第48話:取捨選択
*不定期更新です。基本13時に更新してます。
薄暗い廊下を歩く。
死んだ瞳で時計に目をやると、もう時刻は午前3時を回っていた。
あれから、私とサンドラさんは詳しい事情を聞いた。その後、一ノ瀬亮吉組長と連絡をとり、情報を集めた。そしてそのまま帰る手筈となった。
結花は院長と面識があり、話があると言って途中から別れた。
虚は無事。火花はまだわからない状況らしい。そして大斗くんは...。
どうしてこうなってしまうのか。何故、あんなことをするのか。
激しい憎しみが湧き出る。
その時、あの声が脳内に響いた。
『あなたは既に十分狂ってますよ...?』
うるさい。
「...っ!」
「おい」
歯噛みしていると、隣を歩くサンドラさんに呼び止められた。
ゆっくりとその方向を見ると、前方に指を指しているのがわかる。
「あ」
前を見ると、日暮と裕樹が心配そうな顔をして立っていた。
「どう、だった?」
日暮が恐る恐る聞いてくる。
答えたくない。でも、答えないといけない。
私はゆっくりと、沈みそうな声で事の顛末を話した。
「嘘…だろ?」
「そんな、大斗が...?」
裕樹は呆然と立ちすくみ、日暮は目眩を感じたのか、よろけながら手すりに手をつけた。
「俺たちが行っていれば」
違う。
「それは違うよ」
はっきりと言い張る。
それは違う。キミたちが来ていても、現状は変わらなかった。あれが最善の策だったんだ。
...そう思わないとどうにかなってしまいそうだ。
「実も向こうに行ってしまったんでしょ?」
「そうだね」
「居場所は...?」
「わからない」
答えると、日暮は俯いてゆっくりと口を開いた。
「...実はやっぱり、裏切ったんだね」
実が何故裏切ったのか。
クロウから追われていたことは嘘ではないはずだ。一瞬でも、私たちの仲間であったことも事実だ。仲間だと思ってもくれていただろう。
恐らく、何かを出汁にいいように使われてしまったのだ。それによって、裏切らざるを得なかった。苦渋の決断で、向こうを選んだ。
理解はできる。情状酌量の余地もある。虚だって実のことを想っていたし、私たちも想っていた。助けられるなら助けたいという気持ちも、本気で持っていた。
でも、やったことは変わらない。
実は私たちを信頼せず、結果、仲間である大斗くんをこんな状態まで追い詰め、クロウの利益を産んでしまった。
その事実は変わらないのだ。
果たして、助ける義理はあるのか。助けると意気込みはした。しかし、こうなってしまったら話は別じゃないだろうか。
そんなことを思っていると、裕樹が私の肩を叩いた。
呆けていた私は、気づいて顔を上げる。
「これからどうする」
「これから...」
これから、か。正直、こんなことが起きた後だから、話す気力がない。話すにせよ、虚が目を覚ましてしてから話したい。
でも...。
虚なら実のことを優先しそうだ。話し合いになったら、虚の言い分も聞かないといけない。
正直、今の私は実のことなんてどうでもいい。憎いまである。
だから、極力実を助けに行くと言う話はしたくない。
わかってる。自分が何やろうとしているのか。相当酷いことだ。
「今、決めるぞ」
サンドラさんだ。
「あ、あの、お久しぶりです」
日暮が恐る恐る、言った。挨拶するタイミングを見計らっていたのだろう。裕樹もそれに乗じて、声を上げた。
「挨拶なんてどうでもいいだろ。今優先すべきは今後のことだ。こうなってしまった以上、急を有する。一分一秒でも早く今後のことを話し合うのが先決だ」
言い放つサンドラさんに、感心してしまった。
流石だ。こんなことが起きたのにも関わらず、毅然としている。
「お前らの役割は仲間を守ることではなく、クロウを殲滅することだろ?クロウの被害者を減らすことだろ?言っておくがな、クロウはお前らが落ち込んでいても構いなしで何でもする組織だ。落ち込んでいる暇なんてないんだよ。ましてやリーダーのお前がそんなんでどうする」
「は、はい」
「わかったら、さっさと話し合い始めるぞ。手短にな」
「はい」
話し合い、と言っても私は今後の展望がある。
「いい、かな」
「言え」
「...大斗くんを狙っている羽は、確かに戦力は低い。でも、羽のバックにはクロウがいるから、いつでも戦力を補給することができる。今回も、火花を意識不明まで追い込んだ奴がいた。あいつは多分、クロウから送られた戦力の1人。他にも10人ほど送られてきていた。だから、羽だけでなく、クロウの戦力も込みで考えないといけない。となると、今は結構厳しいんだよ」
