電脳戦特化型 戦闘AI BASARA
【ナユタとウメコが現場検証をした前日 21:00】
【ニューシンジュク 瑠璃穴オオエド】
俺様は、兎魅アナの戦闘AI BASARAだ。
少しだけ邪魔するぜ?
今、俺様の胸の上のコアはスゲー勢いで点滅している。爆発しそうな勢いだ。
なぜ、そんな事になっているかって言うと、俺様の使用者様――兎魅アナの為に他ならないんだが……。
しかし当のアナちゃんは、オオエドシティで一番のクラブ――”瑠璃穴オオエド”で、EDMのパルスで腰をグラインドさせまくって踊ってやがる。
人間の腰関節って、あんなに動くんだな?
お気楽にも程があるぜ。
痺れを切らした俺様は、ポップアップしてアナちゃんに声を掛ける。
「なあ!アナちゃん!!」
「Whooooooo!! さいっこぉおおお!!」
「おいコラ!アナちゃん!!」
「|Yeahhhhhhhh!!
アンタもあちきと踊る?BASARA(誘)?」
「いや、踊らねぇよ!
戦闘AIの俺様が踊れる筈、ねぇだろ?
いや、てか、踊ってる場合じゃねぇんだぜ??」
「なんで??いいじゃん!
アナと一緒に腰を振ろうよ(悦)!!
いぇええええええ!!
ぎもぢぃいいいいいいいい(逝)!!」
「『ぎもぢぃいい』っつてヨダレ垂らしてんじゃねぇよ。
『やべぇ』つってんのが分かんねぇのかよ??」
「あ。お兄さん。テキーラ。ショットで」
「おい!俺様の話、聞けよ!!」
俺様がアナちゃんと言い争っている間に、DJが流しているEDMがメロウになり、若干テンポが下がる。
アナちゃんは踊るのを辞め、ホログラムの俺様の方を向く。
髪型はいつもの”ピンク色クソでかドリルツインテール”だが、今日のアナちゃんは私服だ。
左肩が露出した白のダボダボのTシャツに、黒のホットパンツを履いている。
ヘソは出ているし、脚も剥き出しだ。
梅雨の前とは言え、気温はまだそこまで高くない筈だ。寒くないのだろうか?
流石のAIの俺様でも、アナちゃんが風邪を引かないか考えてしまう。
そしてこれは、俺様の”アバター”的な意見だが……。
今のアナちゃんみたいに、夜にサングラスをかけるヤツは十中八九、”電脳が常時パーリー”のヤツだ。
タダでさえ暗い夜に、なぜサングラスをかけるんだ?理解不能だ。
まあ、俺様とアナちゃんは付き合いが長いから、彼女の”電脳が常時パーリー”なのも可愛いところだと、理解しているが……。
そんな俺様の思考をよそに、アナちゃんは全身汗だらけで、俺様に言う。
「さっきから、『やべぇ』『やべぇ』って何のこと?
曲の音圧の事??
フロアの盛り上がりのこと?
てか、やっぱ、あちきのことっ!!??
やっぱBASARAも、アナの事が大好きなんだね(惚)!?」
「ちげーよ。AIの俺様に感情なんてねぇよ。
そもそも『好き』が何なのかが分からねぇよ。」
「そんなぁ……『好き』が分から無いなんて、BASARA可哀そう……(泣)。
せっかくメッチャ課金してBASARAの性格を、あちきの性癖の”俺様系”にカスタムしたのに……。
あちき、BASARAとも”ガチ恋”したかったのに……がっかりだよ……(ぴえん)」
「戦闘AIとも”ガチ恋”したいとか……。
アナちゃんは、どんだけ愛に飢えてんだ?
