第二回プロデュース会議
西奉行所アイドル事務所の会議は、万錠ウメコの言葉ではじまった。
「今日の議題は、シノブの“ユニット”の結成についてよ」
驚いたシノブと俺は、声をそろえて一斉に叫ぶ。
「「ユニットだって(ですって)!?」」
時間は、8:55。場所は西奉行所アイドル事務所の会議室(仮)だ。
ここは、1Fの事務室の横にある部屋で、レクリエーション室と、シノブの更衣室と、あと色んな用途をかねている部屋だ。
飾り気の無いテーブルと椅子に加えて、軽食や飲み物の自動販売機がある。
その会議室(仮)の大型モニターを前にして、黄泉川タマキが説明を引きつぐ。
もちろん黄泉川タマキは、いつもの露出度(高)の痴女巫女服だ。
「最近のオオエドシティのアイドルの流行は、2〜3人のアイドルユニットです。
シノブちゃんのユニット結成は、活動の幅が広がりますし戦闘能力も上がりますし、良い施策だと思います」
シノブが「はい!」と勢いよく手を上げて質問する。ここは、学攻じゃないんだが?
「ユニットメンバーは誰ですか!?
西奉行所 アイドル事務所のアイドルは、私しか居ませんよ?
もしかして、プロデューサーさんとユニットを組むんですか?」
「そんなはず無いだろ?
どこの世界に、オッサンとユニット結成するアイドルが居るんだ?」
と俺は突っ込んだ。
ちなみに、普段は放課後からアイドル活動をしている月影シノブだが、今日は学攻の創立記念日なので朝から出所しているらしい。
つまり、彼女は休日出勤をしているわけだ。
仕事熱心なシノブの姿勢に、俺は心の中で彼女に敬意を表した。
そんなシノブは考えながら言う。
「それじゃあ……もしかして、私と所長のユニットですか?
ユニット名は、『万錠家』ですか?」
万錠ウメコが腕を組んだまま突っ込む。
「なによ。その……お笑いコンビかラーメン屋みたいなユニット名。
そんなことあるはず無いでしょ」
しかし俺はワンチャン、それもアリだと思った。
万錠姉妹は、性格を除くと2人とも美人だ。
見た目だけでも一定数のファンが付くだろう。
それに万錠ウメコが直接現場に出るとなると、俺のプロデューサーとしての仕事が減る。
つまり、俺の仕事が楽になる。
良い事ばかりじゃないか、アリ寄りのアリだな。
『万錠家』結成に賛成の一票を投じよう。
しかし、黄泉川タマキが俺に質問する。
「ナユタさん?
プロデューサー視点からすると……
シノブちゃんと“身体の相性”が良いのは、誰だと思いますか?
ちなみに、私は、ダメですよ?
私の身体は皆さんの物ですから……」
「そこは“身体の相性”じゃなく、普通に“相性”で良いだろ?
でも、まあ……
プロデューサー視点と言うならそうだな……」
俺は『万錠家』結成を一旦保留し、一応マジメに考えた。
まあ、しかし、心当たりがある人物は1人しか居なかった。
「織姫ココロはどうだ?
ていうか、シノブの狭い交友関係を考えたら、彼女しか居ないだろ?」
“狭い交友関係”という俺の言葉に、月影シノブは「ぐはっ!」と言って精神ダメージを受けた。
それを無視して、嬉しそうに万錠ウメコが言う。
「ナユタ君。
やっぱり、あなたもそう思うわよね?
私も良い組み合わせだと思うわ。
織姫ココロとシノブのユニット」
俺は言う。
「先日の戦闘配信での2人の連携は良かった。予想以上の出来だった。
作戦行動素人の二人が、あそこまで出来るとは思わなかったからな。
それに、WABIちゃんとSABIちゃんのコンビを使えるのも心強い。
総じて戦闘に関しては、バランスの良いユニットになりそうだが……
ただ、一つ難点がある」
不思議そうな顔で、万錠ウメコが俺に聞く。
「シノブと織姫ココロのユニットの”難点”?
