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夜昼の夫婦②

 衝立の向こう、絹布に透けて、豊かな曲線の影が見える。侍従に服を着せられながら、アメリアと段取りを話す。

 今日は冬至。これから、即位式が始まる。

 朝から最後の予行練習を終え、慌ただしく昼を摂った。がちがちに緊張するかと心配していたが、あまりにも目まぐるしくて、正装に着替える今でさえ、驚くほど冷静だった。

 即位式でのみ着用される、格式ある最上の正装。

 最高級の生地を使用し、名匠による銀細工や銀糸の刺繍がふんだんに施された衣装は、非常に高価だ。数代受け継がれて、生地の傷みなどを鑑みて、新調していた。

 本来なら、祖父である先々代の王や高王が着たものを引き継ぐはずだが、六貴族の――特に、宰相と総帥は、新調するよう進言した。

 王家の一般的な背丈よりも、若干低かった高王のために、裾や丈を詰めた状態で、再度修正するのは難しいからだという。

 しかし、真意は明らかだった。

 凌辱と殺人という、許しがたいふたつの大罪。二十年の暗愚な歴史を白紙にし、直系の流れは途切れず続いた――あの卑劣な男は、王などではなかった、と否定したいのだ。

 血の繋がらない父を持った身として、アメリアの心情を思うとつらかった。

 ただ、一方で、ウィンケンスの呼びかけで、フォルティス家の近しい親族で酒宴を催した時、伯父の豪快な笑い声を初めて耳にして、あのおぞましい事件が、どれほど心を破壊したのか、深く苦しく沁みたのだった。

 伯父の意向を汲みたい。そう願って、いったん保留にし、アメリアに相談した。

 ――みんなの希望通りにして。優しいお父様は、私の思い出の中にしかいないから……。

 寂しく哀しげに微笑む顔。悼んですすり泣く華奢な身体を、苦しい思いで抱き締めた。

 それから、商務官に見積りを取るよう指示した。

 想像以上に高い出費。〈太陽の騒乱〉のような痛ましい事件は、二度と起こしてはならない。福祉による貧民街の浄化や出所者への生活支援など、注ぐべき事項は数多ある。結局、新調は難しいと判断した。

 とはいえ、高王とは、頭の三分の二ほどの差があったのだ。そのまま使用はできず、生地を継ぎ足すのも難しい、ということだった。

 そこで、フォルティス家に在籍していた頃の正装や礼服、儀礼服を組み合わせて、仕立てたのである。そのせいか、どことなく近衛騎士を彷彿とさせる意匠となった。

「ねえ、フェリックス。終わった?」

 衝立から、小さな顔が覗く。

 アリーセの諫める声。振り向いて、見たいの、と返している。

 侍従に衝立を片付けるよう頼むと、緩やかな所作で畳まれていく。紺青の正装を纏った、美しく凛とした姿が現れた。

「やっぱり、あなたはそういう形がよく似合うわね」

 弾む嬉しさに微笑む顔。

 確かに、なんとなく懐かしいような、しっくりくるような感じがした。しかし、目の前の光景に比べれば、圧倒的に見劣りするというものだ。

「君こそ綺麗だよ。やっぱり、紺青がよく似合う」

 アメリアが、侍女頭に促されて椅子に座り、丸く膨らんだ腹を抱えて、息をつく。

 くしけずり結われていく、金褐色の長い髪。聡明な横顔。昼下がりの澄んだ冬の陽光に煌めく、碧色の瞳。横目の視線が、どことなく苦笑を帯びる。

「せっかく即位式なのに、こんな姿勢だなんて」

 背もたれに寄りかかり、少し脚を開いた格好。帯は締めず、代わりに脇の大きく空いた上衣を重ねている。

 身重だから仕方ないのだが、アメリアは人目を気にして、しきりに繰り返した。

「君の姿を見て、みっともないなんて思う人はいないよ」

「……でも……」

 憂いを帯びる碧色の瞳。丈の長いマントを捌いて近寄り、目の前に跪く。華奢な両手を取って重ね、柔らかく包み込む。

「どんな色の髪と瞳でも、俺達の子だ。御夜が雫を垂らしてくださった、大切な子だよ」

 小さな耳の横に、編んだ金褐色の髪が巻かれていく。留め布が結わえられて、髪隠しと飾り布が被さる。

 既婚の結い上げ髪。その豊かな髪は、夫だけのものとなった。

 ただ自分だけを受け入れて抱かれる、唯一の美しい妻。守り抜き、添い遂げたいと、深くいとしく願ってきた。

「それに――三年あれば、為せることはたくさんある、と言ったのは、君だろう? この一年、多くのことを為してきた。まだ二年もあるんだ。だから、そんな顔をしないでくれ」

