薄氷①
解散の号令がかかり、一同で返事をする。
仲のいい同期と歩き出したところで、世話役の先輩騎士に呼び止められた。
「ヘンリクス。帰る前に、団長のところに寄れ」
「承知しました」
答えてから、同期と顔を見合わせる。
「……おれ、何か規則にさわるようなことしたか?」
「してないと思う……たぶん」
うーんと困ったような顔。いやいやおまえフォルティス家だろ、と内心で突っ込む。
隊長を飛ばして団長だなんて、一体何があったというのか。
とはいえ、悩んでいても仕方ない。行けばわかることだからと割りきって、同期と別れ、執務室へと向かった。
誰何に、明瞭な声で名乗る。入れと許可を得て、扉を押し開けた。
期変わり間近の晩冬の白い光が、整然とした室内を照らしている。執務机には、団長が――そしてもう一人、その傍らに佇んでいた。
波立つ金色の短い髪に、明緑の瞳の青年。従家当主のブラッツ・カーサ・エクエスだ。
当番は基本的に、世話役の近衛騎士と組まれる。職務に関する用件ではないのかと、不思議に思いながら、机の前に立って敬礼する。
「お呼びと伺い、参りました」
団長が頷き、おもむろに口を開く。常なら堅い調子が、今日は柔らかかった。
「喜べ。お前に、補佐官がつくことになった」
まさかと思って、ブラッツを振り見る。柔和な笑顔。穏やかな声が挨拶する。
「よろしく、ヘンリクス。ご当主様と兼務ではあるけれど、あなたのために力を尽くすと約束しよう」
「は、はいっ! よろしくお願いします、ブラッツさん!」
威儀を正して答える。
従家とはいえ、主家は王族だ。しかも当主で、七歳上の先輩騎士。緊張するな、という方が無理である。
すると、秀麗な顔に、微笑ましく思っているような、優しい笑みが浮かぶ。
「ブラッツでかまわないよ。言葉も、畏まらなくていい」
「え、あ……はあ……」
職務中とは全く異なる、柔和な態度。面食らって、気の抜けた返事になってしまう。
それにしても、シエンティア家出身なのに、補佐官がつくとは。一体どういう風の吹きまわしなのだと、疑問に思っていると、団長が割って入った。
「この前の評価試合での戦いぶりを、総帥がいたく感心なさってな。せっかくの才を伸ばさずにおくのは惜しいと仰って、特別にブラッツをつけることになった」
理解するとともに、じわじわと喜びが湧いてくる。
実家では全く役に立たない活発さが、こんなふうに実を結ぶとは。厳しい鍛練を、怠らず励んできた甲斐があったというものだ。
改めて、ブラッツを見上げる。
秀麗な顔に浮かぶ、優しい微笑み。シエンティアの二人の兄とは違う、穏やかで柔らかな雰囲気。
ふと、甘えたい気持ちが湧く。今年でもう十五歳になるのにと、自分を冷ややかに思いながら、それでも尋ねる。
「……補佐官って、何でもしてくれるのか?」
「道理にかなうことなら。――何か、要望でも?」
兄のように接してほしいなどとは、まさか上官の前で言うわけにいかない。聞いてみただけだと、首を振った。
すると、成り行きを見守っていた団長が、ひとつ頷いて告げる。
「それじゃあ、ブラッツ。来月から頼む」
「承りました」
流れるような所作での礼。もう話は終わりなのかと、いささか拍子抜けする。ブラッツに促されて、二人で執務室を辞した。
扉を音もなく閉めると、柔和な声が問いかけてくる。
「もし時間があれば、俺の執務室で話さないかい?」
少し迷う。
もともと、世話役の先輩騎士達以外とは、あまり接点がない。だから、ブラッツと、個人的に話したことはなかった。
