第74話:絶望の淵
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
「そんなものか、火花」
「いえ...まだいけます」
竹刀を握り直し、再度師匠に向けて剣を振るう。
師匠が別荘に来てからというもの、これまでが嘘だったかのような、厳しい鍛錬が続いた。期限は1週間しかないため、それは仕方のないことだが、両者とも焦りが出ていたのは間違いない。
「火花、もっと剣先を上げろ」
「はい、すみません」
日に行う素振りの回数も劇的に増え、1日に10回は実践試合を行った。
「はぁ...はぁ...」
流石に息が上がる。
そんな私を見た師匠は、「休憩にするぞ」と言って稽古場を離れた。
「...師匠」
呼び声も虚しく、師匠は部屋から出ていく。
師匠は強い。近づいたと思ったら、また離れていく。でも、今回ばかりは、そんな弱音を吐いている暇はない。本当に出ていってしまうんだ。私もそれには覚悟を決めた。
師匠が選んだ道だ。私ではなく、もっと別の何かを選んだ。なら、私はそれに応えるだけ。
それに、ここで折れてしまえば、師匠に認めてもらえない。そうなれば、みんなと戦うことができない。
そんなの...嫌だ。
私はやらないといけない。
強い覚悟を決め、来る日も来る日も挑み続けた。体の麻痺なんかで遅れをとっていてはいけない。
私はここで、私を越えないといけない。
「今日はこの辺でいいじゃろ」
「師匠、私はまだ...!」
「...お前、自分の手を見たか?」
そう言うと、師匠は私の手に視線を落とした。手のひらは擦り切れ、血に塗れていた。
「...こんな傷、大したことありません。それより今は、一分一秒でも鍛錬に励みたいんです」
「はぁ...今のその状態で鍛錬しても上達せんわ。ちゃんと休むことも、上達への一歩じゃぞ」
「ですが...!」
「二度も言わせるな。休め」
「...わかりました」
焦ってることはわかってる。でも、これで最後だと思うと、焦らずにはいられない。師匠との別れになるんだ。これで私の道が決まるんだ。強くならないと、私は...!
そんな焦りを抱えながら、日にちは過ぎていった。
日々を過ごしても焦燥感は心を蝕み、残った麻痺は体から抜け落ちない。上達を実感しないまま、とうとう期日を迎えてしまった。
「さあ火花、位置に立て」
「...はい」
両者の間に冷たい空気が流れる。いつもなら落ち着いているはずが、落ち着けない。
「ルールはこれまでとは違う。ルール無用、殺さない程度の殺し合いをする。この道場に、最後まで立っていたものが勝者だ。骨が折れようとも、血を流そうとも、降参するか意識が無くなるか立てなくなるまで続く」
「はい」
「そして、この勝負でお前が勝てば無事合格。儂の弟子卒業じゃ。じゃが、負けたら失格。卒業はできんし、これから始まるであろう紛争への介入を禁止する。良いな?」
「......はい」
「では、始めるぞ」
そう言うと、師匠は木刀を取り出して正面に構えた。応じるように私も構える。
...震える。麻痺のせいもあるだろうが、緊張が大きい。動揺もしてる。焦りも抜けない。
負けたら終わりだ。認められないまま師匠と別れることになる。今生の別れになるかもしれない。
なんで行ってしまうのか。理由は深くは知らないが、十文字組関係なのはわかる。十文字組に何か起きたら、師匠は駆けつけるだろう。でも、それで生き残れるとは限らない。
だからこの勝負は、大事なんだ。本当に最後になるかもしれないから、せめて師匠を安心させるためにも。そして、私のためにも。
だから...!
「ハアアアアアアア!!!」
一瞬で距離を詰め、一撃を入れる。師匠はそれを軽々といなし、剣戟に発展した。
焦りを振り切るように、麻痺を誤魔化すように、強引でも腕を振り続けた。しかし師匠は、その猛攻を涼しい顔でいなし続ける。
何度剣を振っても、師匠の体に届かない。ただ、切先の向きを変えられ、いなされるだけ。
「...全然じゃ」
瞬間、師匠は剣戟のペースを上げた。
「くっ!?」
追いつかない。ダメだ。焦れば焦るほど剣がブレる...!このままじゃ負ける!
木刀の切先をなんとかいなし、距離を取る。
今の剣戟だけで、私は何箇所かを打撲した。しかし、師匠には何もできていない。
「はぁ...」
上がった息を整え、もう一度突っ込む。
前は正面から行ったせいでああなった。なら、後ろから行けばいい。
距離が十分に詰まったところで身を翻し、裏から剣を薙ぐ。
「甘いな」
しかし、それは止められた。なら、下だ。
下段を攻撃するも、飛んでかわされる。そして降りる寸前に蹴りが来た。私はそれを剣でガードすると、今度は刺突が飛んできた。
「!?」
顔面を掠めた。なんとか避けたが、完全には避けきれなかった。頬から血が落ちる。
師匠はそんなこと気にもとめず、冷ややかな表情で淡々と剣を振った。
捌ききれない。上下左右に振ってくるわけでもない、真正面からの正直な剣筋なのにも関わらず、押し切られそうになる。
速さが、そしてパワーが、段違いだ。
数十回目に渡る剣戟が続いた頃、とうとう私は衝撃で剣を握る手を離してしまった。
とっさに姿勢を戻し、握り直そうとするが、当然師匠がそんな隙を見逃すはずもない。
「セリャアアア!!!」
「ッ」
ドンと鈍い音を立てて、私の溝落ちに剣が刺さり、体は飛んでいった。そして、叩きつけられる。
「終わりか?火花」
「ま...だ、です...!」
こんな攻撃は何度も喰らってきた。大丈夫だ。私なら...!
