第68話:届かない
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
「始め!」
師匠の合図を受けて、私は大きくそして素早く踏み込んだ。
一本先取だ。狙うは鳩尾。
この距離からの突きで、終わらせよう。白井さんには申し訳ないけど、少し痛い目を見てもらうことになる。
「ハアアアアアアア!!!」
気合いと共に突きを放つ。終わりだ。
そう、思っていた。
「何ッ!?」
なんとあの突きを、白井さんは上半身を反らして避けたのだ。
嘘だ。素人がかわせるわけない。
いや、落ち着け。まぐれだ。冷静に追撃を浴びせればいい。相手は姿勢が悪いし、今度は避けられないはずだ。
次は、そのままもう一度鳩尾。
しかし。
「甘いっ!」
白井さんは反らした上半身を翻し、回転しながら竹刀を蹴り上げた。
そしてそのまま、斬り合いにもつれこむ。
この斬り合いもまた、白井さんの方が少し上手だった。こちら側の太刀筋は全て読まれ、逆に相手側の攻撃には対処が遅れてしまう。
そのせいで、何度も体や顔の寸前を擦った。
距離を離そうと後ろに下がりながら斬り込むも、ピッタリとつけられて剥がせない。
何だこの異様な強さは。
おかしい。ただの一般人が、素人が、これまで努力していた私よりも上なわけがない。
そんなの。
「ありえない!!!」
「おっと」
強烈な振り上げを防がれた。しかし、防いだ衝撃により、白井さんは大きく体勢を崩した。
いける。隙だらけだ。
「貰った...!」
隙だらけの上半身に、横薙ぎの一閃を振りにいく。
しかし、白井さんの体は、横振りに合わせるかのように消えていた。
「どこに...」
「ここだよ」
声のする方を見ると、白井さんが低い姿勢でこちらを見上げていた。
驚いた。当たり前だ。あの反応速度は、明らかに常人のソレではない。
そして驚く暇すら与えない程の、強烈な突き上げが飛んできた。
「ッ!」
間一髪でそれを避け、続け様に放たれる返しの一撃も、なんとか避けた。
そしてそのまま距離を取る。
「いやー結構避けるね、火花。ここまでやり合ったのは久しぶりだよ。2年ぶり?もうちょっと前?まあいっかどっちでも」
「ハァ...ハァ...ハァ...」
この人、息が切れていない。
私はこれ程までに疲れ切っているのに、まだ余力を残している。
「じゃあアイスのために、ちょっと本気出しちゃいますよー!」
そう言うと、白井さんはいつの間にか、私のすぐ前まで迫っていた。
悔しい。悔しい悔しい悔しい。
悔しい。
「ありえない...!」
悔しさのあまり、竹刀を握る手に力が入る。
それからは、見るも無惨だった。
白井さんの竹刀による隙を生まない連続斬りに、手も足も出なかった。回避しようとしても、受け流そうとしても、全て一枚、いや、二枚上の攻撃で蓋をされる。
そしてとうとう、私の疲れも限界を達し、よろけてしまった。
終わりはあっけなく、そんな私の隙だらけの首元に竹刀を突き立てられただけだった。
「中々強かったよ、火花!まあそれは置いといて、お爺さん、アイス!」
倒れ込む私とは対照的に、白井さんの言動はハツラツとしており、激闘の後とは思えないほどだった。
「ほいよ。これで好きなだけ買ってきなさい」
「買ってきてくれるんじゃないの?」
「めんどくさいからの。外暑いし」
「確かに今日暑いですよねー。んーまあ、そう言うんだったら買ってきますかね」
倒れる私をよそに、白井さんは駆け足で廊下に出ていった。去り際、私の方を向く。
「火花!また学校でね!」
そう言って走っていった。
倒れながら呆然と後ろ姿を見る私の上に、影ができる。
「...わかったか火花。お前より上の実力者は、多く存在しておる。お前と程近い、身近な存在にもいるんじゃ。傲慢にならず、謙虚に鍛錬せい。己はまだ未熟だと、そう思いながら日々を過ごすんじゃ」
「......師匠も己は未熟だと、未だに思っているのですか?」
「当たり前じゃよ。儂もまだまだ未熟者じゃ。さっきの試合を見て、より一層実感したわい」
「......」
それから私は、己の考えを改めた。
鍛錬しても鍛錬しても、想像の中ですら白井美月という超人に勝てない。