……そんな事より、アナちゃん。
とにかく『やべぇ』んだぞ?」
「BASARAが言ってる……『やべぇ』って……
あちきが、キチク芸能社から逃げてきた事?」
その瞬間、アナちゃんが発した“キチク芸能社”という言葉に対して、俺の緊急事態プログラムが警告を吐き出す。
「バカか!その名前を、こんなところでデカイ声で言うんじゃねぇ!」
「あ!今のBASARA……。
ちょっと俺様系っぽかったかも(喜)。
アナちょっと嬉しかったかも(悦)」
「話を脱線させないでくれ。アナちゃん。
とにかく、今のアナちゃんは間違い無く”やべぇ状況”に居るんだ。
下手なこと言うと、音声データで検索されて奴らに見つかるんだぜ?
自覚してくれ」
「そ、そんなに!?
マジであちきって……”やべぇ”の?」
「ああ。マジだ。やべぇ。
例えるなら、豆腐を握って峠を攻めるぐらい、やべぇ。
アナちゃんの電脳が、定期的に誰かに覗かれようとしている。
おそらく位置情報も、ある程度バレてるかもしれねぇ」
「で、でも!!
BASARAなら大丈夫でしょ??
たしか……なんだっけ……”悩殺戦参加型”だったっけ?」
「何のイベントだよ……悩殺戦って。
とにかく、ちげーよ。いちいちツッコミさせるなよ。
俺様は、電脳戦特化型 戦闘AI BASARAだ。
電脳戦の能力だけなら、幕府の隠密部隊にも勝るとも劣らない性能だ」
「あはは。ごめんね。BASARA。
でもそんなBASARAでも、あちきの電脳や情報を守れないの?」
「今回は、相手が悪すぎる。
”ヤツら”は、メガザイバツの中でも最悪の相手だ。
流石の俺様でも、奴らのマジの電脳戦からアナちゃんを守り切れる保証は無ぇよ」
「でも……さ?
あちき、あんな陰気臭い実験室みたいなところに閉じ込められるのは、もう嫌だよ?
あちきはどんなに危なくても、キラキラのネオンとゴリゴリの重低音が無いと生きていけないよ?」
「それが、分かってっから……
俺様がアナちゃんをここまで連れ出して来てやったんだろ?」
「うん。ありがとうBASARA!!
今のセリフでアナちょっと濡れちゃった!!
やっぱBASARAを、センター分けロングの超絶イケメンにカスタムして良かったね(嬉)??」
ていうか、”濡れる”って何だよ?人間がよく使う誉め言葉なのか?と俺様は聞こうとした。
しかしその時、俺様は、クラブの入口付近の監視カメラで気になる映像を感知した。
俺様は監視カメラの映像をハッキングし、アナちゃんの網膜ディスプレイ上に表示させる。
その映像を見たアナちゃんが言う。
「急に何?この映像?
黒服のオッサン?
ムキムキだね?
なんか……怖い」
「ああ。
どう考えても、明らかに怪しいオッサンが2名、ご来店だ。
今、俺様がハッキングしてそいつらの電脳を覗いた。
『キチク芸能社 企画イノベーション部 ウェポンデザイングループ』とあるな……
つまり、追手だ。
どうする?アナちゃん?」
「殺しちゃうの?」
「俺様には無理だ。
AI憲章の1条……『AIは人間に危害を加えてはならない』……に抵触するからな。
だから、俺様の独断で”実行”はできない」
「アナ、難しい事は分からないけど、殺しちゃったら可哀想だから……。
気絶ぐらいで良くない?」
「気絶か……。
一番簡単で手っ取り早いのが……電脳への過負荷だな。
俺がアナちゃんの電脳と奴らの電脳をバイパス接続するから、
なんか”負荷が大きな事”をいっぱい考えてくれ」
「”負荷が大きな事”って何?
