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オオエドパンツァー  作者: えいとら
2章 アイドル
12/125

黄泉川タマキと話そう

 俺は夢を見た。

泣いている少女の夢だ。


その少女は、悲しみに暮れていた。


彼女の緑の瞳から溢れる大粒の涙は、彼女の悲しみの大きさを表すように、尽きる事なく流れ続けていた。


少女が大好きな姉が、彼女を抱きしめ、頭を撫で慰めるのだが、その時の少女にとっては、それすら空虚に思えた。


 幼い少女には、自分の感情について理解できていなかったが、その悲しみは彼女が産まれて初めて感じた「絶望」という感情だった。


 そして俺は、そのタケコと呼ばれた少女が、絶望し嗚咽する様を、成す術も無く、ただ見ていた。


「すまない。今の俺には、もう君に出来る事は何も無いんだ」


 と俺は言ったが、その言葉がタケコに届く筈も無く。


 俺は、ただ無力感に打ちひしがれて、彼女を見ている事しか出来なかった。



――――



「ナユタさん? ナユタさん?」


 穏やかな大人の女性の声で目が覚めた。


 俺は目を開ける。

 

俺の目の前には、布から溢れんばかりの巨大な胸があった。


 そして、その胸の持ち主は、パッツン黒髪ロングをかきあげながら俺に言う。


「大丈夫ですか? うなされていたみたいで……」


 俺は、その美女であり痴女である女性に言う。


「…分かって聞いて無いか?当たり前だ。うなされていた」


 俺は、身じろぎをしようとしたが、全身がベッドに固定されて動けない事を思い出し、諦めた。


 黄泉川タマキは言う。


「まあ。それは、それは……可哀想に。

 楽しい読書で気を紛らわせないといけませんね?」


 彼女は、手元の「ホログラム文庫」を広げる。


 俺は焦って言う。


「いや、だから、ちょっと待て…」


 しかし、黄泉川タマキは、俺の静止に構わず朗読を開始する。


「 ショウタは、オタマの繊細な手の導きに、そして快楽に……身を委ねるしか無かった。

何故なら、ショウタの竿は天を仰ぎ、濡れて、そり返り、歓喜の涙に溢れ……」


 俺は、ナースコールを握って言う。


「あんたの官能小説の朗読のせいで、俺は悪夢にうなされたんだぞ。

 これ以上、それを続けるなら看護師を呼ぶぞ」


 黄泉川タマキは、微笑みながら言う。


「官能小説ではありませんよ?

