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分裂②

 薄手の毛布にくるまって、湯温器を膝に抱え、その時を待つ。

 主家の子息達が利用する館で、頑丈な造りとはいえ、冬の厳しい寒さは、完全には防ぎきれない。火事の心配があるから、暖炉は限られた区画にのみ設置される。しんしんと伝わる冴えた空気は、冷えやすい身体にこたえた。

「トリーナ、大丈夫?」

 顔を上げると、同輩の姿があった。こんなに寒いのに、務めの衣の上に、毛織の羽織を着ただけのいで立ちだ。隣に座ると、暗褐色の長い髪が、さらりと揺れる。

 身を縮めながら、微笑んで答えた。

「備えは万全だもの。いつものことだけれど、よく平気ね」

「その代わり、館主様に、あなたは食べ過ぎよって叱られるのよ」

 明るく笑う優しい顔。思わず、そっと目線を下げてしまう。

 張りのある豊かな胸。この深い谷に、きっと興を覚えるのだろうと思って、心がさざめく。それでも、多くは食べられないのだから、仕方がない。

「でも、羨ましいわ。私は痩せているから……」

 肩に、柔らかく手が置かれる。琥珀の瞳が、優しい色で微笑む。

「あなたには、あなたのよさがあるのよ、トリーナ。だから、マニュルム随一の花として、次代様の〈奥方〉になれたんじゃない」

 そして、ぎゅうっと、抱きつく。ほかほかとした、春の日向のような体温に包まれる。

「こんなに綺麗で、可愛いんだから。私が〈主人〉になりたいくらいよ」

「もう、またそんなこと! 館主様に聞かれたら、怒られるわよ」

 注意するふりで、強めた語気で反論する。楽しげに、それは困るわね、と嘆く声。

 顔を見合せて、声を立てて笑っていると、戻ってきた案内係の副館主に、案の定叱られた。

 二人で謝って、くすくすと、笑いの残りをこっそり楽しむ。ひとしきり味わうと、明るい気持ちが胸を満たした。

 ふと、同輩が、部屋の隅にある柱時計を見る。心配するような、物足りなそうな表情。

「約束を、待っているの……?」

 気づいて、あでやかで美麗な顔が、こちらを向く。苦笑した声音が返ってくる。

「ううん。誰ともしてないの。だから、誰か来てくれないかなって。でも最近、何かと物騒だから」

 なるほどと、腑に落ちる。この同輩は、待ち続けるより約束があった方が、気が楽でいいと、常々話していた。

 さして行為に嫌悪もなく、〈主人〉の誰かに特別な思い入れを注ぐこともなく、驚くほど淡白だ。

 それが、あるべき姿なのかもしれない。わかっていながら、方向を修正できないまま、九年を過ごしてしまった。

「そうね。要職にある方々だから、お忙しいのかもしれないわね」

 薄明かりに光る、紺青の瞳を思う。

 今夜の約束は、遠傍系の子息だから、決して来ない。

 最後に会ったのは、年が明ける前だ。張り詰めた表情がつらくて、わざと約束を破った。

 激しい責め苦のあと、少しだけ穏やかな顔つきになったのを見て、真っ直ぐで優しい心の歪みを、改めて実感した。

 同輩が、組んだ脚を揺らしながら、何の気なしに尋ねる。

「ねえ、〈太陽の剣〉って、どう思う?」

「どうも何も……あの人達のせいで、主家様が困っているのに」

 嫌悪に顔をしかめる。

 一昨年の冬至の立太子式から、王都中で活動を始めた団体。

 王を廃して、王太女を真昼の王として即位させ、真昼の民のための世界をつくるという。

 不遜極まりないが、ただ手製の台に乗って、広場や道端で叫んでいるだけだから、取り締まることはできないらしい。

 原初の頃から、漆黒の神とともにあり、負託を受けた真夜の民こそ、昼の世界の統治にふさわしい。何を馬鹿げたことを言っているのだろうと思う。

 そして、〈主人〉である傍系の子息達は、王都の警邏の指揮を執るなど、軍で要職に就いている。次代の総帥であるフェリックスも、きっと対応に苦慮しているにちがいない。

「……まあ、そっか。あなたは、そうよね」

 同輩が、柔らかに苦笑する。どこか慮った表情。そっと、低めた声が鼓膜を撫でる。

「妹が、〈教え〉を守ってもらえてないみたいで――ずっと手紙に、つらい、もうやめたいって……」

 息を呑む。

 フェリックスは、幼馴染みで初恋の相手だから、という特殊な事情がある。

 確か、同輩の妹の所属は、カンチェラリウス家の地区のはずだ。ごく普通の六貴族の子息で、そんなことが、他にあるのだろうか。

 琥珀の瞳が、おもむろに滲んでいく。涙まじりの声が、震えて落ちる。

「久しぶりに会ったら、すごく痩せていたの。明け方がいいっていうから、不思議だったんだけど――」

 言葉を切って、深く息を吸う。ゆっくりと吐息とともに、微かな言葉が継がれる。

「……顔に……たくさん、痣が……」

 鼻を柔く啜る音。泣けば目が腫れる。口を引き結んでこらえる顔が、真っ直ぐに心を貫く。

「ねえ、王太女様は女の人でしょう。しかも、私達と同じ、混血の真昼の姿をしてるっていうじゃない。私達の気持ちも、わかってくださるはずよね?」

 茫然と、涙を溜めて、哀しみに歪んだ琥珀の瞳を見つめる。淡々としていて、どこか羨ましく感じていた同輩の本心を知る。

 羽織を握って震える手に、そっと手を重ねる。優しい声で、穏やかに語りかける。

「そうね。きっと、大丈夫よ」

 暗褐色の頭を柔らかく抱えて、背中をさする。

 ほら泣かないで、と囁きながら、心の中で、友に嘘をついたことを神に懺悔した。

(……それほど、単純なことではないわ)

 たとえ王太女が、賢明で民の心に添う女人だったとしても、その周辺は男しかいない。

 こんな都合のいい――快楽を存分に味わい、その結果である庶子を、家督争いの火種にすることなく活用できる仕組みを、そう簡単に手放すとは思えなかった。

 そして、仮に、六貴族や従家が内輪揉めすれば、困るのは王家なのだ。大事を治めるために小事を切り捨てることは、十分に考えられた。

 何より、真夜の民という、神との繋がりを持つ存在を失ったら、心の支えを失った人々は、酷く混乱するだろう。〈太陽の剣〉の説く内容は、決して真昼の民のためにはならない。

 緩やかに身を離して、ありがとう、と囁く同輩の姿。

 六貴族と従家の財で成り立つ、このフロス街にも侵食していることに、背筋が寒くなる。

 フェリックスに伝えられたら一番だが、近衛の職務は機密が多いから、無闇に予定を尋ねないのが礼儀だ。手紙も、〈主人〉から来た場合にのみ、返事が許されている。

(せめて、お母さんに知らせなければ――)

