表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

【前編】

「えー、見れないの!?」


「魔法で何とか出来ないのか?」



 有給を使用して息子が勤務するヴァラール魔法学院を訪れた冥王第一補佐官、アズマ・キクガは唐突に聞こえてきた声に首を傾げる。


 その声はどこか残念そうな雰囲気の息子と、それから彼の面倒を見てくれている用務員の先輩である少年のものだった。「何で?」「どうして?」と相手に理由を尋ねているが満足のいく答えを貰えていない様子である。

 声が聞こえてきた方向を目指すと、中庭で天体望遠鏡らしきものを担いだハルア・アナスタシスと息子のアズマ・ショウが不満げな表情で何かを訴えていた。彼らにとって納得の出来ない状況なのだろう。


 未成年組の2人に詰め寄られる銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、困惑したような顔で言う。



「何でって言われても、失われた魔法だから誰も使い手がいなくてな」


「ユーリ使えるでしょ!!」


「アタシも知らねえんだよ。魔導書を見りゃ何とかなるだろうけど、その魔導書そのものが絶版になってるし」



 どうやら魔法の天才と称されるユフィーリアでさえ扱うのが難しい魔法の使用を迫られているようだ。彼女が使えない魔法があるなど聞いたことがないのだが、やはりどんな天才でも失われた魔法の再現は不可能なのだろう。

 詰め寄られているのはユフィーリアだけではなく、学院長のグローリア・イーストエンドや服学院長のスカイ・エルクラシス、果てはキクガに何かと突っかかってくる阿呆のルージュ・ロックハートまでいた。八雲夕凪やくもゆうなぎとリリアンティア・ブリッツオールは専門外なのか、不思議そうに首を傾げて成り行きを見守っている。


 キクガは中庭に足を踏み入れ、



「何かあったのかね?」


「父さん」


「ショウちゃんパパこんにちは!!」


「はい、こんにちは」



 ハルアに元気よく挨拶をされ、キクガもまたほぼ反射的に挨拶を返す。挨拶をするのはいいことだ。



「それで、ショウとハルア君は何を騒いでいるのかね?」


「今日は七夕だから天体観測をしようと思ったのだが……」


「『どうせだから流星群も見たいね』って話になって、星を降らせる魔法がないかユーリに聞いてたの!!」


「なるほど」



 ショウとハルアの説明を聞いて、キクガは納得したように頷いた。

 それであの「失われた魔法だから出来ない」という下りに繋がるのか。魔法そのものが失われている状態だと再現は難しいだろう、そもそも魔法が使えないキクガにとって魔法自体を使えることの方が奇跡のようだと思うのだが。


 ユフィーリアは困ったような態度で、



「失われた魔法だから無理だって言ってんだけどなァ」


「君でも再現が難しいとは驚きな訳だが」


「もう5000年以上も前の魔法技術だからね、現代で再現できる魔女や魔法使いはすでにお墓の中だよ」



 グローリアも合わせて口を挟んでくる。

 魔法兵器を構築が専門分野のスカイも、完全記憶力を持っていると宣っておきながら特に役立つ様子もないルージュもまた首を横に振る。さすがに5000年以上ともなると昔すぎて再現が出来ないのか。


 八雲夕凪が「残念じゃのぉ」と言い、



七魔法王セブンズ・マギアスがこぞって使えんとは情けないのぉ」


「魔法そのものが使えないジジイが何言ってんだ」


「じゃあ君が再現して見せてよ」


「出来るんスよねえ、その口振りだと」


「わたくしたちに出来ない魔法ですもの、仮にも神様と崇められる貴方なら出来るのではなくて?」


「八雲様、余計なことは言わない方がよろしかったのでは?」



 同僚から容赦のないフルボッコを受け、八雲夕凪は中庭の片隅で膝を抱える羽目になった。確かに余計なことを言って喧嘩を売らなければいいだけの話だったのに、彼はいつも一言多いのだ。

 用務員の仲間であるエドワード・ヴォルスラムやアイゼルネも「5000年以上だと難しいねぇ」とか「それぐらい時間が経っていれば魔法も失われちゃうワ♪」などと言っていた。彼らも心当たりはないらしい。


 キクガも魔法は使えないが、心当たりはある。同僚は古い魔法使いだ。



「星を降らせる魔法の件、アテがあるかもしれない訳だが」


「えッ」


「本当!?」



 ショウとハルアは期待の眼差しをキクガに向け、それ以外は純粋な驚きの感情を見せる。



「同僚が古い魔法使いだ、使えるかもしれないから連絡をしてみよう」


「いいのか、父さん」


「いいとも。星を降らせる魔法があるならば、私も見てみたい訳だが」



 キクガはそう言って、懐から髑髏しゃれこうべを取り出した。

 これは冥府専用の通信魔法を飛ばすための装置で、その星を降らせる魔法にアテがあると言った人物が作ったものだ。魔法が使えない冥府では通信魔法以外の手段は絶たれているので、非常に便利なものである。


 髑髏のつるりとした頭を叩くキクガは、



「それでは連絡をしてくるので少し待っていてほしい訳だが」



 ☆



『何だ、キクガではないか。オレのことが恋しくなったのか?』



 髑髏から聞こえてきたのは呵責開発課の課長を務める魔法使い、オルトレイ・エイクトベルの声である。

 彼は古い時代を生きた魔法使いで、没落してしまった名門魔法使い一族の『エイクトベル家』の当主だったのだ。自らを魔法の秀才と称するのだから、失われた魔法なら知っているだろう。


