第53話:届かぬ願い
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
11月の夜は、薄着の私にとっては寒かった。
しかし、その寒さもどうでも良くなる程、今の私は焦っていた。
GPSにある位置情報では、実はすぐそこの路地裏にいる。
近づくにつれ、焦燥感と不安感が強くなっていく。
そしてその不安は、杞憂ではなかった。
「これは...」
位置情報の場所に着いた頃には、辺りが血の海になっていた。そして、足元に3人の亡骸が転がっている。
前方に目をやると、2人の人影が薄暗い電灯の元にいることがわかる。
その内の1人には見覚えがある。私が一番会いたかった人物だ。
「実ッ!!!」
声を聞いて、2人は振り返る。
「あれ、虚...?」
実の顔と手には血がついており、実本人はそれを気にしていない様子だった。
「おっと、招かれざる客人が来ちまったか」
もう1人の外国人は、愉快そうにしている。こいつは多分、ジョンだろう。1人だけ...?だったら、まだいけるかも。
しかし、そんな気持ちも、実の姿と表情を見るだけで吹き飛んだ。
おかしい。ずっと穏やかだ。恐らく、この殺人を犯したのは実だ。そして、ニュースにあった現場と、これまでの位置情報から察するに、一連の殺人事件の犯人も実で間違いない。
実は羽から指示があって、嫌々やっていたに違いない。そのはずだ。
それなのに、実の表情はやけに穏やかで、平然としている。目に光も感じないし、私を見ても何も思っていなさそうだ。
「実に何をした!!!」
怒声をジョンに浴びせると、またも愉快そうに笑った後、ゆっくりと口を開いた。
「薬だよ。実は強いけど、意志薄弱なところがある。上手く使うためには、薬を使って徐々に判断を鈍らせていき、自我を失わせるほかないんだよ」
その言葉を聞いた瞬間心を支配するのは、真っ黒な憎悪だった。
「そのお陰でよ、お前のことすら上手く理解してねえみたいだぜ?姿と名前がわかっても、お前がこいつにとってどんな存在だったかがわかってねえんだ。だからほら、お前を見ても何も思ってねえんだよ」
「この...!!!」
「おっとやる気か?まあ俺もお前みたいな強者と戦ってみたいけど、今回はパスだ。代わりに」
そう言うと奴は、実の背中を押して前に出した。
「良い機会だし、こいつにやってもらおう。これでこいつがお前を殺すことができたら、俺たちの作戦は大成功だ」
実の心を殺し、私たちを殺すための兵器にする。それがこいつの企みだろう。
私は男を睨みつける。
実にこれ以上、この先に行って欲しくない。実の心を取り戻さないと...!
「実、あのね?」
「やれ」
男が指示を出した瞬間、私の目の前に実が飛び込んできた。
実は表情を何一つ変えず、ナイフを振っている。
「実、やめて!私の話を聞いて...!」
「...?」
私の声に返ってきたのは、不思議そうに呆けている表情だった。
実は何をしているのか、誰と戦っているのか、明確にわかっていないまま戦っているのだろう。
夢現の状態で戦っているのだ。それなのに...。
「...」
「ッ!」
早い。前よりも動きが早く、キレがいい。朦朧としているとは思えないくらいだ。
「薬の効果で、タガが外れてるんだよ!!!」
やはりそういうことか...!
「実!お願い!私の話を聞いて!」
ボロボロになりながらも必死に呼びかける。しかし、実からの返事はなく、ただただジョンの笑い声が響くだけ。
「ハッハッハ!意味ねえよ!薬で誰かもわかってねえんだからよ!精神論でなんとかなるもんじゃねえんだ!」
まずい。
私は伝えなきゃいけないのに...!どうしてこんなに、実は遠ざかってしまうの!?
昔からそうだ。近くにいるはずなのに、いつも実だけどこか遠くにいる。そう感じる。
実はいつもいつも、自分のことは他人に隠して1人で背負い込んで、それなのに、誰かのことは助けようとする。
自分の気持ちに、そして、他人に対して嘘を吐いてまで。
「実!気づいてよぉ!」
前ですら完敗だったのだ。前よりもボロボロになりながらも、そこにいるであろう実に声をかける。
何度も何度も何度も。
それでも実は目覚めない。ただ私を殺さんと、急所を狙って凶刃を振るだけ。
実に伝えたいことがある。でも、今言ったとしても実には伝わらない。意味がない。
「実ぃ!!!」
どれだけ叫んでも、帰ってこない。
実。どうしてあなたはいつも背負い込むの...?どうして自分を犠牲にしてまで助けようとするの...?
いっつもいっつも、嘘を吐いて、人を騙して。
傷つくのは、自分なのに...!!!
