第60話:孤独
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
「実」
正面に立つ影にそっと呼びかけた。
返事は無い。多分、あれから私が知らないところでいっぱい人を殺したのだろう。薬の効能で心さえも殺され、実はもう実じゃなくなっている。
この場面で実をこっち側に戻すことができなければ、実はもう戻れなくなってしまうだろう。
薬の効能が更に強まり、人形のような扱いを受ける。救えなかったらバッドエンドだ。
だから、これで終わらせる。実をこっちに救い戻す。
まだ、言えていないこともあるんだから、そっちに行っちゃダメだよ、実...!
「うつろ...?」
呼びかけられた時には、もう既に実の体はナイフを持ってこっちに向かっていた。
必死に話そうとしている心に反して、体が反射的に私を殺そうとしている。そんな感じだろう。
「今、助けるから...!」
ナイフを構える。
マシンガンを持っていないのが不幸中の幸いだ。恐らく、道中で使い切ったのだろう。
道中で使い切ったということは、実はもっと人を殺したということ。
ダメだ。実をそっち側に行かせてはいけない。
「実」
私も数歩踏み出し、間合に入った。
私は昔から近接戦闘が苦手だ。ナイフで戦おうとしても毎回怪我をする。しかも、相手は実だ。強いし、勝ち目は無い。
でも、銃はできるだけ取り出したくない。銃は一歩間違えれば殺してしまう。
私のミッションは、実を救うこと。
だから。
「死んでッ!!!」
ヒステリックな声に反して、落ち着いた表情で実はナイフを振ってきた。
私はそれに対処すべく、何とか回避行動に出る。
ギリギリの回避が多い。長引くと死ぬ。
「お願い、戻って...!」
「戻る...戻る、戻る?何処に」
「本当の実に、そして私たちの元に」
「どうして?私はあなた達と初めましてですよ」
話が通じない。記憶があの日以上に混濁している。私の名前を覚えていたのに、他人だと思ってしまっている。
もう闇に堕ち切っているのか。なら、私は実を救えるのか。
「死んでよ、ねえ!」
「実!!!お願い!!!そこにいるなら」
「うるさいッッッ!!!」
怒声と共に振られたナイフが、私に向けて走ってきた。
早い、避けきれない...!
「ッ!」
肩口を切り裂かれる。
そしてそれを機に、実は猛攻を仕掛けてきた。
早くて鋭い銀閃が、あちこちを傷つける。何度戦っても慣れないし、対処出来ない。
「みの、り...!」
「死んで!私の...私のために...!!!」
帰ってきてよ!
「実!私は実に、本当の実に伝えたいことがあるの!だから、戻って来て!!!」
「うるさい!あなたなんて知らないってば!」
今度は脚が切られた。
このままじゃ私の体が持たない。実を救えるなら、私は死んでも構わない。でも、ここで死んだら実を救えない。
だから、私はここで死ねない。
本当はやりたくなかったけど、やるしかない。
ナイフの切り合いの間に、私は後ろに飛んで少し距離を置いた。
実はついてくる。しかし、ナイフの間合に入られなければセーフだ。
「ごめん実、痛むよ」
バンと大きな音が鳴り、実の腕から血が吹き出た。
「グッ...アアアアア!!!」
腕を抑える実。その隙に私はもう1発、実の脚に銃弾を放つ。
しかし、実は撃たれる前にその場を離れ、私との距離を縮めてきた。
実はあくまでも近接戦闘を強要するつもりだ。でも、ここで近接戦闘を続けてしまえば、先にやられるのは私。
距離を取りながら行くしかない。
微妙な距離感を保ちつつ、銃弾を放つ。
「当たらない...!」
実の動きが早くて、私の腕前でも当たらない。
「......」
平気な顔をしながら実は銃弾を避け続ける。
病院の柱やソファ等、あらゆるものを駆使して避ける。そして、少しでも隙が生じれば、一瞬で距離を詰めてくる。
決定打がないまま、ひたすらに撃ち続けた。
「はぁ...はぁ...」
まずい、あと2発だ。この2発を撃ったら、銃弾が無くなる。息も切れてきた。そろそろ限界だ。
でも、実はまだ動けそうだ。
どうする。
思考を巡らせる。その時、曲がり角が正面に見えた。
「あれだ」
銃を構える。当たらなくていい。時間を稼げれば十分だ。
そして私は1発撃って、実に距離を取らせた。その隙に曲がり角を曲がってしゃがむ。
待ち伏せで実を撃つ。虚を突けば、さしもの実でも避けられないだろう。
深呼吸をする。
1発だ。外しちゃいけないし、致命傷も負わせてはいけない。狙うは脚、または足首。とにかく動けなくさせるだけでいい。
当てろ、そして殺すな。私は狙撃手だ。これくらいできて当然だ。
足音が近づいてきた。
もう直ぐ。
あと3歩。
2。
1。
...今だ。