いくら補佐官についてもらえるとはいえ、急に二人で、何を話せばいいのやら。
返事の間を敏く察して、ブラッツが、歩こうと手で示す。宿舎に帰るにしても、方向は同じだ。とりあえず、足を踏み出した。
執務館に続く渡り廊下へと、歩を進めながら、優しい声が話す。
「言いたいことがあると思って。あそこなら、気兼ねなく話せるから」
先刻閃いた感情を思い出して、わずかに顔が熱くなる。ある意味、ほとんど初対面に近い相手に、あんなことを吐露できるはずがない。
困って俯いていると、そっと呼びかける声が語った。
「ヘンリクス。遠慮することはないんだよ。俺は、あなたの補佐官なんだから、頼ってほしい」
ゆっくりと振り見る。
穏やかで優しい微笑み。春の兆しを感じる白い光に輝く、明緑の瞳。その、柔らかく綺麗な景色。ほろほろと、心が解けていく。
気がつけば、抱きついていた。
よく晴れた夏の日差しのような弾む匂い。何かが許されたような気がして、涙が滲んだ。
背中に腕が回される感触。しなやかな手が、優しく頭を撫でていく。
「――まさか、長年の願いが叶うなんて」
心から嬉しそうな、優しい声。たまらなくて、ぎゅうと仕官服にしがみつく。
「妹ばかりだから、兄弟が欲しかったんだ」
肩に目を押しつけて頷く。しゃくり上げながら、溢れるままに心をこぼす。
「……っおれ、兄上方や弟達のように、なれなくて……!」
「でも、あなたには騎士の才があった。今こうして、俺がいるのが、何よりの証拠だよ」
温かな言葉が、鼓膜を震わせる。涙が、とめどなく流れていく。
ずっと、苦しかった。期待される通りに、講義を修めていく二人の兄。まだ仕官見習いの弟達でさえ、すっかり学者の顔をしている。
就くべき官職を放り捨て、たった一人、実家から出た。兵舎に入ったあの日から、家族は遠い存在になった。
ただ父だけが、評価試合の結果を報告すると、褒めてくれた。しかし、その度に、どこか惜しむ色が浮かぶのを感じていた。
頭を撫でる、優しい感触。その所作の度に、ひとつ、またひとつと、つらい記憶が溶けていく。
「ヘンリクス、今までよく頑張ったね。これからは、俺があなたの傍にいよう。あなたなら、きっと素晴らしい騎士になれるよ」
ついに弾けて、声を上げる。
耳元で、何度も名を呼び、偉かったね、と心から褒めてくれる、優しい声。
どうして、一番欲しい言葉をくれるのだろう。どうして、ここまでしてくれるのだろう。そんな不安すら、柔らかな体温にくるまれて、淡雪のように消えていく。
しなやかな肩の優しい黒の中で、歩むべき道が、確かな光となって、伸びていくのを感じた。
「ブラッツ――っ!」
振り返って微笑む姿。駆ける勢いのまま、広い胸に思いきり飛び込む。
ぶれずに、しっかりと受け止め、緩く抱き締める、しなやかな腕の感触。よく晴れた夏の日差しのような弾む匂いに、この上ない安心感が広がる。
見上げて、満面の笑みで言う。
「見てよ! 橙色になったんだ!」
従騎士の後期課程の証。ようやく、昼下がりから、夕暮れの始まりの色になった。
濃い黄色なんて、まさにひよこの色だから、全く格好がつかなかった。早く後期課程に進みたいと、心待ちにしていたのだ。
優しく微笑んで、ブラッツが頭を撫でる。
「おめでとう。今年は十五歳になるから、お祝いが多いね」
嬉しさと同時に、思わず〈教本〉を連想して、顔が熱くなる。
誕生日まで、あと三ヵ月余り。わざわざシエンティア家の屋敷に帰らないといけないから、〈教え〉を受けられる日は限られている。
