第58話:空白の期間
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
他の傭兵どもには指示を出したが、シルバーの連中とは連絡がつかない。
「チッ、面倒なことになったな」
同時多発的に事件を起こすことで、本命の病院襲撃に警察や機動隊が来るのを遅らせているのだろう。全く面倒だ。
今優先すべきは朝霧大斗の防衛。そのためにそこら辺にいたゴミを2つ処理し、病室の前まで急ぐ。
シルバーの奴らがこっちに来ていれば良いが、あまり期待はできない。
そして、3階の曲がり角まで来たところで、後ろからの気配を察知した。
長年死地を潜り抜けていれば、後ろにいるこいつが、どれほど強いのかどうかが肌でわかる。
こいつは強い。そして、知っている。
「動くな」
そいつは銃口を後頭部に突きつけた。
手を挙げる。
「誰に銃口向けてるのか、わかっているのか?」
振り返らずにそう言うと、後ろの男は「ああ」とだけ言って銃口を下に下ろした。
「ババア、久しぶりだな」
振り返ると、やはり見知った男がそこにいた。
剃り込みのある頭に、ガタイのいい体。そして右肩にあるタトゥー。
元ベルフィールド傭兵団員にして、あたしの息子。
天宮阿修羅。
「阿修羅、お前、あたしの前に出てきて、尚且つ銃口を突きつけるとは、どういうことをしているのかわかってるんだろうな?」
「ババアを足止めするためだ。殺したくはないから、どっかへ行くんだな」
「おいクソガキ、舐めた口聞いてるんじゃねえぞ」
「あ?死に損ないのクソババア相手に、口の聞き方なんて考えるわけねえだろうが」
「教育がなって無いな。あたしが再教育してやろう」
「育てたのはテメエだろうがクソババア」
「育ててくれた感謝もねえのか、ガキ。勝手に抜けて半グレかき集めたかと思えば、挙げ句の果てにゴミ集団の仲間入りしてるとは、全く親不孝もいいところだ」
「感謝はしてるぜ。強くしてくれてありがとうな」
そう言うと奴は、銃を下に落として、代わりに拳を前に突き出した。
「舐めてるのか?何故武器を使わない」
問うと、阿修羅は笑いながら口を開いた。
「老人相手にそこまでする訳ねえだろ」
クソガキが...。
だが、こいつは絶対に戦争で妥協するような男ではない。一緒に戦ってきて、それをあたしは知っている。そしてあたしも妥協しないということを、こいつは知っている。
こいつがあたし相手にこんな舐めたことをするわけがない。恐らく、何か考えがある。
「お前をぶち殺す前に、1つ聞いても良いか」
「あ?」
「お前、何で傭兵団抜けた?そして何でこんな組織に入った?」
阿修羅はあたしの問いを受けて、少しばかり逡巡をした。
「簡単だ。ババアの傭兵団じゃ退屈なんだ。お前の傭兵団抜けて、半グレをまとめて悪さをしたのはそれが理由だな。んで、後者は......あいつらに勝てねえと察したから屈した。それだけだ」
思わず「はあ?」と言いたくなった。
こいつはバカで言うこと聞かない、ゴミみたいな野郎だが、こんな腰抜けではないし、簡単に屈するような男じゃない。それに、情に厚く、仲間を大切に想っているところがあった。
おかしい。絶対に裏があるな。
「まあなんでも良いだろ。とっとと始めようぜ」
そう言うと直ぐに突っ込んできやがった。
「あたしとタイマン張るには、万年早いんだよ」
対応するように拳を出す。
そしてそのまま殴り合いにもつれ込んだ。互いに強さは互角と言ったところ。そのせいか、どちらも明確なダメージを与えられない。
数十発と打ち合いをしていれば、自然と時間も削れていく。
これだけで結構時間食っちまう。
「動き、鈍ってんじゃねえか?」
「お前もぬるくなったな、阿修羅」
互いの拳を、時には蹴りを繰り出す。互角の戦いが繰り広げられる。
「ババア、本気でこいよ」
「お前が本気で来るならいいぞ」
挑発すると「チッ」と舌打ちをしてそのまま殴り合いを続行した。
これでもうわかった。こいつはあたしを殺す気はない。そして、これまでの言動も、敵組織に入ったことも、説明する気はない。
