コラボ配信2
俺は、「月影シノブと織姫ココロのコラボ配信」を網膜ディスプレイ上で視聴しながら、病院の廊下を早足で歩いていた。
本当は走りたかったんだが、病院内を走ると危険だ。
俺は、古式ゆかしいヒノモト人なので、公共のマナーは守るタイプの人間なんだ。
そんな急いでいる俺に対して、WABISABIがポップアップして言う。
「ナユタ様の担当医様から……
入院中断における免責と、治療サービス停止のメールを受信しました。読み上げますか?」
俺は早足を続けながら言う。
「必要無い。どうせ守銭奴な内容に決まっている。
それよりも、万錠ウメコとの音声通信を開始してくれ」
WABISABIの「了解しました」というセリフと共に……
【 万錠ウメコ / 音声通信 】
のポップアップが網膜ディスプレイ上に現れ、俺の電脳内に“黒タイツ上司”の声が響く。
「仕事の為に病院を抜け出したの?
ナユタ君って、思ったより仕事熱心なのね?」
俺は答える。
「別に仕事熱心って訳じゃない。
敵の数が多過ぎる。
こんな状況でシノブを放ってはおけない。
だから、俺はキンザに向かう」
「じゃあ……仕事の為じゃ無く、シノブの為って事?」
「まあ…そうなるかな…?
しかし、なぜそんな事を聞くんだ?」
「さっき、私……あなたにパンツァーの事を話したじゃない?
『ゆるやかな自殺って』……。
だから、あなたがもう二度と仕事に復帰しない可能性も考えていたわ」
「って事は……もしかして……
俺の心配をしてくれてたのか?
意外だな」
「『意外だな』って……随分な言葉ね?
私を何だと思っているの?
私だって、心配ぐらいするわよ」
「心配してくれるのはありがたいが……
しかし、残念ながら俺は、アホなんだ。
自分の電脳が萎縮する程度の事で、”途中下車”はしない」
「ふーん。なるほど。
そう考えるんだ。
あなたって、ますます”面白い人”ね?」
“面白い人”ってなんだ?
少なくとも俺は大真面目だぞ?
と思いながら、俺は話を続ける。
「そんなことよりも、俺の武器とバイクを、この病院まで手配してくれないか?」
「それについては安心して頂戴。
こんな状況も想定して……病院の地下駐車場に、あなたのバイクと装備を既に配備していたのよ。
だから、ナユタ君は、いつでも緊急出動できるわ」
さすが「ブラック女神」所長。
入院中の所員にすら緊急出動させるつもりだったんだな。
俺は、少し皮肉交じりに万錠ウメコに言う。
「一応、礼は言っておくぜ。
腹黒い優秀な上司を持って、俺は幸せ物だ」
「礼なんていいのよ?
あなたみたいに愚直なまでに仕事熱心な部下は、好きよ?」
と言った彼女の声色は、フラットだった。
彼女のその音声だけの情報では、冗談か皮肉か判断が付かなかった。
だから俺は、思う。
「好きよ?」……だって?
前々から思っていたが……この所長様は、なぜ、思わせぶりな態度を取るんだ?
男の心を弄ぶのが趣味なのか?
プレイの一種なのか?
やっぱコイツも、「黄泉川タマキ系列」の人間なのか?
それならそれで良いが……いや、良く無いが……。
ともかく……この際だ。
正直にハッキリ言っておこう。
万錠ウメコは、完全に俺のタイプの女だ。
ロングヘアー美女で……
頭が良くて……
スタイル抜群で……
気が強くて……
Eカップで……
つまり、彼女は、
俺のストライクゾーンのど真ん中に居る女だ。
上司でなければ惚れてしまうレベルの女だ。
だから、俺は彼女が怖い。
彼女と話したりしていると、自分の理性が飛んで行ってしまいそうになる。
俺の穏やかな日常が、彼女にかき乱される気がしてしまう。
そして、彼女の利発だが腹黒い性格に、心身共に踊らされてしまう気もする。
いや、きっとそうに違いない。
この女は、ブラック女神だから、きっと俺を弄んでるだけに違いない。
とにかく、俺は……
愛や恋よりも自由を優先するタイプの人間なんだ。
俺は確かにアホだが、波風が立たない穏やかな日常を愛する人間なんだ。
そんな俺のヤキモキした気持ちを知ってか知らずか、万錠ウメコは――
「パンツァーの使用はくれぐれも良く考えてね?