『ショウタとオタマの玉遊び』と言う成人向け同人誌です。オネショタの珠玉の名作です。

 ちなみに原作は私です」


「情報が濃過ぎて吐きそうになった。あと、その下品な題名を公の場で言うな。

 とにかく俺は、4人部屋の病室でそんな物を読み上げるなって、言いたいんだ」


 黄泉川タマキは、両手を合わせて何故か嬉しそうに言う。


「まあ!ウブで可愛い。 恥ずかしいんですか?」


「恥ずかしいに決まってるだろ」


 と俺は呆れて言い、病室の窓から外を眺めた。


 オオエドシティーの景色は、相変わらずVTOL(空飛ぶ車)やホログラムで満ち、白いスモッグの空とは対照的に、狂ったように色鮮やかで、とにかくうるさかった。


 俺は、月影シノブの配信中に鼻血をぶち撒けて倒れた後、1週間の入院生活を余儀なくされた。


ていうか、もう飽きたんだが、入院。


 例の守銭奴の担当医によると「大事な検査入院」らしい。彼は信用ならないし、とても胡散臭いが、医者が言うのなら仕方が無い。


俺が入院している間、黒タイツ所長の万錠ウメコと、痴女秘書の黄泉川タマキが交代で見舞いに来てくれている。月影シノブは何故か姿を表さない。


 ずっと一人だった俺の人生の中で、美女二人が交代で看病してくれる現状は、贔屓目に言っても史上最高に素敵な状況なんだが……今は、病室を抜け出したい気持ちで一杯だ。


 何故なら、検査用の機械に繋がれ身動きがとれず、しかも「痴女によるR18同人誌の朗読」付きだからだ。

俺だって、男だ。痴女とはいえ美女の淫語プレイともなると多少は興味がある。


しかし、ここは病室だ。「プレイにはTPOが大事」って葛飾北斎も言ってただろ?いや、言ってないか。


 そんな感じで、R18同人誌の朗読を禁止された黄泉川タマキは、手元にあったリンゴの皮を剝き始める。


 横顔の彼女の伏せたまつ毛は長く、鼻筋はまっすぐ通り、薄い唇は淡いピンク色だった。


 そうだ。普段の痴女ムーブで忘れがちだが、黄泉川タマキは紛れも無い美女なのだ。


万錠ウメコが、目鼻立ちがはっきりした黒タイツ美脚美女であるのに対し、黄泉川タマキは垂れ目で憂いを感じさせる純和風美女なのだ。


 二人を比べた場合、俺の予想ではオッサン人気はダントツで黄泉川タマキの筈だ。


 そんな黄泉川タマキは、リンゴを剝きながら言う。


「ふふ。綺麗にムかないと、お口の中で楽しめませんからね?」


 だめだ。コイツ。早く何とかしないと。と思った俺は、彼女のセリフを無視して聞く。


「結局、こないだの『コスプレ苦無研ぎ配信』は、どうだったんだ?」


 黄泉川タマキが答える。 


「シノブちゃんの『ニンニンチャンネル』のフォロワーが221人増えまして――合計で255人になりました。

 人気アニメのコスプレをした事で、一般層にまでリーチ出来た事が、功を奏したようです。それと――」


「…それと?」


「シノブちゃんのパンツが見えそうで見えないギリギリの画角が『一部の男性』の間で話題になりました。

 痛仏(つぶったー)の呟きをリサーチしたところ――『見えないのが良い』『見えないパンツでしか摂取出来ない栄養がある』『焦らしフェチの拙者大歓喜』『はかどる』――という感じでした」


「……俺が、死にかけて撮った動画が、まさか『焦らしフェチ』達に刺さるとは…。

 これで、良いんだろうか?」


「確かに、思った以上にフェチズムに溢れた動画になってしまいましたが…。

 それでも、フォロワー数は今まで横這いでしたので、これでも成果と言えますよ?