 館主である母なら、主家の当主に直接、連絡を取れる。総帥の耳に入れば、判断の一助になるかもしれない。

 副館主から声がかかる。気がつけば、約束の時間だった。

 明けた朝、務めが終わったら、すぐに館主室に行こうと決めて、遠傍系嫡子のための前室へと向かった。


 *


 晩春の陽光が降り注ぐ、宰相次代当主の執務室。

 弟の訪いを歓迎して、兄がソファを勧める。青藍の瞳が、ほんの一瞬ためらって、奥底に(つよ)い光を宿す。

 声変わり前の少年の高い声が、静かに切り出した。

「ご依頼の件、医務官のご長女から、返事がありました。……どんな強者(つわもの)でも、一瞬で還らせる猛毒です」

 そして、蛇の牙から分泌されることや生息域など、詳細を話し始めた。

 説明を聞き終えて、兄が優しい笑みを浮かべる。

「よく調べてくれたね。お前の知識は、我が家の大切な財産だ。これからも、学びを究めて、助けになってほしい」

「もちろんです、兄上」

 まだあどけなさの残る少年の顔が、柔和に微笑む。しかし、青藍の瞳の奥は、悲しみに沈んでいた。

 全く疑念のない兄の態度。その理由が、侮りであることを、不意に悟ったのだ。

 優しい笑みの仮面に透ける本性を、弟は、ただ静かに見つめた。


 扉を開いて広がる光景に、思わず立ち止まりそうになる。

 しかし、当主の用のためとはいえ、かなり待たせたのだ。これ以上、機嫌を損ねて、要らぬ災難を招くほど、愚かなことはない。

 ソファに座る嫡子の元に歩み寄って、床に座り、長妹が移動するのを待つ。

 慣習通り、嫡子の足が届く手前に、にじって(ぬか)づく。生温かい水の感触。湿った木の匂いと、独特な女の香が、鼻を刺した。屈辱に戦慄く心を抑えて、謝罪する。

「遅くなりまして、誠に申し訳ございません」

「遅すぎる。待ちくたびれたよ」

 短靴の底が、頭に乗る感触。ぐっと押しつけられ、鼻先が水溜まりに当たる。

 息子の家人が流した体液。このまま舐めろと言われたら、頭が割れても、蹴られる方を選ぶと、密かに歯を食い縛る。

 と、高く嬌声が上がる。嫡子が、笑って窘める。

「ほら、だめだよ、テレジア。これから、大事な話をするんだから」

 何かをしゃぶるような音が始まる。女のくぐもった喘ぎ声と、響き渡る水音に、耳を塞ぎたくなる。

「――そう、いい子だね。ちゃんと我慢できる弁えのある子には、あとでたっぷりご褒美をあげよう」

 歓喜に震える吐息を嗤う声。おもむろに、頭から重みが消える。

「今日は気分がいい。特別に、許してやる」

「寛大なお心、誠に感謝申し上げます」

 答えながら、合図なく進んだ流れに、これが狙いなのだと、屈辱に心が震える。顔を上げないまま話を聴け、というのだ。

 息をする度に、鼻を突き刺す濃密な匂い。耳を抉る猥雑な音。吐き気がした。

「お前に、探してほしいものがあってね。北東の森林地帯にいるらしいんだけど」

 告げられた蛇の種類。還す対象の名に、怒りが湧くと同時に、好機が巡ってきたと、光が見える。詳細を調査し、すぐに手配する旨を伝えて、言葉を継ぐ。

「次代様。私に、策がございます」

 一呼吸待つ。反応がない。肯定と捉えて、話し出す。

「かねてより、王都を騒がしている〈太陽の剣〉――真に率いておりますのは、私でございます」

「お前ッ! 不遜なことを!」

 がっと、靴底が頭に降ってくる。水溜まりに顔面がついて、固く目を瞑る。唇が湿る感触に吐き気を覚えながら、哀願するように訴える。

「武力を集めるためでございます! 不遜千万でございますことは百も承知! しかしながら、平民は真昼の民であり、自ら世界を動かせるとなれば、愚かな者共は、呆気なく騙されます! そして――」

 息を継ぐ。呼吸の勢いで、鼻に水が入りかける。

 響き続ける女の喘ぐ声と、粘りつく音。瞼の裏で、涙が滲む。

「完遂した折には、次代様に御即位いただけると――愚考いたしました次第でございます」

「へえ――お前も、たまにはいいことを言うじゃないか」

 重みがなくなる。悟られぬよう、微かな動きで顔を浮かす。密かに、ほっと息をつく。

「加えて、次代様の仰る通り、あの不埒者を還せば、さらに磐石となることでしょう。私としても、アグネスを辱しめ、奪ったフォルティス家には、相応の報いを受けさせたく存じます。今後は、ご協力させていただけましたら、幸甚にございます」