私だって、あなたの電脳の事は心配してるのよ?」
——というセリフと共に音声通信を終えた。
万錠ウメコのそのセリフを聞き、俺はさらにヤキモキした気持ちになったが……
早歩きを続け、タイミング良くドアが開いたエレベーターに乗り込んだ。
深呼吸をし、気持ちを整える。
実は俺は、セルフコントロールは得意な方なんだ。深呼吸一発で心の平穏を取り戻すことが出来る。禅僧にも褒められた事がある。まあ……それは、嘘だが……。
そんな感じで、少し気分が落ち着いた俺は、エレベーターのホログラムのモニターに目を移す。
俺の居た病棟は23F。地下駐車場までは遠い。
入院中に何度も乗ったエレベーターだったが、急いでいる時は、異様に遅く感じた。
俺はシノブと織姫ココロの「コラボ配信」を見ながら、再びWABISABIをコールし、彼女に質問する。
「へい!WABISABI! 織姫ココロの戦闘能力って、どんな感じなんだ?」
美人なWABISABIのホログラムは、答える。
「彼女のステータスを表示します」
と言って、WABISABIは目を閉じ、両手を広げ、自分の胸の前に織姫ココロのステータスを表示した。
俺は、「美人AIの素敵な胸の前にステータスが表示されると、目が滑るな」と再び思いながら、それを見た。
― Idol Status―――――――
/// 織姫ココロ ///
lv. 1
バトルスタイル : 侍
属性:妹 ロリっ子 ボクっ子 はわわ 百合 M
攻撃 : 10 防御:10 ボーカル : 60 ダンス : 30 可愛さ : 90
【 陽キャ:20 陰キャ:95 パリピ:10 厨二:20 】
スキル : 剣術 lv.1 暗殺 lv.2 ガチ恋 lv.8 野外露出 lv.54
――――――――――――――
俺は、織姫ココロのステータスを見ながら言う。
「月影シノブ以上に、突っ込みどころが多いな…」
具体的に言うと、スキルの「野外露出 lv.54」が気になった。美少女が持ってて良いスキルじゃ無い。
「まあ……しかし今、大事なのは織姫ココロの戦闘能力だ」
その事について、WABISABIが説明する。
「ご覧頂いたように、織姫ココロ様の戦闘能力はシノブ様より劣ります。
しかし彼女の戦闘AI WABISABIの東奉行所仕様――”SABIちゃん”は、”戦術特化タイプ”でございます。
シノブ様と連携が出来れば、お二方の長所を生かす事が出来るかもしれません」
俺は、大人美人なWABIちゃんに聞く。
「SABIちゃんは、コラボ配信の動画で見たな。
WABIちゃんの幼女バージョンみたいなヤツだろ?」
「ええ。”SABIちゃん”の容姿は私より幼く、口調はツンデレでございます。
加えて彼女には『擬似感情アドオン』が実装されており、ワタクシよりも豊富な語彙でコミュニケーションが可能です」
俺は「激萌え美女AIと、そのロリバージョンを同時に鑑賞できるなんて最高じゃないか!」と思った。
俺は話を続ける。
「月影シノブは戦闘特化で『格闘』のスキルがあって……
織姫ココロは戦術特化で『暗殺』のスキルがあるから……
確かになんとなく相性が良さそうだな」
それと、俺は、一番気になっていた事をWABISABIに聞く。
「あと、織姫ココロのアイドル衣装が、スク水に見えるんだが……あれは、なぜ?」
WABISABIが美人に説明する。
「ナノマシーン衣装の外観は、性能とは全く関係がございませんので、使用者様側で、ご自由にデザインをして頂く事が可能です。
ですので、織姫ココロ様のアイドル衣装も、彼女がデザインされた物と予想されます」
「という事は……
織姫ココロは、スク水のアイドル衣装を、わざわざ選んで着ているのか?」
「ええ。おそらく。
その可能性が高いかと存じます」
WABISABIの話を聞きながら、俺は織姫ココロのスキル欄を見ながら納得する。
「ああ…でも……。
そういう事か……なるほど……」
そこには、「野外露出 lv.54」と書かれていた。
しかし……ボクっ子でロリっ子で百合でMで野外露出だって?……。
織姫ココロって、属性が渋滞して無いか?
シノブなんて「無個性」だぞ?
不公平じゃ無いか?
と俺が、シノブのキャラの薄さに嘆いているうちに、エレベーターは地下駐車場に着いた。
―――――
病院を出た俺は、マットグレイの「SUZUSAKI HXR-3」を飛ばしていた。
ちなみに……これはクラウドマネーの3年ローンで買った。
無職のニートの浪人の頃だったら、金融系メガザイバツの審査で蹴られただろうが、今の俺は国家公務員だ。500万両するバイクのローンが、前金なしで一発OKだった。
そんな、「SUZUSAKI HXR-3」を運転する俺の網膜ディスプレイ上には、引き続き、例のコラボ配信が映し出されている。
そこには、シノブと織姫ココロが、カラクリと戦う様子が映し出されている。
視聴者視点で見てるのは、気が気じゃない。
シノブが、パンツをまたしても腰痛部上で公開してしまいそうな気がする。
まあ、以前の配信では一応「してない事」になったが……。
しかし、映像の中の彼女達は、そんな俺の予想に反し、危なげ無く敵と戦っていた。
そもそも敵の霊倭新鮮組は、名前こそ大層だが、戦闘に関しては素人だ。
そんな奴らが、ハイテクの結晶である——ナノマシーン衣装とWABISABIで武装した美少女×2に敵うはずがないんだ。
少し安心した俺は、コラボ配信の視聴者のコメントに見を向ける。
・ ココにゃんの戦闘配信はレア
・ 戦っているココロも天女
・ 織姫!こっち向いて!!
・ ココロのスク水ぺろぺろぺろ!
・ ココロ!ココロ!ココロ!ココロ!ココロ!
・ シノブのうなじ。
・ 1,000,000両の投げ銭だぞぉ!ココロ!!
・ ココにゃん愛してる早く結婚しよう
という感じで、大半が織姫ココロの視聴者だ。
たった一人のシノブのファンは、うなじに固執しているようだが……コイツは多分、前の「コスプレ苦無研ぎ実況」でファンになった奴だろう。
己のフェチズムを貫くシノブのファンの侍魂を見て、俺はどこか誇らしい気持ちになった。
そして、唐突に始まったコラボ配信だったが、普段のシノブの配信の100倍以上の視聴者が居る。
現場の敵の数は多く、戦況は不安だが、戦闘実況としては”思わぬチャンス”と言えた。
「ともかく、急いで現場に行かないと。
俺はシノブのプロデューサーなんだ」
と俺は呟き、「SUZUSAKI HXR-3」のスロットルを全開にした。
甲高いエンジンの咆哮が、オオエドシティの夜のビルの間ににこだました。
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