第8話:強くなるためには
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
この試合は柔道でも空手でもない。
2本のスチロール製ナイフのどちらか、または両方を、致命傷たり得る部位に当てれば一本というルールだ。実際の命のかかった任務でも、ナイフは2本持つらしく、実戦に近い。
これまで俺は、一ヶ月の間ずっと心臓、首、太腿などなどを切ったり突かれたりしてきた。
今度は、俺がやる番だ!
「さぁ、始めよっか!」
瞬間、日暮は物凄い勢いで突っ込んできた。
初日は避け切れなかったが、今なら...!
「死ねええええ!」
「ハッ!」
なんとか避けられる!
死ねはおかしいと思うけど。
「やるね?でもまだだよ!」
今度は連続突きだ。
早いし、色んな角度をつけてくるから避けにくい。ただ、こっちも伊達に修行を受けていない!
避ける、避ける、とにかく避ける。
右からの突きは左に。下からの突きは半身にして躱す。避け切れなければ手を使って受け流す。
これならいける。そう思ったとき。
「なら、これはどうだ!」
「っ!?」
右のナイフに集中していると、左下からもう一本のナイフが、斜めに切り掛かってくる。
これは、避け切れない!
「くっ...!」
咄嗟に後ろへジャンプする。
「頬を切っただけで済んだね。流石に、強くなったか」
「お陰様で。今度はこっちから行きますよ!」
大きく早く踏み込んで、右手のナイフを横に振る。
日暮相手にそんなのが当たることないのはすでに把握済みだ。
だから、手数ではなく、質を高めて攻撃する!
「おっ?成長してるね」
流石師匠だ。
師匠が避ける方向とは逆に体を動かして、避けにくくしているんだが、もう気づかれてるし、まだ全然余裕そうだ。
「くっ!当たらねぇ!」
「そんなもんか...なっ!」
日暮はナイフを避けると同時に体を回転させ、裏回し蹴りを顔面に飛ばしてきた。
「うっ!?」
大きく姿勢を崩し、その隙を狙って日暮は突っ込んでくる。
狙いは心臓!なら、相打ち覚悟で...!
俺はなんとか踏みとどまって、上半身を勢いよく立たせる。
「でりゃあああああ!!!」
その反動とともに勢いよくナイフを突き出す。
これは、もらった!
「甘いよ」
「へ?」
当たってない...?
何故だ。確実に届いてるはず...!
疑問が頭を支配する中、訳もわからず体が後ろに倒れる。
「はい、終わり」
「......」
「前よりも圧倒的に長く戦えてたよ。ただまあ、残念だったね」
日暮は汗一つかかずに冷静な顔で言った。
悔しい。こんなもんで終われるかよ!
「も、もう一回」
「よし来た」
それから何度も立ち向かった。これまでの人生で初めてここまで努力したかもしれない。そして、だからこそ、ここまで悔しいのかもしれない。
この日、夜になるまで挑んだが、結局、一本も取ることはできなかった。
「はぁ...はぁ...はぁ...」
「...まだまだ、だね。体捌きがまだ硬いし、ナイフにばかり気を取られて、その他を上手く活用できていない。足技とかで相手の姿勢を崩したりしないと」
「...はい、師匠」
「まあ、約一ヶ月でよくできてる方だと思うよ。後は銃の腕も上げないとね」
「はい」
「じゃ、そろそろ戻ろっか」
そうして俺たちは階段を昇り、いつもの場所まで戻りに行った。
悔しい気持ちが道中の階段を遅くさせる。
これまでの人生で特に熱中したことは無かったが、ここまで一本取るのに執着したのは初めてだ。だからだろうか、すごく悔しい。
「お、戻ってきたね」
「ああ」
ソファに座ってテレビを見ているホワイトを他所に、自分の部屋に入ろうとする。
「その調子じゃ、ダメだったみたいだね」
「......」
普段ならムキになっているだろうが、今はそんな余力もない。そんな俺の様子を見かねたのか、ホワイトは俺の方へ近づいて、背中を強く叩いた。