なにかしら?」
「織姫ココロが百合属性持ちって事だ」
「ああ……その事ね……」
と万錠ウメコは言ったが、既に知っていたような雰囲気だった。
それで良いのか?
自分の妹を百合地獄に突っ込むつもりだったのか?
しかし俺の心配を他所に、月影シノブは自信満々な笑顔で言う。
「その事については、ご安心を。
私が既に確認済みです」
「え?確認済み?
織姫ココロが百合属性持ちって事をか?」
「はい。直接本人に聞きました。
『ココにゃんって女の子が好きなんですか?』って」
「マ、マジか……。
聞きにくい事を、よくストレートに聞いたな」
「ええ。それでも、私は聞きました。
でもココにゃんは、真っ赤な顔で否定していました。
『はわわ!そんな!ボク!!
シノブちゃんを狙ったりしてないよ!?
ボ、ボク、シノブちゃんにスク水を破られて!
……色んな事されたいとか!……思って無いよ!?』
――って言ってました」
「相変わらず、無駄に声真似が上手いな。
しかし、織姫のその回答は……否定に見せかけた肯定に、俺には聞こえるんだが」
「はは。まさか、そんな。
陰キャのパリピでクソ雑魚アイドルである私に限って、百合の対象になったりとか……あり得ません。
よもやよもや。ははは」
と言う、シノブの死亡フラグど真ん中の発言により、俺はより一層心配になった。
だから俺は、全員に対して聞く。
「いわゆる、”そもそも論”だが……
ユニットを無理に結成する必要ってあるのか?
俺としては、シノブ一人で『手一杯』って言うか……
『命一杯』なんだが……」
ここで黄泉川タマキが、会議室のモニターに資料を表示する。シノブの最近のファン数の推移のようだ。続けてタマキは、発言する。
「ナユタさんは、入院中でご存じ無かったかもしれませんが……
シノブちゃんのファン数の上昇が、減少に転じているんです。
昨日確認したところによると、登録者数が約900万人になっていました」
俺は、黄泉川タマキが表示したディスプレイの折れ線グラフを見た。
確かに、かなりの勢いでファン数が減っている。
「1000万人居たファンが、10日間で100万人以上も減ってる!?
こんなに減る事なんてあるのか?」
万錠ウメコがディスプレイを見ながら解説する。
そう言えば、彼女の今日の黒タイツは40デニールだ。
「普段のシノブと、サイバーデビル化したシノブのギャップが原因ね」
「サイバーデビル化したシノブのギャップ?
どういう事だ?」
それについて、黄泉川タマキが具体的に説明をする。
「サイバーデビルになったシノブちゃんの露出の高い衣装と、戦闘能力に惹かれてファンになった方達は、普段のシノブちゃんを見た時に、物足りなさを感じるようです」
少し暗い表情になった月影シノブが言う。
「当たり前です。
私は普段から、ふんどし一丁でレーザーを吐いて闊歩している訳では、ありませんから」
それは、当たり前だ。そんな担当アイドルをプロデュースするのは大変そうだ。
黄泉川タマキは、話を続ける。
「……ですので、新規のファンの方達の中で、シノブちゃんの新しい動画のコメントは荒れ気味です。
いくつか、読み上げますと……
『もっとおっぱいを見せて』
『ふんどしが欲しい』
『とにかくケツが見たい』
『レーザー吐いて』 ……と言う感じです」
それを聞いて、さらに意気消沈したシノブが、俯いて言う。
「プロデューサーさんに出勤途中にお話したように……コメントの”湿度”は上がり、なおかつ、この荒れようですから……
最近は、コメントを見る度に、鬱になります。
動画を撮るのも、嫌になりつつあります。
世の男性の性欲が、私に襲い掛かってくるようです。
だから、怖いし、気持ち悪いし、何より……」
セミロングで隠れた彼女の緑の瞳が、妖しく暗く光る。
「いっそ……この世の全てを……
レーザーで薙ぎ払ってやろうかと……
そんな気持ちに……
なってきました……」
俺は焦って言う。
「ステイ!月影シノブ!ステイ!!