ドウセツ中の視聴者ちゃん達との記憶でいい?」
「なんかピンクな記憶になりそうだが……。
まあ、それで良いだろ……」
そう言った俺様は、映像の中の黒服オッサン二人の電脳と、アナちゃんの電脳をバイパス接続する。
もちろん、オッサン達の電脳のセキュリティは全てスルーだ。
”電脳戦特化型”の俺様にかかれば、普通の人間の電脳なんて、やぶれた障子以上にザルだ。
そして、回線内の防御ウィルスを全て無効化した俺様は、アナちゃんに伝える。
「準備は終わった。
あとは、アナちゃんが”バカデカ感情”の記憶を、想起するだけでいい。
黒服オッサン2人を、気絶させることができる」
「”バカデカ感情”って言うと……
こないだの10人の視聴者ちゃん達とのドウセツ中の記憶で良い?
あちき、あの時60回ぐらい”脳逝き”したしさ?」
「ま、まあ……それで良いんじゃね?
でも、オッサン達、ビビるだろうな……。
いきなり、アナちゃんの”脳逝き”の記憶が流れ込むんだから……」
「きっと、オッサン達も気持ち良く気絶できるよ。最高じゃん(喜)」
そしてアナちゃんは、「じゃあ、ヤルよ?」というセリフと共に記憶の想起を始めた。
その瞬間――
【 パンツァー 起動 】
――の赤の警告が俺のプログラム内で表示された。
『パンツァー!?
なんだ!?このプログラムは!?』
と俺が思考した瞬間、アナちゃんの電脳から大量の感情情報があふれ出す。
俺の通信回路が、膨大な通信量によりパンク寸前となり……いや……パンクした。
アナちゃんとオッサン達とのバイパス回路は切断され、漏れ出た情報がオッサン達の電脳に直接流入する。
この瞬間、いわゆる”電脳の直結”が成立した。
そして俺様には解析不能だったが、接続開始から1ピコ秒にも満たない時間で、俺様のプログラムは全て蹂躙されて、その”パンツァー”とよばれるプログラムに乗っ取られた。
無抵抗となった俺様は、観測することしか出来なかった。
映像の中の黒服のオッサン達の電脳に、パンツァーの”大量の情報”が容赦なく流れ込む。
二人のオッサン達は、ぶっ倒れ……
「ぶばぁあああああああああ!!」
「ぎもぢぃいいいいいいいい!!」
と口々に叫ぶ。
そしてオッサン達は、あらゆる体液を漏れ出しながらデカい風船が割れるような音と共に、頭を破裂させた。
【 パンツァー 終了 】
訳が分からなかった。
映像は、頭の無くなったオッサン二人の屍を映し出している。
クラブの入口は、飛び散った頭の肉片や血で、地獄の様相を呈している。
他の客や、店の関係者から悲鳴が上がる。
そんな様子を網膜ディスプレイで見ていたアナちゃんが呟く。
「そ、そんな……。
オッサン達の……頭が……。
話が違うよ!!BASARA!!気絶させてって言ったじゃん!!」
「すまない。
しかし、俺様もヤツらを気絶させるつもりだった。
だから、今の現象は俺様にも分からない。
ただ……アナちゃんの電脳の中に、”パンツァー”というプログラムが仕込まれている事だけは、わかった」
「”パンツァー”……?何それ……」
「検索しても断片的な情報しか見つからない。
ともかく今は急を要する。ここから逃げるんだ。アナちゃん!」
「どうして?」
「あの黒服達の電脳が破壊されたことで、キチク芸能社へ“社員死亡通知”が入った。
だから、キチク芸能社の『緊急事態処理班』が動く可能性がある!
奴らが動くと、手に負えない!
だから、逃げるんだ!アナちゃん!!」
「わ、分かった……」
と言ってアナちゃんは、ボーイが運んで来たテキーラを一気呑みにした。
そして、口を拭って走り始める。
どんなに焦っていても、テキーラは呑むんだな。
さすが、”電脳が常時パーリー”のアナちゃんだぜ。
そして、暗闇をレーザーライトが貫き、半裸の人間達がひしめき合うクラブの中、アナちゃんは呟く。
「……でも、その……パンツァーって奴が起動した時……
あちきが、“あちき”じゃ無かった気がする……」