 右手を伸ばして、頬に触れる。左手の指を絡めて繋ぐ。不安に揺れる碧色の瞳を、真っ直ぐに見つめて告げた。

「愛しているよ、アメリア。君こそ、俺の宝物だ」

 そっと、華奢な手が重なる。聡明な顔立ちに、ふんわりと優しい微笑みが灯る。碧色が、滲んで煌めいた。

「私も愛してるわ、フェリックス。私の、唯一のいとしいひと……」

 微笑んで唇を触れ合わせ、柔らかくついばむ。見つめ合い、繋がり重なった手で、互いの体温を感じる。それだけで、この上なく幸せだった。

 髪結いの完了を知らせる、円かな声。ゆっくりと立ち上がって促す。

「さあ、行こう。みんなが待っている」

 アメリアが柔らかく頷き、腰を上げて寄り添う。歩幅を合わせて、ゆっくりと進みながら、謁見の間へと向かった。


 明けた年の晩冬、長男テオドルスが誕生した。

 包み隠さず知らせると、二人で決めていたから、男子であるとともに、髪と瞳の色も併せて公表した。

 春に向かって芽吹くように、すくすく育つ我が子は、本当に可愛くて、いとおしいものだった。手放したくなどなかったが、明らかに真昼の容姿をした子を、嫡子にするわけにはいかない。

 王議での議論の結果、十七歳の成人と同時に、一昨年の末に生まれたエルドウィンの長女に、降婿することとなった。


 *


 温厚で柔らかい声が、王議室を渡っていく。気遣うように、優しい音色で語られる内容は、しかし、辛辣なものばかりだった。

 聴くに耐えず、口を差し挟みたくなるが、これが現実だ。しっかりと、受け止めなければならない。

 テオドルスの誕生から一ヵ月後、行政官に人々の反応を調査させた。懐妊がわかった時から、定期的に行うと決めた政策で、今回が第一回目だった。

 波立つ金色の髪と緑色の瞳。ワルターと同じ、純血の真昼の民によくある色だった。

 だからこそ、エクエス家への降婿が叶ったのだが、真夜の血が一滴も見られない容姿に対する人々の拒否反応は、強烈なものだった。

 そして、非難の切っ先は、混血の真昼であるアメリアに向いた。

 真夜の王をたぶらかした、ふしだらな女――それが、概ねの内容だった。生の声が聴きたいと、編集しないよう頼んだが、数々の下品な言葉に、思わず声を上げる。

「やめてくれ! もう……もうたくさんだッ!」

 張り詰める空気に、はっとする。もともと下がり気味の行政官の眉が、さらに下がる。沸々と湧く激しい怒りを呼吸で鎮めて、しかめた顔を緩めた。

「……すまない。続きはあとで読む。執務室に届けてくれ」

「承知いたしました」

 ゆっくりと礼をして、腰を下ろす姿。微笑んで、柔らかく告げる。

「行政官。あなたを責めているわけではない。結婚は、私達の意思で決めたことだ。あなたの尽力が、私と妻を救ってくれた。感謝こそすれ、糾弾するなんて、とんでもないことだ」

