第9話:火花と沈黙
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
翌日。
俺は筋肉痛の中、1限から始まる授業に合わせて支度をしていた。
「何処行くの?」
「大学だよ。お前も高校あんだよな」
「うん、私と虚は高校。でも、大斗くんは大学無いよ」
「...冗談だよな?」
背負い掛けの鞄が地面に落ちる。
嘘だろ?嘘だよな?流石に勝手に辞めさせるってのは無いよな?無いよな?勝手に家は解約しても、大学退学は無いよな?
「無いよな?」
「退学ではないよ」
安堵の気持ちが吐息に混じる。
しかし、含みのある言い方から、またもや嫌な予感が頭に居座った。
「休学ってことで」
「あああああああああああああ!!!勝手に!勝手に何してくれとんじゃああああああ!!!」
哭声を上げた後、頭を抱えて膝から崩れた。
「ま、しばらくしたら退学になると思うけどね」
「お、俺の単位...俺の入学金...俺の...履修が...」
「命狙われてるんだから、しょうがないよね」
「いや、だからって...ていうか、お前らは何で高校行ってんだよ」
恨めしげな目で見つめながら問うと、ホワイトは何事もなかったかのような顔をして、倒れ込む俺を見下ろした。
「私も本当は行かなくていいんだけど、一ノ瀬さんが『学びを捨てるな』って言うから」
一之瀬さんって、一之瀬亮吉さんのことか。一体何でここでその人が?
「何で一之瀬さんなんだ?」
「うちの組織は結構お世話になってるんだよ。虚も日暮も一ノ瀬さんが育ててくれたようなものだし、勉学のために学校のお金も出してもらってる。本当に、返しきれない恩があるんだ」
嬉しそうに語るホワイトを見て、なんとなく理解した。あの人は人格者で、色んな人から慕われていること。そして、あの時裕樹先輩が言ったように、恩義があること。
すごいんだな、あの人。
「日暮と裕樹は流石に悪いと思ったのか、大学に入ってないね。私たちはまだ、あの人に甘えているんだなって、つくづく思うよ」
「......」
「じゃ、行ってくるね」
ホワイトは元気に小さく手を振って、拠点を去る。
一之瀬組とシルバーとの関係性が少しわかった気がする。
「...でもなんで俺は大学行けねえんだ」
呟いた言葉が虚空へ消えた。
あれからどれぐらい経ったろうか。その日は、大学に行かないことになり、何もない一日を過ごそうとしていた。
そして午後5時。
ソファで漫画を読んでいると、アジトの扉が、電子音の後に開いた。
「おー、おかえり」
人間、時間が経てば立ち直れるらしく、ブルーな気持ちもちょっとブルーくらいに落ち着いていたため、なんとか声を出すことができた。
「たっだいまー」
「ただいま」
「お邪魔します」
ホワイトだけでなく、虚もいるようだ。
「お、虚か」
「久しぶり」
「今お茶出すねー」
虚と挨拶を交わし、ホワイトは台所へと移動した。
そして、4人分のお茶を丸テーブルに並べると、それぞれ会話を始めた。
...ツッコミ待ちか?
「あの、この人は...?」
目の前にいる女の人が気になる。自然とこの輪に混ざっていたが、誰だ?
待てよ?
長い黒髪にキリッとした目つき...これは...何処かで...。
記憶の引き出しを整理していると、黒髪さんは自分の胸に手を当て、少し頭を下げた。
「私の名前は一之瀬火花と申します。あなたは朝霧大斗さん、ですよね?美月から話を聞いております。以後、お見知り置きを」
「一之瀬...あっ」
記憶が戻った。
俺が一之瀬組に行った時、道場のような場所でお年寄りと剣を交えていた人だ!
「この子はねー。一之瀬さんの孫で、剣道の全国大会優勝してるすごい子なんだよ」
「すげえな!でもなんでお前が自慢げに言ってるんだ」
「そりゃ、友達だから、さ!」
「はー」
適当に流す。
にしても、礼儀正しい人だなぁ。堅苦しいまである。
そんなこんなで4人交えて食を囲んだり、色々くっちゃべっていると、時間も早く過ぎるようで、もう7時を回っていた。
「じゃあ、師匠との鍛錬がありますので、私はそろそろ帰ります」
「この時間でもやるのか、すごいな」
「はい、修行を怠れば剣筋が鈍りますので。あなたも、強くなりたければ、もっと鍛錬を積んだほうがいいですよ」
「は、はい」
なんてゆーか、厳しいんだな、自分にも他人にも。
苦笑いを浮かべていると、横にいたホワイトも立ち上がった。
「んじゃ、私も用事あるから、行ってくるね」
2人は談笑をしながら、出ていった。
火花さんも、あいつの前では楽しそうだな、なんて思ったが、そんな思いも、すぐに消え去った。
理由は今の状況だ。
「......」
「......」
沈黙が続く。
そう、この俺、朝霧大斗は天海虚とろくに会話をしたことがないのだ。
そりゃ、任務中に喋ったことはあるが、ほとんどが。
『何処まで見回るんだ?』
『3丁目のコンビニくらいまで』
と言った感じで、ほぼ業務連絡だ。
さっきまでは4人いたからどうにかなったが、2人きりだと気まずい...まるで友達の友達と一緒にいる時のようだ...!
とりあえず、打開せねば!
「す、好きな食べ物ってなんだ?」
「お寿司」
「そっかー!俺も寿司好きなんだよ!やっぱサーモンだよな!あいつやっぱ美味えんだわ!えー、今度回転寿司でも食いに行こうぜ!」
「私、海鮮苦手」
「......」
落ち着け。
この組織は変人が多いのは知ってるし、この子が元より変だということも知っている。
ここは一か八か、少し、いや、まあまあデリカシーに欠けるが、仲を深められるかもしれない。あとテンションは下げよう。
「虚って若いよな。何歳なんだ?」
「16」
「16かー。若いのに大変だろ?この仕事」
何の躊躇いも無く発した言葉を受け、虚は少し俯いた。
...俺、何かやっちゃいました?
「うん。でも、これしか選択肢はなかったから」
「...なんでだ?」
何かあるな。あんまり探るのは良くないかもしれないが、断られるなら、それはそれでいい。
「長くなるけど、いい?」
虚はちょこんと座り直し、俺の顔を見上げた。
「あ、ああ。聞いていいなら」
「じゃあ、私のことを...」
そうして虚は自分のことを語り出した。
この時の俺は痛感した。
俺がいかに楽して生きてきたかを。
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