 靴底で、頭を軽く叩く感触がして、顔を上げる。長妹を視界に入れぬよう、意識して群青の瞳を見つめた。凶悪な顔が、満足げに嗤う。

「最高だよ。傑作だね――うまくやれよ」

「次代様のため、身命を賭して、お働き申し上げます」

 額を床につけて、礼をする。顔を上げ、次の命令を待つ。

 もうあとは、下がれと言われるだけだ。一刻も早く出て行って、顔を耳を鼻を洗いたいと、身体の芯が屈辱に震える。

 しかし、いつもとは違う言葉が発せられた。

「一歩下がれ、ワルター」

 意図がわからず固まりかけて、はっとする。すかさずにじって、手前を空ける。すると、

「テレジア、見てもらうといい。お前を愛さなかった主人の代わりに――じっくりとね」

「……はい……お兄様……」

 しゃぶっていた嫡子の指から口を離し、長妹が答える。そして、水溜まりの上に座ると、脚を大きく広げた。

 眼前に飛び込む、(あか)い景色。思わず、嫡子を見上げる。

「せっかく下賜したのに、いまだに生娘のままでね。大切な妹が、不憫でならないんだよ」

 これまで聞いたことのないほど、優しい声。

 長妹が、幸福そうに微笑んで、嫡子の脚に頬ずりする。身体を傾けた弾みで、棒状のものが、ずるずると姿を現す。

「憐れと思って――なあ、ワルター?」

 有無を言わさぬ強い語気が、耳を刺す。群青の瞳が、邪悪に歪む。思考が、止まる。

 気がつけば、言葉が滑り出ていた。

「……承知いたしました。不肖の愚息に代わり、拝見させていただきます」

 途端、喜悦に猛った嗤い声が響く。そして、溶けるほど優しい口調で、長妹に言った。

「テレジア、よかったね。ほら、まずは、そのままのお前を見せてあげないと」

 長妹が応えて、棒状の何かを引き抜く。粘りつく水音とともに、板張りの床に転がる。恍惚とした、可憐な声が囁く。

「ああ、ご当主様――ご覧くださいまし……テレジアの、愛の場所を……」

 視界が紅く染まる。その中で、あえやかな指が蠢く。

 高く上がる嬌声。嬉しいと、狂喜して泣く藍色の瞳。腰を突き上げ、実の兄に嬲られて、唯一の愛だと感謝する姿。

 狂乱の中で、不意に腑に落ちる。

 アグネスも、孤独だった。下賜された日、怯えた目で平身低頭する姿に、守ってやりたいと、切に願った。妻の嫉妬も息子達の非難も顧みず、ひたすらに愛した。

 名を呼んで微笑む華奢な声。美しく聡明な顔立ち。子ができたと聞いた時の、世界の全てに感謝したくなるような、至上の幸福。

 視界がぼやけていく。涙が、とめどなく頬を伝う。

 なぜ、これほどにぼろ屑として、扱われなければならないのか。なぜ、辱しめられ、壊されなければならないのか。暴虐を、甘んじて受けなければならないのか。

(真夜さえいなければ――)

 ゆらゆらと、心に炎が立ち上る。一気に全身を駆け、轟音とともに、全てを満たしていく。

(燃えろ。燃え盛れ。真昼の業火に焼かれ、無になるがいい)

 (きた)るべき日を望みながら、ただ静かに、狂乱を見つめた。


 晩冬にしては、気の早い麗らかな日。クラウスが、報告書をまとめて戻ってきた。

「お調べいたしましたが、毒性は低いです。伺ったような代物ではございません」

 案の定だと、さして驚かずに話を聴く。

 大方、学者気質の長弟から仕入れてきた情報だろう。

 そして、あの温厚で理知的な少年が、不穏な兄の言動を、鵜呑みにするはずがない。尊敬する心との狭間で揺れただろうと思うと、憐れでならなかった。

 ただ、面倒なことになったと苦る。

 侮って確かめない反面、真実を知れば厄介だ。せめて、何かしらの効果があれば、多少の誤魔化しは効く。問うと、案じる表情で答えた。

「患部が腫れて、激しい痛みが生じるため、足止めくらいにはなりそうです。ただ、王都でも、庭などの草木のあるところで、誤って噛まれることは珍しくないようで、鑑別方法も解毒剤も、開発されておりますから……」

