第51話:喪失
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
雑居ビルの3階の一室に、私たちはいる。
中には、朝霧大斗を殺害するための襲撃メンバーがいた。ただ、あまりにも少ないし、まだランク5の構成員も送られてきてはいない。
まだ襲撃までに時間はありそうだ。
「なあ五十嵐サンよ。いつになったら朝霧大斗を殺しに行くんだ?」
隣に座るジョンさんが痺れを切らしたかのように、声を上げた。
「まだランク5の方が送られてきていませんので、まあ、2週間後とかでしょうか」
「おいおい、そんなに待たなくったって、相手は少人数だろ?しかも、万全じゃない。今が攻め時じゃねえか?」
「こちらも相手と同じように少人数ですよ。それに、病院の警備がやけに頑強になってるので、無闇には行けませんね」
「いやいや、こんだけ居るだろうよ。こんだけいれば警備とか余裕だろ?」
周りを見渡すと、私たち含めて10人がその部屋にいた。柄が悪い人が多い。
「私とあなた、あと、名取さん以外、人数に数えてはいけませんよ」
その声を聞いた金髪の男性が、椅子を倒して机を叩いた。
「ああ?テメエ調子に」
「ちゃんと言うこと聞いてくださいね」
そう言われた瞬間、反発しようとしていた男性が急に縮こまった。
「そもそもよ、朝霧大斗の殺害は最重要じゃねえのかよ。なのに、何でこんだけしかいないんだ?クロウの奴らもケチりやがって...」
「簡単ですよ。朝霧大斗よりも重要な任務があるんです。まあ、それは私たちに関係ないし、知らないですけど」
「ほーん、ま、どうでも良いけどよ。暇なんだよこっちは。なんか無いんか」
「そうですね...では、名取さんに暗殺術の勘を思い出してもらいましょう」
「わ、私...?」
突然呼ばれたので声が出てしまった。
「あなたはまだ当時の実力を発揮できていません。それに、まだ信頼も得ていない。なので、朝霧大斗暗殺までの2週間、殺しをやってもらいます」
絶望を感じた。
そもそも、殺人なんてやりたくない。
確かに以前は優秀だった。ただ、あれは実践ではなく、あくまでダミーに対してや、試合のことであり、本当に人を殺したことは一度も無い。だからあの時、大斗を刺した感触は、今でも覚えている。
怖い。やりたくない。でも、逆らったら殺される。私はこの人たちに勝てない。いっそ死んでしまいたい。
「それができたら楽なんだけどな」
「なんか言った?」
「何でもないです」
車が道路を走っている。車内は運転手のジョンさんと、私の2人だけだ。
警察車両が多い。それもそのはずだ。暴力団のアジトで炎が上がり、挙句、死体が見つかったのだから。この事件は、以前の富岡町のテロと併せて、一連の暴力団員による事件だと報道されている。
十文字組と一ノ瀬組の抗争なのではないか、そう言われているのだ。
そのため、一之瀬組は今、相当目を付けられているし、組長が罪に問われる可能性もある。
その辺りの情報はよく知らないけど、あの人は人格者だ。あんまり良い気になれないし、罪を背負って欲しくない。
どの口がっていう話だけど。
「今から一之瀬組の人たちを...その」
「狩る。ま、権力強えし、何かと邪魔だからな。わざわざ家燃やしたのも、朝霧大斗を殺すためだけじゃなく、一之瀬組を混乱させるためでもあるからな」
「罪のない人を陥れるのは...」
「何言ってんだよ!俺たちに逆らって朝霧大斗を庇った時点で罪だろ?それに、ヤクザ者が無罪なわけねえだろ」
何を言っても無駄なようだ。
私たちが今からやることは、一之瀬組構成員の殺害。
理由はシンプルで、殺害すればするほど十文字組との溝が増えて今後の作戦が上手く行きやすくなる。それと、戦力も削げるし、私の特訓にもなる。
だ、そうだ。
そして、概要は夜に人目のつかないところでやること。事件後のため、昼に構成員は出てこないし、夜の方が都合がいいから。
狂ってる。やりたくない。やりたくない。
頭おかしいよ。
「あいつ良いじゃねえか」
ジョンさんはそう言うと、車を路肩に停めてスーツの男性の元へ歩き出した。
男性は、路地裏に曲がっていった。
「あ、あの、あの人が一之瀬組とは...」
「あーそうだな。じゃあ」
「え?」
ジョンさんは、男性へ一気に距離を詰めた。そして、迅速に首をロックして、ナイフを近づける。
「な、何だ...!」
「お前、一之瀬組か?」
「お前ら!もしかしてこの事件のやつらか」
「ああ、知ってんの。で、お前ら一之瀬組?」
「組長から聞いているぞ!こんなことしてタダで済むと」
「一之瀬組だってよ」
怒声を上げる男性を意に介せず、私に知らせると、ジョンさんは腕を離した。
「ほら、後はお前の仕事だ。吠える犬相手に戦っても楽しくねえし」
「わ、わた、しが...」
ジョンさんは震える私にナイフを握らせた。
目の前には怯えながらも果敢に戦う姿勢を見せる、男性の姿が映る。
「おい!俺たちの善意を裏切ったな!?組長に危険が及ぶなら、例え組長の友達の娘とはいえ、容赦はしないぞ!」
言葉が刺さる。
そうだ。私は裏切った。善意を踏み躙った。恩を仇で返した。
なのに、これ以上罪を重ねるの...?私はまたやってしまうの...?
