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ブラック&ホワイト  作者: 芋太郎
第2章:十一編
74/80

第74話:絶望の淵

*不定期更新です。基本13時に更新してます。

「そんなものか、火花」


「いえ...まだいけます」


 竹刀を握り直し、再度師匠に向けて剣を振るう。


 師匠が別荘に来てからというもの、これまでが嘘だったかのような、厳しい鍛錬が続いた。期限は1週間しかないため、それは仕方のないことだが、両者とも焦りが出ていたのは間違いない。


「火花、もっと剣先を上げろ」


「はい、すみません」


 日に行う素振りの回数も劇的に増え、1日に10回は実践試合を行った。


「はぁ...はぁ...」


 流石に息が上がる。


 そんな私を見た師匠は、「休憩にするぞ」と言って稽古場を離れた。


「...師匠」


 呼び声も虚しく、師匠は部屋から出ていく。


 師匠は強い。近づいたと思ったら、また離れていく。でも、今回ばかりは、そんな弱音を吐いている暇はない。本当に出ていってしまうんだ。私もそれには覚悟を決めた。


 師匠が選んだ道だ。私ではなく、もっと別の何かを選んだ。なら、私はそれに応えるだけ。


 それに、ここで折れてしまえば、師匠に認めてもらえない。そうなれば、みんなと戦うことができない。


 そんなの...嫌だ。


 私はやらないといけない。


 強い覚悟を決め、来る日も来る日も挑み続けた。体の麻痺なんかで遅れをとっていてはいけない。


 私はここで、私を越えないといけない。


「今日はこの辺でいいじゃろ」


「師匠、私はまだ...!」


「...お前、自分の手を見たか?」


 そう言うと、師匠は私の手に視線を落とした。手のひらは擦り切れ、血に塗れていた。


「...こんな傷、大したことありません。それより今は、一分一秒でも鍛錬に励みたいんです」


「はぁ...今のその状態で鍛錬しても上達せんわ。ちゃんと休むことも、上達への一歩じゃぞ」


「ですが...!」


「二度も言わせるな。休め」


「...わかりました」


 焦ってることはわかってる。でも、これで最後だと思うと、焦らずにはいられない。師匠との別れになるんだ。これで私の道が決まるんだ。強くならないと、私は...!


 そんな焦りを抱えながら、日にちは過ぎていった。


 日々を過ごしても焦燥感は心を蝕み、残った麻痺は体から抜け落ちない。上達を実感しないまま、とうとう期日を迎えてしまった。


「さあ火花、位置に立て」


「...はい」


 両者の間に冷たい空気が流れる。いつもなら落ち着いているはずが、落ち着けない。


「ルールはこれまでとは違う。ルール無用、殺さない程度の殺し合いをする。この道場に、最後まで立っていたものが勝者だ。骨が折れようとも、血を流そうとも、降参するか意識が無くなるか立てなくなるまで続く」


「はい」


「そして、この勝負でお前が勝てば無事合格。儂の弟子卒業じゃ。じゃが、負けたら失格。卒業はできんし、これから始まるであろう紛争への介入を禁止する。良いな?」


「......はい」


「では、始めるぞ」


 そう言うと、師匠は木刀を取り出して正面に構えた。応じるように私も構える。


 ...震える。麻痺のせいもあるだろうが、緊張が大きい。動揺もしてる。焦りも抜けない。


 負けたら終わりだ。認められないまま師匠と別れることになる。今生の別れになるかもしれない。


 なんで行ってしまうのか。理由は深くは知らないが、十文字組関係なのはわかる。十文字組に何か起きたら、師匠は駆けつけるだろう。でも、それで生き残れるとは限らない。


 だからこの勝負は、大事なんだ。本当に最後になるかもしれないから、せめて師匠を安心させるためにも。そして、私のためにも。


 だから...!


「ハアアアアアアア!!!」


 一瞬で距離を詰め、一撃を入れる。師匠はそれを軽々といなし、剣戟に発展した。


 焦りを振り切るように、麻痺を誤魔化すように、強引でも腕を振り続けた。しかし師匠は、その猛攻を涼しい顔でいなし続ける。


 何度剣を振っても、師匠の体に届かない。ただ、切先の向きを変えられ、いなされるだけ。


「...全然じゃ」


 瞬間、師匠は剣戟のペースを上げた。


「くっ!?」


 追いつかない。ダメだ。焦れば焦るほど剣がブレる...!このままじゃ負ける!


 木刀の切先をなんとかいなし、距離を取る。


 今の剣戟だけで、私は何箇所かを打撲した。しかし、師匠には何もできていない。


「はぁ...」


 上がった息を整え、もう一度突っ込む。


 前は正面から行ったせいでああなった。なら、後ろから行けばいい。


 距離が十分に詰まったところで身を翻し、裏から剣を薙ぐ。


「甘いな」


 しかし、それは止められた。なら、下だ。


 下段を攻撃するも、飛んでかわされる。そして降りる寸前に蹴りが来た。私はそれを剣でガードすると、今度は刺突が飛んできた。


「!?」


 顔面を掠めた。なんとか避けたが、完全には避けきれなかった。頬から血が落ちる。


 師匠はそんなこと気にもとめず、冷ややかな表情で淡々と剣を振った。


 捌ききれない。上下左右に振ってくるわけでもない、真正面からの正直な剣筋なのにも関わらず、押し切られそうになる。


 速さが、そしてパワーが、段違いだ。


 数十回目に渡る剣戟が続いた頃、とうとう私は衝撃で剣を握る手を離してしまった。


 とっさに姿勢を戻し、握り直そうとするが、当然師匠がそんな隙を見逃すはずもない。


「セリャアアア!!!」


「ッ」


 ドンと鈍い音を立てて、私の溝落ちに剣が刺さり、体は飛んでいった。そして、叩きつけられる。


「終わりか?火花」


「ま...だ、です...!」


 こんな攻撃は何度も喰らってきた。大丈夫だ。私なら...!


