだ……っし、たらぁっ!」

 その声音に、暗い昂りが、ぞくぞくと背筋を駆ける。立ち上がると同時に、下を脱いで宛がう。途端、全身が跳ねて、悲痛な声が、空気を切り裂いた。

「いや、やめてぇっ!」

 怯えて戦慄く、細い背中。

 怒張した楔を、唾液で濡れた花に擦りつけながら、低く質す。

「――なあ、トリーナ」

 白く柔らかな尻を撫でる。膨らんだ紅い実に、先端を押しつけて、腰を動かす。涙声がこぼれて、首が強く振られる。さらさらと揺れる、金茶色の長い髪。

「約束を破ったら、どうなるか――わかっていて、言ったんだよな?」

 ひたりと、入口に楔を宛がう。おもむろに、押し込んでいく。震える声が、哀願する。

「……っごめんなさい……! お願いだから、許してえ……っ!」

「まだ何も――罰を受けていないのに、許しを乞うなんてな」

 きつく閉じた入口が、ぎちぎちと広がっていく。壁についた細い手が、戦慄きながら、固く握られる。ほしいままに強いているのだという事実に、暗い笑みがこぼれる。

「君が、きちんと約束を守っていれば、こんなことにはならなかった。それなのに、破るからいけないんだろう?」

 柔らかな尻を、思いきり平手で叩く。赤く染まる白い肌。泣きながら叫ぶ声が、鼓膜を刺す。

「ごめんなさいっ! 全部、私が悪いの! ごめんなさい……っ!」

 暗い愉悦が、全身を満たす。吸いつく柔肌の尻を揉みながら、低く嗤う。

「それなら、言うべきことがあるよな?」

「……フェリックス……私は、あなたのもの――あなたの……思うままにして……」

 苛烈な恐怖に怯えて、泣きじゃくる声。暗い満足感に、打ち震える。腰をしっかりと掴み、一息に打ちつけた。

「――っいやあああぁっ!」

 悲痛な叫びが、鼓膜をびりびりと震わす。腰を引き寄せつつ叩きつけて、奥深く抉る。

 穿つ度に、苦悶の声が漏れ、中からは蜜が滴って、なめらかになっていく。思うさま搔き乱して、為す術なく犯される景色を堪能する。

「少し触れただけなのに、挿れたら絡みついてくるなんてな。ほら、中から溢れて――本当に、いやらしい女だ」

「いやっ……い、言わないでえっ! いや! ああっ、ん、く……っう、いやあっ!」

 その心とは相反して、中はさらに潤っていく。

 恐怖と嫌悪に泣きながら、それでも高みへと昇って濡れる媚態。ぞくぞくと、暗い愉悦が背筋を這う。これから注いで辱しめるのだと思うと、たまらなかった。

 次第に強ばっていく、細い肢体。締めつけがよりきつくなり、絶頂が近いと知る。奥を抉るように、激しく深く打ちつけた。淫らに潤んだ肉壁が震えて絡み、強く絞られる。

 楔の根元に、どくどくと集まる感覚。今にも飛び出しそうなところを、あえて耐える快楽。熱く、呻きが漏れる。察して、悲鳴が哀願する。

「いや! いや! こんなのっ……フェリックス! いやよ、やあぁっ……!」

「全部、君が悪いんだろう」

 ふん、と鼻であしらう。ごめんなさい、と泣き叫ぶ声。圧倒的な支配。暗い愉悦が駆け巡る。はちきれんばかりに滾る感覚。欲望が、全てに満ちる。

 限界まで引き抜いた瞬間、

「――思い知れ、トリーナ」

 力の限り叩きつけた。悲泣の声が、部屋にこだまする。

 絞り取るように中が締まり、一瞬息を詰めて力を抜く。途端、放出する感覚とともに、激甚な快楽が、全身を突き抜けた。

 長く熱く息を吐いて、眼前の光景を眺める。

 ただ下半身だけを晒して、柔らかな尻を突き出した姿。女の入口に容赦なくうずまる、己の猛った楔。辱しめを受けて震える、細い身体。

 たった今、この女を征服したのだと、暗い笑みが湧き上がる。

「ああ、本当に――良い眺めだな」

 舐めるように、柔肌を撫でる。びくりと、細い身体が跳ねる。涙声が哀願する。

「……お願い……許して……っ」

 思いきり、白い尻を叩く。短く悲鳴が上がり、中が締まる。

 暗い愉悦に昂りながら、冷たく告げる。

「これだけで、許されるとでも思っているのか?」

 脇を掴んで抱え上げ、壁に押しつける。耳元で、低く詰る。

「君はふたつ、約束を破った」

 上衣の留め具を外し、内着の留め紐をほどいていく。

「まず、君は拒絶した」

 胸覆いの前身頃を、握り締めて離す。肩紐が緩んだのを認めて、全ての衣服を、細い肩から一気に引き下ろした。