「!?」
瞬間、ついに私の体が限界を迎え、足がもつれてしまった。
「おお!!!そのまま行け...!」
ジョンの言葉通り、見逃すまいと、血に染まった紅の刃が喉に向けられる。
「...嘘吐き」
諦めた途端、自然とそんな言葉が漏れた。
そしてその言葉は、実の動きをピタリと止めた。
目に殺意は灯っている。しかし、腕が動いていない。
倒れる私にのしかかるように実はマウンティングをした。いつでも私にトドメを刺すことが可能だ。それなのに、実はナイフを振り下ろそうとしない。
「虚...?あれ、私は...?なん...で...」
実は腕を震わせながら、浅い呼吸を繰り返していた。気が動転している。
「私は、虚を殺さないと...でも、あれ...?殺さないといけないの...?ころ...あ...れ......?私は...」
「実、しっかりして。私は実に伝えたいことがあるんだ。それは...」
言いかけたところで、実の背後に大きな影が映った。
「ちょっとすまんな。こいつはもう戦えんわ」
ジョンはそう言うと、実の服を掴んで強引に引き剥がした。
「実!」
「やっぱまだまだ足りねえな...。嬢ちゃん、申し訳ねえけど、俺に殺されてくれ」
「!?」
容赦なく拳が振り下ろされる。
間一髪のところで避けたが、もう私は戦える状態にない。満身創痍だ。
この男と戦えば、十中八九、私は死ぬだろう。
でも、ここまで来たんだ。引き下がれない。死んでも良い。犠牲になってでも、実は助け出したい。実が今までそうしてきたように...!
「実、待ってて」
後ろで呆然と佇む実に、そっと呼びかけた。
「んじゃま、始末しちゃいますぜ...!」
「こっちのセリフ...!」
走って近づくジョンに、銃口を構える。
しかし、現実は非常だった。
先までの戦闘で負ったダメージと、以前の肋骨の骨折のせいで、体が悲鳴を上げ、一瞬だけ行動と判断が遅くなってしまったのだ。
その一瞬が、命取りだった。
もう既に、ジョンの体はその隙をついて私のところまで来ていたのだ。
今から撃っても遅い。当たったとしても、このメリケンサックが私の頭蓋を砕くだろう。
それでも、私はトリガーを引く。
「終わりだよ!!!」
「...!」
覚悟を決める。目は離さない。弾を当てるんだ。少しでもダメージを負わせるんだ。
メリケンサックがこめかみに迫っている。
ごめんね、実。私じゃダメだった。実力が足りなかった。そのせいで実を助けることができなかった。
でも、安心して。みんなが助けてくれる。
だから...。
「ッ!!!」
1発分の銃声が鳴った。
しかしそれは、私が撃鉄を引くよりも前に鳴ったものであり、私の後ろから放たれていた。
「グッ!?誰だ!!!」
銃弾は見事に私を掠め、男の肩に当たっており、そのお陰で私はまだ助かっている。
「離れろ、メリケンサック野郎」
その言葉と同時に、銃弾を放った主が後ろから現れる。
その姿を見たジョンは、愉快そうに笑った。
「ハッハッハ!会いたかったぞ!」
私はその声の方向に振り返った。
壮年の女性だ。タバコを咥えている。
「サンドラさん!?」
「...一旦引くぞ。今のままじゃどうにもならん」
「でも...!」
「バカか。今戦ってもお前は死ぬだけだ。私は死にかけのお前のお守りをしながら戦うつもりはない」
言う通りだ。ただの足手まとい。私がいても意味がない。
「ということだ。ここは一旦引かせてもらう。安心しろ。また後日殺しに来てやる」
そう言いながら、サンドラさんは私を抱えて去って行った。
「ハッハッハ!!!こりゃ楽しみだぜ!!!」
愉快そうな声が、後ろから聞こえてきた。
しかし暫く経てば、そんな声も聞こえなくなり、姿も見えなくなる。
私はサンドラさんの腕の中で、後悔を噛み締めていた。
「すみません、サンドラさん」
「世話が焼けるクソガキだ。ぶん殴ってやりたいところだが、今は気分じゃない。それに、お前の気持ちも少しはわかるからな」
「え?」
「あたしも責任を感じてるんだよ。こうなっちまったのは、託された任務を失敗した私たちのせいだからな。だから、今度は失敗しない」
その瞳は、燃えたぎる炎のようだった。
「私もお前に協力する。それだけじゃない。朝霧大斗も守ってみせる。あのガキができないとほざいていた「同時に助ける」ってやつをやってやる」
そうだ。弱気になるな。
この人は失敗しても前を向いている。出来ることがあるんだ。まだ諦めちゃいけない。
「はい...!私も頑張ります...!」
涙ぐんだその声は、秋空に消えていった。
その日がやって来た。
朝霧大斗を殺害するための戦力が全員集まったのだ。それだけでなく、クロウから構成員が追加で10人ほど送られてきた。
そして、主な追加戦力。それは、目の前に並ぶ3人のことだ。
1人はギャルの女の子。1人はガタイのいい怖そうな男の人。
そしてもう1人は、仮面を被っている女の人。
「はー、やっと殺せるし。ダルいけど頑張るかー」
「お前ら!久しぶりにバカやるぞ!」
岸部美波と、天宮阿修羅。確かそんな名前だった。
そしてもう1人は、コードネーム、ルナ。ランク5の実力者であり、先のソリスよりも格段に強いと聞いた。
わかる。仮面で顔も見えないし、ただ立っているだけなのに鳥肌が立ってくる。
ともあれ、これで全て揃った。今からこのメンバーで戦いに行く。
「さあ、始めましょうか!」
狂気的な声と共に、戦の火蓋が落とされた。
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