第49話:嘘吐き
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
「はぁ...はぁ...」
あれからどれくらい走っただろうか。そしてどれだけ後ろを振り向いただろうか。
何度も振り返って、追われていないことを確認しているのに、何故か走ってしまう。
止まってしまえば、戻ってしまいそうで。
そして、結局集合場所の新古町に近い富岡町にある雑居ビルに着いてしまった。
「名取さん」
「はぁ...はぁ...は、はい...」
呼び止めたのは五十嵐先輩だ。
それ以外にも居るはずだけど、周りには五十嵐先輩ともう1人のジョンさんしかいなかった。それに、ジョンさんはいびきをかいて寝ている。
「クロウ本部から呼び寄せた方達は全滅しました。向こうにも想定外の戦力があったとはいえ、正直弱すぎです。神にも選ばれなかったようですし」
そんなことを言いながらも、五十嵐先輩の口元はずっと笑っている。
「まあ、それは良いとして、問題は戦力です。送られてきたランク5のソリスさんも死んでしまいまい、私たちの戦力が大幅に削られてしまった。本部も別の作戦がありますので、送れるランク5構成員は1人だけ。向こうもですが、こちらもダメージを負っているのです。さて、それを前提として問います」
五十嵐先輩の顔が一気に近づく。
近づけば近づくほどよく分かる。この人の表情はおかしい。笑っているのに、目が笑っていない。
「ちゃんとトドメを刺しましたか?」
「い、いえ、すみません...。でも、既に致命傷でした。なので、もう...」
瞬間、大斗の顔が思い浮かんだ。
...最低だ。
「そうですよね。あなたの動向は全てこちらが把握しています。もちろん音声も全て。ですので、あなたが無駄話をしていることも、そのせいで救援が来てしまったことも全て筒抜けです。言いましたよね、名取さん?徹底的にトドメを刺せと。息の根を止めろと。何故早くやらなかったのですか?何故、そっちのけで虚さんと喋っていたのですか?何故、あなたほどの実力者が、虚さんを殺さなかったのですか?」
「それは...」
「日和ったんじゃないですか?」
「!?」
図星だ。
「『まだ助かるかもしれない。これを撃ってしまえば、本当に死んでしまう』その思惑が、あなたの決意を狂わせた。おかしな話です。既に自分の手で腹部を刺しているのに、まだ希望に縋り付いて、虚さんも殺さず、逆に感化されて、引導を渡さなかった。そして無駄話をすることで時間を稼ぎ、救援を来させ、トドメを刺すのを未然に防いだ」
「...」
「そうすれば楽ですよね。選択を保留することができますからね。あそこでもしあなたがトドメを刺せば、向こうに戻れなくなる。しかし、虚さんの言葉を素直に聞いて、こちらを裏切れば、今度はこちらに戻れなくなる。そうならないように、わざと先の遅延行為をしたんですよね?」
「...はい、すみません」
「では、あなたの胸の内を問います。あなたはまだ、こちらに協力するつもりですか?」
全て見透かされていた。どんな小細工を使っても、やはり無理だ。出し抜くなんて不可能に近い。
断れば、殺されるだろう。
イエスと答えるしかない。
...いや、いっそ断ってしまえばいい。そうすれば楽になれる。
自由になる方法をずっと考えていた。そして、クロウに追われ続け、絶望の淵で答えを見つけた。
クロウから解放され、自由を手に入れる方法。
簡単だ。
死を選べばいい。死んでしまえば、自由だ。しがらみも追っ手もいない。仲間も殺さずに済む。
最高の選択肢。私が求めていた理想。
断れば...自由が手に入る。ただ「できません」と言うだけだ。たった5文字で、喉から手が出るほど欲していたものが手に入る。
お父さん、ごめんなさい。私は...。
「......やります」
「賢明な判断です」
私は、結局臆病者だ。嘘を吐き、人を騙し、結果、何も生み出せず、心が弱いせいで、悪に振り切ることもできない。そして、それをわかっていても尚、死の選択も選べない。
中途半端な人間だ。
「さて、話を戻しますが、あなたがトドメを刺していないとなると、朝霧大斗さんはどんな状態であれ、生きているということになります。さっきも言ったように、向こうの戦力も削れているので、やるなら今、と行きたいところですが、こちらの戦力も損耗している。今畳み掛ければ行けそうなので、風一郎が担当している作戦を投げて戦力を補給するのもありですが、それだと不測の事態に陥った時に変えが効かなくなる。となると、クロウ本部からまた取り寄せる必要がありますが、送れるのはあと1人のみ。更に、他の任務中で、少し時間がかかってしまうらしいです」
あれ。大斗が生きている...?死んでなくても、動けないはずだ。何で大斗が生きてることを...?
「あ、あの、大斗は...その、死んでしまって...」
「死んでいませんよ。死んでいるなら、トドメを刺した刺さなかったで説教をしていませんし、協力しろなんて言いません」
た、確かにそうだ...。自分の愚かさを実感しつつも、少し安心してしまった。
そんな私の顔を見て、先輩はロングナイフの切っ先を私に突きつけた。
「あなたのせいですよ?」
「は、はい、すみません」
謝ると、先輩は得物を下げ、投げて遊び始めた。
「名取さんは先ほど、協力してくれると言っていましたが、正直、私は信用しきれていません。先のこともありましたし、あなたの意思薄弱が、またこのようなことを生むかもしれない。なので、私を信用させてください。そのために、言われた仕事をしっかりやってください。もし、次失敗したり、こちらに不利益になるようなことをしたら...」
ロングナイフが首元に当たる。
「わかりますね?」
「...はい」
返事を聞くと、五十嵐先輩は何処かへ行った。
それを確認すると、私は冷たく埃っぽい床に寝転んだ。
命の危険を感じたのは何回目だろうか。最初の時より慣れてしまった。それは、もう後戻りできないところまで来てしまったということを意味している。
「ごめん、みんな。もう戻れない」
そう呟いた瞬間、みんなの顔が浮かんだ。
みんなは私に優しくしてくれた。恐怖ではなく、もっと温かいもので、私を包んでくれた。嘘を吐いていた、嘘吐きな私を受け入れ、守ってくれていた。
私はそれを拒んだ。一時の欲に眩んで、自らその仲間を失う選択を選んでしまった。
裏切り者だ。嘘吐きだ。実なんて名前は私に似合わない。
「虚...」
そして、親友まで裏切った。伸ばしてくれた手も、はたき落としてしまった。幻滅しただろう。
ただ、1つだけ、私が成せたことがある。
それは殺さなかったことだ。
大斗も虚も、まだ死んでいない。私はまだ誰も殺していない。それだけが、私にとっての唯一の希望だ。
大斗は確かに日和ったからだ。しかし、虚は違う。
私の根本が、虚の殺害を許さなかった。そのお陰で、誰も殺さずに済んだ。
しかし、あくまで殺さなかっただけ。敵なのは確かだ。敵となれば、また相対するだろう。
私はいずれ、また戦うハメになる。その時、私は本当に殺してしまうかもしれない。それが怖くて仕方ない。
その選択を選べるのか、選べなかったら、選んでしまったら...。
どの道地獄だ。
「私は...」
私は、本当に嘘吐きだ。最低最悪な人間だ。
しかし、あの時だけは忘れていない。あれだけには、嘘を吐きたくない。私の根本を成すものであり、私が私であるために必要なもの。それだけには、絶対に。
夕焼けの情景が、瞼の裏に映る。
小さくとも温かい、あの小指の感触は今でも忘れていない。
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