〈教本〉の図画には、かなりそそられるものがあったが、どうせ大した縁談はやってこないのだ。帰省の度に、不出来な子だと嘆く母を宥めるくらいなら、その場勝負で、適当に済ませてしまいたかった。
明緑の瞳を見つめる。
ブラッツは、すでに結婚していて、長男と双子の次男長女がいる。〈教え〉を受けるのは、ブラッツからでもいいのではと、思ってしまう。
それでも、子を為すことはすなわち、血を繋ぐことだ。従家の当主を頼るなど、道理にかなうはずもない。
緩やかに身を離す。優しく微笑んで待つ姿。頷いて、行こうと促した。
後期課程の初日。春の薄い青が、高く透けていた。
王の側仕えは、期待とは裏腹に、非常に忍耐を伴うものだった。
激昂しやすい王の機嫌をひたすら窺い、たとえ職務外の内容でも、多少の事柄なら、応じなければならない。それは時に、言葉にすることが憚られるような内容もあった。
とても誇りを持てるとはいえず、せっかく再来年には叙任するのにと思ったが、流れるように職務をこなすブラッツの姿は、本当に格好よくて、日々憧れが募った。
状況に腐って、見出してもらった才を潰すようなことはしないと、体術や剣術の鍛練に、各分野の講義にと励んだ。
ブラッツという優れた師を持ったことで、実力はめきめきと上がった。気分のむらによって、浮き沈みの激しかった成績は安定し、評価試合では、常に一番を取るようになった。
座学は、今まで適当にしていたつけもあって、すぐには好転しなかったものの、ブラッツのわかりやすい解説のおかげで、学ぶ楽しさを覚えるようになっていった。
あっという間に、内容の濃い三ヶ月が過ぎ、短い夏が訪れた頃。十五歳の夜を迎えた。
〈教え〉をしっかり頭に入れていたから、滞りなく、余裕をもって事に臨めた。
ブラッツから、子供達が可愛くて仕方ないと、たっぷり話を聴いてきて、家族を持つ楽しさがあるならと、思い直したのだ。
明くる朝、父が祝ってくれたものの、どんな顔をしていたのか、正直覚えていない。それよりも何よりもブラッツが、
「おめでとう。いい顔つきになったね」
と、心からの優しい笑顔で言ってくれたことが、一番嬉しくて幸せだった。血の繋がった家族よりも家族で、かけがえのない〈兄〉なのだと、心底実感した。
縁の繋がった〈奥方〉は、さっぱりとした性格の、気持ちのいい女人だった。
歳上の余裕に溢れた色気と、たおやかな仕草が美しく、あっという間に夢中になった。職務や鍛練に講義と、過密な日程をこなして、暇を見つけては通った。
忙しくも充実した日々。優しく温かな〈兄〉。この平穏な日常は、ずっと続いていくのだと、信じて疑わなかった。
――あの日までは。
後期課程二年目の年末、いつものように、居室前の警護に就いていた。
うつらうつらしそうなところを、あと少しだと耐えていると、総帥と王付きの侍女のアグネスが、廊下を歩いてくるのが見えた。
総帥は、ブラッツという優れた補佐官を――自分にとっては、大切な兄を――分けてくれたのだ。言葉では表し尽くせないほどの恩義がある。心をこめて、威儀を正した。
用があるのはアグネスのようで、扉を叩いて、返事を待つ。
誰何に答え、侍従が引き開けるのと同時に、中へと足を踏み出した。総帥も、後ろについて入ると、
「クレメンス。お前は出ていけ」
と、王の声が聞こえる。落ち着いた重低音が響く。
「陛下。私も、御用がございますので」
「――聞こえぬのか! 出ていけと言っているのだッ!」
癇癪を起こした怒声。ああ、また始まったか、と冷ややかに思う。
