第67話:追憶
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
夢を見ていた。
昔の夢だ。高校1年生の時、まだ私は今よりも未熟で、それでいてその未熟さを私自身は理解していなかった。
己の弱さと未熟さを認めてから、初めて成長する。
今の私はそう考えているが、当時の私はそんな考えをしていなかった。
私は物心ついた時から剣道を習っていたのだが、生まれてこの方、師匠以外の人に負けたことが無かった。
何度も大会で優勝しては、周りから褒められ、それが己の自尊心とプライドを高めることになり、結果、その経験が慢心を生んでいた。
当時の私には、戦う者全てが弱く見えていたし、負ける気など、微塵も感じなかった。
過剰なまでの自信が、私にはあったのだ。
そしてその自信が、打ち砕かれるような事態が起きた。
その日も、私は師匠と手合わせをしていた。
剣道ではなく、殺人剣のような、実戦に近いルール無用の戦い。剣道よりも、そっちの方が私は好きだった。
「......ま、今日のところはこんなもんじゃろ」
「いえ、もう少し...手合わせを」
「老体に鞭打たせるでない。まあそうじゃな、今度の大会で優勝したら、今よりもっと手合わせの時間を伸ばしてやろう」
師匠は髭を撫でながら、笑った。
私にとって他の参加者は、正直弱い。弱すぎる。優勝なんて簡単だ。
「...お前、周りが弱いとかって思ってないか?」
その言葉は、自分の心を見透かしたかのようだった。
「い、いえ、そんなことは...」
「悪心を持つ者は、目と仕草を見ればわかる。今お前は、慢心を抱き、それについて言及され、ついぞ嘘を吐いたじゃろ?」
この人は何でそんなことまでわかってしまうんだ。
「は、はい、すみません」
頭を下げて謝ると、師匠は「よいか」と言って人差し指を挙げた。
「周りが弱いと思うのは、自信過剰の表れじゃ。常に自分は弱く、そして周りは自分より強い。そう思っておけ。そうすればいずれ、お前は誰よりも強くなる。慢心を捨て、謙虚に生きろ、火花。傲慢は人の成長を鈍らせる。あ、ただ、謙虚になりすぎるなよ?自分は弱いと思い続けると、今度は心が腐る。ま、そうじゃな、適度に休んで適当にやるのがベストじゃな」
師匠は歯を見せながら笑った。よく笑う人だ。
師匠が言っていることは表面上では理解できるけど、心の底では理解できていない。
私は周りより強く、そして周りは私より弱い。それは事実なのに、どうしてそれをわざわざ否定してまで、自己評価を下げなければならないのか。
私には一切理解できない。
「...そう、ですか。心しておきます」
要領を得ない回答を聞き、師匠は困ったような顔で上を向いた。
その時だった。
廊下を誰かが歩いているのを、師匠は目撃した。
それは私にとって、いや、一般人なら誰でも普通の女子高生にしか見えなかったが、師匠にとっては何か惹かれるものがあったらしい。
「おーい!そこの!」
「ちょっと、師匠!?」
私の静止を聞かずに、師匠はその女子高生を呼び止め、あれよあれよと道場にまで引き込んだ。
目の前に、キョトンとした表情を浮かべた女子高生が立っている。
肩甲骨まで伸びた黒い髪と綺麗な顔立ちで、美人ではあるが、やはり普通だ。
「あの師匠、困ってますよ?」
私が言うと、目の前の女子高生は「困ってないよ」と満面の笑みを浮かべた。
「お主、名前は?」
師匠はあくまでも引き下がらない。何をしたいのか、何をさせたいのか、わからない。
「名前は白井美月、15歳です!そこの富岡第二高校に通ってる1年生です!えと、キミも同い年くらいだよね?名前は?年は?もしかして同じ学年?あ、同じ高校!?」
「あ、あの...」
第一印象は、騒がしく、やかましい、距離感の取りづらい人。グイグイ来る。しかし、無視するのも可哀想だ。とりあえず返事はしよう。
「わ、私は一之瀬火花です。同い年で、同じ高校に通ってますよ」
「えぇ!?マジ!?クラスは?今度一緒にお昼食べようよ!火花!」
近い。
なんなんだこの人は。そもそもうちは極道の家で、こんな女子高生が来るような場所じゃない。本当に何故ここにいるのか。
「あの師匠?何故なんのためにこの場に呼んだのですか?というか、誰なんですか?知り合いですか?」
色々問うと、師匠はあっけらかんと「知らん」と言ってのけた。
師匠、見知らぬ人を何故呼び招いたのですか...?
「ねえお爺さん!私に用があるって何?」
白井さんも何をするのかわかっていないらしい。
「お主には、儂の弟子、火花と模擬戦をしてもらいたい」
「ハ!?」
予想外の言葉に大声が出てしまった。
模擬戦?この人と?何故?
頭の中で沢山の疑問符が並べられる中、平然と師匠は話を続けた。
「お主の実力は体つきを見ればよくわかる。その歳にして、もしかしたら儂以上の実力を持ってるやもしれん。だからこそ、お主と火花を戦わせ、愚かな弟子に知らしめたいのじゃ。強者の存在を」
「んー、疲れるからなー。何かご褒美があったらなー」
「アイス奢ってやろう」
「やる!やりまーす!面白そうだしねっ!」
そう言うと、白井さんは師匠から竹刀を受け取り、私と対角の位置についた。
「ルールは?」
「剣道のルールは知っとるか?」
「知らない」
「じゃあ、そのまま模擬戦じゃな。一本先取で、何を使ってもどう動いても自由。それで、どちらかが急所に1発竹刀を当てることができたら一本じゃ」
「良いですねそのルール。今度からうちでも使お」
そう言いながら竹刀をまじまじと見つめる彼女を見て、私は思った。
見るからにこの人は初心者だ。竹刀を持ったことも無いし、何なら触ったのも初めてかもしれない。そんな人と模擬戦を行なって何を得ることができるのか。
強者の存在を知らしめる?ハッキリ言って、馬鹿げている。
「師匠、私は受けませんよ」
「何故じゃ?」
「相手は素人ですよ?素人と戦っても何も意味ありません。素人相手なので本気も出せませんし、ただ怪我をさせてしまう危険性があるだけです」
「御託はいい。戦ってみればわかる」
この人に言ってもダメだ。変な時に頑固になるのが、この人の悪いところだ。
「白井さん」
「美月ね」
「...美月、さん」
「み、づ、き!」
「......美月、良いんですか?やるからにはこちらも本気です。怪我をしても知りませんよ」
そう言うと、白井さんは「平気平気」と言って笑った。
楽観的な人だ。この人も、どうも下がる気はないらしい。
ならば、実力でわからせる他ない。
「後悔、しないで下さいね」
「だいじょーぶだよ」
その瞬間、私と白井さんの間の空気が一気に締まる。
向こうを見ると、手を下にぶらりと下げて、ただ辺りをキョロキョロと見回していた。
構えすらとっていないし、道着すら着ていない。こんな人と戦っても、苦戦もしなければ、負けるはずもない。
...無意味だ。直ぐに終わらせよう。
「始め!」
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