「……陛下……」

 白藍の瞳が、おもむろに滲んでいく。

 ただでさえ、アメリアの情緒が安定しないことを気に病んでいるのに、取るべき態度ではなかった。忍耐の足りない自分に、嫌気が差す。

 心中で溜め息をついて、気を取り直すと、表情をぐっと引き締めた。そして、左手の宰相の側から、順に巡っていく。

 最後に、総帥の群青と、ひたと目が合った。励ますように、力強い視線が返ってくる。まばたきで頷き、全体を見渡して厳命した。

「皆も知っての通り、産後は心身が不安定になる。今聴いた報告は、決して高王女の耳に入れるな」

 明確に、一同が首肯する。

 柔軟な発想と卓越した傾聴力を持つアメリアは、政務を支える梁だった。高王が還ってからの二年余りで、六貴族の当主達にとっても、失えない存在となっていたのだ。

 最後に、議長を務める宰相が、これまでの流れを総ざらいしてまとめる。承認の意を伝えると、王議の閉会が宣言された。


 麗らかな春の光に照らされた、ふにゃりと笑う小さな顔。柔らかな丸い頬をつつきながら、この上なく幸せな景色を眺める。

 愛する妻とのいとしい我が子。目に入れても痛くないとはこのことだと、毎日のように思う。

「ほら、見てごらん。なんて可愛いんだろうな」

 おくるみにしっかりと固定された息子を、片腕で抱きながら声をかける。

 しかし、傍らの寝台で臥せっているアメリアは、枕に顔を押しつけて、決して振り向かない。

「……嫌っ! 見たくない!」

 強い拒絶の言葉とともに、すすり泣く声が、痛々しく響く。

 出産から一ヵ月半。もう、ずっとこの調子だ。

 取り上げた産務官に、赤子の顔を見せられた瞬間、アメリアの上げた声は、喜びではなく、悲しみだった。

 通常なら、半月ほどで落ち着くという情緒は、いつまでも不安定だった。

 怒っては泣いてを繰り返す日々。発作的に危険な行動を取りやすいからと、赤子に触れる時は、必ず産務官や産務師の立ち会いが課された。

 どうして、と繰り返し呟きながら泣く姿。心が痛むが、そろそろ時間だった。刺激しないよう、そっと呼びかける。

「アメリア。俺は、執務室に戻るから」

 反応を少し待つ。すると、背中を向けたまま、片手が差し出された。優しく取って、口づけを落とす。

「可愛いひと。愛しているよ」

 頷く、金褐色の小さな頭。言葉にならない声が漏れる。そっと撫でて髪を梳くと、寝室をあとにした。

 心配そうな面立ちで近寄ってきた侍女頭に、首を振る。差し出された腕に息子を託し、愛くるしい顔を見つめる。うとうとと微睡む緑色の瞳が、春の陽光に煌めく。

 優しく一定の速度で揺らしながら、アリーセが呟く。

「こんなに可愛い御子様でいらっしゃいますのに……本当に、おいたわしいことで……」

「せめて……外に出られれば、気も晴れるんだろうが……」

 食事と入浴以外は、寝室から一歩も出ずに臥せる生活。寝巻きではない、日中の衣服を纏った姿を最後に見たのは、いつだっただろうか。

 思わず、溜め息が出る。気遣わしげな声が呼びかける。

「陛下。あまり根をお詰めになりませんよう。高王女は、お小さい頃から聡くあられました。陛下がお疲れになれば、きっと察してしまわれるでしょう」

「そうだな……ありがとう、アリーセ。頼んだよ」

 赤子を抱いたまま、ゆっくりと頭と腰が下がる。頷くと、警護の騎士達に声をかけて、王の執務室へと向かった。


 春の盛りが過ぎ、夏へと向かい始める頃。危うい橋を渡りながら紡いできた日常が、ついに崩壊した。

 寝台に、ぐったりと横たわった華奢な身体。処置をしてくれた医務官に礼を言って、居室に出る。

 人気(ひとけ)のない、広々とした部屋。ただ一人、青ざめて佇むウィンケンスにソファを勧めて、対面に腰を下ろす。

「本当に助かった。お前じゃなかったら、間に合わなかっただろう」

「……いえ……」

 ゆっくりと、(かぶり)を振る姿。濃青の瞳が、滲んでいく。喉の奥から、呻く声が漏れた。

「……誰だよ。高王女に、くそったれなこと吹き込んだ屑はッ……」

「……そうだな」

 長く溜め息をついて、静かに同意する。

 あれほどきつく厳命したというのに、誰かが漏らしたのだ。そして、思慮に欠ける者が、行政官の調査内容を、アメリアに話したらしい。

