ナユタの作戦5
俺は、紫電セツナの雷葬で灰になる直前で、彼女のパンツを見て時間を停止させた。
俺がスカートを引きちぎった事で、紫電セツナは身に付ける物がパンツと手甲とニーハイブーツだけという、「ほぼ全裸」な非常に“危険”な状態だった。
しかし俺には、紫電セツナのセンシティブな姿を見る余裕は、全く無かった。
なぜなら、紫電セツナの14本の小太刀が高圧電流を帯び、俺の頭から僅か5mmの距離で切先が固定されていたからだ。
俺は、紫電セツナの股間と向き合いながら、冷や汗をダラダラと垂らし、呟く。
「間一髪だった……。
目の前の【 サイドを紐で結ぶタイプの紫の紫陽花柄】と出会えなかった場合……
俺は0.01秒後に灰になっていた……」
―――【パンツァー起動】―――
俺は、目の前に広がる”紫の紫陽花“を見ながら考えようとした……
……が……そんな時間は無かった。
今回の時間停止は、長くない筈だ!!
最後の【作戦C】だ!動かねば!!
俺は、高圧電流が流れた紫電セツナの小太刀に触れないように、その場から離れた。
そして、直ぐに振り向き……倒れた「SUZUSAKI HXR-3」の下に腕を回し、顔を真っ赤にして呻く。
「ふおおおおおお!!」
316kgの「SUZUSAKI HXR-3」は、やっぱ重かった。
【 0.2秒経過 】
「ふんがあ!!」
と、間抜けな声を出しながら俺は「SUZUSAKI HXR-3」を引き起こした。
あとは、コイツを“所定の位置”まで動かせば良いんだが……。
【 0.4秒経過 】
だが、やはり…「SUZUSAKI HXR-3」との別れは、俺にとって辛く……。
「SUZUSAKI HXR-3」との思い出が、胸に去来した。
――街頭のホログラム広告を見て、一目ぼれした瞬間……。
――自分の預金残高を確かめて、絶望した朝……。
――しかし、なんとか3年ローンが通り狂喜乱舞したあの日……。
――そして、初めてのツーリングで見た、あの美しい夕日の思い出……。
しかし俺のそんな回想も空しく……俺達は、無慈悲にも”目的地”に到着し……。
後は、「SUZUSAKI HXR-3」を残し、俺が去る事だけになった。
俺は呟く。
「君と過ごした日々は、俺の胸に強く刻まれている」
【 0.9秒経過 】
俺は、涙を流しながら、紫電セツナの目前に置いた「SUZUSAKI HXR-3」に背を向け……走り始めた。
俺の胸は、悲しみと、残った3年ローンで、グチャグチャになって吐きそうだった。
しかし、これで【作戦C】でやる事は全部、終わった。
後は、制限時間一杯まで走り続けるだけだ。
俺は万感の思いを胸に、全速力で走り続けた。
【 1.5秒経過 】
とにかく、俺は走った。
パンツァーが終了した瞬間、紫電セツナの雷葬が炸裂する。
それが、どれ程の威力かは分からない。
しかし、紫電セツナとどれだけ離れるかで俺の生死が決まる。それだけは明白だった。
俺は、生きて月影シノブのプロデュースをしなければならない。
死んでたまるか!!
【 1.9秒経過 】
無我夢中に走っている俺の心臓が「ドクン!」と大きく鼓動した。
本日、三度目のパンツァー終了の合図だ。
俺は、後ろを振り返り紫電セツナを見た。
雷装の射程範囲は、20m。
そして、俺と紫電セツナの今の距離は…………11m。
やれる事は、やった。しかし、パンツァーの持続時間が足りなかった。
【作戦C】は、いわゆる“自爆攻撃”だった。
俺のバイクに雷葬を命中させ、紫電セツナの至近距離でバイクを爆発させる。
さらには、雷葬の高圧電流による自爆も誘う。
おそらく、流石の紫電セツナでも無事には済まないだろう。
しかし、作戦Cは、“諸刃の刃”だ。
なぜなら、俺が雷葬の射程距離から逃げなければ、俺も死ぬからだ。
そして、残念な事に、俺は今、紫電セツナの雷葬の射程範囲内にいる。
つまり……作戦Cでは……「俺は生き残る事が出来ない」って訳だ。
だから俺は、またしても、死ぬ。
しかも、今度は灰になって死ぬ。
だから、もう流石に、生き返る事は出来ないだろう。
しかし、もう一つだけ……やる事は、残されている。
それが、上手くいかなかったら。
まあ……潔くあの世に行くだけだ。
俺は、時間停止しているほぼ裸の紫電セツナを見ながら言う。
「死ぬのは、俺か、あんたか……
あるいは、両方か……
”神の味噌汁“って奴だな」
【ジャスト2秒。時間停止終了】
―――【 パンツァー終了 】―――
全てが動き出した。
その瞬間、俺は叫ぶ。
「俺に“バフ”を掛けろっ!! WABISABIィィィイイイ!!!」
WABIちゃんの“バフ”の効果で、俺の目前にシールドが張られる。
それと同時に……。
紫電セツナの雷葬が、「SUZUSAKI HXR-3」に炸裂する。
ガソリンタンクが引火し、爆発し、ブッ飛んだパーツが紫電セツナの身体に突き刺さった。
さらには雷葬の高圧電流により感電した彼女の身体が、激しくスパークする。
同時に俺の視界は、白で覆われる。
俺のナノマシーンシールドは、破れ、俺の左義腕は音も無く、弾け飛んだ。
俺は、その衝撃で、おそらく、後ろに飛んだ。
白の世界の中で、俺の全ての感覚が消失していた。
さらに、強大な爆発音が聞こえた気がしたが……。
俺には、それを知覚する事も出来なかった……。
なぜなら既に、俺の意識は消え去り……あt………
……に…ha………………。
…………。
……。
―――――――
―――――
――――
【月影シノブ視点】
私は、叫びました。
「ナユタさぁぁぁぁあああああん!!」
私には、何が起こったかは、分かりませんでした。
私は一応……
紫電セツナさんが雷葬の為に、14本の小太刀を出したところまでは理解していました。
そして、その直ぐ後に、プロデューサーさんがバイクと一緒に瞬間移動して、
紫電セツナさんのスカートを勢い良く引きちぎりました。
だから私は——
「あそこまでして、セツナさんのパンツを見たいなんて……
やっぱり、プロデューサーさんって、美女のパンツの方が好きなんですね……。
所詮私なんて”クマさん“ですから……」
——と紫電セツナさんの美貌と、その”紫陽花柄のパンツ”に嫉妬を感じました。
しかし、その次の瞬間、目の前が大爆発したのです。
全く訳が分かりませんでした。
そして、目も開けられない程の閃光の中……
相打ちになった紫電セツナさんとプロデューサーさんが、吹っ飛んでいくのを私は見ました。
だから、私は叫びました。
「ナユタさん!!ナユタさぁあああん!!」
泣きながら私は、プロデューサーさんの方に向かって走ります。
「無事でいてください!無事でいてください!!」
と、祈りながら走ります。
同時に私の胸は、刀で滅茶苦茶に切り裂かれた程に、痛みました。
そして、プロデューサーさんの元に辿り着いた私は、さらに叫びます。
「ナユタさん!! 目を開けて下さい!!
