80話 アンテナを目指せ2
ウメコの不吉な予言どおり……”本丸”に向かう俺達は「かなり面倒」な事態におちいっていた。
WABIちゃんが警告を放つ。
「前方から、屋敷の防衛設備によるカラクリ落人級4体!!
55秒後に接敵!!
後方からは、キチク芸能社の社員様6名様!!
71秒後に接敵!!
以上の”索敵確度”は、86%と予想されます!!」
俺は走りながら悪態をつく。
「くそ!!またか!!なぜ毎度こうなるんだ??」
俺の前を走る月影シノブが、言う。
「ハラハラドキドキの作戦は、西アイドル事務所恒例ですよ?
知らなかったのですか?
プロデューサーさん?」
「『知らなかった』に決まっているだろ?
知っていたら、こんなブラックな職場に就職しない」
そんな俺の”苦情”を聞き流して、万錠ウメコは言う。
「キチク芸能社社員の増援に次ぐ増援……やはり敵は本気ね……。
というか、例のEQとかいうバイオロイド……。
どれだけの政治力を持っているのかしら?」
そのウメコの疑問には、ロリのSABIちゃんが答える。
「EQは超世界レベルの腰痛婆よ。
特に芸能系のメガザイバツには顔が効くわ。
だから、キチク芸能社はEQの言いなりになっていると考えて、ほぼ間違いは無いわね」
ウメコは言う。
「ヒノモトの国家運営にすら口出し出来るメガザイバツが、他国の資本100%の腰痛婆——EQの言いなり……やはり、この世は地獄ね……」
俺はウメコの方を向いて言う。
「国家の行く末を嘆いている場合か?
今は、目の前の敵が大事だろ?」
ウメコは少し皮肉めいた笑顔で俺に言う。
「あら?ナユタ君。意外と冷静なのね?」
俺は顔を前へ向け走るシノブの背中を見る。彼女の薄紫のセミロングとフリフリのピンクのスカートが、左右に激しく揺れていた。
俺は言う。
「確かにEQに対して俺は憎しみを抱いている。
しかし俺は未来に生きると決めたんだ」
万錠ウメコが前を向く。声から感情は読み取れない。
「ふーん。未来……ね?」
「疑っているのか?」
「いいえ。疑っては居ないわ。ただ……。
でも……」
ウメコは俺から目を逸らしたまま言う。
「でも……いえ……なんでも無いわ……」
そんなウメコに何か声を掛けようと思った俺だったが、WABIちゃんのカウントダウンにより、それは中断された。
「戦闘カラクリ落人級4体!!
5秒後!!
カウントダウン開始します!!
3……2……1……」
—————
しばらくそんな感じで、キチク芸能社社員と屋敷の防衛設備との連戦を続けていた俺達だったが……
直径7mの螺旋階段の前で立ち止まった。
この場所は階段部屋のようで、今までの通路よりかなり広い。15m四方ほどの広さがあり、吹き抜けだ。上を向くと20mほどの高さに屋敷の天井が見えた。
部屋の中心にはモダンな意匠のステンレス性の螺旋階段が配置されていて、一方の壁は天井まで続くガラス窓になっていた。
ガラス越しに奥行き3m程の中庭が見え、その先に高いホログラム障子がいくつも備え付けられた、コンクリート製のモダンな建物が見えた。
俺は言う。
「やっと見えて来た……あれが、兎魅ナナが立て篭もる“本丸“の外壁だな」
ウメコは言う。
「この目の前の螺旋階段を登ると屋上に出るわ。そこに制圧目標のアンテナがあるの……」
しかしここでWABIちゃんが現れ、またしても警告を発する。
「失礼します!!!