 日暮れ前のこと。六貴族の奥方と息女達の集まる茶会から帰ってきて、ぼんやりと刺繍をしていたという。

 それが突如、こんな混ざり物だから、と泣き叫んで、糸切り鋏で目を突こうとしたのだ。

 たまたま側仕えだったウィンケンスが押さえてくれたおかげで、なんとか事なきを得たのだった。

「……もう、どうしたらいいんだ……」

 すくすくと日々成長していく、可愛い我が子。刻々と壊れていく、いとしいひと。

 一日に何度も愛していると告げて、様子を見ながら抱き締めても、脱け殻に触れているようだった。

 たった二ヵ月半前までの、幸せに溢れていた新婚生活が、遠い過去に思える。

 隣に座る気配。そっと、抱き寄せられる。厚みのある背中にしがみつき、言葉にならない苛立ちと怒りに唸る。軽快な声が、耳に響く。

「よお、フェリックス。お前の素晴らしく情けない顔を、最強に格好いい従兄のこの俺様が、しっかり眺めてやるぜ」

「……ッ馬鹿、やろ……、――っ」

 反射的に悔しさが湧いてきて、変わらない尖った優しさが有難くて、涙が溢れる。

 馴染んだ騎士服の懐かしい感触を握り締めて、声を殺して泣いた。


 *


 最後の書類に目を通し終えて、窓を仰ぐ。高く昇った夏の月が、煌々と輝いている。

 さすがに眠っているだろうと思いながら、もしまだ起きていたらと、怖れておののく。

 あの事件の半月ほど前、産務官から、営みを再開していい、との診断を受け、様子を窺いつつ、徐々に慣らしていた。

 ところが、あの日を境に、アメリアは、毎夜求めてくるようになった。

 子が欲しいと、早く産まなくてはと、縋る姿。身体に負担がかかるからと宥めて、なんとか寝かしつけ、三週間が経過した頃、とうとう決壊した。

 限界まで激しくしてほしい、という哀願に、それで気が収まるならと、応じてしまったのがいけなかった。

 半ば絶叫のように、嬌声を上げて狂う姿。激烈な快感に酔って溺れる、幸せとは程遠い表情。

 耐えきれず優しくすれば、卑下して縋り、罰を乞い願った。もはや何が正解かわからず、残された時と子ができる可能性を天秤にかけて、心を瞑った。

 しかし、そんな無理が長続きするはずもなく、帰る時間は遅くなっていった。

 やろうと思えば、いくらでも仕事は増やせる。隅々まで書類を読み込み、入浴を済ませて、執務室に戻り、寝静まるのを待った。

 そうして、ようやく帰るのだ。ただ、横になっても、隣が起きてしまうのではと、怖れて寝つけなかった。

 そんな日々を続けて二週間。疲労は、鬱積していった。

 重い腰を上げて、月を仰ぐ。夏の藍色の夜空に浮かぶ、くっきりとした円形。今日の無事を神に感謝する(ことば)を唱えて祈ると、執務室から出て、居室へと足を向けた。


 夜勤に立つエウゲニウスとアドルフに目顔で挨拶し、音を立てずに扉を押し開ける。

 あたり一面の黒。窓掛けの裾から、うっすらと月明かりが差し込んでいる。ここに来るまで、あえて灯りを点けずに歩いてきたから、それで十分だった。

 そうっと、夏用の薄手の布団をまくって、滑り込む。妻の静かな気配。起こしていないかと案じたが、疲れ果てて、眠気が一気に襲ってくる。

 意識が落ちた瞬間、太腿に重みがかかって、薄く目を開ける。微睡む視界の中、寝巻きの下の紐をほどく妻の影があった。

 飢えた獣のような荒い呼吸。切迫した激しい形相。信じられない光景に愕然とし、混乱して固まる。

 引き下ろそうとしてうまくいかず、悶える姿。たまりかねたように、寝巻きの前だけを無理矢理下げる。そして、下着越しに華奢な手が、さわりと撫でた。

 途端、強烈な嫌悪が噴出する。腹に力をこめて上体を起こし、小さな肩を掴んで引き倒す。

 驚いた顔。しかし、すぐに、淫靡な笑みが広がった。

「フェリックス――もう、待ちくたびれたわ……」

 両膝を曲げて、腰を揺らめかす、猥雑な姿。下着のない、露になった紅。

 暗がりでも、やけに鮮烈に目を刺す色に、腰から、ざわざわと痺れが這い上がっていく。血の流れが身の中心に集まる感覚に、吐き気を覚えた。

「……なあ、アメリア……」

 涙が一筋、頬を伝っていく。一体、どこで間違えたのだろう。

「俺と、結婚したこと……後悔しているか……?」

 朧気な目が、ゆっくりと瞬く。

 開いた瞬間、碧色に強い生気が宿る。凛として澄んだ声が、鼓膜を打った。