 震える脚を押さえながら、剣を立てて立ち上がる。


「私なら!!!」


 また剣戟が始まる。


 しかし。


「甘い」


 師匠はそう言うと、剣を片手に持ち替え、私の胸ぐらを掴んだ。


「!?」


 そして、地面に叩きつけられてしまった。受け身も取れない速攻で息が途切れたが、追撃を避けるために必死に体を転がした。


 そして体を起こし、再度向き直るが、そこに師匠の姿はない。


「どこに...!」


 瞬間、後ろから激しい殺気を感じた。


 振り返ると同時に剣を振るも、そこにも師匠の姿はない。


 いや、違う。


「下!」


「遅い」


 私の斬り下ろしが空を切り、刺突による突き上げが私の下顎を打った。


 体は大きく反り、またもや床に打ちつけられる。衝撃で木刀が床を滑った。


「遅いし焦りすぎじゃ、それに力も弱い。対応力も足らんし、視野も狭くなっとる。こんな体たらくでいいのか、火花。後の戦争で生き残れるか」


「私は、まだ...!」


 力を入れ、立ちあがろうとするも、脚が動かない。


「肋は何本折れた?どれだけ打撲した?何回床に伏した?なあ火花よ、これがもし実戦なら、お前は何回死んだ?」


「私は...!」


「これで最後になるかもしれんのじゃぞ」


「まだ...!」


 まだ、やれる。ここで終わったら、私は何にもできなくなる。またあの日の弱虫な私に戻ってしまう。立ち上がって剣を取れ!


「ウアアアアアアアアア!!!」


 慟哭を上げながら吹き飛んだ剣を取り、猪のように突っ込んだ。


 諦めない。終わらせない。みんなのためだ、師匠のためだ、そして、私のためだ。


「師匠!!!」


 十分に近づいた。あとは斬るだけ。


「火花」


 その声と共に、容赦のない横薙ぎが飛ぶ。


「ハッ...アッ...」


 情けない声を上げながら、体は宙を舞った。そして、また叩きつけられた。


「もう終わりか」


「終わりじゃ...な...っ...」


 立ちあがろうとするも、全身に力が入らない。


「火花、儂はお前を試した。次の戦いで生き残れるか、そして、あいつを屠れるか」


「あ...いつ...?」


「儂では太刀打ちできん奴がいてな。お前がそいつに勝てるかどうかテストしたんじゃ。まあ、これがその結果じゃな」


 師匠はそう言うと、地に伏す私に背中を向けた。


「ま...って...!」


「動けんくなった時点で、お前の負けじゃ。卒業試験は不合格。そして、今後の戦いには不参加。決まったことじゃ、認めろ」


「まだ...」


「潔くなれ、醜いぞ。お前は負けたんじゃ。お前じゃあいつには勝てんのじゃ」


「誰、なんですか...?」


 問うと、師匠は遠い目をした。その目は、これまでの人生で一度も見たことないほど、悲しいものだった。


 私は何かを察してしまった。これまで感じていた嫌な予感を凝縮したような悪寒が走る。


「...クロウのランク5構成員。コードネーム、ユースティティア。十文字楓じゃ」


 十文字という名字を聞いた瞬間、冷や汗が吹き出た。


「な、何故名前を...」


 恐る恐る聞くと、師匠は振り返った。


「...儂の弟子だったからじゃ」


「弟子...」


弟子...そんな...師匠に他の弟子がいるだなんて聞いていないし、ましてやそれがクロウの構成員だなんて...。ありあえなう。いや、ありえちゃいけない。だって師匠は...勝てないから。


「先代組長十文字四郎の孫、あいつは儂より強い。何より......儂の手では殺せん」


「そ、そんな...!弟子だなんて聞いてません」


「ああ、儂にとっては思い出したくない記憶じゃからな。とにかく、お前は負けた。卒業試験はその結果で終わりじゃ。じゃからもう...」


「待って下さい...師匠...!」


 痛む体を引きずりながら、師匠の足を追いかける。


「関わるな」


 稽古場の戸が閉まり、孤独が私を蝕む。


「......」


 終わった。私の全てが、ここで。


 師匠、あなたはどうするつもりなのですか。師匠は優しい。殺せる相手でも、殺さなきゃいけない敵だとしても、それが弟子となれば殺せないのではないか。逆に弱みを握られるかもしれない。


 師匠は一之瀬組ではなく、十文字組の人間だ。どれだけ叔父様と仲が良くても十文字組を捨てることはなく、忠義を果たしてきた。でも、今の十文字組は一之瀬組以上に窮地に立たされている。一騎当千の師匠でも、敵に自分の弟子がいて、尚且つ師匠より強いとなれば絶体絶命だ。


 それでも師匠は逃げずに戦うだろう。十文字組のために、愛と犠牲を天秤にかけてまで。


 師匠、あなたはどうなってしまうのですか。もしかしたら本当に、二度と会えなくなってしまうのではないでしょうか。


 師匠、答えて下さいよ。あなたは何を考えているのですか。


 お願いです。遠ざからないでください。行かないでください。これ以上、私を独りにしないでください。


「師匠...!」


 その呼び声は虚空に消え、帰ってくることはなかった。


 そして私は、絶望の淵で眠りについた。





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