ドウセツ2
SABIちゃんのハッキングが終わるのを待っていた俺だったが……
——兎魅アナはエロいし、
——俺の服は無くなるし、
——兎魅アナの股間のシルク生地は開きそうになっているしで……
とにかく俺は、なんか非常に危険な状況になっていた。
だから俺は兎魅アナの股間から目を逸らし、彼女と会話をする。
「さ、さっき……
あんたは“ドウセツ”って言ったが……一体どういう意味なんだ?VFじゃないのか??」
兎魅アナは「うふ」と笑う。
俺の裸の胸に吐息が掛かる。
そして、兎魅アナは俺の質問に答える為に、再び俺の上に座る。
俺の太腿の上に座った兎魅アナは、笑顔で説明する。
「“花魁アイドル”が言う“ドウセツ”って言うのは、
たくさんのリスナーちゃん達と、同時に“生VF”をする事だよ?」
それを聞いた俺が驚く。
「複数人と同時に生VFだって!?
一体、どうやってそんな事を!?」
兎魅アナは笑顔のまま、自分のピンク髪の頭を指さす。
「花魁の電脳を使うんだよ。
アチキの電脳内で全てを処理すれば、
たくさんのリスナーちゃんと同時に生VF出来るからね」
と説明した兎魅アナは、「あんまり動かないで?ナユタちゃんのが、あちきのお尻に当たって……」と言ったが、俺には聞こえなかった。
なぜならあまりの驚愕で、開いた口が塞がらなかったからだ。
花魁の電脳内で、複数人の生VFを処理するだって??
生VFは現実と見紛うレベルのVR空間を、作り出さなければならない。しかもそれを同時並列的に行うなんて、電脳がぶっ壊れるレベルの負荷が掛かる。普通の人間からすると”自殺行為”だ。
兎魅アナは、俺の上でもぞもぞ動きながら、話を続ける。
「あちきは、最大で15人のリスナーちゃんと“ドウセツ”できるんだ。
凄いでしょ??」
「バ、バカな!!15人だって!?
完全な自殺行為だ!!!」
「いまさら……何を驚いてるの?
ふふ。
花魁は命が短いんだよ?
”電脳を削って“愛のために生きるんだから、当たり前じゃん。」
「”電脳を削って”だって??
そ、そんなバカな……
で、でも……なぜこんなことを??」
「アナは、ツラい事が嫌なの……それと同じぐらい、リスナーちゃん達がツラい事が嫌なの……。
だから、こうやって……」
と言った兎魅アナは、俺の頭を彼女の胸のあいだに抱いた。
柔らかい感触が、俺を包む。
俺の電脳の中で、サイバーデビル状態の月影シノブの胸に抱かれた記憶が、フラッシュバックした。
兎魅アナの身体の中から、声が聞こえる。
「だからアナは、こうやって……
みんなに、あちきの愛を”配”ってるの……。
リスナーちゃん達とドウセツする度に、あちきの電脳は、どんどん死んでいくけど……。
そんな事……どうでも良いの……。
だって、あちきは花魁だし。
何よりあちきは、“兎魅アナ”だから……。
だから、あちきは、みんなでもっともっと……
”一杯“になりたいの……」
俺は兎魅アナの胸から顔を離して、言う。
「バカな!!
そんな事で、命を削って良い筈が無い!!」
兎魅アナは、笑顔のまま言う。
「オオエドシティの路上に捨てられたあちきが人気アイドルになれたのは、みんなのお陰なんだ。
だからアチキは恩返しをしているだけだよ」
「違う!!それは恩返しなんてもんじゃない!!
君とドウセツ目的で来る男は、そんな事を考えていない!!」
「ふふ。ナユタちゃんが、そんな事を言うの??