「――後悔なんて、絶対にしない」

 はらはらと、大きな瞳から、雫がこぼれ落ちる。体温のある、滲んだ声が告げる。

「ごめんなさい……酷いことをしたわ――あなたにも……テオドルスにも……」

 くしゃりと顔が歪み、震える言葉が落ちる。

「……ごめんなさい……っ」

 たまらず、抱え上げて抱き締める。しがみつく感触。

 途端、振り絞るような声が、鼓膜を震わせた。哀しく苦しく、温かな音色。

 ひたすらに優しい体温を感じながら、心が解けていく声を聴いた。


「ほら、アメリア」

 赤子用の小さな寝台から、テオドルスを抱き上げる。ソファに座り、隣に腰かける妻に差し出す。華奢な腕が緩やかに伸びて、しっかりと受け止めた。

 まじまじと、息子の顔を見つめる。夏の明るい朝日に輝く、金色の髪と緑色の瞳。にぱあと、小さな顔が嬉しそうに笑う。

「可愛い……」

 幸福にとろけて微笑む、美しく聡明な面立ち。

 差し出された指を、丸い手が、ぎゅっと握る。ゆっくりと左右に振れば、大きな瞳が興味津々に追っていく。その愛くるしい様子を眺めながら、穏やかな声が語る。

「こんなに可愛かったのね……目鼻立ちが、あなたによく似てる」

「みんなにも、よく言われるよ。でも、口元のあたりは、君に似ているかな」

 本当に不思議なもので、髪と瞳の色など気にならないくらい、自分とアメリアの子だとわかる顔立ちだった。

 日々くっきりとしていく面差しを眺めて、将来はどちらによく似るのだろうと、楽しみで仕方なかった。

 握られた指を優しく振りながら、柔らかな歌声が、鼓膜を撫でる。

「テオはいい子、いい子、可愛い子……私の小さな雫――」

 心温かな風景に和む。今まで見たことのないほど、豊かな笑みで応える息子の姿。母親の偉大さに感嘆する。

「やっぱり、母上が一番なんだな。俺が抱っこしても、なんとなく不満そうにするんだよ」

「お腹にいる時からずっと、話しかけてきたのよ。あなたが、政務に出ている間もね」

 得意げに微笑む、慈しみに満ちた顔。

 確かに、まだ腹の目立たないうちから声をかけ、子守唄を歌い、本を読み聞かせていた。

 時には、夫そっちのけで。うっかり嫉妬してしまうほど、我が子に会える日を最も楽しみにしていたのは、他でもないアメリアだった。

 失った四ヵ月半は、もう戻らない。しかし、これから積み重ねて、紡ぐことはできる。

「なあ、アメリア。テオはすごいんだぞ。目の前に玩具を置くと、掴んで遊ぶんだ」

 碧色の瞳が瞪り、おもむろに滲んでいく。寂しげな微笑が浮かぶ。

「もう……そんなに――」

 そっと腕を回して抱き寄せる。哀しみに揺れる色を、真っ直ぐに見つめて告げた。

「この子は、まだまだこれからだ。俺達二人で、この子の行く末を見守ろう」

 ゆっくりと、美しく聡明な顔に、温かさが灯る。頷いて、優しい笑みが花開く。

「ねえ、フェリックス。テオと遊びたいわ」

 応えて、侍女に声をかける。手早く用意が整っていくのを待ちながら、隣で、ぽつりと呟く声を聞いた。

「テオドルス……母上は、強くなるから――」

 凛と澄んだ音色。逆境に立ち向かう決意が、そこにはあった。

 準備が完了した旨が告げられる。アメリアを促し、ともに立ち上がって向かう。

 薄く綿の詰められた敷物。木や布でつくられた、たくさんの玩具が並んでいた。

 靴を脱いで上がり、その前に、テオドルスをうつ伏せにして下ろす。すると、真っ先に、小さなぬいぐるみに手を伸ばした。

 中身の綿を通して聞こえる、木製の鈴の軽やかな音。アメリアが懐妊中に縫い上げた、手製の玩具だった。

「これが、一番のお気に入りなんだよ。一度掴んだら、なかなか手放さないんだ」

「……私、の……」

 震える声が落ちる。温かな涙が、とめどなく薄紅色の頬を伝っていく。満面の笑みで遊ぶ愛くるしい姿を、寄り添って見つめる。

「上手……上手ね、テオ――ちっちゃなヌーヌーと遊ぶの、楽しいねえ」

 我が子を慈しみ、いとおしく微笑む横顔。小さな丸い手を振って応える、はちきれんばかりに輝く笑顔。

 初めての家族三人の幸せな時間は、生涯忘れ得ない思い出のひとつとなった。

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