「回復も早い、ということだな」

 はい、と頷く、落ち着いた所作。困ったものだと、溜め息をつく。

 やはり、多勢で仕留める以外に打つ手はなさそうだ。毒で、多少動きが鈍れば儲けもの程度に考えるしかない。

「いかがいたしましょう?」

 気遣って問いかける声に、明瞭に答える。

「とりあえず、体裁は整える。万が一、アメリアに危害が及んでも、治療すれば問題ないとわかったのだからな。それだけでも、十分な収穫だ」

 濃青の双眸が、ふっと和らぐ。落ち着いた低い声が応じた。

「左様でございますね。――承知いたしました。手配いたしましょう」

 頼む、と告げて頷く。クラウスが、優美な振る舞いで礼をし、部屋を辞す。

 隙なくまとめられた報告書を眺めて、残る次妹の無事を案じた。


 *


 長い冬が終わって春になり、期が変わる頃。多くの家族に、変化が訪れる。

 特に、学舎を卒業した娘を持つ家にとっては、実家に戻ってくる節目となる。

 縁談を本格的にまとめたり、在学中に決まっていれば、結婚式の準備をしたり、何かと(せわ)しなくなるのだ。

 カンチェラリウス家も例外ではなく、次女の帰りに、朝から屋敷中がそわそわしていた。

 昨年の秋に成人し、美しい淑女となって帰ってきた娘を、両親は喜んで迎え、長男と次男とともに、久しぶりの一家団欒を楽しんだ。

 祝いの幸福感に包まれた夜、寝室の扉を叩く音がした。返事をすると、兄の呼びかける声。不思議に思いながらも、本に栞を挟んで、立って行く。

 薄く引き開ければ、優しく微笑む顔があった。

「久しぶりに、ゆっくり話したくてね」

 妹は戸惑った。子供の頃ならまだしも、互いに成人している。いくら兄妹とはいえ、二人きりで寝室で過ごすのは憚られた。

 手持ちの灯りに光る、群青の瞳を見つめながら、妹が告げる。

「それでしたら、あちらのソファで――」

 居室に出ようと、扉の持ち手を握ったまま身を引く。その瞬間、するりと、兄が寝室に入った。妹が驚いて、声を上げる。

「お兄様……っ⁉」

「そんな寂しいことを言わないでよ。せっかく、帰ってきたのに」

 兄は気にする様子もなく、灯りを棚に置いて、そのまま寝台に腰かける。そして、唖然として固まっている妹を誘うように、布団を軽く叩いた。

 妹の青藍の瞳が、困ったように歪む。しかし、一瞬の逡巡のあと、扉を閉めて隣に座った。すると、

「カロレッタ、綺麗になったね」

 兄の骨張った手が、妹の頬に触れる。剣呑な表情に、身を引こうとした瞬間、引き倒される。妹の混乱した声が、寝室に響く。

「お兄様っ、何を⁉」

 兄は答えず、妹の口を塞いだ。青藍の瞳に涙が滲み、呻き声が漏れる。

 四肢をばたつかせてもがく妹を、兄は押さえつけて、その清い身体を暴いていった。

 事を終えた溜め息を吐き出して、兄が、妹の真っ直ぐな漆黒の髪の河に手をつく。群青の瞳が、炯々と喜悦に光る。

「さて、カロレッタ。お前が穢れたと知ったら――父上は、どう思うだろうね?」

 激しい痛みと恐怖に戦慄く妹を気にも留めず、兄は嗤いながら、言葉を継ぐ。

「例えば、お前は、クラウスがお気に入りだったね。子供の頃、家に来る度に、遊んでもらっていたっけ。お前が、あれをたぶらかして通じていたと――可愛い妹が、あんなにふしだらだったとはと――父上の前で、嘆いてみようか」