日に日に増える練習量と、手のタコは、私を強くしていった。
しかしそれでもまだ、私は己の強さに満足することができなかった。
そして月日が流れ、美月とも仲が深まり、事情を知ることになった。
美月の強さが、家庭環境にあることはわかった。しかし、それでもあの強さは破格だ。ハッキリ言って天才。そうとしか言えない。
何度も挫折しそうになっては、己を奮い上がらせ、天才に打ち勝つために努力し続けた。
そんなある日、とうとう私は二度目の戦いを挑んだ。
「久しぶりだね火花。2年ぶり?」
「そうですね。あの時が15歳でしたので、2年ぶりかと」
道場内、お互いに対称の位置につく。
あの日と同じだ。違うのは、年齢とそして持ってるもの。
私は真剣。美月はナイフ一本。
互いに刃物だ。寸止め前提だが、下手をすれば大怪我するだろう。
当然、美月は渋った。命がかかった試合になるし、当然の反応だろう。しかし、私はそれでも押し通した。これだけ頑固に我を通したのは、生まれて初めてかもしれない。
こうじゃないと、命がかかってないと、この人の本気を出せないし、互いに実力を出しきれない。
本気で挑み、本気の美月に勝ちたい。だから、文字通り真剣勝負で。
「ルールは前と同じ。ただ、直で当てないで寸止めね!言っとくけど、怪我とかしても知らないからね!言ったからね!」
「わかってます!」
そう答えた瞬間、美月の顔と雰囲気が明らかに変わった。
普段のような明るい雰囲気ではなく、凍てつくような、生殺与奪がかかった雰囲気。
「じゃあ、本気で行くよ」
互いに構える。
空気が凍てつき、音が消えた。
異様な圧迫感だ。美月の周りの空気が、明らかに前とは比べ物にならないほど締まっている。
見るだけで実力に察しがつく。
これが、白井美月の本気...!
これと戦いたかった。己がどれほど近づけたか、試したかった。
だから...!
「ハアアアアアアアア!!!」
「......」
同時に踏み込む。
俊足のナイフが、領域を切り裂いてくる。
早い。しかし、これなら対処できる。この調子なら、いけ...。
「え」
一瞬だった。いや、一瞬にも満たなかった。
いける。そう思った時にはすでに、私の首元寸前にナイフが止められていた。
私は声を失った。
「私の勝ちだね」
その声は私を絶望に突き落とした。
美月は何も言わずに去っていった。
届かない。恐らくあれも完全な本気ではないだろうに、それなのに、一歩も...一歩も近づいていない。
「...ッ」
恥と知りながら、私は涙を流した。
悔しくて、己の弱さが憎くて、ただただ泣いた。いけるなどという慢心を抱いた己の心が、腹立たしかった。あれだけ学んだはずなのに。
そして、泣き止むころにはあることを決意していた。
絶対に白井美月に勝つ。
それからというもの、私は自身の甘さを捨て、鬼と化した。美月に対戦を申し込むことをやめ、ただ友として、ライバルとして、目指すべき目標として彼女の姿を見続けた。
そして、今に至る。
病床に伏し、また悔しさを抱いている。
目が覚めてから1週間経った。その間に、私は意識を失っていた間のことを聞いた。
組がピンチとなり、叔父様が隠居したこと。病院に襲撃があったこと。同時に爆破テロが起きたこと。名取実の周りを取り巻く問題が、何とか解決されたこと。未だに組の問題が解決されていないこと。
そして、美月が敵によって重傷を負ったこと。
問題が一つ解決したことは嬉しいことだし、まだ解決できていない問題があることは、最悪だ。
しかし、そんな感情を押し除けて、悔しいという感情が出てくる。
自分が役に立てず、襲撃されている間、毒に侵されて一ヶ月意識を失っていたこと。
そして、美月に怪我を負わせた人がいること。
悔しい。私ですら届かなかったのに、その人は少しだとしても触れることができたのだ。
なら、未だに触れることすらできない私は、一体何なんだ。
「私は...」
シーツを握る手が痺れている。毒の後遺症で、痺れが残っているのだ。
こんな調子で、この先戦えるのか。
「......はぁ」
私は悔しさと不安を息に混ぜて、寒天に吐いた。
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