現場検証に行こう2
俺がVTOLでニューシンジュクに到着すると、既に万錠ウメコが集合地点で待っていた。
「遅かったわね。
事件現場は、このさきよ」
と笑顔で言った彼女は、さっそく俺の先に立って歩き始める。
昼間のニューシンジュクは、夜のギラギラしたビビッドな様子とは異なり、薄暗い。
落書きだらけのビルの灰色の壁と、空を覆いつくす電線が、萎びた雰囲気を醸し出している。
今日の午前中にひと雨降ったのか、狭くいり組んだ道には大小さまざまな水溜まりが出来ていて、腐敗した食べ物の すえた臭いが湿気にのって、路地をただよっていた。
俺は、そんな路地にできた“ほぼ汚水”の水溜まりで、袴を汚さないように注意して歩く。
「一つ聞きたいんだが……所長様?
今朝は教えてくれなかったが……。
もしかして、あんた……俺の”顔のこと”を知らないか?」
と俺は万錠ウメコの後ろ姿に問いかけた。
彼女は、40デニールの脚をスローダウンさせること無く答える。
「ナユタ君の”顔のこと”……と言うと……。
その『面白い』……じゃ無かった、『お岩さんみたいな』顔のこと?」
万錠ウメコは もしかすると、何かの配慮”をしてるつもりかもしれないが……。
『面白い顔』も『お岩さんみたいな顔』も、どちらも俺にとって嬉しい表現では無かった。
ともかく、俺は続けて聞く。
「ああ。そうだ。
俺の、この――”腫れ上がった目”のことだ。
どうして俺の顔は、こんな事になっているんだ?」
「それは、私があなたの顔を蹴ったからよ」
「え?は?」
「なるほど……。
やはり、覚えていないのね……」
そう言った万錠ウメコは、歩くことをやめて振り返った。
雑居ビルのあいだから差し込む日差しが、薄暗い通路の中の彼女の青い髪を透けさせた。
逆光を背にし腕を組んだ彼女の表情は、微笑んでいるように俺には見えた。
そんな万錠ウメコは言う。
「あなたが私に、襲いかかって来たから……
私が、あなたの顔を蹴り飛ばしたのよ」
「え!!!!……え゛!!??
お、俺が??『あんたに襲い掛かった』だって???
そ、そんなこと……
まったく記憶にないんだが……??」
「ええ。
それに関しては、私も理解しているわ」
「し、しかし……『襲い掛かった』……だなんて……」
「そこも、安心して?
”大事には至っていない”から……」
「だ…”大事に至っていない”……だって??
そ、それは、一体……どういう意味なんだ?」
俺がそう聞くと、万錠ウメコは腕組みをといて青色ロングヘアーをかき上げた。
彼女の露出した耳が日の光で一瞬、白く縁取りされた。
万錠ウメコは言う。
「ふふ……。どういう意味だと思う?
想像してみて?」
逆光により彼女の表情は分かりにくかったが、万錠ウメコが笑っているのは確かだった。
俺は冷や汗をかきながら、彼女に言う。
「『どう言う意味だと思う』って言われても……
俺だって、はっきり言ってくれないと分からない」
「はっきりと言えるのは……『あなたが危惧しているような事は何も無かった』って事よ」
「じゃあ……
意識の無い俺が……あんたに危害を加えた訳じゃないって事だな?」
「ええ。そうね。
その前に、私があなたを蹴り飛ばして止めたんだもの。
それに、あなたの電脳についても『安心』して。
今回の件で異常は無かったみたいだから」
「つまり俺は……
あんたに『危害を加えていない』し、『電脳の萎縮も無かった』って事だな?」
「ええ。そのとおりね」
「それで……
あんたは……その……
それで……良かったのか」
「『それで良かった』とは?」
そう言った万錠ウメコは相変わらず、笑顔のようだった。
しかし、逆光で彼女の表情は、正確には分からない。
だから、少しの沈黙のあと、俺は言う。
「いや……いい」
「そう?」
と言った万錠ウメコは、「さあ。急ぎましょう。現場は待ってくれないわよ?」と言って、歩き始めた。
そんな万錠ウメコの様子に、俺の心は大きく搔き乱された。
彼女が考えていることが、全く分からないからだ。
俺だって、「一夜限りの愛」がある事は理解している。
しかし今回は事情が違う。
万錠ウメコは俺の上司であるし、それ以上に彼女は、俺の”理想の三次元女子”なんだ。
だから、万錠ウメコの事を適当にする訳にはいかないし、何より俺は、彼女の事をもっと深く知りたかった。
つまりハッキリ言うと……
できれば俺は彼女と、接吻の先の行為まで、してみたかった。
“一方で”……いや……“だから”かもしれないが、俺は知らない間に彼女に襲い掛かっていたらしい……。
それは、もしかしたら“パンツァーの所為”かもしれないが、俺の性欲が万錠ウメコを危険な目に合わせた事は、確かだった。
俺は、一体どうすれば良いんだ?