ルキウス前王太子の、堂々とした風格ある佇まいが懐かしい。パラレ隊の従騎士になって一年で、事故に遭ってしまったから、遠目で眺めるしかできなかったが、それでも、こんなに素晴らしい主君に仕えているのだと思うと、誇らしかった。
同じ腹から生まれたとは思えない、甲高くいきり立った声が、耳をつんざく。
「お前達もだ! 皆、ここから出ていけっ! 絶対に入ってくるな!」
動揺したざわめき。横恋慕しているアグネスと、二人きりになろうというのか。
そんなことになったら、何が起こるか――不安に駆られて、扉を隔てて隣に立つ先輩騎士を見遣る。口と手が、心配するな、と無声音を発する。
レクス隊の近衛騎士は、精鋭揃いだ。大丈夫だと、思い直す。
「しかし……!」
総帥が反駁し、言い募ろうとする気配。心の中で応援する。が、
「うるさい! 出ていけ――ッ!」
王が、とうとう怒声を上げた。
総帥の、平身低頭して謝罪する声。そのまま後ずさって、廊下に出て部屋を辞す。
それから、警護の騎士達や侍従と侍女達が、あとに続いた。最後に、王の指示に従って、侍従長が扉を閉める。
どうすることもできず、皆で、廊下に並んで立ち尽くす。不安の募った面々。
横目で、そっと総帥を見る。普段は豪快な面立ちが、きつく強ばっていた。
と、何かが倒れるような大きな物音と、アグネスの叫ぶ声が聞こえる。言っている内容はわからなかったが、かなり切迫した調子だ。たまらず総帥が、扉に手をかける。途端、
「入るなッ!」
と、王の怒号が鋭く制した。持ち手を握ったまま、分厚い巨躯が固まる。
どんなに愚昧な男でも、神の寵愛を受けた真夜の王ならば、それは王なのだ。悔しさに歯噛みしながら、扉の向こうで何が起きているのか、気が気でなかった。
「――嫌あっ! 陛下、そんなっ……おやめくださいませ!」
今度ははっきりと、悲鳴が聞こえる。
争う物音。布が引き裂かれる、甲高い響き。女物の平靴の駆ける音がして、持ち手が、がちゃりと動く。
はっとして見遣った途端、扉が大きく揺らいだ。
「やっと捕まえたぞ、アグネス。ああ、今こそ、私のものにしてやろう」
王が、いたぶるように囁く。粘りつく声音に、ぞっとする。
戦慄き震える声が哀願する。
「お、お許しください……! どうかっ、どうか!」
紐を解き、金具を外す音。衣擦れ。
ひっと、詰まった悲鳴が上がり、助けを呼ぶ声が、木扉に響く。
「クレメンスお従兄様! お願い! 助けて……!」
が、次の瞬間、扉が大きく揺れ、
「嫌あぁッ――!」
悲鳴が、耳をつんざいた。
扉が規則的に揺れ始める。押し出されるごとに、拒絶の呻きが、こぼれ落ちる。
「ひ、あッや、うっ、いや、やめてえぇッ!」
一体、何が起きているというのか。一体、何が為されているというのか。
理解したくないと、心が戦慄く。視界が、滲む。震えながら、耳を塞いだ。それなのに、掌を通り越して、聞こえてくる。
湿った破裂音。何の音か、知っている。向き合って抱く方が好きだから、あまり選びはしなかった。
それでも、意のままに深く穿つ快楽を、知っている。知って、いる。
(でもこんなのは違う! こんなのはっ……!)
扉の揺れる速度が増していく。絶叫。振り絞って、懇願する涙声。
「陛下、お許しをっ! お腹には主人との子が! どうか、この身には――ッ! いやあああッ!」
身を縮める。掌を耳に押し当てても、目を固く瞑っても、音を通して、情景がありありと浮かぶ。
(やめて……! もう、やめてくれ!)