嫌だ。怖い。
「早くやれよ!お前も元は暗殺者のタマゴだったんだろ?余裕余裕。ほら、直ぐ」
「わた、しは...」
手が震える。男性の手も震えている。
「クソッ!死ねッ!」
手元からドスを取り出し、襲いかかってきた。
「私は...」
涙が込み上げる。
「オラアアアアアア!!!」
鮮血が飛び出た。
「あ?」
血が顔にかかる。
「ごめんなさい」
男性はナイフを手放し、力無く倒れた。
「おお、すごい身のこなしだな。お前強えじゃねえか。キッズだからって侮ってたぜ」
ジョンさんは驚いた顔をしながらこちらに近づいてきた。
下にはさっきまで生きていた人間が転がっている。
ああ、私がやったんだ。
肉を裂く感触。生ぬるい血。内蔵を穿つ手応え。
自分の手で、命を葬ったんだ。
その自覚が芽生えた瞬間、急激に吐き気が込み上げた。
「......すみません」
「こりゃ、メンタルはダメそうだな」
胃液が口から出る。
もう嫌だ。やりたくない。
「ま、今日はこの辺で帰るぞ」
「......はい」
まだ、続くの...?
そうして、初日の感触が忘れられないまま、何度も何度も何度も何度も何度も、私は構成員を狩り続けた。
「はー、何人目だ?えーと」
「7人目です」
「中々見つからねえもんだな。ま、小せえ極道組織なもんだから、もとより構成員の数が少ねえからだろうけどよ」
「そうですね」
「で、どうだ?殺しは慣れたか?ま、あんなことしたんだから慣れてっか」
約2週間、人を殺し続けた。一之瀬組の構成員だけじゃない。身元のつかないような浮浪者。喧嘩を売ってきた柄の悪い人たち。
1人だけ逃げられたけど、総計20人くらいを手にかけた。
慣れた、と言ったらダメだ。嘘を吐かないと。自分を騙さないと。だっておかしいよ。
殺した時の感触が無いのも。あの人を殺した時の感触を思い出せないのも。
大斗を刺した時の感触を忘れたのも、全部おかしい。
私は慣れてない。慣れたなんて言っちゃいけない。ダメだ。
「まだ、慣れないです」
ジョンは私の顔を見て笑った。
「慣れてない奴がそんな顔するとは思わねえな。さ、帰るぞ。明日は襲撃だ」
明日は襲撃。もうここまで来てしまったんだ。嫌だ。やりたくない。
「あれ...?」
やりたくないんだっけ?ターゲットは朝霧大斗だったよね?朝霧さんは...あれ?仲間だったよね?覚えてる。みんな、私を大事にしてくれた仲間だよ。
でも、あれ...?顔が思い出せないな。
なんだっけ。誰だっけ。私は誰を殺すんだっけ。朝霧大斗。あsぎrだいt。●sぎ∂だ∵t。●$★∂∝∴⌘。
そもそも、仲間だっけ...?
「...」
混乱する頭を冷やすために、窓の外を見る。
流れる人。冷たそうな空気。
トンネルに入ると、私の顔が写った。
「朝霧大斗」
確認するように呟く私の顔は、返り血を点々と浴びており、驚くほどに。
真顔だった。
*面白いと思ったら、高評価していってくれると嬉しいです。