 何しろ、34人の登録者数が255人になった訳ですから」


 しかし、月影シノブはアイドルだ。コスプレやフェチズムで配信者を稼ぐのは、少し違うと思う。


 俺としては彼女を、奉行所らしいアイドルにプロデュースしたい。


 だから俺は、「プロデュースの方向性を明確にしないとな」と改めて痛感した。


 そんな感じで、俺が月影シノブのプロデュース方針について考えていると、

黄泉川タマキが、人差し指で「ツーッ」っと俺の腕を撫で上げた。


「良い義腕ですね? 旧式ながらマッシブで、太くて、熱くて……」


 と彼女は、うっとりとした顔で呟いたが、俺は流石に焦り、彼女を払いのけて言う。


「き、急に何をするんだ!?」


 俺の心拍数が急激に上がったので、俺の頭の横の心電図のホログラムが赤くなる。


「あ…。ごめんなさい。 ナユタさんの左義腕があまりにもセクシーでしたので、つい……。

 お詫びにどうぞ……私の『義体』の胸を触って下さい。イチゴ大福より柔らかいんですよ?」


 と黄泉川タマキは言い、巨乳を両腕で挟み、谷間を強調させながら、俺に近付く。

彼女の黒髪ロングが、乳房の上に垂れ下がり、美しい曲線を描く。


 俺は、その豊満過ぎる黄泉川タマキの身体に圧倒されながらも、彼女に聞く。


「今……『義体』って言わなかったか?」


「ええ。そうですよ? もしかしてナユタさん。ご存知無かったんですか?」


「という事は、あんた……サイボーグなのか?」


 彼女は、相変わらず微笑みながら言う。


「ええ。私はサイボーグです。私の体の90%は機械なんです」


「90%だって!?」


 俺がなぜ驚いているのか、分らないヤツも居ると思うから説明するが、

サイボーグと呼ばれる半人造人間には、「電脳憲章」と呼ばれる世界的な法律で機械化の割合が定められている。

なんでも「機械化が80%を超えたサイボーグの電脳は人間性を喪失する」という理由があるらしい。


 つまり、黄泉川タマキの機械化90%のサイボーグの身体は、法律違反となる訳だ。


 俺の疑問を見透かしたように黄泉川タマキは、言う。


「私の素体は『胎生サイボーグ』ですので、電脳憲章の適用範囲外なんです」


「胎生サイボーグだって……?」


「ええ。現在は禁止された一種の人体実験でして…。 先の大戦時に行われた、人間の受精卵をサイボーグ化する実験です」


「そんな非人道的な実験が、戦時中に……?」


「ナユタさんのような軍人の方でも、ご存知無いのは無理もありません。

 物資の無くなった旧幕府軍の後方で、密かに行われた人体実験ですので……」


 そして彼女は、少し目を伏せながら、微笑し、続ける。


「難しい話は、このぐらいにして……。ご興味ございませんか?」


 俺は生唾を飲み込み言う。


「き、興味だって?」


「胎生サイボーグの私の身体……。 ヒノモトでも成功例は、少ないんです。

 ですから、こうやって間近で見れるもの、珍しいんですよ?……ですから――」


 と言いながら、彼女は俺の義腕の左手を、自分の両手で包み込み、自分の胸の谷間に近づけた。


 そして、黒水晶のような深い黒の瞳を、上目遣いにし、彼女は言う。


「ご興味ございませんか? 私の胸の感触?」


 俺は考えた。

実のところ正直に言って、それについては、かなり興味はある。


 しかし、その興味は、断じて下品な煩悩に満ちた物では無い。


義腕を使用する者としての興味だ。

最新医学への感心だ。

学術的な、その……なんかだ。


 つまり、俺は今、純粋な知的好奇心から、美女の豊満な義体の巨乳に触れたいと考えている。


 至極、真っ当な理由だろう。


だから、俺は言った。


「ま、まあ… ちょっとだけなら、良いかな?」


 そして、彼女は微笑む。それは魔性と言って良い微笑みだった。


「ふふ。じゃあ、どうぞ……ご遠慮なく……良いんですよ?

 ナユタさんなら……無茶苦茶にしてくれても……」


 そう言って、黄泉川タマキは、彼女の柔らかそうな胸に俺の左手をジワジワと近づけて行った。


 俺は知的な――あるいは学術的な好奇心から、胸が大きく高鳴った。


 そして、俺の左手が、彼女の左巨乳と右巨乳との間に、あと5mmで吸い込まれそうになった時――


 唐突に、ベッドを囲む目隠し用のカーテンが開いた。


 カーテンを開いた人物は、見舞いのブドウを持ち、笑顔でこう言った。


「ナユタ君。調子はどう?」


 そこには、いつものスーツに黒タイツの万錠ウメコが立っていた。


 しばらく沈黙が流れた。


そして、万錠ウメコは、絶対零度を超えるぐらいの冷ややかな目で、俺の左手を見下ろしながら言う。


「あら?お取り込み中だったのね? 私、失礼したかしら?」


 自分の血の気が引く音を、俺は産まれて初めて聞いた。

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― 新着の感想 ―
学術的なら問題ない(`・ω・´)キリッ タマキさんはある意味人間性を喪失してますね、でもそんな彼女の感じ好きです。 そしてさすがウメコ様、来てくれて良かったですよ
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