どん、と、扉が、大きく押し出される。
王の打ち震える声。静寂が、あたりを包んだ。
壁に背をつけて、ずるずるとへたり込む。腰に提げた鞘が、石壁と板張りの床を擦って、奇怪に軋んでいく。
脚を畳み、身を縮めて震えた。息が苦しい。食い縛った歯から、詰まった呻きが漏れる。
(どうして……こんな……)
アグネスは、今日付けで侍女を辞する予定だった。
――懐妊を、理由に。
吐き気が、一気にこみ上げる。手で口を押さえ、生唾を飲み込んで、なんとか耐える。床に手をついて喘いでいると、背中をさする感触がした。
「いいから吐け。ましになるから」
視界が赤く染まる。それが、先輩騎士のマントの裏地だと気づく前に、えづいてぶちまけた。
鳩尾のあたりが、気持ち悪い。胃がひっくり返るほど吐いたのだから、無理もない。あのマントはどうするのだろうと、霞む意識の中で思う。
泣きながら散々吐いて、ようやく落ち着いた頃、宿舎に帰れ、と先輩騎士に言われた。
職務明け前なのにいいのかと、思ったものの、従騎士にできることはないと返された。それもそうかと、ぼんやりと納得した。
フォルティス家の執務館に続く長い廊下を進んで、館に入り、更衣室の方へと向かう。
手前の廊下には、職務中の騎士達の外套が並んでいる。中途半端な時間帯で、人気はない。後期課程の従騎士の場所にかけた外套に、手を伸ばした。
と、横から声がかかる。
振り見れば、先輩騎士が立っていた。ブラッツの従兄――優しい秀麗な顔が重なる。
「大丈夫か? 酷い顔だぞ」
しかし、問いは、ぞんざいな口調だった。柔らかに心から気遣う、あの声ではなかった。
どうして、ブラッツは隣にいないのか。傍にいると、言ったのに。
弾けたように駆け出す。扉を体当たりして開ける。真冬の冷気が頬を刺す。凍てついた石畳の道を、何度も滑りそうになりながら、ひたすら走る。
シエンティア家の法務棟と医務院が見える。建物の隙間を縫って、倉庫の並ぶ区画にたどり着いた。
その最奥。古い法律書や医術書の収められた書庫の前に立つ。
普段、誰も立ち入らず、鍵が外れやすくて、時折忍び込んでいた。
丁寧に作業する間も惜しく、拳を叩きつける。
冴えた空気に響く、甲高い音。錠前が、頼りなく震えて落ちた。
中に入ると、埃とかび臭い淀んだ空気が、鼻につく。構わず奥に進んで、いつもの場所に、腰を下ろした。
人の体の仕組みを著した本が収められた棚。知識が古くて、施術にはもう使えないものの、精緻な図画を理解して、体術に活かすのは、密かな楽しみだった。
実家の領域で唯一、好きだと思えた分野。ブラッツの感嘆した声が、心に響く。
――すごいな、ヘンリクス。そんな技、どこで覚えたんだい?
体格差があっても勝てるように、ひたすら研究した。
そう得意げに言ったら、やっぱりあなたは才がある、と優しく微笑んで、褒めてくれた。その、心底嬉しそうな秀麗な顔。頭を撫でる、しなやかで温かな手。
膝を抱えて、目を押し当てる。いつも隣にいてくれた、優しい兄はいなかった。
(どうしていないんだ、ブラッツ……どうして……)
一番欲しい言葉をくれたのに、一番傍にいてほしい時にいない。
冷え冷えとした思いが、心を覆う。戦慄き震えながら、たった一人で泣いた。
遠く、声がする。聞き覚えのある声。霞んだ意識で、何かを話す、ふたつの声を聞く。
走り寄る靴音。仕官服の姿。
「おお、ヘンリクス! 無事で……!」
彫りの深い眉骨の下で、青色の双眸が滲む。腕が伸び、抱き締められる。
「……ちち、うえ……」
「可哀想に……こんなことなら、預けるのではなかった!」
すすり泣き、呻く声。厳格な父の、初めて聞く声音。
震える手で、背中にしがみつくと、父の腕に力がこもる。生まれた時から知っているぬくもりが、心を溶かす。涙が、とめどなく落ちていく。
「……っ父上……!」
頭を撫でる、乾いた大きな手。安心感の中、子供のようにしゃくり上げて、溢れる雫を流した。