以前に万錠ウメコも言っていたし……”責任”と言うのを取らなければ、いけないんじゃないのか?
俺と万錠ウメコは、付き合って………”恋人”ってヤツにならないといけない……のじゃ無いのか?
しかし、当の万錠ウメコ本人は、何食わぬ顔で仕事に戻ろうとしている。
しかも、月影シノブの話を聞くに、万錠ウメコはバイセクシャルな訳だ。
月影シノブは、「お姉ちゃんは女性にモテモテ」とも言っていた。
つまり、それじゃあ……
あのとき万錠ウメコが言った「好きよ」というセリフも……あの濃厚な接吻も……全部、ウソだったのか??
俺は昨日の夜の、あの時、完全に彼女に夢中になっていた。
しかし今、その――心を鷲掴みにされたような感情は、戸惑いと混乱で完全に覆い尽くされてしまっていた。
俺は、この気持ちをどうすれば良いんだ?
俺は、万錠ウメコとどう接したら良いんだ?
―――――――――
事件現場のクラブ――”瑠璃穴オオエド”の中は、西アイドル事務所の女性職員で一杯だった。
以前にも言ったかもしれないが、西アイドル事務所の職員は基本的に女性ばかりだ。
俺と万錠ウメコはクラブの入口の階段をくだり、いわゆる”フロア”と呼ばれる場所に降りた。
そんな俺達を見て、黒髪ボブで大きな眼鏡を掛けた小さな女性が、駈け寄ってきた。
彼女はこの現場の指揮を執っていたようだが、身長は130cmほどで、まるで幼女だった。
もちろん胸は無い。綺麗にまったいらだ。
見た目だけならSABIちゃんと同じぐらい”ロリ”ってる。
つまり、彼女のことを端的に表現すると「メガネ理系ロリ(仮)」と言える。
そんな”メガネ理系ロリ(仮)”は、可愛らしいアニメ声で万錠ウメコに言う。
「やっと来たな。ウメコ……。
ウチの時間をどれだけ取れば、気が済むんや?」
万錠ウメコが答える。
「ごめんね?ツバキ。
それでも、“仕事”は終わったんでしょ?」
ツバキと呼ばれた”メガネ理系ロリ(仮)”は、ダボダボの白衣のポケットに手を突っ込む。
ちなみに、ツバキの白衣の下は、ノンスリーブの白ハイネックセーターに、黒のタイトスカートに黒タイツだ。
そんなツバキの足元を見ながら俺は、「こんな所にも黒タイツが!?しかもロリでハイヒールだと!?」と少し嬉しくなった。
そして、二人の会話から察するに、どうやら”ツバキ”は万錠ウメコと同年代の女性のようだ。
ただ、2人が対面して並ぶとそんな風には見えない。
姉妹か……最悪、親子にだって見えなくも無い。
そんな幼女(仮)なツバキは、ダボダボの白衣から指先だけを出して、バカデカ眼鏡を直しながら言う。
「ほんまに……“所長様”の人使いの荒さには、呆れるわ。
まあ、それでも“所長様”のおっしゃる通り、検視はあらかた終わらせておいたで」
「流石、ツバキね。
いつも頼りになるわ」
「どういたしまして。
ああ……それと、もう一つ、情報があるわ。
ウメコの予想どおり、北奉行所が動いているみたいやで?」
それを聞いた万錠ウメコは、腕組みをして考え、言う。
「北奉行所が動いているって事は……つまり……”アイツら”が動いてるのね?」
「まあ、間違いないやろうな。
仏さんは、キチク芸能社の社員や。
まあ、後で説明するけど、“普通の状態やない”。
きな臭い匂いがプンプンするで?……。
っていうか……
この男……だれ?」
と言って幼女(仮)のツバキが、俺の方をむいて質問した。
その質問に万錠ウメコが答える。
「ああ。そういえば……二人とも初めてだったわよね?