「もうひとつは――」

 細い腕を掴んで、袖を引き抜く。しゃがんだついでに、平靴を取って、短靴を脱ぐ。腕を膝に差し入れて抱きかかえ、寝台へと放った。

 無防備に伸びたところで、手早く飾り帯を解き、衣を腰から脚へと一気に剥がす。そして、膝を掴んで、下肢を開かせた。

 涙に濡れた、翠緑の瞳を見つめる。

 怯えて哀願する色。寝台に手をつき、細い顎を掴む。

「君は泣いた。――これで、ふたつだ」

「……そ、んな……」

 震える声がこぼれる。細い腕を一纏めにしながら、上体を起こす。飾り帯を拾い上げて、冷たく言い放つ。

「さっきの謝罪は――嘘だったんだな、トリーナ」

 円かな白い腹の上で、手首を縛る。上質な飾り帯の刺繍が、薄明かりに反射して、艶やかに光る。

 翠緑の瞳に灯る、傷ついた色。指で引っかけて、軽く持ち上げる。

「お気に入りなんだな、これ」

 じっと見つめてくる、美しい瞳。ふと、新調したと聞いた時に、褒めたのかもしれないと気づく。

 しかし、細かな違いなど、全くわからないのだ。覚えていろという方が、無理である。

 それでも、自分が褒めたことで大切なものに変わると、改めて知って、暗い優越感に浸る。縛められた細い手首を撫でながら嗤う。

「こうやって使う方が――君には、よく似合う」

 深く傷つき、言葉もなく泣きじゃくる姿。粉々に壊して、泣く顔をもっと見たいと、嗜虐心が満ちる。

 内着の紐を解き、首元を緩める。肌着とともに、頭から引き抜いた。肌が密着するように抱き締め、薄い紅色の唇をついばむ。

 恋人のような、甘い触れ合い。こういうふうに優しくされるのが好きなのは、よく知っていた。――身の内がよく熟れて、快楽が増すことも。

 顔を離して、翠緑の瞳を見つめる。戸惑う色。淡い期待が揺らめく。

 応えるように、優しく微笑み、再び柔らかく口づける。胸の頂きを指の腹で弄えば、甘い吐息が、合間に漏れ出す。耳朶を甘く食み、熱く名を囁く。

「トリーナ……」

「……っあ、ん……フェリックス……! あっ、やん、あ……!」

 甘さと怖れの混ざった音色。縛られたままで、どちらに転ぶか、わからないからだろう。

 それでも、首筋から鎖骨、胸へと、優しく口づけを落とせば、濡れた嬌声が、鼓膜を淫らに撫でた。

 おもむろに、手を脚の間へと伸ばし、紅い実をさする。細い身体が跳ね、怯えた声が上がる。

「いやっ……!」

 顔を上げて、優しく名を呼ぶ。翠緑の瞳が、窺うような色で、見つめ返してくる。許したとでも告げるように、そっと口づける。混乱しながらも、喘ぐ声が甘くなっていく。

 とろとろと溢れる蜜を掬って塗りつけ、徐々にさする速度を早める。限界が近づくにつれ、細い肢体が強ばり、美しい顔が悶える。優しく甘く囁く。

「ほら、トリーナ……君の達するところを見せて……君の、可愛いところを」

 名を呼びながら、悶える媚態。

 膨れた実を、指の腹で強くさする。びくっと細い肩が跳ね、次の瞬間、高く声を上げて、痙攣した。あえて責め立てずに、落ち着くのを待つ。

 荒い呼吸に震える、美しい面立ち。そっと頬に触れ、抱き締めて微笑む。

「……フェリックス……?」

 翠緑の瞳から、透明な雫が伝い落ちる。指先で柔らかく拭って、口づける。再び下肢に手を伸ばし、ゆっくりと、濡れそぼった花をなぞった。

 くぐもった喘ぎ。唇を食み、舌を絡めて、柔らかく味わう。

 ひくつく入口を指先で撫で、おもむろにうずめると、硬い円錐の先に触れた。形を確かめるようにさする。熟れた肉壁が蠢き、熱く絡みついてくる。

 指を引き抜いて、上体を起こす。

 入口に宛がい、押し入っていく。淫らな熱の感覚に、ざわざわと快楽が背筋を這う。状況を察して怯える、美しい顔を見下ろす。

「こんなくだらない手間をかけないといけないなんて――本当に、可愛げがないよな」

 何かを思い出したように、美しい顔がはっとする。

「いや……! 他がよかったなんて、そんなのいやっ!」

 翠緑の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れる。その、どこか少女のような景色。遠い少年の日、何かを言ったのかもしれない。よく覚えているものだと、妙に感心する。