闇落ちのスピードが早過ぎて、ついていけないぞ」
俺の“ステイ”が効いたのか、シノブが正気を少しだけ取り戻す。
「あ……。すみません。
……最近、家に居る時は、暗い部屋で正座して一人でエゴサをしていましたので……。
負の感情の塊が口からハミ出てしまいました」
「エゴサをするなとは言わないが……
SNSとは、適度な距離を保っておくべきだ」
「それは、分かってはいるんですが……。
でも、ついつい今までの癖で、電脳アプリを開いてしまうんです。
——卵達の」
俺は聞く。
「卵達?」
黄泉川タマキが説明する。
「ナユタさんが入院されている間に、
痛仏の名前が卵達に変更されたんです」
「名前が卵達に変わったのなら、青い仏のアイコンはどうなったんだ?」
月影シノブは、残念そうな顔で言う。
「青い仏様は……
黒い卵になりました……」
「仏様が黒い卵になってしまったのか……。
なんか、禍々しいな……」
腕と脚を組みなおした万錠ウメコが、議題の方向修正をする。
「ともかく……
急激なファン数の増加は願ったりかなったりだったのだけれど……
ファンの治安が悪いのは考え物よ。
だから、ここは逆に”打って出る”のよ」
「つまり、その”打って出る”ってのが……
『アイドル月影シノブのユニット化』って訳か」
「ええ。そうよ」
「要は……
コンテンツの別の形を提示して、客の目を別の方向に向けるって事だな」
「そういう事ね。
織姫ココロは、同じ奉行所アイドルな訳だし……
ファン数はシノブの20倍以上居る訳だし……
シノブとユニットを組むには、これ以上無い相手だわ」
「ファン数がシノブの20倍だって?
織姫ココロのファン数は1億人じゃなかったか?
10倍の間違いだろ?」
シノブは、目をさらに闇落ちさせ、不気味に笑いながら言う。
「ふふふ……。
先日のコラボ配信で、ココにゃんはさらなるファンを獲得しました……。
よって彼女は、今や“2億人プレイヤー”です……。
ふふふ……へへへ……」
暗い顔で瞳を光らせ続けるシノブを見て、俺は彼女の精神状態がいよいよ心配になって来た。
「ま、まあ……。
気を落とすな。流行なんて川の流れと同じだ。
どうしようも無い事なんだ」
しかしここで、俺は1つ疑問を感じて、万錠ウメコに質問をする。
「しかし……
織姫ココロは、東奉行所のトップアイドルな筈だろ?
シノブとユニットを結成してくれるのか?」
万錠ウメコは即答する。
「まあ、無理でしょうね。
織姫ココロは、ソロ活動の方針だもの」
「じゃあ、無理じゃないか」
「現時点ではね?」
と言った、万錠ウメコは微笑んだ。
その微笑みを見た俺は、胸騒ぎを感じた。
彼女が、俺の目を見ながら優しく微笑む時には、大体、何か大変な事があるからだ。
だから、俺は恐る恐る聞き返す。
「げ、現時点では……とは、どういう事だ?」
「織姫ココロが、東奉行所のアイドルであるうちは、無理って事よ」
「つまり、どういう事だ?」
「つまり……」
と言った彼女は、さらに微笑んだ。
その笑顔は、美しかったが……非常に、腹黒そうな笑顔だった。嫌な予感しかしない。
しかし彼女は、そんな”ブラック女神笑顔”を続けながら言う。
「つまり、織姫ココロを引き抜いて西奉行所のアイドルにしてしまえば、何の問題も無いのよ」
「え?
つまり……それって……」
「つまり、
織姫ココロを引き抜くのよ」
「はあ?」
さらに万錠ウメコは微笑みながら、俺に命令する。
「だから、今から……
ナユタ君が織姫ココロのスカウトに向うって事よ。
ナユタプロデューサー?」
こうして、西奉行所アイドル事務所の一大計画――
『ユニット結成アイドルが居ないなら、引き抜いて来れば良いじゃない』計画が、始動した。