紹介するわ。
彼は……西アイドル事務所のプロデューサーの、ナユタ君よ」
万錠ウメコの紹介をうけた俺は、「よろしく頼む」と言いながらツバキと握手をしようとした。
しかし黒髪ボブのツバキは、バカデカ眼鏡の中の瞳を見開いて叫んだ。
「えええええええええ!!??
男嫌いのウメコが!!男を雇ってるぅううう!!」
アニメ声でハイトーンな彼女の声は、良く通る。
だから万錠ウメコは、焦ったようだ。
「ちょ、ちょっと!ツバキ!!
声が大きいわよ!!
それに私は男嫌いじゃないわよ!!」
「え?でも、西アイドル事務所の職員って女ばっかりやん??
やっぱウメコが、女をエロい目で見てハァハァする為やろ?」
「違うわよ!!
勘違いしないで!!
うちの所員全員が女性なのは、それぞれわけがあるの!
とにかく、やむにやまれぬ事情があったの!!」
「ほんまに??ウソくさ!!
ウメコってさ?大学時代から女を侍らせててんで!!
知ってる??ナユタ??」
とツバキに言われて俺は、「へ、へえ?……」と言うしかなかった。
周りを見渡すと、現場検証をしていた他の女性職員たちも、どこかソワソワし始めている。
当たり前だよな。
「所長が女性所員をエロい目で見てハァハァしている」……みたいな話を聞いたら、落ち着かないよな。
性別が違う俺だって、よく理解できる。
そして当の万錠ウメコ本人は、珍しく、かなり焦っているようだ。
その顔は、真っ赤だった。
その様子を見て俺は、どこか嬉しい気持ちになった。
例えるなら、鬼の弱点を見つけた桃太郎のような気持ちだ。
だから俺はこっそりと電脳内メモアプリを起動し……
『万錠ウメコの弱点はツバキ』とメモった。
そんな万錠ウメコは、赤い顔のまま腕組みをして言う。
「ツバキ。
悪ふざけも、いい加減にしてちょうだい。
私は、公私は分ける人間なの。
所員にやたらめったら手を出したりしないわ!!」
その万錠ウメコの言葉を聞いて、ツバキは意地悪そうな笑顔で――
「ふーん?ほんまに……?」
——と言い。俺も――
『へー?俺にあんな事をしておいて……?』
――と思った。
そんな俺の視線を感じたのか、万錠ウメコは俺の方を向き、真っ赤な顔で俺を睨んで言う。
「なによ?その顔??
言いたいことがあればハッキリ言いなさいよ??」
しかしその――万錠ウメコの普段見せない表情が、あまりに可愛かったので、
俺はまたもや、アホの一つ覚えみたいにドキッとしてしまった。
だから俺も、顔を少し赤く染めて言う。
「い、いや……何でもない」
くそ!!どっちみちダメじゃないか!!
万錠ウメコの弱点を知ったとしても、結局、可愛いままじゃないか!!
彼女の弱点を突いてもダメージを受けるのは、結局、俺の方じゃないか!!
そんな感じで俺が、万錠ウメコの魅力にまたしてもやられているところで、ツバキが俺の方を向き俺の顔をマジマジと見る。
メガネの奥の彼女のグレイの瞳と、俺の視線が交差する。
マズイ!!顔が赤くなったのがバレたか??
そしてツバキは言う。
「それにしてもナユタ……。
あんたって……
”お岩さん”みたいな不気味な顔してるんやな……」
そう言ったツバキの表情は、真剣そのものだった。
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