キチク芸能社の”平社員”様たちが大挙して押し寄せております。
その数、約70名様です!!」
流石のウメコも驚く。
「70人ですって!?」
「通路の幅に限りがございますので、一度に全員ではありませんが……しかしあと2分後には、こちらに到達します」
万錠ウメコが言う。
「平社員とは言え……70人は流石に不味いわね……。
彼等がこのフロアの先の本丸に到達すると、“面倒”どころの話では無くなるわ。
しかし、食い止めるにしても時間が掛かり過ぎて……さらなる増援を呼ばれる可能性もある……」
俺はウメコに“進言”する。
「アンテナを俺達が先に押さえれば良い。
そうすれば防衛設備のコントロールを俺達が奪える。
形勢逆転できるんじゃ無いか?」
それに対して、SABIちゃんがホログラムで意見する。
「ナユタが言うようにスムーズに事が進めば良いけれど、そう簡単に行くとは思えないわ。
アンテナ周辺にもキチク芸能社の社員が居るはずよ。
その場合、70人の増援によりアタシ達が挟み討ちにされる可能性があるわ」
俺は応える。
「という事は俺達は……70人の増援をこの場で迎え打つ必要があるのか?」
ウメコが同意する。
「ええ。そうなるわね」
俺は言う。
「しかし、そんな時間あるのか?
EQはSABIちゃんを超える電脳戦能力を持っている。
兎魅ナナをこのまま放っておくと、何をされるか分からないぞ??」
「もちろん。それも、そのとおりよ。
つまり今から私達は、二手に分かれる必要があるのよ。
だから私は今、それを悩んでいるの……つまり、誰かをここに置いていかないといけないんだけれど……」
ここで、今まで黙って話を聞いていたシノブが手を挙げた。
「その役割、私が引き受けます!」
全員が驚いてシノブを見た。
階段部屋の天井まで届くガラス窓から差し込む光が、彼女の薄紫のセミロングに当たり、顔半分にハイコントラストな影を作っていた。
俺は彼女に言う。
「分かっているのか?シノブ??
70人だぞ??一人で食い止める気か??」
シノブはWABIちゃんに聞く。
「WABIちゃん?
70人のキチク芸能社の社員さんの中に、強い人は居ますか??」
WABIちゃんがSABIちゃんの横にホログラムで出現する。
「現段階で正確な事は申し上げられませんが……
70人のキチク芸能社社員様の中には、サイボーグ兵などは居ないと予測しております。
その理由は……次の増援は、急遽編成された平社員様が主だと考えられるからです」
シノブはそれを聞いて笑顔になる。
しかしその笑顔は、作り笑顔に俺には見えた。
「その程度なら、私一人でなんとかなります!!」
俺は反対する。
「バカな!!それなら俺もここに残る!!」
シノブはそれに反対する。
「ダメです!!かえって危険になります!!
プロデューサーさんがいらっしゃると、私が本気で戦えません!!
忍術lv.3で巻き込んでしまいます!!」
「大丈夫だ!!俺にはパンツァーがある!!
電脳火縄銃もある!!」
「ダメです!!
プロデューサーさんのそれらは、切り札です!!
それに!!しれっと私のパンツを見ようとしないで下さい!!」
「違う!!シノブのパンツを見たいだけじゃないんだ!!
シノブを助けたいんだ!!」
そんな俺達の様子を見た織姫ココロは、スク水姿で言う。
「はわわわわわわわ……って……え??
シノブちゃんの……パンツ……?
見るの?……どうして??」
それを無視して腕組みをした万錠ウメコが、シノブの方を向いて言う。
「この部屋は、今までで一番広いわ。
ここなら忍術を使えそうなのね?シノブ??」
シノブが応える。
「はい!!
ここなら忍術のコントロールをミスっても、大丈夫そうです!!」
万錠ウメコは、それを聞いて頷く。
「それなら……。
この場所を任せるわ。シノブ。
70人の平社員たちを、一人で食い止めてちょうだい」
シノブは右手をアイドル衣装の胸に当て、元気よく応える。
「はい!!頑張ります!!
社員さん達を無双して、すぐにみなさんに追いつくつもりですから!!」
俺はしかし、猛然と反対する。
「ウメコは何を言っているんだ!!