 いつもの軽口を無視するキクガは、



「オルト、君に頼みがある訳だが」


『ほほう、この魔法の秀才に頼みとは珍しいものだな。いいだろういいだろう、友人として聞いてやろうではないか』



 このような大仰な口振りにも慣れたものだが、口調以外は面倒見のいい気のいい奴なので特にキクガは苛立つことはない。



「魔法で星を降らせることは可能かね?」


『出来るぞ』



 あっさりしていた、しかも即答だった。

 七魔法王がこぞって「失われた魔法だから無理」と言っていた魔法を、こうもあっさりと可能だと言ってのけるのは凄いことである。


 オルトレイは不思議そうに、



『何故そのようなことを聞くのだ。冥府の空に降らせるのか?』


「息子が流星群を見てみたいと言っていた訳だが」


『なるほどな、何とも息子思いの父親だ』



 それからオルトレイは『で?』と問い、



『方法は?』


「方法?」


『オレが提案できるのは2つほどだが、どちらがいい? どちらにせよ流星群を起こすという結果が得られるのは変わらんが、見栄えの問題だ』


「魔法に見栄えを考える必要が?」


『阿呆め、魔法など見栄えを重要視してナンボだろう!!』



 少しばかり憤りを見せるオルトレイだが、すぐにいつもの調子で選択肢を提示する。



『方法としては流星群が見える時まで天空の時間を進めるか、流星群を呼ぶ歌があるのだがどちらがいい?』


「流星群を呼ぶ歌?」


『歌唱魔法の応用系でな。試しにやってみたら成功したのだ』



 自信満々に言うオルトレイだが、その魔法に見覚えがある。

 学院長であるグローリア・イーストエンドが設計した『聖歌絶唱』だ。かなり難易度の高い大規模な魔法で、それを成功させたのがユフィーリア・エイクトベルというオルトレイの娘である。まさか同じようなことが出来るのか。


 オルトレイは『オレのお勧めはだな!!』と言い、



『負担が少ないのは流星群を呼ぶ歌の方だ。見栄えもいいしな』


「時間を進める方は何か悪いのかね?」


『単純にオレの魔力が持たん。規模が大きすぎるし、自然に干渉すると世界の寿命を縮めかねん。人類が仲良く揃ってご臨終など歓迎できる状況ではなかろう』



 一応、魔法使いとして色々と考えてはいるようだ。普段の行動はアレだが、聡明な部分は娘のユフィーリアと似通っていると言える。



「では流星群を呼ぶ歌の方で頼みたい訳だが」


『機材を設置するのに人手を追加したい。オレを含めて申請書を作成するから、現世への視察という名目で通してくれ』


「それなら有給を使いなさい、許可しよう」


『おお、助かる。ならば午後はお休みしちゃお』



 弾んだ声で『有休消化は特権だよなぁ』などと言うオルトレイは、



『ではな、キクガよ。またあとで』


「申請書の受理に一度冥府へ戻る。諸々の準備を頼んだ」


『この魔法の秀才に任せろ!!』



 高笑いが聞こえてきたところで強制的に通信魔法を切断し、キクガはふと中庭に視線をやる。


 キクガの報告をソワソワしながら待つショウとハルアを、エドワードが「落ち着きなよぉ」と宥めていた。降らせることが可能だと伝えれば、果たしてどんな反応が期待できるだろうか。

 そしてオルトレイと関係のあるユフィーリアは、グローリアやスカイと星を降らせる魔法について協議を交わしていた。現代を生きる彼らにとって古に失われた魔法は想像が出来ない様子である。


 あの口振りから判断して、オルトレイは地上にやってくるのだろう。そうなると、必然的に娘であるユフィーリアとの再会を果たすことになる。



「……大丈夫だろうか」



 キクガが心配なのは、エイクトベル親子の心境である。

 オルトレイはすでに割り切っているものの、ユフィーリアは実の父親であるオルトレイのことは忘れてしまっている。いきなり父親だと名乗られれば、彼女も大いに混乱することだろう。忘れていることで保っている彼女の中の均衡が崩れてしまうかもしれない。


 一抹の不安を胸に秘め、キクガは報告の為に中庭へ戻るのだった。

《登場人物》


【キクガ】ヴァラール魔法学院の用務員、ショウの父親。冥王第一補佐官を務める有能な人物だが、10年以上にわたって息子と離れ離れになっていたので息子には甘い。

【オルトレイ】ヴァラール魔法学院の用務員、ユフィーリアの父親。呵責開発課で働く課長にして魔法の秀才を自称する有能な人物だが、我が子と同じく自由奔放な気分屋なのでよく実験で爆発を引き起こす。


【ユフィーリア】七夕のお願いは『ショウ坊が首輪を持って迫ってきませんように』である。それは多分無理だよ。

【エドワード】七夕のお願いは『弟と妹が元気でいられますように』である。しっかりお兄ちゃんしてる。

【ハルア】七夕のお願いは『借金返済』である。なんか知らん間に増えてたけど、多分自分で壊したのを気づいていない。

【アイゼルネ】七夕のお願いは『マッサージで世界征服』である。打倒キクガ。

【ショウ】七夕のお願いに『ユフィーリアが振り向いてくれますように』と書いたら、ハルアから「後ろから名前を呼べば?」と言われた。そうじゃない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