「……っごめんなさい! 私がっ……私が全部悪いの! 会えなくなるなんて、いやよぉっ……!」

 紅く咲いた花に、ずぶずぶと埋まっていく肉の楔。残酷に犯されながら、それでも会いたいと願う、純粋で無垢な心。悲痛な声が、懇願する。

「〈離縁〉しないで……! お願いだから! フェリックス――いやあぁっ……」

 はらはらと、翠緑の瞳から、澄んだ涙が幾筋も伝い落ちる。縛められてもなお、縋るように、細い手が開いて乞う。

「それは、君次第だな」

 手を繋がず、飾り帯の結び目を握る。縛めの強さが増す。否定と受け取って、美しい顔が、絶望に染まる。

「君が、自分で約束したことを、きちんと守れないからいけないんだろう」

 細く伸びやかな脚を抱え、膝裏を肘の内側にかけて、腰を掴む。

 全て埋まったところを、さらに押し込む。恥骨を紅い実に当てながら、腰を擦りつけた。悲鳴が上がり、中が締まる。

「ごめんなさい……っごめんなさい……!」

「謝るくらいなら、最初からおとなしく、受け入れていればいいんだ」

 熟れた肉壁をこするように、おもむろに引き抜く。また入って抉り、潤んだ熱を味わう。奥深く穿ちながら、冷たく宣告する。

「君が誰のものか――また忘れたら、今度こそ〈離縁〉するからな」

「あっ、いや! ごめんなさい! ひ、いあ……っやあぁ!」

 淡い絶頂。奥が広がるとともに、急激に締まる。絞られる感覚が、腰を伝い、背筋を這って、強烈な快楽をもたらす。熱く呼吸を震わせながら、眼前の光景を堪能する。

 縛られた細い手首。紅く咲いた花を搔き乱す、硬く太い肉の楔。強いられて泣く、美しい女。悲痛な声が、他でもない自分の名を呼ぶ。

「フェリックス! フェリックスっ――ああっいや! いやああぁっ!」

 ここまでされてもなお、縋る理由を――決してどこにも行けないのだ、という現実に、暗い愉悦がほとばしる。喉から低く、嗤い声がこぼれる。

 圧倒的な支配。完全な隷属。

 それは、美しい我が物だった。自分だけの、自分だけがほしいままにできる、自分しか見ていない、従順なもの。

「ああ、トリーナ。君は、俺のものだ。俺だけの……」

 泣きながらも、ひたすらに見つめてくる、翠緑の瞳。幼い頃から変わらない、その色と心。ただ名だけを呼ぶ声。

(そうだ。だから、俺は――誰のものでもないッ!)

 激烈な怒りとともに、腰を強く打ちつける。高く長く悲泣の嬌声が響き、隙間なく締め上げられる。強い解放感。全身に快楽が、びりびりと駆け巡る。

「……ッはあ……は……」

 荒く溜め息をついて、萎むままに引き抜く。見下ろせば、縛られ犯されてすすり泣く、無惨な姿があった。

 血の気が、冷たく引いていく。手早く縛めを解いて、抱え上げる。

 怯え震える、細い身体。泣きじゃくりながら、微かな声が繰り返す。

「……ごめんな、さい……ごめんなさい……っ」

 鋭い痛みが、胸を突き刺す。細く儚い身体を搔き(いだ)いて、切実に告げる。

「もういい……もう十分だ、トリーナ」

 しゃくり上げる声。強い後悔に、涙が滲む。きつく抱き締めて、固く宣言する。

「〈離縁〉なんて、しないから……必ず、また来るから」

「……待っていて……いいの……?」

 そっと腕を緩めて、翠緑の瞳を見つめる。

 泣き濡れた頬。柔らかに触れて、涙を優しく拭いながら、しっかりと頷く。

「ああ、約束する」

 おもむろに、美しい顔に安堵の色が広がり、ふんわりと笑みが浮かぶ。

 涙に濡れた瞳に灯る、恋慕う色。細く白い手が、鼓動を感じるように、胸板に触れる。

「……フェリックス――私は、平気よ。だから、自分を責めないで……あなたは、何も悪くないもの……」

 はっとして、喉が震える。緩やかに細い腕が伸びて、頭を包み込むように、(いだ)かれる。

 優しい声が、耳元で囁く。

「私は、あなたのもの……あなただけのもの……」

 途端、喉がせり上がって、涙が溢れる。

 苦しくて痛くてたまらない。溺れゆく者のように、細い背中にしがみつく。穏やかな微かな声が、鼓膜を優しく撫でる。

「ずっと待っているわ、フェリックス。ずっと……あなただけを……」

 寄り添う、温かな頭の重み。髪の香り。触れ合う肌の、柔らかさ。

 ――暗い淵を、ともに落ちていく(ひと)

「トリーナ! すまないっ……すまない……!」

 たった一人の幼馴染みを搔き抱いて、ただひたすらに、咽び泣いた。

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