シノブの事が!実の妹の事が心配じゃ無いのか??」
ウメコは俺の方を向いて、毅然とした口調で言う。
「ナユタ君。
これは命令よ。私の作戦にしたがって」
「しかし!!」
「言ったでしょ??
シノブも私も、この任務には覚悟を持って望んでいるの」
「覚悟の問題か??
俺だって言ったはずだ!!
シノブを戦闘の道具に使いたいわけじゃない」
「私だって当然よ。
実の妹をこんな場所に置いていきたいはずは無いじゃない。
それに、あなたはシノブのプロデューサーでしょ?
自分の担当アイドルを信じられないの??」
「論点をずらすんじゃない!!
俺は他の作戦を考えた方が良いんじゃないかって、言っているんだ!!
シノブ一人に責任を負わせるのは反対だ!!」
万錠ウメコの目に鋭さが増す。
「こんな事を、あなたに言いたくなかったけれど……
ナユタ君……あなた……上官の命令に従え無いの?
仮にも元軍人でしょ??」
俺は言い淀む。
「く……。それは……」
そんな言い争う俺の右手を、”柔らかな物”が包み込んだ。
その感触に驚き、俺は思わず振り向く。
それはシノブの両手だった。
シノブは上目遣いに俺と目を合わせ、両手で俺の手を自分の胸の前に持ち上げる。
昼の強い光でシノブの顔の輪郭は、少し朧げに見えた。
そして頬を少しだけ染めて微笑み、彼女は俺に言う。
「プロデューサーさんのお気持ち……嬉しいです。
でも今は、私のことは心配されなくても大丈夫なんです。
こう見えても私……強い娘ですから」
突然のシノブの手の柔らかな感触に俺は驚いたが……しかし、声を発する。
「だが、シノブひとりでは……」
シノブは変わらぬ微笑みで続ける。
「私一人の方が良いんです。
むしろ、プロデューサーさん達の方が危険な可能性がありますし」
たくさんの光でシノブの薄紫のセミロングは漂白されて、いつにまして色素が薄く見えた。
俺は言う。
「だが、しかし……やはり俺は、君のことが心配なんだ」
俺のそのセリフを聞いてシノブはさらに微笑む。
その笑顔はセミロングの髪も相まって、俺を戦地に送り出したホノカの雰囲気にどことなく似ている気がした。
だから俺の心の中で、過去に起きたトラウマが蘇った。前線で俺が両手で抱えた、ホノカの死体の重さを思い出した。
だから、俺の葛藤はさらに強くなった。
このまま、ここにシノブを置いて行って良いのだろうか?
もしこれからシノブの身に何かあった場合……俺は後悔してもしきれない。
しかしそんな俺の迷いを打ち消すように、シノブは俺の腕を引き寄せる。
不意を突かれた俺は体制を崩し、シノブの頭の横に顔が近付いた。少女の匂いに微かな汗の匂いが混ざっていた。
シノブは俺の耳元に口を近づけ、そして誰にも聞こえないような声で話す。
シノブの息遣いと小さな声が聞こえる。
「実は……
今日の……『私の』……。
プロデューサーさんの為に、履きかえてきました……。
だから今日は、私……。
プロデューサーさんに……見て貰っても良いんです」
シノブのそのセリフがいまいち理解できず、俺はただただ驚き、間抜けな質問をする。
「え??は?履き替えた??
何を??」
シノブの小さな恥ずかしげな声が、俺の耳の中で響く。
「ひみつです」
そしてシノブは、俺から手を放して離れる。
俺にウインクをして、くるりと回り、右手で敬礼のようなポーズを取る。
シノブの表情はその動作に伴って引き締まり、彼女の明確な覚悟を俺に感じさせた。
「西奉行所 忍者アイドル、月影シノブ。
この場は、任せて頂きます。
押して参ってきます!!
みなさんにも、どうかご武運を!!」