瞬時に角から飛び出して銃を構えた。すぐ前には実の姿。
「!?」
しかし、銃を構えていた。行動を読まれていたのだ。
「......」
大きな銃声が鳴り響き、私の右頬を銃弾が掠める。私の銃弾も実の左腿を掠めた。
何とか避けることはできたが、そのせいで照準がブレ、腿に当てることができなかった。
その隙を突くように、実は距離を詰める。
「死んで」
まだだ。諦めるわけにはいかない。
「みの」
瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。
見ると、ナイフが深々と刺さっている。そしてそのまま、実はそのナイフを引き抜いた。
「......」
声も出ずに、静かに吐血する。
実は私を刺したナイフをマジマジと見つめ、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「あれ、私は...?あれ...?」
半狂乱になりながら涙を流す実。
幸か不幸か、私に深手を負わせたことで、実の中のストッパーが作動したらしい。
完全な正気、とまではいかなくとも、やったことの重さに気づいている時点で、少しの正気は取り戻せている。
「み...のり...」
安心して。私は死なない。私が死んだら、またあなたは苦しんで悲しむ。
それに、これ以上業を背負わせるわけにはいかない。
この傷で実の正気を少しでも取り戻せたのなら、安いものだ。
「虚...?あれ、私は何を...?どうして...」
正気と狂気が混濁し、実は頭を抱えた。過呼吸気味に声を漏らしている。
今なら、実に話を聞いてもらえるかもしれない。
「実」
痛む腹を抱えながら、私は実に話しかける。
「約束、覚えてる...?」
聞いた瞬間、実は少し黙った後「知らない」と言った。
「実...?」
「知らない!!!約束なんて覚えてない!!!私は...私は...!!!」
そう言うと、実は逃げ去るように走り出した。
「みの...ガハッ!」
ああ、どうしてこうも上手くいかないのか。
追いかけたいのに、追いかけられない。
私はまた...また実を独りにさせるのか。また実に全てを背負わせてしまうのか。
また約束を守れず、実に気持ちを伝えられずに行かせてしまうのか。
意識が暗転していく。
また、私は...。
気づいた時には虚を刺していた。
私は虚を刺した。
なんてことないはずなのに、これまでやってきたはずなのに、その事実がやけに重くのしかかり、混濁した意識を突き破って来た。
何で?これまで普通にやってきたことでしょ?今更悔いてもしょうがないことなのに、何でこんなに苦しいの?
「約束、覚えてる...?」
それを聞いた瞬間、一気に記憶が入り込んできた。
頭が痛い。呼吸が浅い。
「...知らない」
知らない!約束なんてしてない!してないよ!してないしてないしてない!!!
「知らない!!!約束なんて覚えてない!!!私は...私は...!!!」
そしていつの間にか走っていた。
虚を刺した事実と、刺したのにも関わらず、尚も私に話しかける虚の優しい表情から逃げるために。
「覚えてない覚えてない!!!」
叫びながら走る。
あの情景を払拭するように走る。
本当は覚えている。あの情景も、小指の温かさも、全部。
私は本当に嘘吐きだ。
「ダメじゃねえか逃げちゃ」
「え」
その声を聞いた瞬間、私の腿に激痛が走った。悶え伏していると、影が近づいてきているのがわかった。
見上げると、その人は既に私の前に立っていた。
「こっちは忙しいんだ。手間かけさせるなよ」
「嘘...」
野上風一郎は、つまらなさそうな顔をしながらナイフを取り出して私に向けた。
「来ないはずじゃ...」
「事情が変わったんだよ。それより」
先輩は私の髪の毛を掴んで、顔を覗き込んだ。
「お前もういいわ。使えねえし、死ねよ」
強引に手を離すと、ナイフを脚に突き立てた。
「アアアアア!!!」
思わず悲鳴が出る。
「逃さねえからな」
そう言うと今度は銃を取り出して、額に当てた。
ああ、終わりか。ここでとうとう終わっちゃうのか。
悟った瞬間、走馬灯のようにこれまでの記憶が流れ込んできた。
シルバーのみんなと過ごせて楽しかったな。ゲームもしたし、バーテンにもなれた。外には出られなかったし、少しだけだったけど、それでも、良い思い出だった。
でももういっか。嘘吐きな私にとっては、十分すぎるくらい楽しかったし、これで自由が手に入ると考えれば、それで。
「良い...よね」
涙がボロボロとこぼれ落ちる。
でもやっぱり。
「あばよ」
指がトリガーを強く抑える。
「死にたくないよぉ!!!」
銃声がなった。
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