あたしは他の連中と違って、こいつのことをよくわかっている。隠しているのは、それなりに隠す理由があるからだ。
全く、こんな奴ばかりで面倒くさい。
「死ねババア!!!」
鋭い一閃が飛んでくる。
あたしはそれを腕でガードするも、後ろまで吹き飛んでしまった。
流石に老いたな。そしてこいつは前より強くなっている。
こいつを気絶させて連れ帰るのは至難の業だ。
「老いには勝てねえようだな」
「ほざけ。若さを理由に驕るんじゃねえよ」
「じゃあ、こっちの技について来いよ...!」
追撃するように連撃が飛んでくる。
傭兵時代に培った技と、あたしが知らない間に鍛え上げられた技が組み合わさり、複雑な攻撃が繰り出される。一言で言えば、トリッキーだ。
あたしの知らない阿修羅だ。壮年の体で対応するのは、少しばかり難しい。
しかしあくまで、少しばかり、だ。
「舐めるなクソガキ」
「なっ!?」
あたしが瞬時に対応したことにより、阿修羅は驚きの表情を見せる。
こんなことで驚いてるようじゃあ、まだまだ三流だな。
「あたしがお前を知らない空白の期間があるように、お前にもあたしを知らない空白の期間が存在するんだよ。お前だけじゃない、あたしもその間に成長してんだ。わかったか」
「クソが...!」
そういうところだ、阿修羅。
戦闘中は如何なる不測にも対応できるように、常に冷静に、余裕を持って動かないといけない。前々からこいつはそこを欠いている。
「ババア」
瞬間、阿修羅の瞳の色が変わった。
「説教垂れてんじゃねえぞ」
「!」
下からのアッパーが飛んでくる。
それを間一髪で避けると、奴は不敵な笑みを浮かべた。
「もう一丁!!!」
間一髪で避けたせいで、2発目の攻撃が避けられない。
あたしはそれを、腹に受けてしまった。
「グアッ」
またも体が大きく後退し、壁に激突した。
凄まじい威力だ。ジョンとかいう男よりも格段に強い。流石元傭兵と言ったところだな。訓練の成果は伊達ではない。
「くっ」
ただ、それだけじゃないだろう。
今の一撃は、傭兵人生だけじゃ培われなかったモノだ。恐らく、その後の、あたしが知らない間に培われたモノ。
そして、先の変化。前とは違って、冷静になる速度が速い。感情のコントロールが上達している。
想像以上に成長したな、こいつ。
「おいおい、大丈夫かよババア」
阿修羅が嘲笑の笑みを浮かべながら歩いてきた。
「まだ戦えるか?いや、戦わなくていいぞ?」
煽っているのか、性格の悪いやつだ。
「まだに決まってんだろ。あんなぬるい攻撃で戦意喪失するくらいなら、もう既に死んでる」
「そうかよ」
つまらなさそうにそう吐き捨てると、あたしに手を差し伸べた。
こういう精神は、やはり忘れてはいないようだな。
あたしはその手を掴む。
「は?」
そしてそのまま引っ張って、頭突きをお見舞いしてやった。
「クソババア!!!」
額から血を流しながら、頭を抱えて激昂する。
「そんなんでキレてるようじゃまだまだだ。少し感心したが、間違いだったな」
「汚ねえぞテメエ!!!」
痛みを我慢しながら、怒りに身を任せて殴りかかってきた。
脳震盪起こしてるな。フラフラじゃないか。
こんな奴の対処、簡単に決まってる。
「お前は一回頭冷やせ」
そう言うと、向かってきた阿修羅に脚をかけて背中を押し、転倒させた。
すると、対処できずにすっ転ぶ。
そして仰向けにし、馬乗りになって一発顔面にパンチを当てる。
「クソ...ババ...ア...」
その言葉を最後に、気絶した。
全くもって世話の焼けるクソガキだ。こいつも後々になんとかしないといけないが、今の問題は朝霧大斗。
しかし時間を使い過ぎた。もうそろそろ機動隊やらなんやらが来る頃合いだろう。
「クソ面倒くさい...!」
それでも行かない理由にはならない。大人として、そしてあいつらの元指導係として、あたしはあたしを貫かねばならない。
そしてあたしは、痛む腹を抑えながら、3階へと登って行った。
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