あちき達……‘似た者同士‘じゃない?」
「俺と君が似た者同士だって??」
「そう。似た者同士。
あちきもナユタちゃんも……”死神に身を委ねる事”に快感を感じているんだよ?」
「き、君は、俺の何を知ってるんだ?」
「もちろん。あなたの……”全部”だよ?」
唐突に、兎魅アナの唇が俺の唇をふさいだ。
俺は驚いて、「んん」と息を漏らすが……しかし、兎魅アナは唇をすぐに離す。
二人の唾液が、俺の下唇にたれた。
そして、兎魅アナは俺の目を見つめた。
兎魅アナのピンク色の瞳は、部屋にもれる月のブルーが混ざり、金色に輝いた。
兎魅アナは言う。
「愛してるよ。ナユタちゃん」
兎魅アナのその言葉は、心の底から言っているように思えた。
そして、兎魅アナのその言葉は、俺が戦地で知った”ホノカとの愛の記憶”を思い起こさせた。
ホノカの艶やかなセミロングの黒髪と、美しい肢体が、一瞬フラッシュバックした。
だが俺は、そんな初恋の記憶を頭を振ってふり払い、兎魅アナを静止する。
「ちょ、ちょっと待て!!」
しかし兎魅アナは「怖がらないで」と言って、俺の言葉を再び無視し、もう一度、接吻をした。
兎魅アナの二度目の接吻は激しく、しかし確かな湿度を纏いながら俺の口に中に入って来た。
いきいきと俺の舌の上で兎魅アナが踊る。
俺の情欲が激しく掻き乱される。
二度の接吻で、俺の本能と理性は完全に溶け合った。
俺は兎魅アナの身体の確かな肉感を感じながらも、電脳が彼女と溶け合ったような感覚を味わった。
俺は、心の中で諦めの境地に達した。
『もう良いか……このまま身を委ねても……』
しかし、ここで唐突に……接吻は終わりを迎える。
突然俺から離れた兎魅アナの表情が、一転する。
兎魅アナのピンク色の目は、大きく開かれ、驚愕の表情となった。
一瞬、彼女の瞳がマゼンタに発光した様に見えた。
そして同時にその時……空間が、“歪んだ”。
“エロい和室”の風景は、壊れたモニターのように時空ごと分断される。
和室の壁に脈絡も無く、グリーンの0と1が刻み込まれる。
空間がかたむく。俺は平衡感覚を失い、吐き気を感じた。
「な!なんなんだ!?!?」
俺の目の前の兎魅アナと仮想現実は、チグハグな像を結び、今にも電脳空間の闇に飲まれそうだった。
そんな「電脳世界のコラージュ」となった空間の中で兎魅アナは、”天“を仰ぐ。
その時、俺は気付いた。兎魅アナの瞳から、涙が流れていた事に。
“歪み”に包まれ、今にも二進数として霧散しそうな兎魅アナは、ふたたび俺に目を落として言う。
「あちき……ナユタちゃんの事は、放っておけなかったんだ……」
「放っておけなかった??」
「あちき……なんとなく分かるんだ。
リスナーちゃんの顔を見たら、その人がどんな人か、どんな悲しみを背負ってきたか……」
唐突に天から声が聞こえた、それは男性のAIのような声だった。
『アナちゃん!!やべえぞ!!リスナー全員の頭が破裂した!!
”アレ”が稼働しちまったみたいだ!!
はやくログアウトするんだ!!このままだと、ソイツもやべえぞ??』
しかし兎魅アナはそれを無視し、俺と会話を続ける。
「あちき、分かってたんだ。
ナユタちゃんがどんなに辛い”記憶の中”で、生きているか……。
だから……出来ればナユタちゃんとドウセツして、ナユタちゃんの悲しみやツラさを、あちきがマシにしてあげたかったんだけど……」
兎魅アナは、右手を伸ばす。
彼女の人差し指が、俺の頬に触れたが、徐々に緑の粒子となり崩壊していく。
「でも、時間が無いみたい。
でも、きっと大丈夫。
ナユタちゃんは優しいから、きっと、みんなに愛される筈だよ。
だから、きっとこれからは、幸せいっぱいで過ごせるはずだよ?……だから……」
穏やかな表情で破顔した兎魅アナの瞳から、涙がさらに垂れる。
「だから……あちきは、このまま消えるけど……。
忘れて??
ナユタちゃんは優しいから、あちきなんかの事でも、心を痛めるかもしれないけど……。
気にしないで??
ただのバカでアホな花魁アイドルが、自業自得で……消えちゃうだけだから……
だから、ナユタちゃnnnnnnnnnnn……」
そして唐突に、線香花火の火玉のように兎魅アナは消えた。
彼女の声の余韻だけが、俺の脳内に残った。
電脳空間内の彼女が居た場所に、緑の粒子が小さな渦となって残ったが……
それもすぐに霧散した。
反射的に俺は、右手を伸ばしたが……むなしく空を切った。
だから、俺は叫んだ。俺は、考える前に叫んだ。
「アナッッ!!!!!!」
黒と緑のワイヤーフレームの電脳空間の中で、俺のその声は響く事も無く、すぐに消失した。
そんな中、”ソイツ”は現れた。
俺は、”ソイツ”の声を悪夢の中で、何度も聞いた。
”ソイツ”の声は、俺に絶望を植え付け、俺の過去を踏みつぶし、俺の全てを蹂躙した……
”正真正銘のクソ野郎”の声だった。
「ふははははははwwww
ウケるwww
なんだよ??お涙頂戴の感動シーンってヤツかwwww
笑い過ぎて涙が出てきたんだがwww
花魁のクソビッチの頭の悪い花魁アイドルのくせによぉwww
マジでウケるんだがwww
”ナユタちゃん”。お前もさぁwww
純情な童貞かよぉ??wwww
ただのビッチのクソ女に情を移しやがってよぉwwwwww
マジでコント見てるみたいだったぜぇwwww」
そう言って真っ暗な電脳空間の中、腹を抱えながら登場した”ソイツ”は、白い肌のボーズ頭に赤い目の……
俺がこの世で最も憎む「バイオロイド」だった。