ナユタさぁぁぁああん!!!!!!」
と私は、大粒の涙を流しながら、真っ黒になった彼の身体を揺すります。
そうやって、私は大量の涙を流しながら、やっと自分の感情に気付きました。
どうやら、私はナユタさんの事が「大好き」だったみたいです。
それも……ただの「大好き」じゃなく……
私は、一人の男性としてナユタさんの事が大好きだったみたいです……。
つまり、私はこの時になって、ようやく「自分の初恋」を認識する事が出来ました。
我ながら呆れる程に、私って……「バカチン」ですね。
ナユタさんが死んで、ようやく、彼への恋心に気付くなんて……
鈍感にも程があります。
無知にも程があります。
そして、初恋に気付いた私は同時に、深く絶望しました。
だって、いくらなんでも酷いと思いませんか??
人生において、初恋なんて、一度キリなんですよ??
その大事な初恋に、気付いた瞬間……
初恋の相手は、真っ黒コゲになって死んでいるんですよ??
初恋の中でも、最悪のヤツじゃないですか………。
だから、私は深く深く絶望しました。
その絶望は、この状況に対する絶望であり……それ以上に、
自分の鈍感さ、あるいは、自分の無知に対する、絶望でした。
だから、私は……
ナユタさんを失った悲しみと――
初恋と――
失恋と――
人生の中で最大の絶望を――
同時に味わう事になりました。
私は、ナユタさんを揺さぶりながら、涙をボロボロ落とし、さらに叫びます。
「死なないで!死なないで!!死なないでぇえええ!!!」
私は、絶望から逃れる為に彼を揺すり、叫びますが……。
その事により、彼の死を改めて実感し、より深い絶望に呑まれました。
だから、私は不自由で、無力な赤ちゃんみたいに泣きじゃくりました。
深い深い絶望に胸を切り刻まれて、巨大な無力感に圧倒されて、私は泣きじゃくりました。
しかし、唐突に、WABIちゃんが、ポップアップして言います。
「シノブ様……
シノブ様……?
シノブ様……!?」
しかし、私は号泣しながら答えます。
「ぶううぅぅぅぇぇぇえ″え″え″!!
な″ん″でずが??
WABIぢゃ″ん″??」
「非常に悲しまれているところ……申し訳ございませんが……
ナユタ様は、ご存命でいらっしゃいます」
「う″ぅぅぇぇえ″!!
冗″談″は″!
休″み″休″み″で!
お″ね″がい″し″ま″す″!!
う″う″ぅぅぇぇえ″!!!!」
「いえ。シノブ様。
ワタクシには、冗談を言えるようなアドオンはございません。
これは『ガチ』でございます!」
「ううぅぅ…。 ぐすっ!
ガチ……なん、ですか……??」
「ええ。『ガチ』でございます」
「と、すると…… ぐすっ!
プロデューサーさんは…… ひっく!
焼き過ぎた餅ぐらい真っ黒コゲですが…… ひっく!
生きて……いるん……ですか??…… ぐすっ!」
「はい。ナユタ様は真っ黒コゲですが、ご存命でいらっしゃいます。
しかし、誠に遺憾ながら……。
紫電セツナ様も、戦闘継続が可能でございます」
「うううう…… ひっく!
プロデューサーさんが生きていても…… ぐすっ!
セツナさんが戦えるのなら…… ひっく!
結局は無理ゲー。じゃないですか?…… ひっく!」
「いいえ。それは……そうとも言えません。
なにしろ、今のシノブ様でございましたら、
【切り札】の使用が可能ですから……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃで心神喪失状態の私は、赤ちゃん言葉でWABIちゃんに聞きます。
「…え?……きりふでゅあ……?」
「はい。【切り札】でございます」
「…きりふでゅあ……って……なんなんでしゅか?」
そしてWABIちゃんは、腕を広げます。
「こちらでございます」
そう言ったWABIちゃんの胸の前には――
【 エモとら :災婆鬼 】
/// EMOtional TRAnsformation system
/// [ CYBER DEVIL ] mode
/// Ready??
――と書かれていました。
私は、その――WABIちゃんの胸の前のホログラムを見て、言いました。
「しゃいばーでびりゅ??」
 