「ま、ズブの素人が一ヶ月頑張った程度じゃ、一生かけて訓練してる人間には勝てないのさ。わかったらその悔しさをバネにして励むように!あ、あとついでにコンビニ行ってアイス買ってきて」
「なんでだよ...」
励ましてくれてるのか、パシリにしたいのか、やっぱりこいつは変な奴だな。まあでも、少しだけ元気が出た気がする。
「はあ、わかったよ」
そう言って外に出る。
明日から、学校か。ま、頑張りますかね。
そう意気込みながらコンビニに行ってる最中、悲劇が起こった。
「日暮、大斗くんはどれくらい成長した?」
美月は含みのあるにやけ顔で、そう言った。
「銃の腕はそこまでって感じかな。体力はそこそこある。近接戦闘は、まあ」
「まあ?」
私は彼のポテンシャルを知っている。
才能とまではいかないけど、伸び代はだいぶある。将来有望な程に。もしかしたら私より強くなるかもしれない。
普通、一ヶ月頑張った程度字じゃあれだけ強くはならない。それだけ本気だったのか、あるいは。
「強いよ、大斗は。並の半グレ、1人や2人なら返り討ちにできると思う」
「ほー」
調子に乗らせないために、この情報は大斗には教えない。
そもそも、この世界で強くなるためには、失敗と成功をバランス良く体験することが近道になる。
今の挫折が失敗体験だ。そしてこの街は治安が悪いため、柄の悪い奴に絡まれることが多い。特に、今みたいな夜は。
大斗は強い。そいつらを返り討ちに出来るはずだ。ならそれは、強い成功体験になる。
それをわかっていて、美月はコンビニに行かせたのかもしれない。
「はあ、つくづく素直になれないね、あんたは」
「ツンデレは男子に好まれるんですよ?奥さん」
ま、期待してるよ、大斗。
「あ?てめえどこ見て歩いてんだよ」
あー、こいつ前に遭った...。
しかも、今のは完全にこいつから当たりに来てた。こりゃ目をつけられたな。
「す、すみません」
「はー、痛えわ。慰謝料として金出せ」
やっぱりな。
でもなんだ、怖くないぞ?どうみても、日暮の方が圧倒的に強いじゃないか。そうか、だから恐怖が無いんだ。こいつより強いやつと三三戦ってきたのに、こいつにビビるわけないじゃないか。
「おい、聞いてんのか?」
胸倉を掴んで、ガンを飛ばしてきた。
「よくも一ヶ月前、やってくれたな。痛かったんだぞ」
「あ?いいから金出せや」
「いいからじゃねえよ。お前が出せ」
「...わかったよ」
そう言うと、奴は大きく拳を振り上げた。
「じゃあ死ね」
振り下げられる拳。
だが俺は首を少しずらして、寸前でその拳を避けた。
「てめえ!!!」
逆上してもう一発決めてくる。
が、その前に俺は、奴の右膝に蹴りを入れた。
「ぬおっ!?」
間抜けな声を出して、胸倉を掴んでいた手を離し、崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
「やりやがったなああああ!!!」
立ち上がりと同時に、大きく拳を振り上げる。
ワンパターンだ。そんな攻撃、もう当たらん。
俺は避けると同時に、顎に上段突きを決める。そして、脳が揺れ、たちまち立っていられなくなった奴の左腕を引っ張ると同時に、右ストレートを溝落ちに叩き込んだ。
「がっ!?」
痛みに悶絶する奴を見下ろす。
「じゃ」
そして、その場を離れた。
...。
......。
やったあああああああ!!!見たか?え?勝ったぞ!!!成長してんじゃんか!!!しゃああああ!!!俺ってやっぱ強えんだな。銃はイマイチだけど体術は強えんだわ。
いやー、気持ちいいねえ!スカッとするねえ!
「しゃ...!」
薄い声で呟いて心の中でガッツポーズを決めた。
その後、帰ってきて自慢話をし「結局調子に乗ってるじゃん」って思われるのは当然の結末だった。
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