 妹が、息を呑む。懇願するように、言葉にならない声が浅く喘ぐ。兄の淡泊な顔が、満足げに歪む。

「これからは、僕の言うことは全部聴くんだ。一度でも口答えしたら――わかってるね?」

 妹が戦慄きながら、がくがくと頷く。炯々と光る、群青の瞳。骨張った手が、張りのある艶やかな胸を撫でる。

「せっかくの初めての夜だからね。たっぷり、可愛いがってあげよう」

 ひっと、詰まった短い悲鳴。擦れる痛みに、声を上げる。

 枕に顔が埋もれる息苦しさの中で、兄に押し潰されながら、妹は絶叫し続けた。


 春が盛りへと向かっていく中、北東の森林地帯から、届け物が到着した。

 僻地の、身寄りのない猟師を探して依頼したため、想定よりやや時間がかかってしまった。

 しかし、エクエス家が嗅ぎ回っている上、かねてより打診のあったイドニアの婚約発表が控えている。手近な場所で済ませるわけにはいかなかった。

 猟師には、相応の報酬を与えている。今頃は、神の元で、安らかに暮らしているだろう。

 低い卓に、硝子の小瓶を置く。ぬるい春の日差しに光る、黄色い液体。対面に座ったエアネストが、青ざめた顔で呟く。

「……これが……」

 緑色の瞳が、こちらを凝視する。落ち着かない様子で、しきりに手をさすった。

「ほ、本当に……効くんですか?」

「確かだ。クラウスに調べさせた。これで、どんな手練れであろうと、容易く還せる」

 明瞭に頷く。

 エアネストには、事前に遅効性の猛毒だと伝えていた。腕は立たなくとも、壁くらいにはなる。背中を押すには、不安要素は、取り除いておかなければならない。

 小瓶を見つめ、生唾を飲み込む姿。愚かではないが、肝が小さく流されやすい――父親であるメクラトル家当主が、嫡子の身代わりとして差し出した理由が、よくわかる。

 〈太陽の剣〉の活動が本格化し、武器を集める真の目的を知った時でさえ、その瞬間は騙されたと、怒りを露にしたものの、結局はここにいる。

 疾走する暴れ馬に乗り続けるか、振り落とされて首を折るか。

 金融商店は、順調に業績を積み重ね、経営手法も身についた。エアネストがいなくとも、もはや問題ない。察しは悪くない分、青ざめて了承するのも早かった。

「メクラトルの次男よ、案ずるな。刺客に選んだ警備兵は、知っての通り、精鋭揃いだ。毒に冒された状態ならば、仕損じることなどまずない」

 励ますように、緩やかに話す。青ざめたまま、エアネストが息をつく。

「……そう、ですね――これで……あいつらに、きつい痛手を負わせることができる……」

 強く握り合わせて、血の気のない白い両手。

 馬を御して降りればいいと、思いつけない若さが、憐れだった。


 春の生暖かい嵐が、窓を叩く。濃い灰色の雲が重く垂れ込め、風が激しく唸りを上げる。

 灯りをひとつ点しただけの薄暗い部屋で、男の開いた脚の間に、女が顔を埋めていた。男は、ソファの背もたれに悠々と身体を預けて、女の行為を眺めている。

 小さな炎に浮かぶ、一糸纏わぬ白い裸体。平らかな腰が揺らめく度に、粘りつく水音が響く。少年と青年の狭間にある淡白な顔が、満足げに嗤う。

「そうだ、テレジア。いい知らせがあるんだ」

「どのようなことでございますの、次代様?」

 咥えていたものから口を離し、女が問う。摺り上げる手と、自らを触れる手は止めずに、藍色の瞳が、媚びた色に潤む。