「戦力が希薄な状況だからな...。俺らはもうすぐ復帰できるが」
「裕樹たちじゃ足りないかな。サンドラさんの傭兵団を借りないといけないくらい」
「使える奴らは戦地に行っている。阿修羅のバカも向こうにいっちまったしな」
「...やっぱり、難しいね」
「じゃあ、どうするの?」
日暮の問いかけに、頭を巡らせる。
私の中ではもう結論がついている。
「最優先は大斗くんの防衛。大斗くんの周りに私たちがいれば、何とかなるかも」
「植物状態の人間を狙うか?」
裕樹は怪訝そうな顔で問いかけた。
「あいつらは確実性を重視してるし、何より用意周到。多分まだ狙ってくると思うよ」
「でも、そしたら実は...?」
「実は...保留だね。虚の状態から、実も結構な実力者だと思う。それに、私たちから実を救助しにいかなくても、向こうから来ると思うし」
「確かに、そうかもしれないけど...」
俯いて手を固く握る日暮。日暮たちの気持ちはわかる。でも優先度もあるし、それに...。
「うん、思うことはあるよね。でも、私たちの優先すべきことは、あくまで大斗くんだよ」
「...そう、か。そうだな。でも、どうやって虚に伝える」
「嘘を吐くか誤魔化すか。それぐらいしてもあの子は止まらないかもしれないから、一応虚にも目を向けないといけないね」
「わかった」
「一先ず、専念するのは大斗くんの護衛。キミたちもまだ動けそうにないし、実の救出は二の次に考えよう」
そう言って、私たちは別れた。
その後のことは、何か動きがあり次第柔軟に対応するという形をとる。こうなってしまった以上、後手に回ってしまうが、仕方ないことだろう。
ただ、歯痒い。
「美月」
隣を歩くサンドラさんが呼ぶ。
私が「何ですか?」と言うと、前を向いたまま口を開いた。
「お前、前に実を助けるって言ってなかったか?なのに、実を捨てるような選択を選ぶなんてらしくないじゃないか」
「捨てるわけじゃありません。あくまで保留ですよ。実と大斗くん、双方の優先順位を考えた結果です」
「前のお前なら、両方助ける算段を考えていただろうが」
「流石にそれは無理ですよ」
「そうか」
出口から出ると、冷たい北風が私の髪を揺らした。
「お前、父親に似たな」
その言葉に、心が凍てつく。
そして、あの時のあいつの言葉を思い出してしまう。
「お前にはそうなって欲しくなかったんだがな」
「......」
もはや何も言い返すことはできなかった。
どうして皆、お父さんのことを悪く言うのかわからない。
悔しさと悲しみが、自然と私の拳を握らせる。
「まあいい。美月」
「はい...」
「私を殴れ。2発だ」
「え?」
言われた言葉を理解するのに時間を有した。
なんでいきなり...?
「私の任務は、名取実と朝霧大斗の護衛だ。しかし、両方とも失敗した。お前に説教した手前、こんな体たらくになってしまった自分が恥ずかしくて腹立たしい。ケジメとして、本気で殴れ。今のお前なら、躊躇なく私を殴れるはずだ」
そういうことか。
『今のお前なら躊躇なく殴れる』
私の握り拳を見てそう言ったのだろう。
「わかりました」
そう言って、私は構える。
「来い」
腕を広げるサンドラさんに、ストレートを2発、躊躇なく腹部に叩き込んだ。
サンドラさんは何も言わずに、顔を上げる。
「あの...」
「大丈夫だ。それより、良いパンチだった。これで私も気合いが入る」
「はぁ...」
その後、何も言葉を交わすことなく、別れることとなった。
自宅に戻る際、私はあの時のサンドラさんの顔を思い出していた。
殴られた後のサンドラさんの顔は、前よりも凛として見えた。
一方、私はどうだろうか。
シルバーのリーダーとして、風格のある表情を浮かべられるだろうか。サンドラさんみたいに、前向きに考えているだろうか。
...そんなの考えなくてもわかってる。できてない。無理だ。
混乱と焦燥と憎悪で、そんなの出来るわけがない。
私はリーダー失格だ。
「お父さん、私、どうすればいい...?」
問いかけは、寒空へ消えていった。
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