震える脚を押さえながら、剣を立てて立ち上がる。
「私なら!!!」
また剣戟が始まる。
しかし。
「甘い」
師匠はそう言うと、剣を片手に持ち替え、私の胸ぐらを掴んだ。
「!?」
そして、地面に叩きつけられてしまった。受け身も取れない速攻で息が途切れたが、追撃を避けるために必死に体を転がした。
そして体を起こし、再度向き直るが、そこに師匠の姿はない。
「どこに...!」
瞬間、後ろから激しい殺気を感じた。
振り返ると同時に剣を振るも、そこにも師匠の姿はない。
いや、違う。
「下!」
「遅い」
私の斬り下ろしが空を切り、刺突による突き上げが私の下顎を打った。
体は大きく反り、またもや床に打ちつけられる。衝撃で木刀が床を滑った。
「遅いし焦りすぎじゃ、それに力も弱い。対応力も足らんし、視野も狭くなっとる。こんな体たらくでいいのか、火花。後の戦争で生き残れるか」
「私は、まだ...!」
力を入れ、立ちあがろうとするも、脚が動かない。
「肋は何本折れた?どれだけ打撲した?何回床に伏した?なあ火花よ、これがもし実戦なら、お前は何回死んだ?」
「私は...!」
「これで最後になるかもしれんのじゃぞ」
「まだ...!」
まだ、やれる。ここで終わったら、私は何にもできなくなる。またあの日の弱虫な私に戻ってしまう。立ち上がって剣を取れ!
「ウアアアアアアアアア!!!」
慟哭を上げながら吹き飛んだ剣を取り、猪のように突っ込んだ。
諦めない。終わらせない。みんなのためだ、師匠のためだ、そして、私のためだ。
「師匠!!!」
十分に近づいた。あとは斬るだけ。
「火花」
その声と共に、容赦のない横薙ぎが飛ぶ。
「ハッ...アッ...」
情けない声を上げながら、体は宙を舞った。そして、また叩きつけられた。
「もう終わりか」
「終わりじゃ...な...っ...」
立ちあがろうとするも、全身に力が入らない。
「火花、儂はお前を試した。次の戦いで生き残れるか、そして、あいつを屠れるか」
「あ...いつ...?」
「儂では太刀打ちできん奴がいてな。お前がそいつに勝てるかどうかテストしたんじゃ。まあ、これがその結果じゃな」
師匠はそう言うと、地に伏す私に背中を向けた。
「ま...って...!」
「動けんくなった時点で、お前の負けじゃ。卒業試験は不合格。そして、今後の戦いには不参加。決まったことじゃ、認めろ」
「まだ...」
「潔くなれ、醜いぞ。お前は負けたんじゃ。お前じゃあいつには勝てんのじゃ」
「誰、なんですか...?」
問うと、師匠は遠い目をした。その目は、これまでの人生で一度も見たことないほど、悲しいものだった。
私は何かを察してしまった。これまで感じていた嫌な予感を凝縮したような悪寒が走る。
「...クロウのランク5構成員。コードネーム、ユースティティア。十文字楓じゃ」
十文字という名字を聞いた瞬間、冷や汗が吹き出た。
「な、何故名前を...」
恐る恐る聞くと、師匠は振り返った。
「...儂の弟子だったからじゃ」
「弟子...」
弟子...そんな...師匠に他の弟子がいるだなんて聞いていないし、ましてやそれがクロウの構成員だなんて...。ありあえなう。いや、ありえちゃいけない。だって師匠は...勝てないから。
「先代組長十文字四郎の孫、あいつは儂より強い。何より......儂の手では殺せん」
「そ、そんな...!弟子だなんて聞いてません」
「ああ、儂にとっては思い出したくない記憶じゃからな。とにかく、お前は負けた。卒業試験はその結果で終わりじゃ。じゃからもう...」
「待って下さい...師匠...!」
痛む体を引きずりながら、師匠の足を追いかける。
「関わるな」
稽古場の戸が閉まり、孤独が私を蝕む。
「......」
終わった。私の全てが、ここで。
師匠、あなたはどうするつもりなのですか。師匠は優しい。殺せる相手でも、殺さなきゃいけない敵だとしても、それが弟子となれば殺せないのではないか。逆に弱みを握られるかもしれない。
師匠は一之瀬組ではなく、十文字組の人間だ。どれだけ叔父様と仲が良くても十文字組を捨てることはなく、忠義を果たしてきた。でも、今の十文字組は一之瀬組以上に窮地に立たされている。一騎当千の師匠でも、敵に自分の弟子がいて、尚且つ師匠より強いとなれば絶体絶命だ。
それでも師匠は逃げずに戦うだろう。十文字組のために、愛と犠牲を天秤にかけてまで。
師匠、あなたはどうなってしまうのですか。もしかしたら本当に、二度と会えなくなってしまうのではないでしょうか。
師匠、答えて下さいよ。あなたは何を考えているのですか。
お願いです。遠ざからないでください。行かないでください。これ以上、私を独りにしないでください。
「師匠...!」
その呼び声は虚空に消え、帰ってくることはなかった。
そして私は、絶望の淵で眠りについた。
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