「例のが、手に入ったんだよ」

「まあ、素敵ですこと。私にできることは、ございまして?」

 屹立に白い胸を這わせて、小首を傾げる可憐な姿。子供の頃からさして変わらぬ、肉つきの薄い身体。

 幸福に藍色の瞳を潤ませて、擦りつける様を眺めながら、次代当主が鷹揚に頷く。

「いい心がけだね。お前なら、側にいても怪しまれない。大役を任せようと、思ってたんだよ」

「ああ、嬉しゅうございます。卑賎な私が、家のお役に立てますのなら、これほど幸いなことはございません」

 白い身体がずり下がり、再び口に含んで舐める。嬉しくてたまらないというように、丁寧に、じっくりと味わっていく。

「お前は昔から、弁えのあるいい子だね。どこかの誰かとは、大違いだ」

 途端、藍色の瞳が、激しい怒りを灯す。舐め上げながら、群青を見つめる。

「私は、卑賎な端女(はしため)でございます。あの下女のように、身の程知らずな振る舞いをするなど、考えたこともございません」

 可憐な顔が、深く沈んで上下する。握る白い手が、次第に速度を増していく。

「そうだね、テレジア。ほら、いつも頑張ってる可愛い妹に――ご褒美だよ」

 兄の指先が、とんとんと、沈んだ妹の小さな頭を軽く叩く。妹が、息をついて口を離す。

 途端、白濁の飛沫が噴き上がり、茶褐色の髪を、可憐な顔を、汚していく。

 藍色の瞳が潤み、幸福に満ち溢れた笑みに歪む。白い指が滴る残滓をすくい取って、自らに擦りつける。

「……お兄、さま……」

 吐息の中で、濡れた声が漏れる。

 平らかな腰が上がり、太い棒が姿を現す。吸いきれなかった水分が、木肌を滴り落ちていく。小さな指が、白濁を塗りこめるように、自らを弄う。刺激に身悶える声が叫ぶ。

「こんなものは嫌っ――こんなものなんて……!」

 藍色の大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。棒を握って、さらに腰を浮かす。返しが現れ、するりと抜ける。板張りの床を汚しながら、太く長い棒が転がる。

 欲して伸びる妹の白い手を掴んで阻み、兄が優しく微笑む。

「だめだよ、テレジア。僕もつらいんだ。この愛の場所を、お前にうずめられたら、どんなにいいか――でも、そんなことをしたら、止まらなくなってしまう。弁えのあるお前なら、わかるね?」

 こくこくと、可憐な顔が頷く。棒を拾い、喘ぎながら、腰を落としていく。

 いい子だね、と兄が微笑んで囁き、掴んでいた手を導く。おもむろに、握った白い手と平らかな腰が、上下する。板張りの床が軋む中で、恍惚に染まった声が嘆く。

「ああ、お兄様! こんなにも、お慕いしておりますのにっ! テレジアの愛の入口は、こんなにも、敏感に愛を感じておりますのに! お兄様の愛の場所をうずめていただけないなんて――!」

 泣きながら、それでも、動きの止まらないあえやかな肢体。

 兄を求めて高く上がる嬌声が、薄暗い部屋に虚ろに響く。従順な玩具を眺めて、群青の瞳が、満足げに歪む。

 床に撒き散らした白濁を、歓喜して舐める光景を楽しみ、狂うまで虐め倒して、その日の遊びは終わった。

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