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ブラック&ホワイト  作者: 芋太郎
第2章:十一編
72/80

第72話:遠ざかる背中

*不定期更新です。基本13時に更新してます。

 また夢を見た。


 今度はもっと昔の夢だ。


 私の父は、叔父様と同じように一之瀬組の人間だった。母はそんな父と仲が良く、愛し合っていた。私のことも愛してくれていた。


 しかし、父は薬物に手を出してしまった。それにより、心神喪失を引き起こし、母も追うように頭がおかしくなってしまった。


 そして、私を残して二人は心中した。


 その後私は叔父の一之瀬亮吉の元に預けられることとなった。


 昔の私は、本当に臆病で、内気だった。そのせいで、小学校ではいじめられていた。


 しかし、そんな私を変えてくれたのは私の師匠、十文字組の新倉重蔵だった。あの人は叔父の竹馬の友ということもあり、私のことを可愛がってくれた。


 そして、厳しくもあった。


「またいじめられたんか、火花」


「は、はい」


「殴り返したか?」


「いえ...すみません」


 幼い頃から弱気な私は、剣を習っていたにも関わらず、誰かに立ち向かうという勇気など持ち合わせていなかった。


「儂は言ったよな?やられたらやり返せ。極道の世界だけじゃない、どの場面でもそうだ。やられたままじゃ、何にもならんしどうにもできん。勝てなくてもいい。とにかく、やり返すんじゃ」


「すみません、師匠...」


 俯く私に、師匠は「はぁ」とため息をこぼした。


「火花、竹刀を握れ」


「わかりました」


「そのまま儂に攻撃しろ」


「え?ですが...」


「儂がお前の攻撃如きで怪我を負うわけなかろう。なあに、お前の実力を今一度測るだけじゃ」


 私は少し渋った後、その言葉を信じることにした。


 距離を取り、構える。幼いながら、その構えは堂に入っていた。


「やああああ!」


 気合いと共に踏み込み、竹刀を振るう。しかし、師匠は動くことはなかった。


 竹刀は頭の横を振り切った。


「やはりだ」


 言わんとしたいことはわかる。私には決定的にあるものが足りない。


「太刀筋もいい。キレもある。速さもバッチリじゃ。じゃが、どうにも踏み込みが足りん」


「踏み込み、ですか」


「お前に足りないものは、勇気だ。自分が傷つく勇気、他人も傷つける勇気。その勇気のなさが踏み込みに出ている。前に進む脚を鈍らせているようじゃ」


「はい」


「そのままじゃ、いじめっ子にやり返すことはできん。じゃから」


 その時、師匠は私の背中をポンと押した。体が前のめりになり、自然と前進する。


「どうしても勇気が出ないって時は、儂を思い出せ。背中を押してやる」


「師匠...」


 師匠の言葉は、手のひらは、とても温かく、私を勇気づけてくれた。


 そして私は。


「おい泣き虫女!早く泣き止めよ!」


 殴る蹴るの暴力だ。


 いつものように私をいじめてくる人たち。見ているみんなは、誰も私を助けようとしない。


 でも、私には師匠がいる。


 ずっと、心の中にいてくれる。そして私に、勇気の一歩を踏ませてくれる。


「なんか言えよ!」


「...!」


 胸ぐらを掴まれる瞬間、私はその男子の手首を掴み、捻った。


 男子は涙目になりながら「痛い」と喚いている。


「私はもっと辛い目にあってきたんです。そのぐらいで泣き言を言わないでください」


 そう言い捨て、男子の手を離す。男子の仲間が私に警戒心を見せる。


「くそ!」「ふざけんな!」「ブス女が!」


 等という暴言を吐きながらも、近づこうとしない。むしろ私から遠ざかっている。


 私はその人たちを一瞥すると、いじめっ子たちは悪態をつきながらも逃げていった。


 性格が悪いと思われるかもしれないが、とても清々しい気分だった。


 家に帰り道場に入ると、師匠は私の体を見るなりしかめ面を浮かべた。


「またいじめられたか」


 しかし、その顔私の表情を見るなり、微笑みに変わった。


「じゃが、まあ、そうじゃな、良くやった。偉いぞ」


 この経験を通し、私は死戦に身を投じることができている。あの日の出来事があったから、私は戦うことができたのだ。


 師匠は優しい。いつも私のそばにいてくれる。そして、背中を押してくれる。


 でも今は、いない。


「はぁ...はぁ...」


 何度振っても何度振っても、思うように剣が振れない。


 麻痺がまだ残っている。


 わかってる。私の心の師匠が背中を押してくれるかくれないかは、私の気の持ちようにすぎない。私が落ち込んでいれば、無理だと思って諦めてしまえば、勇気づけてくれることは決してない。


 わかってる。でも、できない。


 今の私には...戦えない。麻痺は体に残り、叔父様が安全かどうかもわからない。皆のことも心配だし、組の現状もわからない。それに...本物の師匠が心配だ。


 不安要素が、私の勇気を阻害した。


 それを排除するために何度も剣を振った。それでも、私の心は立ち直らなかった。まだ迷ったままだ。


 そんな時、誰かが別荘を訪ねた。それは私が一番会いたかった人物だった。


「師匠...!」


「火花、久しぶりじゃな。元気...にはしとらんかったの」


「はい、まあ...色々あったので」


 そう言って私は客室に師匠を通した。


「誰もいない別荘で、暇じゃないかの?」


「いえ、暇になる暇がありませんので」


「回りくどい言い方じゃな」


「そうですね」


「学校はどうしているんじゃ?」


「療養中ということで、休学です。美月も虚もそうだと聞きました」


「そうか...すぐ学校に行けるようになるといいの」


「そう、ですね」


 こんな話がしたいんじゃない。私はもっと、師匠に聞きたいことがあるはずだ。


「師匠こそ、その、大丈夫なんですか?」


「全然大丈夫じゃない。一之瀬組もそうじゃろうが、十文字組はほぼ壊滅。じゃが、儂を休ませてはくれないようじゃ」


「また...行ってしまうのですか」


「ああ、すまんがそうなるの。亮吉も動けん状態で儂もしばらく動けない。火花には寂しい思いをさせるやもしれん」


「私は大丈夫です。ただ...」


 一番心配なのはあなたの方です。


 そう言いたかったのに、出なかった。


 口をつぐんでいると、師匠は少しの間目を瞑ってから、ゆっくりと口を開いた。


「...お前の体調も万全ではないだろう。じゃが、もう儂にはお前に時間をかけている暇が無い。じゃから、一週間後に卒業試験を執り行う」


 その言葉は、私にとってあまりにも理解し難いものだった。いや、理解したくないものだった。


「そ、れは...どういう...?」


「これからみっちり特訓する。そして、一週間後に儂と戦う。正真正銘の真剣勝負でな。その試合で、合格か不合格かを決める。合格すれば晴れて弟子を卒業。不合格になれば」


「...」


「もうこの戦いに首を突っ込むな」


「そんな...!」


 それは、あまりにも残酷な言葉だった。


「時間が無いんじゃ。それに安心せい。儂は亮吉と違って、お前を戦禍から遠ざけたいからこんなこと言ってるんじゃないんじゃ。ちゃんと力を見極め、この戦いで生き残れるか死ぬかを判断したいだけじゃ」


「ですが...!そんな...そんな一週間で卒業だなんて...!悲しすぎますよ!」


「決まり事じゃ。今日から儂もここで止まる。明日からの鍛錬に向け、早めに寝ておけ」


 私の懇願を無視し、師匠は部屋から出ていった。


 その背中はとても寂しいもので、私からどんどん遠ざかっていった。



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